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2007年1月

2007年1月31日 (水)

劇団新感線「朧の森に棲む鬼」:水もキスシーンもテンコ盛り

作:中島かずき
演出:いのうえひでのり
出演:市川染五郎、阿部サダヲ
会場:新橋演舞場
2006年1月2日~27日

3度目の挑戦にしてようやく手に入れた追加席。もっとも、ここがなんで追加席? そもそも追加席ってなんじゃ?な疑問も。

ともあれ6時開演なんで、仕事はもちろん早退きだー \(^o^)/
客席は若い女性が多い--どころか85~90%が女であった。しかも金三千円ナリのパンフ(+カレンダー)を皆さん買っていく買っていく。思わず感心。

内容は市川染五郎が完全な悪役をやるというので、前から評判になっていたもの。最底辺から舌先三寸(とそれと同じように動くという刀)で国王まで成り上がる男の栄枯盛衰を描く。シェークスピアの「リチャード三世」を下敷きにしているというが、導入などは「マクベス」にも似ている。主人公が滅ぶ理屈が今イチ判然としない所までも、だ。
時代も場所もハッキリしないのはクロサワ時代劇風でもある。

本物の水を使った舞台装置はスゴイ。あの大量の水はどこに消えていくんだろうとしげしげ見ちゃったりして。水の中の立ち回りまであったりする。照明も美しい。さらにキスシーンも大サービス。成り上がっていく度に衣装のみならずメイクまで変えていくという芸も細かい。
殺陣も見事である。特に終盤の染五郎と古田新太の対決部分はもう異常なまでの迫力。何か戦慄まで感じてしまった。
それから高田聖子はうまい役者だなーと今回つくづく感心した。

ということで¥12600の元は完全に取れた!--と、言いたいところだが、やっぱりキツイです、この値段(泣)。でもファンは4回、5回見に行く人もいるらしいからすごいもんである。

以前からの新感線ファンとしてはやはり古田新太に最低10キロぐらい減量してもらって、ぜひ堂々たる主役をやって貰いたい。
ん?次回作は古田主演で「犬顔家の一族の陰謀」だって? こ、これは……なんか見る前から内容が想像できそうな……(\_\;

ところでカメラが入っていたがどこで放映するのだろうか。WOWOWか。よもやNHKの「芸術劇場」ではないことは確かだろう。


帰りは「夜遅くまで営業」と「値段が安い」でネット検索した店へ行ってみる。だが、やはり銀座だけあってそれなりの値段だし、すごーく照明が薄暗くてテーブルの向こうに座った友人の顔が見えないくらい(いささか誇張しております)だし、近くに職場で飲みに来ている集団はいるし、さすが新宿や池袋とは違うと感心したのであった。あと、ワインがあまり冷えてなかったのはどうよ? あ、でも接客はよかったですよ。
家にたどり着いたのは1時近かった--。

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2007年1月27日 (土)

娘っ子ひしめくほどの甘味かな

『あるいは裏切りという名の犬』の映画館が全員入替制なんで、整理番号を貰って待ち時間を銀座の横道をブラブラして潰していた。そしたら、途中でガラス張りの白いメルヘンチックな建物にブチ当たって驚いた。何が驚いたかというと、何かの店らしいのだが建物一杯に若い娘っ子たちがギュウギュウに詰まっていて、さらに入り切らず外にはみ出していたのだ!

その込み具合といったらラッシュ時の山手線もかくや、というぐらいである。ド近眼なんで看板もよく見えず、そのままボー然と通り過ぎたのだが、一体あれはなんだったのだろうと映画見た後も首をひねっていた。
家へ帰ってから調べたら有名なケーキ屋だったらしい。だが、日曜日なんか言語道断、平日でも待ち時間30分というほどいつも混んでいるそうな。

アルコールと同じくらい甘いものが好きな私は俄然、食べて見たくなったがケーキのために30分は……キツイねえ(+_+)

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「あるいは裏切りという名の犬」:止めてくれるな妻よ娘よ、背中のパリ警視庁の看板が泣いている

