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2006年7月

2006年7月31日 (月)

「ガーダ パレスチナの詩」:あえて「正史」ではなく

監督:古居みずえ
日本2005年

OLからジャーナリストへ転身した女性の監督第一作目のドキュメンタリー。最近「徹子の部屋」にも出たらしい。ここでは、通訳として知り合った若いパレスチナ女性の十数年間を取材している。

冒頭は1994年、ガザの難民キャンプの中でもユダヤ人入植地に近い地区に住む、23歳のガーダとその家族の生活が紹介される。彼女は大学こそ行き損ねたが、高い教育を受け英語の通訳をする、ある意味「近代化」された女性であり、自分の結婚式ではうっとーしい古くからの儀式は拒否する。そこでの忌憚ない家族との話し合い(ぶつかり合い)の場面も出てくる。
でも、嫌がっていたパーティで着たドレスを自分の祖母に見せる時は、「私きれい?」なんて踊ったりして結構嬉しそうなのは笑っちゃう。(^^)

二年後、彼女は女の子を出産。病院で陣痛に苦しむ場面やホントに生まれたばかりの赤ん坊も画面に登場。イスラムの風習を考えると、こんな場面は女性監督にしか撮れないだろう。(過去にここまで取材した者はいないらしい)
このあたりまでは和平協定が続いていて平穏だった。

2000年、和平は破れ、第二次インティファーダが始まる。ガーダの親戚の子どもの死をきっかけに、彼女は親族や知り合いの高齢の女性たちから過去の聞き書きを始める。ここから、カメラはガーダ本人を撮るというより、彼女と同行して老人達を一緒に取材するという形になる。
その一方で、ガーダの実家の地区を激しい銃撃が襲う。本当に普通の住居にバリバリ降ってくるのだ。スクリーンのこちら側にいてもギャッと叫んで首をすくめたくなる。それでも住民はヤギに餌をやりに行ったり、危険な通りを渡って自分の家に戻ったり、夕飯を作らなければならない。

ここに至って、客席は絶えず鼻をすすり上げる音が聞こえてくるようになる。ええ、私も涙を流しましたとも。(~ ^~) 文句あっか。

特に印象的なのは、イスラエル兵にブルドーザーで家を壊されてしまったのに、鍵を捨てられないで大切に持っている百歳というばーちゃん。「これは羊小屋の鍵、これは家の鍵」と見せてくれるが、彼女の家はもう跡形もなくぺちゃんこになっているのだ。
夫婦間では妻の方が家に対する執着が強いという話を聞いた事がある。なんでも、実際に家具や調理器具などを揃えて家作りをするのが妻の方だからだという。(離婚の際にはそこに夫婦の差が出るとか) なんとなくそれを思い出した。何十年にも渡り作り上げてきた家を失うのは耐えがたいことだろう。
さらに、彼女は地面になぎ倒されたオレンジの樹(かなりの巨木)に収穫されないまま枝にたくさん残っている実を、ガーダたちのためにもいでくれるのである。そんなにたくさん食べられないと言っても、「いいから持っておいき」となおもエプロンに一杯オレンジを取ってくれるのだ。
ばーちゃん、あんまりだー(TOT)ドーッ
もう号泣ですよ、号泣。

実際に見てみるまで、私は一旦は「近代西欧化」された若い女性が、戦乱状態の中で自らの民族性に目覚め過去へと回帰していく話かと思っていたのだが、それとは違っていた。
正史(そのほとんどは男が語るものである)ではなく、その陰に存在する女性たちの無数の「裏史」を掘り起こし記録・保存しようとする、極めて「非正統的」「非伝統的」な試みなのである。

例えば、年老いた農民の夫婦が登場し、ダンナの方は実はかなりの教養があって自分で詩を作ったりまでするのだが、彼の悲嘆に満ちた詩や歌はまさに正史というべきものだろう。その悲痛な歌は実際非常に心を打つが、一方で冒頭に出てくるガーダの母方の祖母が歌う歌に、正直なところより惹かれてしまう。なにせ、もうそこら中シワシワのばーちゃんが結婚式を前に不安を感じて揺れ動く乙女心を歌うのだ。「私は細いウエストで、甘く美しい」--なんて。どう見ても、ウエストは太く、オトメのオの字もないばーちゃんが、である。
なんだか感動ですよ(T^T)クーッ また泣いちゃう。

そして、最後に「これが私の闘いである」というガーダの決意には心を打たれた。他の何ものでもない、暴力でも諦めでもない、力強いその選択に……。
もちろん、彼女と十数年間を併走してきた監督にも。

でも、お願いだから「やっぱり女は強い」などとという陳腐なほめ言葉だけは使わないでくれい。一種の思考停止フレーズだよね。
ついでに、ネット上の感想に「パレスチナ人の言い分ばかり取り上げて、イスラエルにも取材してないのはおかしい」の類いを幾つか見つけて驚いた。まるで、八百屋に行って「果物を売ってないのはおかしい」と言うようなもんである。最近、こういう「理不尽な公正さを求める」意見が多いように思えるのは気のせいかね。

