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2006年1月14日 (土)

「ある子供」:観客の「子供度」をあからさまにする恐るべき作品

監督:ジャン=ピエール・ダルデンヌ、リュック・ダルデンヌ
出演:ジェレミー・レニエ、デボラ・フランソワ
ベルギー・フランス2005年

以前の『ロゼッタ』に続いてカンヌ二冠獲得した作品。ということで、充分行けるぜっ!と鼻息も荒く配給元が考えたかどうかは知らないが、監督兄弟まで来日して精力的にあらゆるメディアに顔を出して取材を受けていた。かなり宣伝費もかけたんだろうなと推測する。
で、その宣伝費かけただけの甲斐はあったかというと……大ヒットとはいかなかったようだ。同時期に同じ映画館でやっている『ポビーとディンガン』の方が客が多いぐらいじゃないだろうか。
でも、それは同然だろう。だってこの映画は観ていて楽しくも面白くもないのだから。大勢の観客が押し寄せて来るはずもないのだ。
--しかし、ここには何か名状しがたい「力」がある。「問題作」とか「衝撃作」などという言葉では表わせない何かが、だ。

冒頭、赤ん坊を抱えた若い娘が病院から退院して自分のアパートに帰ってくるところから始まる。父親は宿なしでゴロゴロしている二十歳の若者で、ケチな盗みをしては金を稼いでいる。以後かなりの長い時間、観客はこの若いカップルが他愛なくじゃれ合っているのを見させられる事になる。赤ん坊がいるのにタバコ吸ったり(おいおい)、車を運転しながらふざけたり(危ないっつーの)、ドリンクを引っかけ合ったり(もったいない)……人によってはここで「なんだ、このDQNカップルは!」とガマンできなくなるだろう。(実際、途中で出て行った観客がいた)

さらにその後今度は、若者が一人で乳母車を押しながら下らん事やら子供じみた行動をするのに延々と付き合わされる破目になる。
そのうち、彼はふと思いついて赤ん坊を売ってしまう。まるで盗品を処分するように……。

背景は一貫してベルギーの薄ら寒そうに湿った灰色の都市、それをほとんどの場面を手持ちカメラで淡々と撮る。しかも、効果としての音楽は一切流れない。(カーラジオから流れる『青きドナウ』だけ) それが最後まで続く。
観客が直面させられるのは、この若者の長く空虚な時間そのものである。当人は空虚などとはつゆほども自覚していないのだが、まともな他者から見ればそれは無に等しく、その行動は刹那的で何も考えていない。観ていていい加減、ウンザリしてくるはずだ。
しかし同時に、その「空虚である事」の苛酷さもまた伝わってくるかも知れない。

この映画の宣伝やマスメディアの取り上げ方は、最近話題になっているニート問題と関連づけているのがほとんどだった。だが、それは間違いだろう。これは、どの時代のどの地域でも普遍的に存在する、ある種の若者の姿をありのままに描いているものなのだ。
主人公のような若者は、犯罪を犯すまでには至らなくても日本でも珍しくはない。図体は大人と同じでヒゲまで生やしているような年齢なのに、言動--というよりは基本的な身体の動作までが全く小学生と同じというようなヤツ。
主人公は二十歳という年齢なのに、泥を白壁にくっつけて遊んだり、川を小枝でかき回して時間を潰したり--という小学生と変わらないような動作で時間を潰している。あーこういう奴いるいる、この監督たちはよく観察しているなあ……と思わず見ていて苦笑してしまった。

私は、以前住んでいた地域で2月という一番寒い時期にも関わらず、夜の12時頃に自販機の前でたむろする、あるいは一人で座っている若者たちを思い出した。ド田舎なので終夜営業のコンビニもないせいもあるだろうが、その時は自販機が優しい母親の代わりであり(確かにコインさえ入れれば何も言わずに暖かい飲み物を出してくれる)、乳と蜜流れる楽園の代わりのように見えたものだ。
映画の中で彼を取り巻く人間関係は、若い母親を除けばほとんど金銭的なつながりしかない。(いや、彼女との関係もアヤシイが) 盗む-売る-借金を返す-使う、のサイクルの繰り返しだ。自販機同様に金の切れ目が縁の切れ目、金をなくしたら彼をまともに相手にする者はいない。
そもそも周囲に身近な大人というものがほとんど存在しない。登場するのは、警官、ヤクザ、今は他の男と暮らしている彼の母親ぐらいだ。