監督:オリヴィエ・マルシャル
出演:ダニエル・オートゥイユ、ジェラール・ドパルデュー
フランス2004年

コテコテコテ……
今なおドトーのように押し寄せる香港ノワール・パワー、そして物量作戦でこれでもかと来るハリウッド製アクション。これらに対し、けっ!ナンボのもんじゃいと伝家の宝刀を持ち出してきたのが、これ。コテコテのフレンチ・ノワールである。
どれほどかというと、叩くとコテコテコテと音がするくらい。

舞台はパリ警視庁、次期長官の座に最短距離にいる二人の男。一人は部下の信望厚いレオ、もう一人は権力欲の塊なドニ。未解決の現金強奪事件をめぐるこの二人の対立が悲劇を招くのであった。
対照的な二人、友情、裏切り、愛憎、義理……。
既にここまででノワール味テンコ盛り。この手の話が好きな人間には文句なく気分に浸れるだろう。
主役はフランス二大名優激突! 日本だと菅原文太とと高倉健みたいなもんか(違う……?)。脇のいかにもなフレンチ顔の役者達もよい。

ただ、私が見ていてどうも納得いかないのは、ドニの人物像である。レオの方の失態は巻き込まれた形でどうにも仕方なかったのだが、ドニの方はすべて彼の状況判断--いやそれ以前の思考ゼロの場当たり的行動のためである。それがなかったらそもそも死人は出なかったろうに。
実務能力がないのに権力指向だけは強い--こういうヤツが職場にいたりすると最悪である。しかし、少なくとも私の周囲を見る限り、実際に管理職になっている人間のほとんどはこの手のヤツなのだ。(しかもこの部分は実話に基づいているという(-_-;))
まあ、こういう現実の世知辛い部分を連想させるのは、ノワール物としてどうよという気がしたし、二人の中心人物の片方に全く共感できるとこがないのは今ひとつ詰まらなかった。

それから宣伝やチラシで「昔は親友だった」とか「レオの妻を昔奪い合った」とかあるが、実際のストーリーにはそんな事はほとんど出てこない。ドニがレオの妻にチョッカイ出そうとする場面があるが、亭主がいない間に美人の奥さんにちょっと手を出してみようと思いました、ぐらいの解釈でも可能だ。
本編にない余計な事を宣伝するなと言いたいぞ(`´メ) プンプン

さて、この作品はハリウッドでリメイクが決定らしいが、レオをデ・ニーロがやってドニの方をジョージ・クルーニーをやるという。そうすると、昔気質のベテラン警官を権力指向バリバリの若手が背後から陥れる、みたいな話になりそうだ。


主観点:6点
客観点:7点(コテコテのハードボイルド&ノワール・ファン推奨)

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2007年1月24日 (水)

2006年度映画大賞・番外編

番外編の発表をいたします。

【最強邦題賞】
『あるいは裏切りという名の犬』
よくぞ!こんなタイトルをでっち上げたと感心した。この題名だけでフラフラと映画館に吸い込まれてしまったある種の客が少なからずいるはず。

【最優秀ヘンタイ監督賞】
デヴィッド・クローネンバーグ(『ヒストリー・オブ・バイオレンス』
ヘンタイの魂百までも、とはよく言ったものである。

【最優秀弟分賞】
キリアン・マーフィ(『麦の穂をゆらす風』
彼も弟役がよく似合うタイプであろう。

【最優秀兄貴賞】
カム・ウソン(『王の男』
兄ィ振りに男も惚れるって話--ぢゃなーい!

