「オラファー エリアソン 影の光」:不可視の時と空間を視る
会場:原美術館
2005年11月17日-2006年3月5日
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昨日、品川の原美術館行ったんです。原美術館。
そしたらなんかアベックがめちゃくちゃいっぱいでごった返してるんです。
で、よく見たらなんかポスター貼ってあって、オラファー エリアソン一般1000円、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、1000円如きで普段来てない原美術館に来てんじゃねーよ、ボケが。
1000円だよ、1000円。
なんか親子連れとかもいるし。一家4人で美術鑑賞か。おめでてーな。
よーしパパ解説しちゃうぞー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、1000円やるからその場所空けろと。
美術館ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
作品挟んでアーティストと客といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。
で、やっと見れたかと思ったら、隣のアベックが、カフェのケーキおいしそー、とか言ってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、ケーキなんて食ってるヒマはねーんだよ。ボケが。
お前らは本当にアートを見たいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前ら、デートしたいだけちゃうんかと。
美術館通の俺から言わせてもらえば今、美術館通の間での最新流行はやっぱり、
ワンカップ大関、これだね。
スポーツ新聞片手にワンカップ大関。これが通の鑑賞法。
床に新聞広げてワンカップをチビリチビリやりながら寝っ転がって見る。ゴロッと。
で、新聞は東京中日スポーツ。これ最強。
しかしこれをやると次から監視員にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前らド素人は、表参道ヒルズでも行ってなさいってこった。
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前から行こう行こうと思っていながら、ついつい延期してしまって今ごろになってしまったこの美術展……が、行ってみて驚いた。普段は静かな原美術館が人でいっぱいではないか。一瞬、団体客でも来てるのかと勘違いしてしまったよ。正直言って、原美術館がこんなに混雑しているのは初めて見た! なるほど、一か月期間延長したのも納得だ。
エリアソンはデンマーク出身のアーティストとのこと。環境を利用した大規模なインスタレーションなど作品は広範囲なものらしいが、今回の展示では光を使ったものが中心だった。
色のついたアクリル?の輪を暗い部屋の真ん中に複数重ねて吊るして回転させ、それをライトで照らした「色彩の空間を包み込むもの」はとてもカラフルで美しい。見るのはその輪自体ではなく、壁に投影される、輪の放つ光(と影)を眺める。
それぞれの輪は大きさと回転の速さと色が違うので、投影される光の輪っかは大きさや形が微妙にズレて行き、色彩も美しく混ざりあう。刻々と変化する色と形はずっと見ていても全く飽きない。そのためかこの作品の部屋が一番混雑していた。
隣接した奥の部屋の「カメラオブスキュラ」はピンホールカメラの原理を利用して、美術館の外の風景を中のスクリーンに倒立して映し出す。外が明るいとキレイらしいんだが、私が行った時はもう夕方で薄暗いもやもやした風景しか見えなかった。残念無念である。
ポスターやチラシに使われていて、一番話題になっているのが「美」だ。常設の森村泰昌のトイレ作品を横目に見て奥の真っ暗なスペースに入って行くと、天井から微細な霧雨が降っている。それにライトが当てられていて、正面から見ると人工の虹が(!o!)
しかも水量を調節しているのか、それとも人の移動で空気が動くのか、少しずつ微妙に虹の形と色が変化して行く。まるで、虹の薄い幕が張られて揺れ動いているようである。思わずぼーっと見入ってしまう。
「空間を包み込むもの」は「色彩の~」の基本型のような感じ。こちらは金属の輪っかが一個だけ部屋の真ん中に下がっていて、その輪の幅の部分に鏡が貼ってあるらしい。そうすると、その鏡がライトを反射して少し幅のある鮮明な光の輪が一本だけできる。それがゆっくりと回転して行く。
光の輪は小さな部屋の壁を(ライトの背面の部分まで)なぞるように動き、あたかも目に見えない空間をクッキリとかたどっていくかのようだ。
本当にそれだけの作品なのだが、シンプルさが却って印象的である。
さて、私が一番惹かれたのは「円を描く虹」である。これもライトの前に50センチぐらいの金属製の輪が一つぶら下がって回転しているだけだ。しかし、その輪の形状のため反射した光の輪は幾つも様々に生じる。
大きさ・幅・光の濃淡--複数の輪が規則的にゆっくりと生まれては消え、環状の形を解体させたりまた繋がったりして、部屋全体の壁をたどっていく。一連の動きは数分ごとに繰り返し、目に見えないはずの時間と空間を描き出して見せる。そこで鑑賞者が目撃するのは単なる光の輪ではなく、時の流れと空間の広がりなのである。
と同時に、そこには他の作品にない神秘性が感じられた。私が非常に引きつけられたのはそのせいだろう。
部屋の空間を舞台にして、何者の干渉も受けずただ生成・解体・消滅を繰り返す過程を見ていると、『2001年宇宙の旅』の惑星直列の場面や、スターゲイト・コリドーの生命の誕生と滅亡を示す部分を思い出す。あの、明確な科学に裏打ちされた神秘性とでもいうものが、やはり「円を描く虹」にも存在するのだ。
そして、そういうものを見ていると強く自分の暗い内部に底に引き込まれていくような気がする……。
どの作品も素晴らしく、思わず全部二度ずつ見直してしまった。
それにしても不可解なのは客のほとんどが似たような年代・タイプの若いカップルだったことである。しかも、部屋の隅に座り込んで作品を見るでもなくおしゃべりしている。なんで(?_?)
あとで知ったのだが、テレビの深夜番組でデートスポットとして紹介されたらしい。なるほどそれがあの混雑の原因だったのか。
どうりでデジカメやケータイでバシャバシャ写真撮りまくる奴が絶えなかったのも納得だ。目撃した時に「大丈夫か?」と思ったが(美術館の人が注意していたが人数が多過ぎてとても対処できてなかった)、「作品」ではなく年末のイルミネーションみたいなイベントの類いと見なしているなら理解できない行動ではない。
しかし展示空間の設定自体が、このような多人数は「想定の範囲外」に作られているので、じっくり鑑賞という気分にはなれなかったのが正直なところである。それだけが残念だった。
本物のトイレの奥の分かりにくい場所に、奈良美智の作品(というか「部屋」)があった。
最後に、先日亡くなったナム・ジュン・パイクの常設展示のインスタレーションに合掌して帰った。(-人-)
【関連リンク】
「東京アートレビュー」
展示作品が全て画像付きで紹介されている。
「研究日誌」
な、なんと「あの人」までが原美術館に出現(!o!) 接近遭遇報告あり。ブログ主には「ご愁傷さまでした」としか言いようがない。
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