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2006年6月17日 (土)

「隠された記憶」:衝撃のラストカットに気を取られてはイカン!

監督:ミヒャエル・ハネケ
出演:ダニエル・オートゥイユ、ジュリエット・ビノシュ
フランス・オーストリア・ドイツ・イタリア2005年

ハネケ監督の前作『ピアニスト』は意図的に古典的ラブロマンスの体裁を取っていたという。ならば、今回の新作はエンタテインメントとして流通しているホラー・サスペンス映画の形式を踏襲しているのだろう。

討論番組の司会として人気を得ている主人公(「朝まで生テレビ」じゃなくて教育TVっぽい番組)に送られてくる不可解な盗撮ビデオ。何本も送られてくるうちに、内容はやがて彼の過去の「罪」を暴くようになってくる。それが原因で家庭内にも齟齬を生じる--。

と書けばサイコホラーを思い浮かべるだろう。さらに広告やチラシの「衝撃のラストカット!」(笑)などというコピーが期待をあおる。だが、実際に見てみるとそのようなもんではない。

盗撮された映像には微かな手ブレがある。それは主人公の家の前などほとんど変哲もない街並みの映像であるが、段々と今目にしている映像が果たして盗撮されたものなのかそうではない元の「映画」としてのものなのか、区別がつかなくなってくる。
最初に現われた映像は盗撮で、それと全く同じアングルのものが二度目に現われた時は「地」の映像だという場合もある。
さらに主人公の、夢や回想の場面もまざってますます混沌として分からなくなる。
そして、元の盗撮映像に微かに感じられた「悪意」がどの場面場面にもにじみ出てくるような気がするのだ。

最初のうちは観客は主人公の立場に立って観ているはずなのだが、話が進むにつれその言動を通してどうにもこの男がイヤな奴なのがハッキリして来てガマンできなくなる。
それは歴史的な背景もある人種差別問題が関わるのだが、「私は悪くない」「子供だったんだ」「仕方なかった」……正面衝突して大声でののしり合うのが米国流であるなら、こちらは欧州流(?)の隠微なる差別意識とでもいえようか。何かのきっかけで心理の表層の陰からじわじわとにじみ出てくる。これほどに知識階級の嫌らしさをあからさまに描いたものはないだろう。

悪意ある映像からあぶり出されるもう一つの悪意--観ていてこんなにイヤーな気分になる映画を作るとは、さすがハネケだー。 \(^o^)/

もっとも普通のサスペンスとして見てもかなり突出している。ビデオと一緒に送られてくる子供っぽい絵は単純なだけに逆にコワくて不気味だし、夢の中に現われる血の色がアクリル絵具のようなツルツルした赤なのも気持ちが悪い。(後で自分の夢にまで「赤」が出てきた)
中盤の「衝撃」シーンに至ってはなまじなショッカー映画など太刀打ちできない。ほとんどの観客が言葉を失うか、「ぎゃっ」と声をあげてしまうかぐらいのもんである。

とすれば、ラストシーンはどう解釈したらいいのだろうか。そこに出てくる人物が犯人であるというのなら謎解きとしては陳腐な部類だが、問題はその「ラストカット」もまた手ブレ映像なのである。ということは盗撮した人物は他にいる?犯人は違うのか(?_?)

しかし、さらにもう一つ問題なのはその前のシーン--明らかに主人公の少年時代の事件の回想とおぼしき映像、これもまた手ブレなのだ。
そんな昔にビデオがあるわけはなし。ならば主人公か、それとも全く別の第三者が窃視している視線なのか。(その第三者は次のラストシーンで示唆される犯人ではあり得ない)
まさに謎が謎を呼んで訳ワカラン状態(@_@)である。

だが、こちらの「その真実の瞬間を見逃してはいけない!」を読んでみて、同感した。
誰某が犯人でこのような筋道があって犯人が暴かれ正義が下されるというのが「犯罪」を描くものであれば、一方で自らあるいは他者が犯した罪に対していかに意識し対処するのか--というのもやはり「犯罪」を描いたものに違いない。
後者の場合はもはや犯人は誰かなどという事はどうでもいいのである。そこには罪に対する回答などあり得ないのだ。

かつて犯した「罪」--そしてそれを知る何者かが存在するということ。「盗撮」の視線は誰のものとも知れず永遠に循環して行くのである。


それにしても「衝撃のラストカット」は余計な惹句としかいいようがない。観客はみなどんなものが出現するのかとドキドキと期待しているのだが、なにせ終わってから始めて「えー、あれがラストだったのか(!o!)」と気付くような感じなのだ。
最後に重要なものが出てくるのを注意したかったのかも知れないが、却って大混乱。最近ろくでもない宣伝コピーが多過ぎだよ。

他のハネケ作品同様、この映画でも効果としての音楽が一切使われていない。監督賞を取ったカンヌ映画祭で、同じくパルムドールを取った『ある子供』も同様だった。今は音楽使わないのが最先端か?


主観点:9点
客観点:8点


【関連リンク】
「『隠された記憶』 透明なカメラ」
こちらの感想も興味深いです。

【追加】
「終日暖気」
この解釈には目ウロコ状態でした。

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コメント

初めまして、こんばんは。
TB&コメントをいただきまして、ありがとうございました。嬉しかったです。(私もTBさせていただきましたが、うまくできているのかちょっと心配です)
早速お邪魔させていただきましたら、あ、恥ずかしいです。でもありがとうございます。
ピエールとアンについて、さわやか革命さまも同じように感じておられたとのことで、とっても安心してしまいました。
本当に不安を掻き立てられ放りだされて右往左往・・といった奥の深い作品で、ああハネケ監督・・という映画でした

投稿: 武田 | 2006年6月24日 (土) 01時26分

わざわざお出でくださり、ありがとうございます。
D・オートゥイユはどうしようもない男をうまく演じて名演でしたね。
ピエールとアンは中坊には理解できない「大人の付き合い」という感じでしょうか。
どこかで続映してくれんかなあ……。

投稿: さわやか革命 | 2006年6月25日 (日) 13時16分

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受信: 2006年7月10日 (月) 23時30分

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受信: 2008年7月 7日 (月) 21時12分

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