【最優秀妹賞】
アビゲイル・ブレスリン(『リトル・ミス・サンシャイン』
異議な~し。

【最優秀オヤジ賞】
『Vフォー・ヴェンデッタ』に御出演のオヤヂな方々

【最優秀動物賞】
ブタのウィルバー(『シャーロットのおくりもの』
丸焼きにして食べてしまいたいぐらいの芸達者。『オリバー・ツイスト』のワン公を僅差で退けた。

【最優秀車賞】
ライトニング・マックイーン(『カーズ』
鼻持ちならないヤツを熱演。ま、もともと車に鼻はありませんが。

【号泣映画賞】
『イノセント・ボイス』
いやー、これほど号泣したのは久し振り。映画館がすいてて回りに人が座ってなくてヨカッタヨカッタ。

【残念無念賞】【最多ラブシーン賞】【最優秀銃撃戦賞】
『マイアミ・バイス』
オリジナルTVシリーズのファンには無念さもひとしおの出来。しかも、長くてくどいラブシーンがこれでもかと続くのにはあきれるのを通り越した。
しかし、ラストの銃撃戦はやはりお見事! 何度でも見たいぞ。他の追随を許さぬ境地である。次作は「銃撃戦祭り」でお願いしたい。

【衝撃場面賞】
『隠された記憶』
もちろん「衝撃のラストカット」ではなくて、中盤の「あの」場面ですね。映画館中がなにやらジト~とした雰囲気になった。

【ちゃぶ台ひっくり返し賞】
『ダ・ヴィンチ・コード』
「ちゃぶ台ひっくり返し賞」とは見終って、あまりの結末に思わず「なんじゃ、こりゃ~。観客をなめとんのか!」(ノ-o-)ノ ~┻━┻ガシャーン と、ちゃぶ台をひっくり返したくなる気分になる映画に与えられる栄光ある賞である。
去年は該当作無しだったので、今年はあって良かった(*^^*)

【ワースト賞】
『ミュンヘン』
なまじ社会派系エンタテインメントとしてはよく出来ているだけに、この不甲斐なさに、ええい腹が立つ(`´メ) 終始、主人公が何考えてるんだか全く分からないのはどういう事よ。ま、きっとスピルバーグはそれを描きたくなかったんでしょうねえ、としか言いようがない。だったら最初から作るな~。
おまけに終盤近くの「突撃ベッドシーン」には当惑&苦笑……。
次点:『クラッシュ』

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2007年1月21日 (日)

バッハ「チェンバロ協奏曲」:踊るチェンバロ奏者

演奏:ラース・ウルリケ・モルテンセン&コンチェルト・コペンハーゲン
会場:王子ホール
2007年1月16日

コンチェルト・コペンハーゲンはデンマークとスウェーデンの演奏家によって結成された古楽アンサンブル。実は録音も一度も聴いたことがない--んだけど、チケットを買ったのである。良いか悪いか、こうなると一種の賭けだ。

暖冬のせいか、王子ホールは極めて暑かった。先日の浜離宮朝日ホールよりも暑かったぐらいで、後半は大汗かいて聴いてたぐらい。なんとかしてくれー。

編成はヴァイオリン3+3にヴィオラとチェロとヴィオローネが1。
指揮とチェンバロのモルテンセンはピノックの弟子だったそうだが、指揮も兼ねているためか、かなりアクションが大きくてユーモラスだった。身振りと演奏だけでなく顔の表情までも変幻自在……(^O^;)
一方、弦の方はなんとなくくすんで重厚な、悪く言うとちょっとオドロな音に聞こえたのは私だけか? 最近、軽快な音の方を聞くことが多かったんで、余計にそう感じたのかも知れない。

とはいえ、正攻法なバッハの協奏曲を生で聴くのは久し振りな感じなので、その点では満足した。
アンコールは最終の第3番の曲をそのまま繰り返したが、モルテンセンはさらにノリノリな弾きぶりで、椅子の上で飛び跳ねて踊っていた。これ以上やったら、もはやレッド・プリーストかっ!てなもんだ。弦の方々もそれに合わせてちょっとオーバーなアクセントを付けた感じで弾いてたもよう。
ただ、客席の常にフライング気味の拍手はやめて欲しかった(アンコールでは完全なフライング)。


【関連リンク】
ついに「のだめ」効果がこんなところに! 「ふたりの女性」の様子に笑っちゃいました。セリフを交互に読むって……(^^?)
《芝と苑の隠れ家》より「バロックな夜」