どーでもいいことだが、出てくる料理がおいしそうだった。どんな味だか分からんけど見てるとヨダレが出てきちゃうよ。(^Q^)


アップリンクって初めて行ったのだが、段差が無い代わりに色んな種類の椅子が置いてあって、何気に見づらいような気が……(-_-;) 特に上映中もギコギコ音がする椅子は何とかしてくれ。
それから、『ミュンヘン』の感想の関連リンク先で紹介してた映画『パラダイス・ナウ』の予告をやってた。おお、遂に公開ですか(!o!) 是非とも『ミュンヘン』と見比べたいもんである。


主観点:8点(あまり点数は意味がない)
客観点:8点(   同上   )


【関連リンク】
公式HP
私のブラウザではちょっとブチ壊れて見えます。

内容紹介
《『ガーダ パレスチナの詩』 勝手に書く紹介文》ネタバレなし
《『ガーダ パレスチナの詩』 2つの世界を飛び越えて》ネタバレあり

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2006年7月28日 (金)

「カーズ」(字幕版):最強のクリエイター集団に脱帽平伏

監督:ジョン・ラセター
声の出演:オーウェン・ウィルソン、ポール・ニューマン
米国2006年

自慢じゃないけど、クルマのことは全く分かんない。免許持ってないし。車種とかもよく知らん。事故や犯罪目撃しても「えーと、えーと、黒っぽい色の乗用車でドアが4つあったかな(?_?;」ぐらいしか証言できんぞ。

というわけで、ピクサーの新作の『カーズ』もあんまり期待してなかった。久々に監督として登板のJ・ラセターはカーキチだそうだが、私は上記のようにクルマに興味ないし、おまけに予告がさらに見る意欲を減退させてくれる。
だーって、あなた、自動車に目鼻ですよ! なに、こりゃ~っ(-o-;)てなもん。全然、期待できん。今イチ詰まらなそう。でも、まあ今までピクサーアニメは欠かさず見てきたからなあ……という消極的な理由で観に行った。字幕版を選んだのは、やはりなんと言ってもポール・ニューマンが声をやっているからである。

で、結果は--。

わたくしが悪うございました。m(__)mガバッ
ピクサー&ラセターは神と認定してよしっ。ヽ(^^)/\(^^)、

才能はあるが傲慢で自己チューの若者が、他者との関りの中で自分を見直し考えを改める--という物語は極めて定番な昔からある「感動」ものであり、もはや使い古されきっているとしか言いようがない。(例えばP・ニューマンの『ハスラー』一作目・二作目ともにそういう話)
そんな古臭い物語がどーしてここまで面白いのかっ!そして新鮮なのか?
ひたすら感心するだけだ~。

冒頭の華やかなレース場の場面。本当に全部、観客から始まって何もかもがクルマ尽くしになっていて笑っちゃうが、きらびやかで華々しく興奮が伝わってくる。
一転、主人公がつかまっちゃうド田舎のさびれた町の煤けた建物やサビついたりホコリ被ってるクルマ達の脱力な描写もある意味すごい。
しかし、その周囲の自然の本当に美しいこと。木々や滝の水だけでなく、なんか「空気」の美しさまで描いているのはオドロキ。主人公同様に観る者も感動してしまう。要するに、視覚的に全て説得力がある。これは当然のはずのことだが、なかなかに実現するのは難しいことだ。

徐々に夕闇が迫るハイウェイ、夜の中を疾走する蛍光色の暴走車(?)、畑の中で眠るトラクター牛(爆笑)、その他にも色々印象的な場面がある。

登場人物じゃなかった登場車物のキャラクター設定もツボを心得てるし、定番の物語を退屈させずに見せる脚本もよくできている。主人公が普通の自動車じゃなくてレーシングカーだというのも色々あるんですね。(ライトがないとか、未舗装のボコボコ道を知らないとか)
しかも、「古い」だけじゃない。地方の町の商店街がさびれていくという日米共通の問題(というより、日本が米国の後追いをしているのか)という現在の新しいネタについてもちゃんと訴えているのだ。
そう、それから「勝って何が悪い」とか「儲けるのがどうしていけないんですか」みたいな風潮にも。最後は泣けちゃったよ。

残念なのは、車やレースについての小ネタ大ネタ満載なのが、ほとんど理解できなかったこと。知識のある人は百倍以上楽しめるだろう。IMDBのトリヴィア欄を見るとレースのクラッシュ場面は実際のレースのものを再現してるとか、町のそばの巨大な岩石群が変な形してるなと思ったら、キャデラック・ランチ(スプリングスティーンの歌にもなっている)を模している、なんてあってビックリ。

というわけで、これからはピクサー・アニメがどんなに信じられないようなモノを主人公にしたり題材にしても絶対に観に行く事にしよう。
で、次回は「パリのレストランに住むグルメなネズミ」ですか……?
取りあえずは、吹替え版もそのうち見てみたい。

