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2005年5月

2005年5月29日 (日)

猫の目星雲とキューブリック

岩波新書から出ている『ハッブル望遠鏡の宇宙遺産』(野本陽代)の表紙の写真を見た時、「ん?どこかで見たような」という既視感に襲われた。それはハッブル望遠鏡が捉えた「猫の目星雲」という星雲の天体写真だったのだが、思い浮かべたのは『2001年宇宙の旅』の一場面だった。スターゲイトコリドーに続いて、混沌の海からの生命の誕生なのか、宇宙での星の興亡なのか、マキシの世界にもマクロの世界にも受け取れる映像が現われる。その中に件の写真を連想させるものがあったのだ(色彩は違うけど)。

で、「うむむ、やっぱりさすがキューちゃんスゴイ!」 \(^o^)/などと単純に感心してしまうのだった。当時はそんな詳細な写真は存在しなかったろうし。
興味のある方は本屋で実物を眺めて下せえ。

関係ないけど、「猫の目星雲」て名前を聞くと、なんだかますむらひろしの「アタゴオル」シリーズを思い浮かべてしまう。酒ビン持ったデブ猫ヒデヨシが夜空に向かって「イエィッ、猫の目星雲!」などと叫んでいそうな感じ。

さて、最近のキューブリックの話題というと『ニューズウィーク』6月1日号に紹介記事も出ていた、出版されたばかりの『スタンリー・キューブリックの記録The Stanley Kubrick Archives』だろう。〈重さは「超ヘビー級」〉とあるし、ネット販売のサイトではなんと2万円近い値段が付いている! かなりの大判の本なのだろう。
内容は、前半がスチール写真、そしてエッセイ、インタビュー、追悼文、さらにご本人のインタビュー映像のCD-ROMも付録についているという。スゴイね。もはや、キューちゃん本としては決定版と言ってもいいかも知れない。

はたして、これの日本語訳は出版されるだろうか? 無理そうな予感……。
しかし以前、白夜書房から出ていたやはり大冊のM・シマンの研究本ももはや入手不可能らしいし、ここは是非どこかの出版社がド~ンと威勢良く出して欲しいもんである。

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2005年5月28日 (土)

《キャラクター映画》について

「loveless zero」経由で
「こころ世代のテンノーゲーム」
を覗かせてもらったがどの記事も面白い。過去のももっと読ませて貰う予定。
で、取りあえずこの記事--
「宮崎アニメはどこへいった?――ハウルの動く城を見て」
についてなのだが、私も『ハウル』には低い評価しか与えられなかった人間である(ニフの映画フォーラムでも低い点数の人が多かった)。
さてここで「萌えアニメ」として上げられている要素

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■印象的なシーンだけを突出させ、物語の文脈が破綻している、あるいは物語としての語りを放棄している。■印象的なシーンを形作るためにセリフを極力少なくしている。■作品総体としてではなく、映像としてのみの印象的なシーンさえあればいいがために、役者の演技を二の次、三の次とする。

以上の点はつまるところ、記号的、断片的なカットの集合体という地点へ収斂するのだが、それをして、■「作品」だと強弁する、それが、私の考える「萌えアニメ」である。
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というのは、アニメに限ったものだけではないような気がする。実写の映画を見ていて私も感じた事がある。
例えば『ロード・オブ・ザ・リング』が丸ごとそれに当てはまるだろう。この映画は大塚英志が定義した「キャラクター小説」と同様な、「キャラクター映画」だと思えたのだ。劇中でガンダルフが理屈にあわない不可解な行動をするが、それはその後の極めて感動的なシーンへと直結する。感動に目が眩んで観客はその不備などどうでもよくなるらしい。
「感動的なら理屈にあわなくてもオッケーかよ?」などと、私は噛み付きたくなったのだが、残念ながらそういう意見の人は少なかったようだ。

「キャラクター○○」は「○○」よりも「キャラクター」の方を重視する。他の全ての要素はキャラクターに従属する。端的に言えば、物語の整合性なんかどうでもいいのさっ。
昔のアクション映画や娯楽映画の傑作とされるものでも、見終った後しばらくしてから「ありゃ(?_?)あの場面変だったような……」と気付くことがあったものだ。だが、観ている最中にそれが気になるようではオシマイである。いや、それより作ってる方が全くそういう事を気にしていないのかも……。

だから、最近エンターテインメント系作品を見る事が減って、さらに映画全体の鑑賞回数が減ってしまったのかも知れない。( -o-) sigh...

