「ブラック・ダリア」:題材は刺激的でも展開にメリハリ無し
監督:ブライアン・デ・パルマ
原作:ジェームズ・エルロイ
出演:ジョシュ・ハートネット、アーロン・エッカート
米国2006年
エルロイといやあ、泣く子も黙るノワール系&ハードボイルド系の強面作家である。その代表作を最近ちょっとパッとしないとはいえデ・パルマがやるとなれば大いに期待しちゃうのである。
しかし、残念ながら大いに期待外れだったとしか言いようがない。長編小説を2時間にまとめるのだから、それなりに取捨選択しなければいけないはずなんだが、恐るべき猟奇殺人の顛末を中心に据えるのか、主人公たちの三角・四角関係を描くのか、当時の社会の暗黒な雰囲気を出したいのか、どうにも定まらず中途半端である。
この手の話は要するに探偵役が色んな場所に行って色んな人をつつきまくって、藪から真実を飛び出させるというのがパターンである。しかし、脚本がひどいせいなのかその真実の飛び出し方が、あまりにも(文字通り)藪から棒過ぎ。急転直下の展開に目が白黒しちゃう(@_@) 冒頭のボクシングの場面に時間かけるぐらいなら、結末の伏線でも張って欲しかった。
また、主人公の刑事が途中でニ件の殺人を目撃するのだが、その後始末の仕方があまりにもひどい。「えっ(!o!)昔の警察はこんなことを黙認するほどいい加減だったのか?」と思っちゃったが、ここはなんと原作を大幅に変更したらしい。どうりで辻褄が合わないはずだよ……。
原作通りだと、相棒の刑事がかなりの悪徳警官ぶりを発揮するみたいだが、それを避けたんだろうか?
それからもう一つ致命的なのが、作品内で語られていることと映像で示されていることが全く一致していないのである。
「彼女はその部屋にいる女の中で一番美しかった」→はて?どこが。主人公目が悪いんじゃないの。それとも私のメガネの度が合わなくなってきたのか。(/.-)ゴシゴシ
「彼は被害者に取り憑かれていた」→そうかね、それほどには見えんぞ。
「マデリンはブラック・ダリアにそっくりだった」→冗談はよし子さん!
なんて感じでかなり白けてしまうのであった。
しかも助演やほんの脇役に至るまで登場する役者はやたらと多いのだが、誰一人として生彩がないのも不満である。
おまけに肝心のファム・ファタールであるマデリンがあのヒッチコックの『めまい』のヒロインに重ね合わされていると知ってビックリした。
私は紹介文を書くためについ最近『めまい』を見直したのだが、はっきり言ってこちらのマデリンの美しさを1とするなら、『めまい』のマデリンは1000ぐらいである。いや、それでも足りないぐらい。男たちの「取り憑かれ度」も同様だ。
ウソだと思う人は是非レンタル屋に行って『めまい』のマデリンが登場する場面を見て欲しい。あれこそが誰が見ても納得の「一番美しかった」である。
また、後半で主人公がありとあらゆるものにマデリンを幻視する妄執ぶりについても全く比べ物にならない。
結局、あまり見所がない映画であった。おっと、レズビアン・クラブの場面は退廃的で良かったけどね。往年の、同じくデ・パルマによるフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの『リラックス』のビデオを思い出した(あれほど過激ではないが)。
主観点:5点
客観点:5点
【関連リンク】
「残り30分で急に早送りになった気分」というのに思わず頷きました。
《the borderland》
この作品の中でのレズビアンの取り扱われ方について。
《ハナログ》
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