個人的に嬉しかったのは、音楽にランディ・ニューマンが久々に登板ということ。しかも、途中で聞いた事があるようなヴォーカルの歌が--と思ったら、なんと彼のオリジナル曲をジェイムズ・テイラーが歌っているではにゃあか(!o!)
ということは、R・ニューマンがまたアカデミー賞の候補になれば、授賞式で彼のピアノをバックにJ・テイラーが歌うなんて場面もありだっ。 \(^o^)/ よーし、今から録画チェ~ック決定。


ピクサーに全く興味のなかった私が見るようになったのは、ランディ・ニューマンのおかげである。『トイ・ストーリー』が公開されてた時に、たまたまつけていたTVで一部を紹介しているのを見かけた。
それはオモチャのバズが自分が玩具だとは信じず、空を飛べると思ってまさに飛ぼうとする場面である。他のキャラクターと観客はみんな彼が飛べないと分かっている。その心情を代弁するようにR・ニューマンの哀愁に満ちてちょっと残酷な歌声が流れるのだ。また、それが映像にピタリとうまくはまっていた。それで、『トイ・ストーリー』を見てみようという気になったのである。
あのTVをたまたま見なくて、彼の歌声を聴かなかったら、私は今でもピクサー・アニメなどバカにして見ていないだろう。偶然とは不思議なもんである。


主観点:9点
客観点:8点(車に興味のないお子様にはどうかな?)

【関連リンク】
「Feel so war?」より《カーズを観たずら》
うむむ、レースの裏側には色々あるんですねえ……。

「水曜日のシネマ日記」から《子供たちへの配慮が感じられる。『カーズ(日本語吹替版)』》
字幕版と吹替え版の差についての記事。ますます吹替え版が見たくなってきた。でもって、その後また字幕版が見たくなったりして(^=^;
確かに、本当に字幕版の主人公はどーしようもなくイヤな奴なんだよねえ。
「中身のない空っぽのカップ」と「ただの置き物」--むむむ、含蓄あり過ぎです。

【追記】
吹替版の感想こちらに書きました。

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2006年7月24日 (月)

ひょんな所で森脇真末味の絵を見かけた話

ネット上を検索してフラフラしていたら、「鳥肌音楽 Chicken Skin Music」というブログでなぜか森脇真末味の絵を見つけた。
ブログ主のプロフィールの画像がそれなのだが、その由来を説明している約一年前の記事《森脇真末味さん》を読んでみる。

ええー、森脇真末味に似顔絵描いてもらえたなんてう~らやまし~い~。もう、家宝ですよっ( ^^)//

その後の日付の記事の外タレの警備をしてた話も面白い。当時私はバリバリのオールド・ウェーヴ人間(←そういう言い方はしないか(^^;)だったんで、聴いてたのはどっちかってえとB・マニロウの方だったんですが(汗)

パンク勃興前の時代の大きなホールのコンサートだと、席から立ち上がるのもヤバイし、通路に一歩踏み出そうものなら警備員に放り出されても仕方ない感じだった。それというのも、死人が出てしまったからだが……。あれは何年ごろかな? 新聞にデカデカと報道されてたのを覚えている。

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2006年7月23日 (日)

本のない図書館を、図書館と言えるかっつーの!(怒)

「kmizusawaの日記」経由で「福島・矢祭町:新設図書館の本、寄贈呼び掛け」を知る。

「図書館」なる建物は用意したが、肝心の本がない……って、典型的ハコモノ行政ぢゃありませんか。建物建てただけで図書館作った気になってるのはどーいうことよ。
図書館の成立要件は一に資料、二に人(職員)で、建物は一番最後でしょう。
で、この寄贈を求めるというのがあたかも美談のように報道されてるのも気に入らねえ~。それからついでに「約3万6000冊分のスペース」って少なくないか? まあ、本買わなければ増えないからいいか(^○^)

これが日本の平均的な図書館についての認識ってことですかねえ( -o-) sigh...

【追記】
新たに以下の記事を追加しました。
《本のない図書館その後》

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「ポジティフオルガンの魅力」:なりは小さくとも音楽性に変わりなし

大塚直哉リサイタルシリーズ〈クラヴィーアの旅〉その4
会場:近江楽堂
2006年7月19日

巨大なパイプオルガンに対し、移動可能な小型のポジティフオルガンは通奏低音の演奏によく使われている。今回はその独奏会。アンサンブルの中では見かけても、ソロとなるとあんまり聞いたことがない。そもそも、「チェンバロの名手」とか「パイプオルガンの権威」なんて表現はあってもポジティフオルガンについてはそんなのは聞いたことないんである。そういうことからも、常に縁の下の力持ちな地味~な存在なのだろう。