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2005年5月26日 (木)

「嗤う日本の「ナショナリズム」」(北田暁大)

書名に騙された! 私の主な読書場所である通勤電車ではとても集中できないような、ムツカシ本であった。
〈現代的なアイロニズムの誕生とその変容を「反省史」の一環として記述していく〉
--ということで、連合赤軍から2ちゃんねるに至るまで時代ごとに検証しているのである。
しかし、カッコ付き「○○○」という記述が多くてなかなか理解しづらいのであった。まあ、10ページずつチョボチョボ読み進めているようではダメだってことで。(+_+)ショボン
--ということで結論は、家でちゃんと読書時間を確保すること!になってしまったのであった。

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2005年5月22日 (日)

中の人など!

WOWOWで17日に放映された『CSI:4 科学捜査班』の「#5 心優しき獣たち」が非常~に面白かった。
動物に憧れるあまり、自ら着ぐるみを着て動物のごとく振舞う人々が登場する。彼らは「PAFコンヴェンション」という大会を開き、さらには秘密クラブでメスオスくんずほぐれつまでしたりする。犯罪の捜査で、着ぐるみを脱ぐように言われても断固拒否する。あたかも(吉田戦車のマンガではないが)「中の人などいない!」と言わんばかりである。しかも、セクスィ~な雌ネコがしぶしぶ着ぐるみ頭部を取ると中の人物は……という次第。恐ろしいもんだ。
もちろんドラマなんだから誇張などがかなり入っているとは思うが、それにしてもオドロキの世界である。コンヴェンションまで開くほどの数がいるのであろうか……いそうに思えるところがまたコワイ。
まだまだ広い世界には知らぬ事がたくさんあるのう、と思わず反省したのであった。

2chのスレッドでは、最近話題になっている二本足で立ち上がるレッサーパンダのニュースを思い出したという感想が幾つかあったが、それを読んでから私もあのニュースを見る度に『CSI』の着ぐるみ人間を思い出して笑いが止まらないようになってしまった。どぉーしてくれる!

さて、皆さんここでCMタイムですよっ。
「トーキングヘッズ叢書 №22 異装~きしょかわいさのパラダイス!」

も着ぐるみの話題を扱っています。興味を持った方はぜひ一冊お買い求め下せえ。

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2005年5月20日 (金)

「クリスタル・ドラゴン 23」(あしべゆうほ)

秋田書店(ボニータCOMICS)
2005年

クリドラようやくキターーッ!!!という感じですか。現在のところに順調に年一回のペースで出ております。
極めて正調ケルト系ファンタジー。あまりに正調過ぎて、現在のファンタジー・ブームの影響を一向に受けていないようにさえ見える。
以前なんか、新刊出たのに次の巻が出るまで気付かなかった事があったぐらいだから、その頃に比べればマシか。なにせ、現在のブームなど及びもつかない、遥か昔から連載しているのだから。
話が入り組んでいて、しかも間があいているもんで、冒頭の「あらすじ」を見る度に「あれ?こんな話だったっけ」なんて思ってしまう。今回も結局第20巻あたりから読み直してしまったよ。

探していた杖も曲がりなりに出来た事だし、後はヘンルーダを取り戻して最終決戦へ向かうのみか。--と、終わりが見えて来たようではあるが、まだまだ先は長そう。なんとかちゃんと決着をつけて欲しいものである。
そして、最終巻が出たら、最初からわーっとイッキ読みしたいもんだ。絶対やるぞ~。
これも続きが待ち遠しい。

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「プルートウ 2」(浦沢直樹×手塚治虫)

小学館(ビッグ コミックス)
2005年

あの「アトム」をリメイク!ということで話題になったマンガ。さらに手塚文化賞まで取っちゃってますます話題。--しかし、まだ途中なのに賞やって大丈夫なんだろか。結末が「なんじゃ、こりゃ~(>O<)」というようなモンになってしまったらどーするのか?って余計なお世話ですね、はい。

ラストにあのキャラクターが出て来て、そうすると原作通りなら3巻のラストは「あの人」の登場か、などと色々考えてしまう。しかし、噂だと現在の連載では色々寄り道しているようだし、そうすんなりと行かない予感である。

読んでて非常に気になったのは2点あって、一つはロボットたちがあまりに人間くさいこと。なんでわざわざハゲかかってたり無骨な外見に作るのかね? 人間らしく見せるためにそうしているのだろうか。
しかも、家族がいてちゃんとした家庭を築いてたりするもんだから、その点でも人間以上である。人間の方はコミュニケーション不全でひきこもったり、負け犬男・女が孤独に暮らしてたりしてという状態(現実の世界を敷衍するとそうなりそう)だったりすると、余計にロボットの方が人間ぽいのである。
むしろ、これは「ロボット」という名称の、異人種の暗喩だと考えた方がいいのかも知れない。

