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2006年3月 4日 (土)

世界全人類を愛している--が、あの隣人にはガマンできないっ

映画『ホテル・ルワンダ』はまだ見に行っていない。早々に前売券を買ったが、激混雑中という噂を聞いて後回しにしているのだ。
従って映画の内容についてはなんとも言えないが、ネット上では各所で様々な意見が飛び交っている。
その一例がこれ。

ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記「 『ホテル・ルワンダ』なんか何の役にも立たない!」

BigBang「引き寄せずとも寄り添えるのではないか。-----ホテル・ルワンダと関東大震災を結ぶ視点」

BigBangさんの文章を読んでいささか疑問を感じたのは、相手を引き寄せて自らを重ね合わせなくても、向こうに寄り添って理解するのが可能である、というくだりである。

もしこれが本当に可能であるのなら、そもそも町山氏がブログやパンフの文章を書くに至った経緯について、自らを重ね合わせなくとも寄り添って理解する事が可能なはずである。(さらに敷衍すれば、映画パンフの文章を読んでカチンと来た問題のブログの書き手の気持についても、理解可能なはずということになる)

しかしそういうことは実際にはなく、さらにその後のブログのコメント欄のやり取りを見ていると「遠い国の事件については向こう側に寄り添って理解出来るというのに、同じ国のブログを書いてる隣人については理解できないのであろうか?」という疑念が湧いてくる。
であるとすれば、遠い国の事件(について描いた映画)を理解するったって、要するにそれは悲惨で美しくて恐ろしいファンタジーとして物語を消費しているに過ぎないのではないか?
単なる「物語」として消費しないためには、自らに引き寄せて考えるしかないと思うんだが。

--というような事を言いたかったんだけどね。
もちろん、これを理解して貰えなくっても結構ですよ。(^○^)

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