「コーチ・カーター」
監督:トーマス・カーター
出演:サミュエル・L・ジャクソン
米国・ドイツ2005年
『僕はラジオ』をDVDで見てから突如、実話「コーチもの」を見たくなり行ってみた。
こちらはバスケで、コーチ役はスキンヘッドのサミュエル・L・ジャクソンである。当然ながらコワイんである。私だったら、恐ろしくて姿を見ただけで平伏_(_^_)_しちゃう。
口答えでもしようもんなら「貴様ら文句あっかー!」ピュ~~ッ(←コートの端から端まで投げ飛ばされる音)てなもんである。
あ、いや、さすがに投げ飛ばしたりはしないけどね。
だが、こっちの舞台はアフリカ系の低所得者層がほとんどの都会の高校。簡単に言うことを聞いたりしないヤローばかりだぜ。去年は4勝しかできなかったのを、OBのカーターがコーチに就任してビシバシ鍛えてやったおかげでちょっと連勝したら、早くも天狗状態に。
このままでは彼らの将来は危うい!目先の勝利より進学を--ということで、まともな成績を取るまでは試合も練習もさせないという実力行使に出たのであった。
ヤッタネ!兄い、一生ついて行きやすぜっ。……という具合にはならずに、選手本人たちはもとより父兄、教師、地元からガンガン文句が来るのであった。さあ、どーする、コーチ。(~_~;)
この背景には、米国の学生スポーツの状況があるようだ。確かに、理屈で考えてもバスケで食って行けるようになる人間がそんなにいるはずはない。しかし、選手も親もつい目先の利益にフラフラと--勉強なんぞよりバスケをやれーとなってしまうのであった。それに、貧困から逃れるにはスポーツ選手になるぐらいしかない、という実情もある。
それにしてもこの映画を観てて驚いたのは、少しでも若者の成長のモデルとなるようなまともな大人の男がほとんど出て来ないことである。主人公以外には一人の生徒の親戚のドラッグ・ディーラー(この男もほとんどセリフはない)ぐらいだ。前任のコーチや選手の父親は頼りなかったり、情けなかったり--あるいは父親が刑務所にいてそもそも存在してなかったりする。
代わりに若者たちの周囲は女ばかりだ。スポーツヒーローに寄ってきてチヤホヤする娘っ子たちや、年中ガミガミ怒っている母親や、妊娠をキビシク告げるガールフレンドや、さらに校長先生まで女なのである。
これでは、犯罪に手を染めるのがイヤならカーターについて行くしかない。しかし、そもそも彼のような人物が身近にいなければ……。
なんとなく暗澹たる気分になってしまった。
もっともS・L・ジャクソンの鬼コーチぶりははまっているし、MTVが製作に参加しているだけあって音楽もバッチリ使われているし、試合場面も文句なし。終わりも一応ちゃんとハッピーエンドである。念の為。
「実話コーチもの」はあと『プライド 栄光の絆』が残っている。これも見てみたいぞ。行きつけのレンタル屋に入ればいいんだけど。
主観点:7点
客観点:7点
【関連リンク】
勝利か、教育か。~『コーチ・カーター』の指導論~
付記:映画館で貰ったチラシで『旅するジーンズと16歳の夏』というのがあった。これって、もしかして人気YA小説『トラベリング・パンツ』(アン・ブラッシェアーズ/理論社)の映画化ではにゃあですかっ。
説明的な邦題ありがとう \(^o^)/ でも、これじゃ原作との関連は分かりませーん。原作の読者層は映画にも興味を持ってそうな女の子たちだと思うんだけどね。最初から相手にしてないって?
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コメント
リンクありがとうございます。
>それにしてもこの映画を観てて驚いたのは、少しでも若者の成長のモデルとなるようなまともな大人の男がほとんど出て来ないことである。
これには気がつきませんでしたが、確かにそうですね。女性も含めて「まともな大人」がカーター以外にいない町、というのは怖いものがあります。こうやって幼稚な大人が再生産されていくということでしょうか。
投稿: 念仏の鉄 | 2005年9月 3日 (土) 10時54分
わざわざお越し頂きありがとうございます。m(_ _)m
これからも時々そちらを覗きに行かせていただきますので、よろしゅう。
|女性も含めて「まともな大人」がカーター以外にいない町、というのは怖いものがあります。
母親はまだガミガミうるさくても身近に存在していますが、父親となると影も形もない、というのは救われない状況と思いました。
投稿: さわやか革命 | 2005年9月 5日 (月) 06時15分