活字離れについて
Copy & Copyright Diaryより
「文字・活字文化振興法シンポジウム」についての記事について、
昔、パソコン通信をはじめたばかりの頃、同じフォーラムの人が「パソ通を始めて新聞や本を読む時間が(それどころかテレビを見ている時間も)減った。でも、字を読んでいる時間は増えたが」と書いていたのを思い出した。
メディアの種類が増えている時代なのだから、出版物--というか活字だけが「字」なのではない、ということを理解して法律を作ってもらいたいもんである。本を全く読まなかった若いモンがケータイの字を眺めていても、「字」から情報を得ている事には変わりない。そしてその子にとって「字」に接している時間は増加しているのだ。
元のシンポジウムでは高校生の不読者率(一か月の間に雑誌や教科書以外の本を読まなかった者の率)が60パーセント以上である話が出て来たようだが、これは何も最近の話ではない。今の三十歳代が高校生の時だって不読者率の割合は似たようなものであった。それを今さらの如く、学力低下問題と合わせて騒ぎたてている。いい加減にして欲しい。
それより情報リテラシーの教育の時間でも増やしてもらいたいもんだ。今の「情報」の時間で一体何をやっているのか。極めてアヤシイように感じる。
とはいえ、個人的に紙媒体の活字とパソコンのモニターの字は脳の違う部分で読んでいるような気がしているのだが、どうなのだろうか。声を出してモニターやケータイの画面を読み上げるといいのかな(;^^)
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