「ゲド戦記」:タダ券で見れば腹も立たない--はずだったが
監督: 宮崎吾朗
声の出演:岡田准一、菅原文太
日本2006年
【序章】
ネットで荒れ狂う不評の嵐--仮想空間で互いに噛みつき合う擁護派と罵倒派、そして場外で倒れ伏したまま動かなくなった原作派。「何かがおかしい!」と察知した私は近くのシネコンのタダ券をゲット。念のためそれを使って見に行く事にした。タダ券ならば万が一つまらなくっても腹が立たないと考えたからである。
【起】
早速、タダ券を使ってシネコンの奥深く潜入する。用心深くお子ちゃまやご家族連れにジャマされないように通路側の席を確保。眠気覚ましのガムや冷房対策の上着など万全の準備をして鑑賞に臨んだのであった。
だが、開始早々問題にぶち当たる。嵐の効果音がデカ過ぎて人物が何を言っているのかよく分からないのである。??? 原作読んでいるので、多分あのあたりのセリフだろうと適当に脳内補完する。
そのまま話はサクサク進んでいくが、なぜかアースシー世界全体の設定の説明は出て来ない。広大な海の中に大小様々な島があって、そこに国があって、さらに魔法使いの島が--なんていう説明が全くされないのだ。こんなんで分かるんか?と不安になったが、後々まで見ていくと、そんな必要はないことが分かった。
なぜなら、全ての登場人物は最初の島から一歩も出ないからだ。(火暴)
【承】
その他にもツッコミどころ満載であっけに取られるのであった。ホントに基本的な物事の描写とか因果関係の説明とかが出来ていないのである。
もちろん、世の中に下らん映画はゴマンとあるし、まともな因果関係が描かれてない話はあるが、そういうのは大抵おバカなギャグ映画だったり、頭使わないで見られるアクション物だったり、見終った瞬間に全て忘れてしまうエンタテインメントだったりするわけである。
シリアスな感動を目指す、人間の生と死がどーのこーのという物語でそんなんじゃ困るんだと思うが……。あ、困りませんか。そーですか、すいません。
すいませんと言えば、この物語の中で二度ばかり登場人物が別の人物に謝る場面が出てくるのだが、二度ともどうして謝るのか全く理解できなかった。「謝っとけば、この場はおさまるだろう」とでも考えたのだろうか。分からんよ……(?_?;
一方で、ラストの悪者の末路の描き方は残酷さとグロテスクさにリキが入っていて、小さなお子様ならうなされそうなぐらい。素晴らしい \(^o^)/ 今後はこういう方面のジャンルの作品を極めたらどうだろうか。
あと、音楽がうるさい。演出で情感を喚起できないので、無理やりデッカイ音の音楽でなんとかしようという気か。
それと、背景の絵はいいけど人物が本当に荒っぽくてひどい。草原やら羊やら娘っ子が出て来て、新TVシリーズ「アルプスの少女ハイジ」かと思ってしまった。それにアレンは17歳にはとても見えない。だったら設定変えて13歳くらいにすればいいのにさ。
ついでに、なんだか白っぽい貧弱なドラゴンも魅力なし(←実はこれが一番ガッカリした)。
【転】
見ていて『カーズ』を思い浮かべた。両方とも基本的な構造はよく似ている。(そもそもよくある物語だが)
本当は能力を持つが今の所ダメダメな若者(内向的と外向的--とベクトルは逆だが)が、未知の土地に行って老いた先達や女性などと出会って、自己を見つめ生き方を変え、悪との闘いに勝ち危機を克服するという話である。未知の土地でさせられるのが、身体的な作業というのも同じだ。
アレン:マックイーン、ゲド:ドック、テナー&テルー:サリー&メーター、クモ:チック--という感じか。
しかも、双方共に主人公のターニング・ポイントとなるかなり長い場面がヒロインがらみで出現する。『カーズ』の場合は「わー、キレイだー」とその光景に感動するけど、『ゲド』では「えっ、この歌まだ続くの(冷汗)」となってしまったよ。
ネット上の感想で、この場面について「観客が泣く前に登場人物を泣かせちゃいけない」というのがあったが、全く同感である。また、その涙がロードショー館で本編上映前に必ず見せられてウンザリする、あの「映画を守ろう」CMの黒い涙にクリソツなのもイヤ~ンな印象だ。