一日二回公演ということもあってか、主な客は昼の回に来てしまったらしく、夜の回は客があまりいなかった。ただでさえすき間が空いてる座席を効き過ぎたエアコンの風が強く吹いて寒かったです。

曲目は前半は14世紀マショーからアランの現代曲まで時代に関係なく配列して演奏。マショーはやっぱりマショー節としか言い様のない、独特の感じの曲だった。
面白かったのはモーツァルトの自動オルガンを模倣した曲。当時から自動オルガンてあったのね(手回しか?)。
前半最後のスヴェーリンクは、大塚さんはリキを入れて演奏していたが、なんだか眠気虫繁殖を誘うような曲調であった。私以外にも食いつかれていた人が二、三人いたようである。

後半はバッハ・オンリー。ラストのトッカータは独特のリフレインがあって、それがまたポジティフオルガンの音質とあっていた。これも熱演であった。

終演してから楽器を間近に眺めてみる。椅子が下の部分で本体と繋がっているのが面白かった。鍵盤は黄色みを帯びていて古く見えたが、最後に制作者らしき外国人男性が出てきたところを見ると、新品なんだろうか?
楽器の説明が聞きたかったけど、なかったので残念。

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2006年7月22日 (土)

「ザ・ニュースペーパー パート69:笑いは人を救えるか?!」

会場:本多劇場
2006年7月4日~9日

政治ネタお笑いコント集団ザ・ニュースペーパーの定期公演。今回で(多分)松下アキラ扮する偽コイズミも見納めになる--ためかどうかは知らないが、補助席やら階段座り見まで出る満員ぶり。
それにしても偽コイズミは本当にクリソツ過ぎ。明日入れ替わっても誰も気がつかないほどです \(^o^)/
是非、続投を~ (-人-)タノム
あ、いや、本物の方はもう結構ですけどね。

私が観た回のゲストは精神科医だったが、テーマの「うつ病と笑い」のはずがうつ病の話だけで終わっていたのはどーしたもんか?

他には「客が入らなくなったテーマパーク」ネタなど面白かったです。

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2006年7月19日 (水)

「13歳の夏に僕は生まれた」:この世界にもはや隠れる場所はない

監督:マルコ・トゥリオ・ジョルダーナ
出演:マッテオ・ガドラ
イタリア2005年

サンドロ君は良い子なイタリア人少年。美男でやり手実業家の父親と美人で優しいしっかり者の母親の間で何一つ不自由なく暮らしておりました。で、これがまたホントに素直で賢くて良い子(^-^)/ あたしゃ、できれば養子に貰いたいぐらいだよっ。
とっころが!何としたことでしょう。父親と一緒にヨットでクルージングに出た時にうっかり夜の海にボチャンと落ちてしまったのです。何も知らずに去り行くヨット。
しかし、捨てる悪魔あれば拾う悪人あり、サンドロ君は密入国者をいっぱい乗せた密航船に拾われたのでした。さあ、彼の運命やいかに!

えーと、そういう冒険ものじゃないんだけどさ(^^ゞ
この密航船がまたすごい。それまでサンドロ少年が三人で乗ってたヨットと同じくらいの大きさに、様々な国の人間が何十人もギュウ詰めになって乗ってる。この対比を実際に見せられると迫力である。
この船の中で救ってくれた兄妹を、彼は家に戻ってから今度は助けてくれるように両親に頼むのだが……。

ここで描かれているのは、少年の成長物語である。プール付きの家に暮らし、いささか競争心に欠けるとされるサンドロがイタリアの平均的な少年の姿かどうかは分からんが、その成長は厳しくつらい。
周囲にあってもそれまで気付かなかったものが色々と見えてくる。不可視だった不法移民の姿も--。同時にそれは社会全体の矛盾である。兄妹との関りも結局救いがたい状況へと転がっていく。

この映画の特筆すべきは、それらの問題に対し回答を一切示さずに終わることだ。哀切なラストである。泣けちゃうよ……(T_T)
冒頭からの少年の日常の描写や旅の初めあたりがちょっともたついて長いと思ったが、後半の展開の伏線にちゃんとなっていた。
原題は「生まれたからには、逃げも隠れも出来ない」という意味らしい。辛辣でテーマに合っているかも知れない。邦題はそれに無理やりこじつけた感じで、ちょっと無理過ぎるような気が--。

実際、ワールドカップの終幕を飾った「頭突き」事件に象徴されるように、この問題は永遠に終わる事がないように思える。
余談だが、あの騒動が日本チームに起こったことだったらどうなるかね? 「非国民」とか言って罵るんじゃないの。←ひねくれ者の意見


映画が終わってからロビーで「コイズミがプレスリー邸なんか行って、腹が立つ!」と喋ってる人がいた。そういうオバサンたちで満員でしたよ(^○^)


主観点:8点
客観点:8点

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2006年7月17日 (月)