もう一つは「家族愛」とか「家庭」へのベクトルが非常に強い事である。いやまあ、それが真っ当な「人間らしい」有り様だといわれればそれまでだけど、家族や家庭なるものから逃走した者からすると、なんだかうっとーしく感じるのも事実なのであった。(=_=;)

ともあれ、3巻目にも期待。早く続きが読みたい。

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2005年5月15日 (日)

大塚直哉チェンバロリサイタル

内容:トッカーレ!~バッハが受け継いだ先人たちの技
会場:東京文化会館小ホール
2005年5月10日

バッハ・コレギウム・ジャパンなどで鍵盤楽器を担当していた大塚直哉のソロコンサートである。
プログラムは前半が、バッハが影響を受けた音楽家の作品、後半がバッハ自身の作品となっていて、イタリア・ドイツ・フランスのそれぞれ時代が異なる作曲家を上手く組み合わせていた。特に良く思えたのはブクステフーデであった。なんだか妙な心地になる響きが感じられて、ホニャ~>^_^<という気分になってしまったのである(言葉では説明しにくい)。
後半の最終曲は『無伴奏ヴァイオリン』を鍵盤用にアレンジしたもの。さらにアンコールは『シャコンヌ』を熱演。熱い拍手が送られたのだった。

前の方の座席に座ったせいか、高音と低音がそれぞれチェンバロの違う部分から聞こえて来た。こんな風に聞こえるのは初めての体験で、そんな楽器の響きに聞き入ってしまったコンサートでもあった。会場の残響の特質かなんかのせいだろうか。

聴衆は平均年齢がかなり高め。しかも、普段バロックのコンサートに来ていないらしい人が多かったようだ。というのも、「チェンバロって初めて現物を見た」とという会話が聞こえて来たり、休憩時間に調律をしている(古楽器のコンサートではいつものこと)のを驚いている人もいた。

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2005年5月13日 (金)

ザ・ニュースペーパー

パート67 トリッキー・ライブ
会場:本多劇場
2005年5月7日

ザ・ニュースペーパーの公演は政治ネタ中心のコント集団。ほぼ毎回、公演を見に行っている。
今回もコイズミの物まねはもはや神業に近い! いや、もうホントに本物と区別が付きません。どうせなら入れ替わって貰いたい。

一番、面白かったのはニセ立松和平が出て来て「愛・地球博」を取材報告するコーナー。エコロジーを謳っていながら、そのいい加減さな有様に、あまりにおかしくて涙を流すほど笑ってしまった。こんなに笑ったのは久し振りというぐらい。

一方、九十九一の出た寸劇はもう少しブラックな感じにしてくれないと、笑っていいのかマジメなんだか、観客の方がどう見ていいか分からなくて困ってしまうしまう感じだった。

最後はおなじみ「さる高貴なご一家」のコーナー。メンバーが入れ替わってしまって、あまり似ていない人も……。とはいえ、あの格好のまま○居の一般参賀に行くとは暴挙である! その時のビデオ映像をやったが見ていてあまりの恐ろしさに冷汗が出てしまった。コワイぞ(^^;

今回は政治家ネタが少なくて残念だったが、次回の公演もぜひ行きたい。

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2005年5月10日 (火)

「バッド・エデュケーション」

監督:ペドロ・アルモドバル
出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、フェレ・マルティネス
スペイン2004年

いや~、これは怪作である。
この監督の映画は『欲望の法則』の公開時に見たきりだ。チラシには「人間の純粋さと欲望、裏切りと永遠の愛を描く」と書いてあり、それで見に行ったんだが--全然違った。
もっとも、前半まではチラシの文章通りに話は進むんだけどね……。

昔の同級生を名乗る男が新進監督の前に現われる。男が持って来た小説(?)には学校時代の二人の物語が語られており、さらに教師であった神父の背徳行為も綴られている。そして、さらに後年、成長した少年が神父に復讐しようとする話が重なる。
ここでの回想は緊張感に満ちた「禁断・背徳・官能・純粋」な関係性の物語--言ってしまえば耽美~の極致な物語だ。

