「ヒトラー 最期の12日間」
監督:オリヴァー・ヒルシュビーゲル
出演:ブルーノ・ガンツ
ドイツ・イタリア・オーストリア2004年
2時間35分--長い。と観る前は思っていたが、そんな事はなかった。全編異様なまでの緊張感が続き、あっという間に終わってしまった。面白かった! そして感動した!……いや、感動とは違うかも知れない、何ものかをジワーっと感じた。
ただし、それは劇的なものでは全くない。そのような、盛り上がりとか起伏のあるストーリーを求める人は最初から見ない方がいいだろう。退屈するだけだ。
内容は、その題名の通りソ連軍によるベルリン攻撃からヒトラーの自殺、そして降伏に至るまでの12日間をヒトラーの秘書の目を通して描いたものである。
従って舞台はほとんどが首相官邸のやや陰鬱な地下要塞を占めているのだが、脚本か編集がうまいせいか地上の惨禍や少年兵の話を挟んでいるので飽きたりはしない。
冒頭でヒトラーは人の良いおぢさん風に登場し、後半では首都に砲撃が加えられているにもかかわらず未だに敗北を認められない老いた頑固親父のように描かれている。その周囲ではいかに「戦後」を生き残るか将軍たちが右往左往する。狭い空間で展開するその様子を、映像は手持ちカメラで淡々と追っていく。
もし、過去の作品で似たものを挙げるとすればO・ストーンの『ニクソン』だろうか。かつては最高権力を握った者が破滅に至って現実を見失い狂気の狭間へと落ちていく姿を描いていたが、それはどちらかと言えばシェイクスピア悲劇の主人公のような悲哀に満ちたものであり、没落した権力者として同情を感じさせるものであった。
しかし、ここでB・ガンツが恐るべき熱演を見せるヒトラーは、ただ淡々と冷徹に距離を置いて描写されているが故に、そんな感情移入はできない。観客はただ荒れ狂い力を失いつつある男を目撃するだけなのだ。
しかし、この映画はかの独裁者だけを中心に据えた映画かといえば、そうではないだろう。それは彼の死の以後も物語は続いている事からも明らかだ。(例えば、それは『ベルばら』がオスカルの死後もまだ引き続き革命の顛末を描いたように、である--って、この例は違うか?)
また、彼を取り巻く様々な人物の態度や反応、また敗北間近なのに続けられる市民の粛正や逃亡兵狩りなどの地上の狂気も詳細に描写されている。
思うにここでのヒトラーはブラックホールのようなものである。ご存じのようにブラックホールは巨大な恒星が寿命に近づいた時に収縮して強い重力を生ずるために光さえも捉えられて出ていけなくなる--すなわち暗黒となり不可視になるのだ。その存在は、本体ではなく周囲のガスやらX線・ガンマ線やらによって初めて観測されることになる。
強大な独裁者は既にブラックホールと化し、そこだけ暗く不可視の存在となっている。その権力を浮かび上がらせるのは周囲の献身、忠誠、愛情、そして……狂気である。
いや、マジにここで示される「忠誠」や「愛情」の美しいこと! ほとんど感涙ものだ。砲撃をかいくぐり死を賭して飛んで来た女性飛行士の決然たる眼差し、初めてヒトラーに間近に接して泣き出す看護婦、泥酔し連行される途中で銃殺されると知った時に軍服のボタンを留めナチ式敬礼をする将校(軍人の鑑!)--。
そして極めつけは幼い子どもたちを自ら手にかけるゲッベルス夫人だろう。未来を悲観し子どもを次々と殺し(またその過程をカメラが淡々と追う)、最後に夫と心中するその姿は愛情に満ち崇高でさえある。
だが、その行動の理由は「ナチズムの存在しない世界で子どもを生きさせたくない」という恐るべきものなのだ!
なるほど忠誠や愛情は素晴らしいものであり、常に美しい。だが、人は何に向けてそれを傾けるかに責任を持たねばならない。もし本人が責任を持てないというのだったら(「私は騙されていた」とか「まだ子供だった」など)、忠誠を要求した側の責任を問わねばなるまい。「彼らの心根は美しかった」--では全てをチャラにする単なる思考停止に過ぎない。
つまり、自らの死後も相手に死という献身を要求するような相手に忠誠を傾けるとはどういうことなのか、果たしてそのような相手に忠誠を誓う価値があるのか、という問題を無視することはできないのだ。
そしてこの映画では、「忠誠」や「愛情」を淡々と描写すればするほどその狂的な部分が浮かび上がり、それを傾ける対象の存在の空洞化が明らかになってくるのであった。
しばしば、独裁者を人間的に描き過ぎている、というのがこの映画の致命的な欠点である、とする意見を目にする。だが、そのように主張する人は、むしろ世界史に名を残す悪人が自分と同じ人間であるという事実に耐えられないのではないか。怪物はいかにも醜悪で怪物然としていてくれれば、自らとは違うと安心できるだろう。むしろ、額に角を生やし、醜悪なケヅメやシッポでも持っていたらどんなに良かったことか!
しかし、残念ながら人間はいかような怪物にもなれるのである。この耐えがたき普遍的な真実を示しているのだ。従って、この作品の本質は「不愉快」なのである。
さて、B・ガンツ以外の役者もみな好演。女優陣も素晴らしい。特にゲッベルスの奥さんコワ過ぎです。(>_<)
ただ、軍服姿の男が多数出没するのでなかなか判別が難しい。名前出されてもワカラン状態なので、事前学習が必要だろう(パンフは大したことは載っていない)。以前、教育TVで『ヒトラーと五人の側近たち』というのを見たのだが……忘れた。
最後に戦争映画としての評価を書いておこう。
「戦争映画」というのは好戦・愛戦・反戦・厭戦を問わず一定の基準というのがある。この作品は完全に合格だろう。銃撃戦はほとんどないが、砲撃のドドーンという音や火柱、暗黒の廃墟と化したベルリンの街並み、定番・野戦病院の阿鼻叫喚(正確には「野戦」ではないのだが)、どれをとっても見事である。
観客は事前に「白髪のジイサンばっかり」という噂を聞いていたのだが、そんなことはなくて老若男女さまざまであった(まあ確かに白髪率は高いが)。あと、一人で来ている客の割合は異様に多かった。ご家族・アベック向けではないことは確かだろう。もっとも、若いカップルもいたけど……デート・ムービーには最悪じゃないのか?
主観点:9点
客観点:9点
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