【追記】
タイトルを一部変更しました。

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2007年1月20日 (土)

ヘンデル オラトリオ「ヘラクレス」:浜離宮朝日ホールは暑くて熱かった

第4回ヘンデル・フェスティバル・ジャパン
演奏:渡邉孝&キャノンズ・コンサート室内管弦楽団&合唱団
会場:浜離宮朝日ホール
2007年1月14日

一応毎年行っているヘンデル・フェスティバル・ジャパン、過去には3企画全てのチケットを買っておきながら一つしか行けなかったという悲惨なこともあった(T_T)が、今年はめでたく企画1と共に皆勤である。

去年のメイン企画はオラトリオ『ヘラクレスの選択』だったが、今年は同じくヘラクレスネタのオラトリオ(オペラと違って、演奏会形式で行なわれる)だ。
しかし昨年のは青年ヘラクレスの成長を巡ってのどっちかというと牧歌的な内容だったのだが、今回の『ヘラクレス』はその悲惨な死の経緯を描くというコワーい物語である。
最初に12月の公演で指揮をしてた三澤寿喜が現われて簡単な解説(今回はちゃんとマイクを持っていた)。

物語の中心は専ら二人の女性--ヘラクレスの妃デージャナイラと捕虜の王女アイオレで、なんとタイトルロールのヘラクレスは完全に脇役(一番後から登場して早々に引っ込んでしまう)なのであった。
戦争に行って安否も分からぬ夫を案じてやきもきしているお妃。ようやく無事に凱旋してきたヘラクレスを見れば、なんと敵国の王女を捕虜として連れてきてるぢゃないのさ。それがまた若くてベッピンで喪服なんか着て(肉親が戦死したので)楚々としちゃって、男心をそそっちゃうタイプ。かくして妃に疑惑と嫉妬心がメ~ラメラと燃え上がるのであった。
一方、ヘラクレスにしてみればようやく戦い済んで故国に戻って来て、さてかーちゃんと二人きりで温泉にでも入ってゆっくりすべえ、と思っていたのに、なぜか妻はコワイ顔をして睨んでるではないか! なぜ、どーしてω(T_T)ω あんまりだーっ。
まさに「英雄はつらいよ」状態なのであった。

かくして妻の嫉妬から悲劇は転がり始めていくという次第。
デージャナイラが波多野睦美、アイオレが野々下由香里で、米良美一は従臣役で珍しく脇に回るという配役。
見どころ、聞きどころは数々あれど、やはりダントツはヘンデル作品ではおなじみ(?)狂乱の場を歌いきった波多野睦美だろう。ヘラクレスの予期せぬ死を知った妻の、悔悟と憎悪と恐怖の間を目まぐるしく行き交う激情を、怒濤のような勢いと鋭さで表現していた。正直言って、ロック、クラシックなどジャンルに関らずこれほどまでに心揺さぶられる歌を聴いたのは絶えて久しくないほどだ。もはやこれは楽譜に載せられた歌を歌っているレベルではない--それを超えた何ものかが存在していたと思う。
そして、その後を清々しく受けて歌う野々下由香里もまた素晴らしかった。この二人の歌の件では思わず涙が出てしまったよ(T^T)クーッ
ああ、聴いてよかったと心から思いました、ハイ。

一方オーケストラだが、弦楽の中心になっているのは昨年の目白の音楽祭でも活躍したリクレアツィオン・ダルカディアの面々。ヴァイオリンなんか四人きりで、皆若い女性ばかりだ。しかし、それぞれの場面で歌い手の心情に寄り添うようにでしゃばりもせず、引っ込み過ぎでもなく、達者で緩急自在な演奏を繰り広げた。チェロを除いて立ちっぱなし(ステージの広さの関係?)だったのはご苦労さんです<(_ _)>
指揮兼鍵盤(オルガンとチェンバロを重ねて置いて弾いてた)の渡邉氏にも感心。今年の音楽祭も楽しみだー。
オーボエは三宮&江崎コンビだったが、この二人が並んでるのを見たのは久し振りな感じがする。その他途中でホルン、ティンパニ、トランペットも参加。
7500円のチケット代の元は完全に取れたと断言しよう。