一方、アレンのダメダメ具合は徹頭徹尾グダグダしていて、見ているのが嫌になる。これに比べればマックイーンのナルシスト振りなんぞカワイイもんだと思えてしまう。
【結】
何が一番不快だったかというと、死を恐れ不死を望む人間に対し「死を恐れてはイカン」と言いつつ殺してしまうこと。あたかも、今いる犯罪者を全て抹殺すれば犯罪そのものが地上から消えるとでもいうように、だ。
自らの弱さを克服するために他者に剣を振りかざすとはどういうことなのか。弱さと悪を見せる他者を消せば、自らの弱さと悪も消えるというのだろうか。
それからよーく分かったのは、中身がどんなもんであれ、電通と博報堂が手を組んで派手に宣伝して有名ブランドの箱と包装紙に包み、高級店で販売すれば、それなりに売れてしまうということである。
ブログなどネット上の意見を見ていて多かったのが、新人監督に対して「第一作めだから」とか「次作に期待」というものだった。皆さんの優しさにいささかビックリ。だーって、監督は次の作品を作れるかも知れんとしても、原作者のル・グウィンや原作ファンにはもう「次」はないんだぜ(三十年後ぐらいにはあるかも知れんが)。だったら最初から存在しなかったことにして欲しい。(>_<)
新米のペーペーだろうが、八十歳の超ベテラン監督だろうが、誰かの息子だろうがなんだろうが、どこのスタジオが作ろうが、作品の出来だけが全てを決めるはずである。場外の事情やらなんやらを観客が慮ってやる必要などない。
あと、実際の作品を見てないのにケナす奴、ほめる奴が多いのにも驚いた。こうなると単なる祭りだね。夏休みなんでみんなヒマで、単に乗っかって騒いでるだけなんだろう。
【終。章】
原作について書いておこう。
私はかつて『ゲド戦記』を「心の書」と定め、何度も何度も事あるごとに読み返していた。だが、ある日出たばかりの第4巻を読んで「なんじゃ、こりゃー(>O<)」と叫んで、本を真っ二つに引き裂いた--気分だったがそうしなかった。なぜなら、借りた本だったからである。
どうして、第4巻を読んでそのような怒りを感じたかは語りたくないし、語ることも不可能である。それ以来、どの巻も手に取ることは一度もなかった。
その後、第5巻が出た時も一応義理として読んだが、今の私にはもはやいかなる感情も呼び起こされることもない物語だった。正直、「老人力」入ってると感じてしまったよ。
今回、このアニメを見る前に第3巻だけ読み直したが、非常に映像にするのは困難な作品なのを痛感した。恐らくたとえ原作に忠実であっても、誰が作っても(例え宮崎父であっても)面白くないものになるだろう。なにせ1~3巻通じて、肝心な場面はすべて薄暗い闇の中で見せ場もなくゴソゴソと行なわれるだけなのだ。何か心にしみいるものがあるのは確かだが、それをそのまま「絵」にしても、訳分からんか退屈なだけである。
注-もちろんこのアニメは原作を完全にメチャメチャにしている。
ということで、このアニメが詰まらないので原作の方が面白いだろうと勘違いする者が出てくるかも知れないが、それは大いなる誤解である。もし映画の『ナルニア』や『ロード・オブ・ザ・リング』みたいな派手な展開を期待して読むんだったらやめた方がいい。きっと退屈してしまうだろう。
--と、これだけ言っておけばうかつに読もうなんて気はならないだろうよ(~ ^~)
それにしても、同世代の友人数人に原作のことを聞いてみたらみんな「昔読んだけど、忘れた」と答えた。オイオイ(-o-;)
【付録】
原作者本人のコメントが遂に出てしまった。有志による日本語訳である。
ホントに芝生で逆立ちしたのか?なんで??知りたいぞ。
雑誌「モエ」の特集で、ル・グウィンのインタビュー記事に『トトロ』のネコバスが気に入って、日本でぬいぐるみを買って来て貰ったと、10センチばかりのちっこいネコバスのぬいぐるみを嬉しそうに持って見せてる写真があった。なんだか、彼女が気の毒になってしまったよ……。
【追記】