さて、そんな主人公の空虚な世界を一変させるのは、彼が手下代わりに使っている少年の叫び声である。年齢は中一ぐらい?のその少年はピアスをつけ、いっちょまえにタバコを吸い、盗みも引ったくりも平気、わざとしゃがれた声で喋る。
だが、そんな彼がかん高い叫びを挙げた時、観客は初めてまだ彼が声変わり前のほんの子供に過ぎないことに気付く。そして、おそらく主人公も--。

この叫びを聞いた時、私は同じような声を『亀も空を飛ぶ』でも耳にしたのを思い出した。それは大人と堂々と渡り合うサテライト少年が怪我をした時、やはり子供っぽい声で泣き叫んだのである。ここで、思いがけなく彼が大人ぶってはいてもまだ本当は子供であるのがあらわにされてしまうのだ。
そう言えば『亀も~』にも赤ん坊が登場してた。そして周囲にロクな大人が存在しないのも同じ。国情があまりに違うとはいっても、社会のシステムからはじき出された子供たちを描いているのには変わりない。
しかし『亀も~』の子供に同情の涙を流す人はいても、こちらの主人公の若者に同情する者はいないだろう。

それを思えば結末において示される、監督たちの「大人」ぶりには驚き、そして感心し圧倒された。
私は子供の頃、歳をとったらきっと大人になれるのだろうと信じていた。しかし実際はそんな事はなかった。いくら歳だけくってもガキのままなのは変わりはない。
死ぬまでにはいつか、この監督たちのような「大人」になりたいと心から願う。しかし、そんな日は来るだろうか?(……CCRが耳元で「いつかなんて絶対にやって来ない」と不吉に歌う)

見終ってすぐは「『息子のまなざし』ほどの衝撃はないなー」などと思ったが、時が経つにつれて段々ズシーッと来た。やられたってな感じですか。
寒々とした映像もたまらんが、「音」はもっとスゴイ! 絶えず鳴り響く自動車の行き交う音、少年の鋭い叫び、そして何より札を数える音……これには参ったよ。(-o-;) こんな「音」は未だ聴いた事はないと断言しよう。

ポスター・チラシの写真や宣伝文句は、内容を勘違いさせてるんじゃないかとちょっと気になった。
他国のサイトを幾つか見たが、赤ん坊が一緒のスチール写真を使ってるのは日本だけだよ。他はみんな若い二人のショット。
日本の公式サイト
米国公式サイト これから公開らしい。


主観点:9点
客観点:6点(他人にはオススメしないという意味で、この点数)


【関連リンク】
いくつかネット上の感想を見たが、ここのブログが唯一、結末について卓見を示していると思う。
他には納得いく感想は見つけられなかったなー。(モロに評論家の文体真似しているのがあったりしてめげた)
「音楽的、あまりに音楽的」
しかし、コメント欄もTBもないんですね。はてな同士だとできるのかな?

こちらを後から追加。
以前にも引用したことのある荒木國臣先生のHPより「映画/芸術批評02」1月12日付けの『L'Enfant(ある子供)』
大いに納得!
ただ、こちらのHP、幅広に字が詰まっていてとっても読みにくいのが難。(泣)

参考意見として、ついでに否定的なものも紹介しておこう。
「京の昼寝~♪」
この映画に納得できない人の意見の代表的なものか。「日経エンタメ」誌の松本人志の評もこんな感じで3点を付けてる。(もちろん10点満点で)

【追記】
カンヌで以前にパルム・ドール取ったのは『ロゼッタ』の方だった。『息子のまなざし』は取り損ねたのねー。訂正しました。
関連リンクを一つ追加。

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