ただ、長い。ヘンデル先生長過ぎです! 3時に開演して二回休憩が入ったとはいえ、終わったのは7時半近かった。途中で眠気虫がちょろちょろと徘徊していたようである(最前列で爆睡してた人もいた)。さすがに座っているだけでも疲れた。
おまけに会場が異常に暑い(楽器のため?)。一階席で汗かいてるくらいだから、二階のバルコニー席やライトの当たるステージ上はもっと暑かったろう。特に通奏低音、中でもずーっと終始引きっぱなしのチェロの懸田氏は大変だったのではないかと思われる。

それから、開演直前に座席が分からなくてウロウロしてたおじーさん(連れがチケットを持っていて先に入場していたらしい)はどうなったんだろうか? 会場の係員も大変だー。

ところで、波多野さんは真紅のドレスで登場したのに対し、野々下さんは金の縫い取りのあるベージュのドレス。さらに米良さんはショッキングピンクの中国服(?)風(これが結構似合っておりました)--という好対照で目を引いた。
場待ちをしている間は、ギュッと目をつぶっている波多野さん、キビシイ顔つきで楽譜をめくる野々下さん、宙をじっと見つめる米良さん、とこれまた対照的だった。
でも、野々下さんたら退場の時に波多野さんのお衣装の裾を踏んづけちゃイヤ~ン。


【関連リンク】
感想に同感。粗筋も詳しく紹介されています。
《風の歌日記》

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2007年1月18日 (木)

2006日本インターネット映画大賞(外国映画部門)に投票

今年も「外国映画部門」に投票します。
なお、番外編として特別賞とワーストも別記事に掲載しました。


[作品賞投票ルール]
 ・選出作品は5本以上10本まで
 ・持ち点合計は30点
 ・1作品に投票できる最大は10点まで

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【作品賞】(5本以上10本まで)
「隠された記憶」         5点
「カーズ」           5点
「カポーティ」          4点
「イノセント・ボイス 12歳の戦場」   4点
「タブロイド」         4点
「グエムル 漢江の怪物」    4点
「ヒストリー・オブ・バイオレンス」    2点
「アルナの子どもたち」     2点

【コメント】
個人的にはM・ハネケな年だった。中南米パワー、韓国パワーにも感心。特にポン・ジュノは本家スピルバーグが不甲斐ないのに引きかえ、鮮やかな活躍だ。もっとも米国もJ・ラセターみたいな人がいるからねえ……。
ドキュメンタリー枠では『アルナ~』を選んだ。
エンタテインメント大作で面白いのがなかったのが残念無念である。

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【監督賞】        作品名
[ミヒャエル・ハネケ] (「隠された記憶」)
【コメント】
東京・渋谷ではハネケ祭りが開催されたし、ハネケ・イヤーだったのは間違いなし。
イヤミで悪意に満ちてて、大好きだ~  \(^o^)/
もっとも、投票ではきっとイーストウッドになるんでしょうねえ……。

【主演男優賞】
[フィリップ・シーモア・ホフマン] (「カポーティ」)
【コメント】
オスカー像は暖炉の上の飾りではなかったことを、見て納得した。

【主演女優賞】
[クリスティーナ・フェルドマン] (「ニキフォル」)
【コメント】
これが一番選びにくかった。『ウォーク・ザ・ライン』のリース・ウィザースプーンとか、『ナイロビの蜂』のレイチェル・ワイズとか、色々考えたんだけど。子役は選びたくないし--ということで、演じてる役は女じゃないけど、女優だからいいんだよねっ。

【助演男優賞】
[ベン・キングズレー] (「オリバー・ツイスト」)
【コメント】
いかなる名優も子役と動物には勝てない--というのをひっくり返して、子役もワン公も食ってしまった怪演に脱帽である。

【助演女優賞】
[キャサリン・キーナー] (「カポーティ」)
【コメント】
思わず『アラバマ物語』を観たくなってしまうほどの好演だった。

【新人賞】
[セバスチャン・コルデロ] (「タブロイド」)
【コメント】
『カポーティ』のベネット・ミラーにしようかと思ったが、やはりこの脚本はスゴイ!参りましたっ、ということでこちらの監督兼脚本家に。

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 この内容(以下の投票を含む)をWEBに転載することに同意する。
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2007年1月16日 (火)

「リトル・ミス・サンシャイン」:これこそ本当の妹萌え映画?