「インサイド・マン」:テーマ曲は調子良かったけど

監督:スパイク・リー
出演:デンゼル・ワシントン、クライヴ・オーウェン
米国2006年

スパイク・リーの作品はほとんど見ていない。彼が登場した頃に一本観て(多分インディーズ映画がブームだった時期)、好きになれなかったんで以後見なかったんだと記憶している。
だが、これはクライム・サスペンスのようだし、出演陣も豪華なんで見に行く事にした。

顔を完全に隠した銀行強盗が人質数十名と共にたてこもる。彼らの真の目的は何か?如何に脱出するのか?交渉役の刑事はどう真実に迫るのか?横ヤリ入れて来た弁護士は何するつもりか?--と、どう展開するか先が読めずドキドキハラハラする。

いや、ハラハラはしたんだけどね……警察おマヌケ過ぎでは? あんな改造しちゃって気付かないってことあるのか? そもそも「改造」できる場所がなかったらどうするつもりだったのよ。監視カメラを細かく分析すれば襲撃犯割り出せるんじゃないの?--などとツッコミどころ満載。大筋のアイデアはよかったが枝葉の細かい部分がボロボロである。

それから脚本を三人ぐらいの人間で書いたんではないかと思っちゃうほど一貫したトーンがなくて分裂しているのも気になった。前半・中盤・後半バラバラなんだもん。個々の場面を取り出せば面白いけど、一貫性がないのはどーしたことか。

あと、登場人物に誰一人共感できる奴がいないのも減点対象。作る側は突き放して描いているわけではなくて「ほら、こういう奴面白いでしょ」と言ってるのだが、こっちは「えー、なんか好きになれんなー」という感じ。
そんな中で、最初の発見者で「人種差別主義者として長生きした方がマシ」と言い放ったオヤヂ警官が良かった。個人的にはW・デフォーが途中で出て来なくなっちゃうのが悲しー。

テーマ曲(インドの曲なのか?)は良かったけど、途中のオリジナル・スコアの曲がなんか大仰で気になった。S・リーといつも組んでる作曲家らしいが。

えーと、よかった所も書いとこう。警察の仕事が丁寧に描写されてたこと。この手の作品では結構大切である。
人種・民族問題もさり気なく絡め、変な奴ワケ分からん奴が入り乱れて色んな事を言うのは、いかにもニューヨークらしくて面白い。ただ、これは「本筋」には関係ないよなあ……。

ということで「面白い」とは思ったが「好き」という映画ではなかった。やっぱり、この監督の作品は合わんのかも。


主観点:6点
客観点:7点

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2006年7月16日 (日)

「ダ・ヴィンチ・コード」:ウンチクとトンデモは紙一重

監督:ロン・ハワード
出演:トム・ハンクス、オドレイ・トトゥ
米国2006年

失敗であった。何が失敗って、見る前にうっかりこちらの《クリムゾン・リバー3 ダ・ヴィンチの暗号を解け!》を読んでしまったからである。
おかげでジャン・レノが出てくる度に「クリムゾン・リバー3」と頭に浮かび上がって来てしまい、笑ってしまう破目になったのだ。やはり見る前に他人の評を読んではいかんのう。(反省)

で、原作は読んでないのだけど、見てて分かったのはこりゃ相当に原作を縮めて詰め込んであるんだろうな、ということだった。
--というか、分かったことはそれだけだった \(^o^)/
何やら、人名だの組織名だのがやたらと飛び交い頭の中がこんがらかってしまい、理解力がよく追いつかなかった。
で、ワカランうちにあれがこーなってそれがあーなって、でもってそーなって大団円、てな感じか。
さらに字幕だと情報量が少ないから余計に分からないかも知れない。字幕担当者の名前を見た途端に、あーこりゃ吹替え版にすればよかったよと後悔してしまった。
それにしても、これは要するにY遺伝子による「万世一系」の話なんですか?
                (Yじゃなくて「X遺伝子」でしたね。おバカな間違いであります(^^ゞ)

キャスティングは、オドレイ・トトゥはキュート、ジャン・レノは「ハリウッド的に誤解されてるフランス人」ぽく熱演、ポール・ベタニーも好演(でもあれでは悪事を犯すには目立って仕方ないのでは?)、ユルゲン・プロフノウは出たと思ったらあっという間に消えてしまって悲しかった。そんな中でイアン・マッケランが出ている場面だけは生き生きしているように思えた。いささかオーバー・アクティングな感じだが彼がいなかったらもっと退屈だったろう。
で、ただ一人トム・ハンクスがビミョ~な印象だ。なんか彼でなくてもどーでもいいような役。上記のm@ster氏の感想でも引き合いに出されているが、一昔前(『フランティック』あたり)のハリソン・フォードなら打ってつけだろう。

まあ、話のタネに見てみました、という以上のものは見つけられなかった。
どうせだったら『24』並みの連続ドラマを希望。これならウンチクも嫌と言うほど展開できるしね。

あ、いけね(^^ゞ 「1」と「3」を観たのに『クリムゾン・リバー2』まだ観てないや。ビデオ借りなきゃ。


主観点:5点
客観点:5点

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2006年7月15日 (土)

トーキングヘッズ叢書 no.27 特集「奴隷の詩学」出ました!

