「カポーティ」:裏口からコソコソと逃げ去る男
監督:ベネット・ミラー
出演:フィリップ・シーモア・ホフマン
米国2005年
フィリップ・シーモア・ホフマンが実在の作家を演じて、昨年の映画賞レースで主演男優賞を総ナメ状態にした作品。
T・カポーティが1959年に起こった悲惨な犯罪を取材して後のノンフィクション・ルポルタージュに多大な影響を与えた『冷血』の成立過程を追ったものである。
事件直後に現場に行き、やがて逮捕された犯人に接近し、獄中でインタビューする。数年に及ぶその経緯が淡々と描かれている。
主演のホフマンの画面含有率はなんと95パーセント以上(当社推定比)に及び、ほとんど出ずっぱり状態。カポーティ本人がそうだったのだろうけど、白くてモチモチしていてプニッと押すと中からコシアンが出てきそうなクセのある外見だ。
しかしそれでも飽きないのは周囲の助演陣を芸達者で揃えたからだろう。幼なじみで同業者のネルのキャサリン・キーナー、出番はそれほど多くないが捜査官のクリス・クーパー、犯人役のクリフトン・コリンズ・Jr、いずれも大したもんである。
ここでのカポーティ像は、文壇のスターとなり華やかなパーティの中心で脚光を浴びる一方で、獄中の犯人に対しては自分の惨めな生い立ちを語る--という裏表に分裂している人間として描かれている。
パーティでの辛辣なお喋りや、捜査官の妻の前で映画スターとのエピソードを披露するところは一見鼻持ちならない自慢話に聞こえるし、一方で第一発見者の少女や犯人に自らの暗い体験を語って心を開かせる場面は、共感を引いて相手に喋らせようとする一種の計算に基づくように見える。
だが、むしろ彼は周囲の人間に対し露悪的な所を見せてでも喋りまくってサービスしてしまう性格のように私には思えた。このような人は他者に対して常に警戒心を抱き、不安を感じているものだ。だから無意識のうちに相手の欲求に応えてしまう。それが嘘であれ事実であれ……喜ぶような事を言ってしまうのだ。エキセントリックな外見の印象に隠されて定かには見ることはできないが、彼の「喋り」にはそんな弱者としての防衛本能が感じられる。
そういう点に注目して見るとこの映画は、彼を単純に二面性を持つというのではなく、その両面が溶解した複雑極まる人間として描いているようだ。
犯人に対してどのような感情を抱いていたのかも、明確には示されていない。すべては観客の解釈にゆだねられ、見る側が自分で考えて判断するしかないのである。そういう意味では極めて不親切な映画だ。
役者としてはそもそも容貌にしろ話し方にしろ、このカポーティのように極端なイメージだと却って真似しやすいのではと想像してしまうが、P・S・ホフマンはそんな一筋縄では行かない複雑な内面まで表現していて見事である。やっぱりオスカー獲得は伊達ではないっ?!
同時に監督の演出の手腕も見事なもんだと思った。他の人の感想を読んだら幾つか「眠くなってしまった」というのが見受けられたが、私は全くそんなことはなかった(私が寝てしまうのはヨーロッパ系の「映像派の巨匠」みたいなヤツ)。
捜査官の「『冷血』というのは犯人かあんたか?」という問いかけで早々に映画のテーマが示され、結末(犯人が処刑され、本は完成して出版される)が予め分かっているにも関わらず、一体どうなるのかと終始ドキドキして見てしまった。ヤマも谷もない物語を淡々とここまで引っ張っていくのは並ではない。
特に圧巻は「最後の面会」の場面だろう。一体どちらが悪人で、どちらが死を目前にしている人間なのか?--見ていて分からなくなる。この恐るべき混乱!