監督:ジョナサン・デイトン、ヴァレリー・ファリス
出演:グレッグ・キニア、トニ・コレット
米国2006年

米国で低予算で作られながらヒットし、さらに各映画賞にノミネートされているという(一部で)注目の映画。

完全にバラバラな家族の様子が夕食の場面で描かれる。それはまさに小田嶋隆がブログで突然なぜか引用しているルー・リードの歌にあるように「名前以外に、なにひとつ共通の基盤がない」に近い。
そこにさらに母親の弟でゲイにして米国で第一人者のプルースト研究家(自称)が自殺未遂を起こしたため、同居する。
ところが、あんまり美少女とも思えぬ娘のオリーヴがなぜか美少女コンテストの予選に通ったため、一同は揃って本選の行なわれるカリフォルニアに向かう羽目になるのであった。
かくして仲もよくない家族が小さなバンで一日中顔を突き合わせていなけりゃならんのよ。

極めてシニカルなコメディである。多分セリフの一つ一つに色々と強烈な皮肉が込められているんだと思うが、残念ながら字幕ではよく分からない。特に勝ち組セミナーを開く講師である父親(ただし本人自身は負け組)の言うことには、いちいち靴を投げつけたくなる。
ただでさえ負け犬度濃厚な一家は旅が進むにつれ、負け犬決定(^o^)bな出来事に遭遇し、故障しかけたバンと同様にますますヨレヨレしてきてしまうのであった。
しかし、唯一勝ち組(じーちゃんの定義による)を目指すオリーヴのために走り続けなければならない。

最後のコンテストの場面は爆笑、さらにそれに対する家族一同の必死の対応は大爆笑(役者さんたちかなり悪のりしてやってると見た)。でも笑いながら感動の涙も出てしまうのだ。勝者にはなれなくても心にゃ錦を飾ったのよ(~ ^~)
そういう感動かつ皮肉なコメディである。それを支える役者もみなうまい。

後から思い出して笑ってしまう場面多数あり。特にツボにはまったのはオリーヴが「トランクの中!」と叫ぶトコ。ダメだ、笑わせないでくれ~。

それにしてもオリーヴたん、かあいいです(^^) 後から気付いたんだけど、失意の兄を慰める場面は、実はそれより前に兄自身が母親を慰めるために彼女にしろとすすめた行為と同じ事をしてるんですね。ニーチェを信奉し全てを憎悪しているあんちゃんでもほだされてしまうのは仕方ないです。

美少女コンテストで父親の隣に座っているバイカー風の男は、ロリコン野郎だという説があるが、あれはやっぱり他の出場者の父親だろう。妻と娘が熱中してて常連になってるのを仕方なく運転主役でくっ付いて来ているんだと見た。大体にして、ホントにロリコン男だったら最前列でヨダレ流して(^Q^;)見てるはずだと思うが。
しかし、コンテストの司会者はキモ~イ。歌といい化粧といい--カンベンです。コンテストの醜悪さに比べてオリーヴたんの健全さ(やってることは本来は「健全」ではないはずなのだが)が際立ってしまうという、対比の妙。


主観点:7点(事前に期待が高過ぎたので)
客観点:8点

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2007年1月14日 (日)

「合唱ができるまで」:音楽の形成される場に立ち会う

監督:マリー・クロード・トレユ
出演:クレール・マルシャン&パリ13区立モーリス・ラヴェル音楽院合唱団
フランス2004年

ちょうど二年前に同じ映画館で観た(場所は移転しているが)『ベルリン・フィルと子どもたち』を思い出した。しかし、あのドキュメンタリーでは公演に参加する学生たちのインタビューや社会背景の紹介があったが、こちらは何もない。そもそも練習場からカメラが外に出る事すらない。
ただ、アマチュア合唱団の練習風景をひたすら映すだけなのである!