毎度お世話になっとります「トーキングヘッズ叢書 no.27」が出ました。今回の特集はなんと「奴隷の詩学 マゾヒズムからメイド喫茶まで……しもべになることの悦楽」であります。
「しもべ」になりたい方、「しもべ」が欲しい方、共に必読であります。詳細はこちらをどうぞ。
通勤電車の中では絶対読めない内容なのでご注意下さい(^O^)

残念ながら今回は(今回も?)忙しくてどーにも時間が取れず、特集には参加できませんでした。代わりにこのブログのM・ハネケ映画祭と『隠された記憶』の記事に加筆・訂正、さらに『ピアニスト』の感想も付け加えて載せてもらいましたが、これがまた長くなってしまいました。締め切り間際に長い原稿を出してしまって毎度のことながら編集部にご迷惑をかけてしまったです。_(_^_)_ヒラアヤマリ
それにしても改めて観た『ピアニスト』はやっぱり不快でイヤミで素晴らしい(火暴)


ぜひとも皆様、一部は自宅保存用、もう一部はお友達にプレゼント用に二冊お買い求め下さいますよう。さらに、編集部に「素晴らしい」「感動したっ!」などのヨイショのお便りを出して頂けるとサイコーです。

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2006年7月11日 (火)

「夜よ、こんにちは」:感動はすれどもベタ過ぎでは?

監督・脚本:マルコ・ベロッキオ
出演:マヤ・サンサ
イタリア2003年

イタリア映画はたまに見るぐらいなので、このマルコ・ベロッキオ監督のことも全く知らなかった。ベルトルッチと同時期に出てきた「イタリア映画界最後の巨匠」だそうである。しかし、日本で公開されている作品は少ないらしい。この作品もラブホ街の中のユーロスペースでようやく単館公開である。

イタリア現代史において有名なモロ前首相誘拐暗殺事件(1978年)を、徹底して誘拐した側のテロリストである若者の視線から描いたもの。
誘拐犯の若者たちも家族や友人たちの前で自分を偽り、自由に外を出歩くわけにも行かず、周囲を神経質に窺い続ける毎日で神経がすり減ってくる。
解放交渉の取引はうまく行かず膠着状態になり、犯人の一人であるヒロインはやがてモロが解放される幻想を見るようになる--。

その幻想とは、事件当時同世代であった(もう少し上の世代か?)監督の願望でもあったろう。
だが、それにしてもモロが街中を歩いていく映像や、さらにはピンク・フロイドなどの音楽の使い方もあまりにもひねりがなくて、そのまんま過ぎやしないか? そのまま過ぎて何の工夫もない--と思うのは私だけだろうか。
要するにあまりにベタなんである。見ててちょっと気恥ずかしくなっちゃうくらい。
しかし、他の感想を読んでみるとその二つの部分を絶賛しているのが多いんだよねえ……。私がひねくれ者過ぎるのか。追い詰められていく心理描写なんかは文句ないんけどさ。

イタリアの近現代史について不勉強ゆえ、分かりにくい所もあったが、途中でヒロインの親戚が宴会やってる場面でおっさん達がパルチザンの歌を歌い出し(どこかで聞いたメロディだと思ったら、なんとロシア民謡のカチューシャの歌)、そこを通りかかった婚礼の列の花嫁花婿まで一緒に合唱し始めたのには驚いた。日本だと、あの時代あの世代では当然軍歌になっちゃうはず。同じ三国同盟とはいえ彼我の差をヒシと感じたのであった。

さて、不勉強を償おうと帰ってから本棚をあさって、昔に出た(1987年)「WAVE」誌の「テロ」特集号を引っ張り出してみた。もはやページが真っ黄色になってしまったそれを読むと、「赤い旅団」はその前にも色々と恐ろしい誘拐やら襲撃やら繰り返して来たらしい。「赤いバチカンと呼ばれるテロ軍団」だそうな。
だが、モロ前首相事件はどうやら背後に色んな政治的勢力の動きが絡んでいたという。結局のところモロは仲間である政治家からも、最初から見捨てられていたようである。げに恐ろし……(-_-;) 日本だと下山事件みたいな感じか。


主観点:7点
客観点:6点


【関連リンク】
あまり「関連」はしていないんだけど、「赤い旅団」で検索したらこんなページにぶち当たった。
《松岡正剛の千夜千冊》 松岡正剛の名前もなんか懐かしい感じだが、それにしてもネグリってスゴい経歴でやんすねえ(大汗)

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2006年7月 9日 (日)

「グッドナイト&グッドラック」:正義は通したが金には負けた(泣)