彼はネルに「同じ家で育ち彼(犯人)は裏口から出て、僕は表の玄関から出た」というようなことを語ったが(彼女はそれに対し批判的な沈黙によって応える)、今や彼は裏口からこそこそと立ち去るしかないのだ。
ということで、地味で淡々としてはいるので万人向きではないが、大変面白かった。
静かで何もない田舎町の光景を始め映像は美しいし、チェロとピアノによる音楽も印象的である。
もう一つイギリス映画でカポーティを主人公にした映画がつい最近公開されたようだが、こちらも是非見てみたいぞ。
なお、作中でしばしば言及されるネルの作品『アラバマ物語』についてだが、映画の方は大昔子供の頃にTVで見たような気がするのだが、どうにもハッキリ思い出せない。グレゴリー・ペックが主演で子供が出てくる映画?……なんか『仔鹿物語』とゴッチャになってるような(^^;)
映画関係のデータベースで内容を調べてみると、なるほどカポーティがこの原作と映画に対してスッキリした態度を取れなかった理由がよく分かった。彼にしてみれば「やられたー」という感じだったのだろう。『アラバマ物語』の小説と映画を読んで(見て)みたくなった。
ところで、私が『冷血』を読んだのは今を去ること××年前、学生の時である。近所の図書館にその時既に薄汚れてヨレヨレになったハードカバー版が置いてあって、粗筋にひかれて借りたのだ。内容はもうほとんど覚えていないが、「こんなはした金のために家族四人を残酷にも殺害!なんということだー」みたいな調子で全編描かれていたと記憶している。
カポーティがこの映画でのように犯人と親しくしていたのなら、確かにとても生きているうちに本人には見せられなかっただろう。
さて、その後『冷血』の印象を百八十度変えてしまったのは、しばらく後に読んだ安部公房のエッセイだった。彼は『冷血』のことをこんな感じで切って捨てていたのである--「四人も殺しておきながらたった40ドルしか稼げなかったドジな泥棒の話」。
参りました<(_ _)>
まさにコーボー、ひねくれ者のお手本であります。
主観点:8点
客観点:8点
【関連リンク】
リンクをたどっていくと『アラバマ物語』についてもよく分かる。
《YAMDAS現更新履歴》
かなりシビアな見方(カポーティに対し)の感想。こちらにも『アラバマ物語』関連のリンクがある。
《映画のメモ帳+α》
P・S・ホフマンのファンのバウムさんも感想をアップされてました。
《バウムクウヘンの断層。》
【追記】
ミクシィのレビューやブログの感想をその後も見ていて、すこし変だなと感じていたのだが、『冷血』のことを「小説」と書いている人が結構いるのに驚いた。中には「小説なんだから、処刑されるまで待ってないでさっさと結末書いちゃえばいいのに」なんて意見まであり……。
えーと、カボーティのそれまでの代表作は小説であるけど、そして『冷血』は「ノンフィクション・ノベル」と銘打たれているけど、『冷血』はあくまでノンフィクションで、小説ではありませんよ。だから、生きてる犯人には見せられなかったし、結末も書けなかった、と。単に「モデルにした小説」ぐらいだったらあそこまで悩まなかったろう。
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コメント
さわやか革命さま、はじめまして!(blogタイトルとのコンストラストがすごいですね)
TBありがとうございました。こちらからもTBさせていただこうかと思ったらリンクまで張っていただいている!感涙ものでございます(;_;)
>主演のホフマンの画面含有率はなんと95パーセント以上(当社推定比)に及び、ほとんど出ずっぱり状態。
画面含有率は「アビエイター」のディカプリオといい勝負ですね。
ヘンな主役ほど出ずっぱり(笑)
<白くてモチモチしていてプニッと押すと中からコシアンが出てきそうなクセのある外見だ。
ウミがいっぱいにじみでてきそうなコシアンですね(笑)
確かにカポーティに限らず頭のすこぶるいい人は露悪的な傾向がありますね。
自分の中の矛盾をすぐ自覚してしまうからでしょう。
阿部公房なんて人にかかると「冷血」も殺人者ではなくドジなドロボーの話と...いやはや、こういう物の見方結構好きです(笑)。
記事、とても面白く読ませていただきました!
今後もよろしくお願いいたします m(_ _)m
投稿: moviepad | 2006年11月 1日 (水) 00時04分
はじめまして。記事楽しく読ませていただきました。
>四人も殺しておきながらたった40ドルしか稼げなかったドジな泥棒の話
映画の中ではあんなにしみじみ描かれていたのに...
カポーティも時が経てば、ショックを忘れてしまうんでしょうね。
トラバしておきます。出来ればブログにも訪れてみていただけるとありがたいです。
投稿: googoo | 2006年11月 1日 (水) 19時28分
コメントありがとうございます。
> moviepadさん
|画面含有率は「アビエイター」のディカプリオといい勝負ですね。
そう言えば、あの映画も出ずっぱりでしたね。カポーティの方はコシアンをうっかりなめてしまうと、毒が全身に回ってパッタリ倒れてしまう--となりそうです。
|いやはや、こういう物の見方結構好きです(笑)
読んだ当時、目からウロコがポロリンと落ちた気がしたものでした。
日本でも「カポーティ」ならぬ「コーボー」を作ってくれないかなーと思いますが、まだ関係者が多数生きているから無理か。
こちらこそ今後もよろしくお願いします。
> googooさん
|映画の中ではあんなにしみじみ描かれていたのに
やはりどうせなら4千ドルぐらいはゲットしないと、とても死者も浮かばれませぬ……ってそういう話じゃないっ!
こちらもトラバさせて頂きます。
投稿: さわやか革命 | 2006年11月 1日 (水) 23時18分
TBありがとうございます!
そうそう、こしあん!つぶあんじゃないの(爆笑)
お饅頭じゃなくて大福系ですね。しかも毒入り。
…こんなこと書きながら、
ますますファンになっているのでありました。
投稿: バウム | 2006年11月 2日 (木) 22時22分
>バウムさん
見ている間ずっとほっぺたをプニッとしてみたくてたまらなかったです。こんな感じ
( ^ ^)σ)~_~;)
十数キロ減量したけど、もう戻ってしまったそうですね。
「フローレス」の時は同じモチでも、もはや煮ても焼いても食えない、後は揚げモチにするしかないか--みたいな感じだったのに全然違う。大した役者ぶりであります。
投稿: さわやか革命 | 2006年11月 3日 (金) 10時04分