「ミュンヘン」:警告!これはノンフィクションでもドキュメンタリーでもありません
監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:エリック・バナ
米国2005年
イスラエル・パレスチナ両サイドから賛否両論の、スピちゃん社会派系の問題作。
1972年ミュンヘン五輪での人質事件への報復のためにイスラエル側が暗殺計画を実行、という実話を元にしている。
主人公アヴナーはモサドに属してはいるが人も殺したこともない閑職についている、という設定。それがなぜ首相直々に暗殺を命じられたかというと、建国の英雄の息子だからである。彼はチームを組んで数人を暗殺。だがやがてCIAが絡んできたり、謎の殺し屋が出没したりして逆に身の危険が迫ってくる--。
モサドといやあ、世界一こわい諜報機関である!……というのはスパイものやらアクションものの映画・小説では常識だったはずだ。私なんかもう名前聞いただけで恐ろしくて「ギャ~~ッ(>O<)」と叫んで押し入れの中に逃げ込んじゃう。
それなのにここでのモサドはちょっとおマヌケな感じ。大体にして情報を丸ごと外部から買って入手してたんじゃ計画がバレバレだと思うんだが、どーなのよ。
それに他のメンバーも骨董品屋とか玩具職人とかショボくれた普通の市民ぽい。
そんな彼らが迷いながらもなんとか任務を果たしやがて挫折していくのを、じっくりと見せる。長丁場をダレないで持たせる手腕はさすがスピちゃんと感心する。ユダヤ人でありながら完全イスラエル寄りにはなっていないのも好感度アップ。
また、殺人や銃撃戦の描写はかなり即物的でアクション・ファンにも大満足な出来だ。(ただし慣れない人はご注意)
ついでながら背後に流れてた当時のソウル・ミュージックは懐かしかった。
女の子と電話の場面はヒチコックの引用だそうな。では、爆弾男の正体は--というくだりは『飛べ!フェニックス』がネタ元か?
しかし一方で、どうも最初から何か判然としないモヤモヤとしたものを観ている間ずーっと感じていたのもまた事実である。
よくよく考えてみると、主人公が何を思っているのか見ていてよくわからないのだ。最初に暗殺を命令された時に「やったー!テロリスト共に目にもの見せてやるぞ」と喜んだのか、「これで英雄の息子にふさわしくなれる、頑張るぞー」と奮起したのか、「あー、もうすぐ子どもが生まれるってのに面倒っちいなあ」と渋々だったのか、「暗殺なんて気が向かない」とウツになったのか、まったく描写されていないのである。
それは他のメンバーも同じで辛うじてドライバー役の男が興奮しているように見えるが、どちらかというと自分がリーダーに選ばれなかった事を気にしているようにも取れる。
発端からそれなので、後半で事態が悪化した時に彼がゲンナリした表情を見せても、反省してるんだか残念に思ってんだか国を恨んでんだか、やっぱりよく分からないのである。分かるのは、彼がこの事態がとにかく嫌だという事だけだ。
という訳で終始、主人公の内面を理解する事が出来ずにこの映画は終わったのであった。
さらにもう一つ不可解だったのは、久々に再会した妻とのベッドシーンで過去の回想場面がオーバーラップされることである。それが自分の犯した殺人や流血沙汰の場面ならまだしも、なぜかミュンヘン五輪事件の空港で人質と犯人が殺される様相が、白黒ニュース風のドキュメンタリータッチで描かれるのだ。
なんで彼が実際に見てもいない映像がベッド上の行為中に出てくるのか?訳分かんないぞー。まあ、両方とも「突撃」してんのは共通だけどさ(^o^;
しかもこの空港でのドキュメンタリー風場面は、実は事実とは違うらしい。この映画を作っている時には公にはなってなかったそうだが……。(文末のリンクを参照のこと)
「ドキュメンタリー・タッチ」だからと言って「事実」ではないっちゅーことですね。また一つ賢くなりました。
さて、ネットでこの映画の感想を眺めていて気になった点を幾つか。
まず、「この事件は日本ではあまり報道されなくて知られていない」という意味のことが書かれているのを幾つか見たが、ホントか?と思ったので調べてみた。
当時の新聞縮刷版を見てみると、事件の翌日の朝刊はこの事件が1・2・3面を完全制覇。同じ日の夕刊さらに次の日の朝刊も同様である。充分報道されてたわけだが、記憶に残ってないというのは、結局この事件には日本人が直接関わっていなかったからだろう。
もう一つ、「日本には民族問題がないので、見ていてよく分からなかった」という意見があってずっこけた。民族問題、日本にないか(?_?; ……あるだろ。
それと、この映画だけでなく実話を基にした社会派や時事ネタ系の映画(『スタンドアップ』とか『ジャーヘッド』なんか)のことを「ドキュメンタリー」や「ノンフィクション」と書いているのも驚いた。違~う(>O<) こりゃ、実話を元にしているけれど、あくまで「フィクション」ですよっ!
主観点:6点
客観点:8点
【関連リンク】
『パラダイス・ナウ』と『ミュンヘン』──映画に見るイスラエル-パレスチナ
かつては戦争に参加しその後長年平和運動を続けたイスラエル人の老ジャーナリストの感想。(二つの映画についてかなりのネタバレあり) 当事者としての怒りが炸裂しております。
映画館を出る時に、私を招いたドイツ人が私の感想を聞きたがった。何も考えることなく、反射的に私の口から出てきたのは──何から何まで「不愉快だ!」
(中略)
ミュンヘンでの襲撃シーン──最初から終わりまで、断片的に、何度も何度も繰り返される──に登場するアラブ人は、惨めったらしく醜く汚らしく臆病な生きものとして描かれ、一方、イスラエル人の復讐者アヴナーはその対極にある。
上記の文末リンクより
P-navi info
上の映画評を掲載した「ナブルス通信」の編集人さんによる感想。
これを読んで目からウロコがポロポロとはがれ落ちる思いがした。なるほどあの主人公にユダヤ系米国人としてのスピルバーグは自分の苛立ちを代弁させているわけか。確かに「おれはこういう状態はイヤだー、なんとかしてくれ」というのはよーく伝わってきたよ。
| 固定リンク | 0
コメント