監督:ジョージ・クルーニー
出演:デヴィッド・ストラザーン、ジョージ・クルーニー
米国2005年

1950年代に米国に吹き荒れたマッカーシー議員の赤狩りに対し真っ向から対抗したTVキャスターであるエド・マローを主人公に据えた堂々の社会派作品。いや、もはや「社会派」どころか擬似ドキュメンタリーに近い。

マッカーシーが登場する映像や査問委員会の場面は全て実際の映像を使い、一方マローの側の描写は一貫してTV局内に留まっている。(職場結婚を隠している職員カップルのみ例外)
普通、こういう題材だと主人公の家族などの描写があったりするもんだが、それもなし。余計なオカズ抜きのまさに直球一本勝負!力業という印象である。おまけに全編モノクロで、昔っぽくわざと音声や映像にノイズを入れたりしている。
ただ、随所に歌手ダイアン・リーヴスが局内の番組でジャズのスタンダード曲を歌っている場面が挟まっていて、これがイイ(^o^)b ここがなければかなり堅苦しい感じになっただろう。

マッカーシーと対決したマローは結局勝利をおさめるが、その後「真面目な番組は視聴者に受けんのよ」という理由で番組は撤退を余儀なくされる。まさしくこれこそ資本主義の論理であろう。
共産主義殲滅、資本主義バンザ~イ \(^o^)/

マロー役のD・ストラザーンは渋くてカッコエエの一言。監督のG・クルーニーは体重増強してディレクター役でも頑張っていた。『シリアナ』でのオスカー助演男優賞はこちらの作品もこみでの受賞と思える。

ところで、掲示板やミクシィの感想を読んでると「赤狩りということ自体知らなかった」というのが目についた。(-o-;)
まあ、他所の国の歴史だから仕方ないとはいえ……。

赤狩りは公職についている者だけでなく、ハリウッドにも大きな打撃を与えた。格好の標的だったのだろう。仲間を密告しろといわれて苦悩した奴、結局密告して証言した奴、密告されて映画界から長年に渡り追放された奴、ヤバいと感じてヨーロッパに逃げて作品を作り続けた奴、などなど様々である。
作品として直接的にこの事件を扱っているのはデ・ニーロ主演の『真実の瞬間』があるが、リアルタイムに当時作られた西部劇の名作『真昼の決闘』が赤狩りの状況を暗に示しているという。あの不信に満ちた町の人間関係が当時の雰囲気をそのまま表わしているらしい。(そのため「西部劇らしくない」と一部に不評)
赤狩りの歴史はハリウッドにおいても大いなる汚点であり、その恨みは今でもドロドロと残っているようだ。


主観点:7点
客観点:7点

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2006年7月 8日 (土)

さすがの山ギシ先生

「ダ・ヴィンチ」誌に連載中の山岸凉子『舞姫(テレプシコーラ)』が先月号のラストから驚愕&ドトーの展開になっている。
で、今月号はというと……ちょっと泣けました(T_T)

連載当初から考えるとよもやこんな展開になるとは--である。
良い子が周囲の期待に応えようとして遂にプッツリと切れてしまうという昨今の事件を思い起こさせる。さすが、昔から家庭や子どもの問題を取り上げ続けて来た山ギシ先生!なのだ。

それにしても、自作の中では最長の連載記録だそうで、年齢を考えると驚異的なエネルギーだ。これからの展開も気になります。

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2006年7月 3日 (月)

「ナイロビの蜂」:久々の骨太社会派映画(夫婦愛付き)

監督:フェルナンド・メイレレス
出演:レイフ・ファインズ、レイチェル・ワイズ
イギリス2005年

宣伝は完全に夫婦愛を押し出した女性客向けとなっていたが、ル・カレが原作者だからして当然社会派サスペンスなんである。いくら社会派ものは客が入らないと言っても、これでは詐欺と言われても仕方ないかも。
しかも監督がブラジル人の『シティ・オブ・ゴッド』を作ったF・メイレレスであるからして、エンターテインメントの範疇からははみ出している。画像のトーンや構図もかなり異端な感じ。こんな映像を、論理的な展開が必至である社会派ものに乗っけてしまうのは神業に近いかも。

英国の外交官がラディカルな市民運動に没頭する学生と結婚。どう考えても水と油みたいに思えるが却って正反対のところがよかったのか? ケニアに赴任してからもボランティア活動や本国への運動を続ける妻が謎の失踪&死を遂げる。

やがて製薬業界がからんだ(グローバルな、国を股にかけて利益を追求する)陰謀が徐々に明らかになってくる。ここに描かれているのはまさに「持てる者が持たざる者を搾取する」という構図である。善意の名の下に行なわれる恐るべき、救いがたいシステムが冷徹に洗い出される。
ウツだ……(>_<)

緑豊かなゴルフ場を遠景から捉えるカメラが反対側へと回されると、そこはゴチャゴチャしたバラックが広がる。この作品中で最も衝撃的な映像であろう。そこに映されているのはまさしく「事実」に他ならない。あまりに冷酷なんで泣けてくる。
もちろんあくまでも外部(西欧)から見た視線なのだが。