大人組はホントにシロートなおぢさんおばさんの集団。悪いけど、見ていて「これでいいなら私でもできそう」なんて思っちゃうほどなのである。(^O^;
年少組は小学生の集団。先生の話を聞いてる間もよそ見したり身体をもぞもぞ動かしたり。
年長組はハイティーンの若者たち。こちらは基礎はできているようで、楽譜も読めるようだ。
この三つの集団がなんとシャルパンティエとハイドンを合唱するというのである。
えーっ、シャルパンティエ! マジですかってなもん。

二人の女性指導者による三つのグループの練習が延々と続く。ナレーションはなし、説明のテロップもほとんど入らない。あまり上手いとは言えない歌声が続くのを聞いていると、体調の悪い時や睡眠不足の時だったら寝てしまう可能性が大である。
だが仕方がない。地道、単調、忍耐……これこそがまさに「指導」の本質だから。そういう点では音楽関係だけではなく、教育関係者向きかも知れない。

一緒に観た友人の話によると、学校のクラス経営に合唱というのは有効なのだそうである。今の若いモンは仲間との対立を避けるが、合唱みたいなものを全員でやろうとすると対立せざるを得ない。そして、そういう事を経過した後にクラスの結束力が強くなる、というのだ。
なるほど、学校でクラス対抗合唱祭なんてのを開催する所が多いのはそういう訳だったのかと納得。

それにしても子どもや若者のグループに比べて、中年組があまり上達しない様子を見ると、やっぱり何かを習うのは大人になってからじゃ遅いんだのう、と悲観的になってしまうのであった。(+_+)トホホ
とはいえ、ユーモラスな場面も幾つもある。ガチガチに緊張したおばさんとか、楽譜が全く読めてないのを先生に見破られてしまう子どもとか……。

途中でちょん切られたようなラストを不満に思う人も多いようだが、終盤の通し稽古の場面を見ていて、ああ『ベルリン・フィルと子どもたち』と同じにこの作品も本番を見せる気はないんだな、と思った。あくまで合唱が「できるまで」が中心であって、「できてから」の成果がどうこうということがテーマではないのだ。
まさしく「できるまで」を体験する映画なのである。

ついでに、自分では歌ったりしない純粋なバロック音楽鑑賞者としては子音の発音と、身振りを付けること、テキストの内容に非常にこだわっているのが興味深かった。こういう指導法は一般的なんだろうか?


主観点:8点
客観点:6点(睡眠不足な人にはすすめません)

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2007年1月13日 (土)

見張られてるのはどっちだ?--外部だけでなく内側も監視するカメラ

ダンナを妻が殺害、その後死体を切断して新宿・渋谷に捨てた事件。新聞やテレビのワイドショーを騒がせたが、私が気になったのは事件そのものよりも真相発覚にマンションの監視カメラが役に立ったということである。
「勤務先に出勤問い合わせ…偽装工作」

帰宅していないはずの12月12日早朝、自宅マンションの防犯ビデオに祐輔さんが映っていたことをつかんだ。

朝日新聞の1月11日の夕刊によると、同僚が夫婦の自宅マンションの防犯ビデオの映像を調べたところ被害者が早朝に帰宅しているのが映っていたが、その後出勤する姿は映っていなかった、という。

私のいるマンションにも防犯用の監視カメラがある。出入口と一階ロビーの廊下とエレベーターだ。昨年、増設する案が出て住民の投票で可決されたこともあった。
本来の設置の目的は外部の不審者の出入りを確認するためのものである。増設案が出された時もそれが明記されていた。
しかし、この事件では結果的に監視されていたのは外部の人間ではなくてマンションの住人であった。もちろん、映っていたのは被害者で、それによって事件が解決されたのはメデタかったのであるが、本来「不審者」の挙動を監視するはずが、結果的に内部住民の行動をチェックする役割を果たしていたのは否定できない。