な、なんと「きっこの日記」(「きっこのブログ」)でも原作者との行き違いネタが取り上げられた。ル・グウィンの声明の訳が上記と微妙に異なるので読み比べてみるといいかも知れない。
主観点:2点
客観点:3点
【関連リンク】
批判的なもの
「こっちゃんと映画をみまちょ」
「平気の平左」
「Badlands」
「おたくにチャイハナ」
内部のお家事情をネタに新解釈
《ゲド戦記を読み解く!》(具体的なストーリーのネタバレあり)
批判ばかりではなんなので誉めている感想も
「空飛ぶ教授のエコロジー日記」
「renkonnの日記」
↑連続記事で細かく分析
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コメント
こんばんわ。
こっちゃんの三流感想文のご紹介ありがとうございます。
褒めてはいませんね。確かに。(笑)
実は、これ観終わったときはそれほどでもなかったんですけど
いざ感想を書き始めると、あれもこれもと悪いところだけが
溢れてきて・・・。
でね、書き直したんです。一度。
そしたら前のよりももっとキツくなっちゃって。
普段、あまり酷評は書かないようにしてますけど
こんなんなっちゃいました。
すみません。
この映画の良いところを探そうと努力をしてみたのですが、
その度、「ジブリはこうじゃない!」という想いが
どーも邪魔をするようで。
悶々とした日々を過ごしています。
そんなわけで、TBまでいただきありがとうございました。
投稿: こっちゃん | 2006年8月17日 (木) 00時39分
さわやか革命さん、こんにちは。
眉間の皺を深くしつつ拝読いたしました。
うぬー。さぁ、どうしましょう。
観ようか観まいか、アテクシはまだ悩んでおります。
普段なら、悩むくらいなら観よう、と思うんですが
この作品ばかりはそう簡単にも行きそうにありません。
とりあえず…タダ券さがしてさすらいます。
投稿: バウム | 2006年8月17日 (木) 11時17分
>こっちゃん
あ、わざわざお越し頂きありがとうございます。
最初は軽く素通り、みたいなつもりで書き始めたのに、そのまま筆が滑り出してもう止まらねえ~、という事は確かにありますね。
|その度、「ジブリはこうじゃない!」という想いが
どーも邪魔をするようで。
皆さんの意見を見ると、やはりジブリへの期待は大きかったんだなーとつくづく感じました。まあ、その期待に沿い続ける事も大変なのでしょうが。
>バウムさん
ありゃ、惑わしちゃってスイマセン(^^;
せめて映画の日かレディース・デイなどに友人数人と行くなら、なんとか元が取れるかも知れませぬ。見終った後に宴会になだれ込めば、その感想をサカナに一升ビンの二本や三本あっという間に消費できるでしょう。(私も実は同業者の友人と鑑賞しました。その後は冷や酒で乾杯←何に?しましたのよ、ホホ)
もっとも翌日、飲み過ぎ食べ過ぎ悪酔いで胃腸薬を飲む羽目になるかも知れませんが。
まあ、あくまでも「ネタ」として観た場合の話ですね。
投稿: さわやか革命 | 2006年8月17日 (木) 20時08分
どうも〜、TBありがとうございます。
私も原作を忘れてしまったクチです。すみません。
先日映画『日本沈没』をみて、原作『日本沈没』を読み終わりました。ゲドは、今、長男が『影との戦い』から読んでます。本が黄ばんじゃってるよ。あまり本を読み慣れてないんで、手こずっているようです。「読んだら回しなさい」と言っているのですが、さあ、いつになるか……
ゲドと観て以来、つい、「ゲドに比べたら……」と、他の映画も思ってしまうのが困ったもんです。
投稿: しの | 2006年8月22日 (火) 03時22分
>しのさん
息子さん原作読み始めたんですか。4巻目まで行くとどうかなあ。あれはもう児童文学という感じではないですね。
私も外伝読んでみるか……。
もう一つの話題のアニメも見てきましたよっ。そのうち報告いたします(^^)
投稿: さわやか革命 | 2006年8月23日 (水) 07時10分