だが、後半に至ってそれらは全てひっくり返されてしまう。美しき背徳の話はあっという間に、なにやら東スポのゴシップ記事のようにウサン臭げで怪しげなものに変貌する。そして、右往左往する登場人物たちの行動をボー然と眺めているうちに全ては終わってしまうのであった。
実際見ていて、一体何が真実なのかというのはよく分からない。回想部分もどこまで事実なのかははっきり語られていない。(監督が男の原稿を読んで喜ぶのは回想だからではなく、作品としてよく出来ているからである) 信じて観ていると観客の方がバカを見るというようなアヤしい、虚実が入れ子状態になった作品なのだ。
あまりにもウサン臭いのでエンド・クレジットの間大笑い(^○^)--は出来ないのでニヤニヤ笑いが止まらなかった。

純愛話よりも怪しげな話が好きな人に推奨。
ただし、ホモ気満載なのでそれに耐えられない人は避けた方がいいだろう。
G・G・ベルナルはある時は失業中の役者、またある時は女装のゲイ人、はたまたある時は健全な学生……と七変化ほどではないが四変化ぐらいの大活躍。彼とF・マルティネスが登場すると観客の約60%を占めるフ女子(当社推定比)の視線がグサグサとスクリーンに突き刺さるのが感じられるのであった。(^=^;

それにしても、良作よりもこういう怪作を見た方が元気が出てしまうのはどーいう事であろうか。

主観点:7点
客観点:8点

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2005年5月 7日 (土)

「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」(DVD)

監督:アルフォンソ・キュアロン
出演:ダニエル・ラドクリフ他
米国2004年

これもようやく見た!という感じ。一度レンタルで借りたのだが、見るヒマが無くて返してしまったのであった。
原作も出てすぐ読んだけど、もうほとんど忘れてしまった。さすがに、シリウス・ブラックの正体ぐらいは覚えているが……。

前二作に比べて一番面白かった!--というよりは、腹立つ所が少なかったというべきか。とってつけたようなエンディングも無かったし。
一方で無駄に長い場面があったような。例えば冒頭の二階建バスの暴走シーンとか。小さいお子様は喜ぶかも知れんけど、話自体がテンコ盛りなんだからそんな悠長な事してていいのかっ!と制作者側に問いただしたくなる気分になるのであった。
また、脱獄囚が身近に迫って魔の手を伸ばして来るというのに、全然サスペンスが盛り上がらないのはどぉ~いうことか--と深く考え出すとと不満がどんどん出て来てしまうのも困ったもん。

ゲイリー・オールドマンは思ったより出番が少なく、特別出演に毛が生えた程度と言ってもいいくらいの扱い。むしろルーピン先生役のD・シューリスの方がいい味出してもうけ役だった。
しかし、アラン・リックマン、G・オールドマン、D・シューリスと名優が顔を揃えた場面が出て来てもただ出てますって印象で、なんか勿体ないとしかいいようがない。
「新春芸能人隠し芸大会みたいだ」という感想を見かけたが、本当にエマ・トンプソンなんかモロにそんな感じ。
個人的にはマルフォイ父ちゃんが登場しなかったのがチト残念だった。

全体的には腹が立つ所もなければ、良かった~という場面もないということで、可もなく不可もなくという結論なのであった。次作もレンタルDVDで鑑賞予定。

主観点:5点
客観点:6点

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2005年5月 5日 (木)

遂に見終った「攻殻機動隊S.A.C. 2ndGIG」

TVアニメ版の第2シーズンをようやくDVDで見終えた。
地上波で4月から放映が始まっているが、地上波はカットされてしまう回があるから、今イチ……。早くも、最低最悪の出来という悪評高い第2回目がカットされてしまったようである。(まあ、本筋に関係ないから無くても構わないんだけども) 第1シーズンではカットされると内容が分からなくなる回が放映されなかったから、地上波はやはり要注意だ。

結末はなんだか救いが無い感じで終わってしまった。さらにクゼはあちら側に行けたのか、合田は単なる使い捨てのコマだったのか、あんなに目一杯の悪役モードだったのにあの片の付け方はないだろう、などと不満や疑問、納得行かん所はあれど、全体的には充分楽しめた。
や、やはりタチコマは健気で可愛かった!萌えた!!(←結局、結論はこうなる) 歌を歌わせたのはやり過ぎかと思うが--。バトーの終盤の行動はかなり嫉妬が入っていたと解釈したい。男のジェラシーとは恐ろしいものである。( -o-) sigh...