こんな内容なのにケニア政府が協力しているのにはビックリ。
あと、妻が裕福な家の出で、色々人脈があるなら、最初からそのルートを使って政府を動かせば良かったんじゃないの?と思ってしまったのは難。
レイフ・ファインズは賞レースには絡まなかったが、のほほんとした園芸好きの男を好演である。


主観点:8点
客観点:8点

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2006年7月 2日 (日)

「Vフォー・ヴェンデッタ」:なにげにオヤヂ萌え映画

監督:ジェイムズ・マクティーグ
出演:ナタリー・ポートマン、ジョン・ハート他豪華オヤヂ陣総出演
イギリス・ドイツ2006年

コンサートの感想をリアルタイムでなるべく早く書こうとしてたので、すっかり映画評の方がお留守になってしまった。見てからだいぶ経ってしまったのもあるので手短に書いていきたい。

いつの間にか「兄弟」が「姉弟」になってしまった(^^;)ウォシャウスキー・コンビの製作によるコミックスの映画化。
内容がテロリスト肯定みたいな感じなので完成・公開までいろいろあったらしい。しかし、全く煮えきらなかった『マトリックス』三部作の悪印象を払拭してくれるに違いない!と期待して行ったんだけどねえ……。

近未来--じゃなくて平行世界か?の独裁体制下のロンドンの夜をお騒がせする仮面の怪人V。その騒動に巻き込まれた放送局に勤める娘っ子は彼に関ることに。
だが、非情なテロリストを描いてくれるかと思ってたら途中から話が腰砕けになってしまった。だって、Vがヒロインにしたことは明らかに洗脳のはず。それを無にして恋愛話のお涙頂載に持ってくというのはどーにも納得できねえ。
これじゃ原作者のアラン・ムーアがクレジットに名前載せるの拒否したというのも当然か。原作の粗筋の方が面白く思えちゃうのは困ったもんである。

物語は結局のところ民衆が自然と一丸となって圧政者を倒す事に成功するわけだが、逆に明日は革命家を縛り首にする側に回っちゃうんじゃないのとも感じた。まこと民衆とはいい加減なもんである。

さて、それに関係なくこの映画の注目点は主要人物に若い男優がほとんど登場して来ないこと。明らかにヒトラーを模した独裁者のジョン・ハート(かつては『1984』で抑圧される被害者役だった事を考えるとこのキャスティングには笑える)、仮面で素顔を見せないけど悲哀を感じさせるVのヒューゴ・ウィービング。フライパンで目玉焼きトースト(?)焼いたりしてとってもお茶目な所も良し。それからスティーヴン・レイは最初見た時は贅肉が付き過ぎてブヨブヨしてるなんて思っちゃったが、段々とそのショボくれ具合がカッコよく見えてきてス・テ・キ(*^^*)

ということで、実はカッコええオヤヂ萌え~な方々には必見な映画なのであった。

家へ帰ってVがかけてたジュリー・ロンドンのレコード(もちろんビニール盤)を引っ張り出して聴いてしまった。超ク~~ルです。


主観点:6点
客観点:7点

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2006年7月 1日 (土)

目白バ・ロック音楽祭だよ!ドッコイ その4

華麗なる饗宴~モテット&コンチェルト
演奏:ニコラウ・フィゲイレド&アンサンブル・ヴィンサント
会場:トッパン・ホール
2006年6月24日

「天才チェンバロ奏者が指揮者として初登場 バロック界を担うのは彼だ」だそうなブラジル出身のN・フィゲイレドと日本人の若手古楽グループのアンサンブル・ヴィンサントが組み、さらに今売り出し中?ソプラノの懸田奈緒子まで出演という盛り沢山なプログラム。

若手と言ってもリーダーの三宮正満は日本のバロック・オーボエの第一人者と言ってもいいくらいだし、その他BCJなどでもお馴染みのメンバー多数。
一方、N・フィゲイレドは鍵盤を弾きながら指揮してたのだが、かなりアクションが大きくて腰を浮かしたり片手が空いてればすかさず振り回したりして、今にも踊りださんばかりの様子で見ていてちょっと笑ってしまう。
器楽の曲ではヴィヴァルディ、ヘンデル、バッハをやった。これだけのメンツだとケチのつけようがないという感じの演奏だった。

やはりBCJでもおなじみ懸田奈緒子はペルゴレージとヘンデルを歌った。前半と後半でドレスのはお召し替えもあったぞ。こちらも着実な進歩を重ねているという印象。フィゲイレドは彼女の手を取って再三登場。キスしたりペタペタしたり……エラく気に入っているのか必死に盛り立てようとしているのか区別がつかなかったけど。

音楽祭では教会などが中心だったので、やはり空調設備が整っているホールはエエなあと思った。でも。そうすると心地よくて眠気虫が繁殖してくるのが困りもの。

これで私の目白バ・ロック音楽祭は終了。来年も楽しみだー \(^o^)/

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