人によって何を思い浮かべるかは違うだろうけど、私は松本清張の『昭和史発掘』を連想していた。事件の影に陰謀・術策がゴーロゴロである。戦前・戦後の不穏な雰囲気な事件をうまく掬いあげている感じだ。
全エピソードを通して一番印象深かったのは放送塔の上で自決する場面である。塔の立体感とかヘリからの実況画面のノイズとか、とにかく映像の構成も見事で迫力があった。思わず何度も巻き戻して見直してしまったほどだ。

エピローグは原作の冒頭の方につながっているが、これは単なる引用に過ぎないと考えて、3rdの登場を期待するぜい。
ところで新登場した緑色のは〈フチコマ〉じゃなくて〈ウチコマ〉なのね~。

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2005年5月 4日 (水)

オブレヒト没後500年記念ミサ曲連続演奏会

曲目:ミサ《スブ・トゥウム・プレジディウム》
演奏:ヴォーカル・アンサンブル カペラ
会場:聖アンセルモ・カトリック目黒教会
2005年4月29日

ヤコブ・オブレヒトは1400年代末から1500年初頭にかけて活躍したフランドル(ベルギー)の作曲家。今年は没後500年にあたり様々な催しが予定されている……かどうかは知らないが、記念連続公演の第一回めである。
ちなみに、昨年はビーバーの没後ウン百年だったようだが、クラシック界ではこの手の「没後」とか「生誕後」記念のコンサートをやって景気づけを行なうもよう。しかし、オブレヒトですよっ! こんな頭に超がつくマイナーな作曲家では、誰が知るか~という感じだ。私もCD一枚も持っていない(多分)。

会場が教会とあって、祭壇の前に行ってグレゴリオ聖歌を独唱するなど実際のミサの形式に近づけていたようだ。オブレヒトが作曲したポリフォニーのコーラス部分はとても美しく気持ち良過ぎるので、寝てしまうのではないかと一抹の不安がよぎったのであった。(~_~;)
ミサ曲が悲壮な感じになって行ったのはバロック以降のことで、中世・ルネサンス時代のミサ曲というのはほほんとした悠長な曲調がほとんど。こんなのを聴いていて、当時の人も眠くならなかったのかと思うが、多分合間に司祭の説教が入ったりするから大丈夫なのだろう。(余計眠くなったりして?)
案の定、最終曲のモテットに至って遂に眠気虫の襲来が……。トホホ

この教会は、以前室内楽の公演で来た事があったが、その時はホールの残響が大き過ぎて音がよく聞き取れなかった。しかし、この手の合唱だと神秘的な感じになって大変よろしい。
通し券を買ったので次回も行く予定。

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2005年5月 1日 (日)

「ライトニング・イン・ア・ボトル」

副題:ラジオシティ・ミュージックホール 奇蹟の夜
監督:アントン・フークア
出演:B・B・キング、ソロモン・バーク他大勢
米国2004年

アメリカの“ブルース・イヤー”を記念する慈善コンサートの記録映画。
ブルースには全くの門外漢なれど(さすがにB・B・キングとかバディ・ガイぐらいの大御所なら名前は知ってるが)、予告が面白そうだったので見に行った。
で、実際面白かった! インタヴューはそれほど多くなく、ほとんど本番の演奏場面が中心だが、ご高齢のミュージシャンもみんな超が付くぐらいカッコエエ。それから私ぐらいの歳のモンには中堅どころの共演者がヒジョーに懐かしいヒトが多かった。ヴァーノン・リードとかナタリー・コールとか--。あと全然予告に出てなかったので予期してなかったのだが、ジョン・フォガティの登場にはビックリ、懐かしさのあまり涙がチョチョぎれたのであった。
ゲストだけでなく、バックもスティーヴ・ジョーダン、ドクター・ジョン、ダニー・コーチマーなどなど豪華な面子である。彼らのブルース話も聞いてみたかったが、そうすると演奏の時間が減ってしまう訳だから仕方ないだろう。
ただ、大幅割愛されていたらしき「レッド・ハウス」は全部聞きたかった。(サントラなら完全収録されているのか?)

ソロモン・バークの回想話で、客席とステージの間に金網が張ってあって物が飛んで来るのを防ぐ--というのがあったが、確か『ブルース・プラザーズ』にそんな場面があったような(;^^) ありゃ事実のことだったのね。しかし、演奏の途中で逃げ出すとは、どんな出来だったのだろうか?
それから、ルース・ブラウンてどこかで見た顔だと思ったら、浅香光代にクリソツであった。
とにかく、私のようなロック者にも大満足できた作品だった。

主観点:8点
客観点:8点

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