つまり内部の人間が外部の人間を監視するつもりで導入したはずのカメラが、実は自分自身をも監視していたということである。監視していたはずが監視されていた……。その点においては「不審者」も「住人」も同じで変わりはない。
ビデオ上の映像は単なる情報であり、そこに選別の機能は働かない。外部の不審者による犯罪も内部の住民のプライバシーも全くの等価なのだ。

さらに気になるのは、このビデオを同僚が調べたということだ。ビデオは警備会社が管理するのだと思うが、頼めば第三者に見せてくれるのだろうか。
そうなると、配偶者の浮気を疑う住人が自分の不在時のビデオを見せてくれと頼んで来るかも知れない。

そのうちマンション各階の廊下や各部屋の玄関ドア前にも監視カメラが設置されるようになるのだろうか(実際、そういう場所で犯罪が起こっている)。
その時、いつも見守られていて安心……ということだけではないのは確かなようである。

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2007年1月 8日 (月)

「王の男」:自由か不自由か誰が知ろう

監督:イ・ジュンイク
出演:カム・ウソン
韓国2006年

韓国の歴史上最悪の暴君と言われる王と二人の芸人の葛藤を描いた宮廷劇。
一旗揚げようと一座を飛び出した綱渡りのチャンセンと女形のコンギルは、王様をおちょくった笑劇をやったところ大ウケ。ところがやり過ぎて笞打ちの刑に……。

ここまではかなりマッタリしたテンポでギャグの場面が多い。だが、王様に逆に気に入られて宮廷住まいするようになってから段々とシリアスになってくる。
王と忠実な老臣、さらに他の大臣との勢力争いに芸人達の出し物が利用されるのだ。かくして何か演じる度に死人が出るという恐ろしい事態になるのであった、ギャーッ。

チャンセンは身分は低いが性格は豪胆で実は自由人である。逆に王は過去にとらわれ権力のせめぎ合いの中で抑圧されている、という立場が徐々に明らかになってくる。だからと言って両者とも身分の壁から逃れられるわけではない。そして二人の間に挟まれたコンギルは、王様に同情するが兄弟同様のチャンセンとも離れられず、さらに王の愛妾の嫉妬も絡んで破局へと転がっていくのだった。

さて、これの物語は色々な立場から見ることができるだろう。同性愛の絡んだ三角関係と見るか、実在の暴君の裏の姿を描いた歴史劇と見るか、あるいは複数の勢力入り乱れた政争劇とも取れるし、真の自由と抑圧を描いたものとも思える。
私は最後の観点を中心に見たが、いずれにしても歴史の激しいダイナミズムというようなものが感じられた。(韓国映画特有なややベタな所はあるのだが)
あえて、「生まれ変わってもまた芸人になる」という宣言に作り手側の強い自由への希求を感じ取った。

役者は暴君役のチョン・ジニョンが一番目立った。立場は偉いが卑小にしてその軋轢に苦しむ人物像をうまく演じていた。チャンセン役のカム・ウソンも兄貴度高い好演。コンギルのイ・ジュンギは細面の顔といい繊細な手といい、とってもキレイ。95パーセントの女は完全に負けてるだろう。_| ̄|○ ガクッ
綱渡りの場面は二人とも本人がやっていると聞いてビックリだ。
音楽はキレイだが、ちょっとしつこ過ぎな印象もあり。

韓国では超大ヒットだったらしい。件の暴君は半島では信長並みに誰でも知ってる歴史上の人物なのだろうが、日本では全く知られてないのは興行的には大いなるマイナスだったようだ。
最近ではフ女子の街として知られる池袋の映画館で見たのだが、きっとフ女子で満員に違いないと予想して行ったら大外れだった。少ない客の中にフ女子らしき者は全くいず、ほとんどが韓国映画のファンとおぼしき若い女性&オバハンであった。
フ女子がこれに萌えんでどーする(`´メ)ってなもんである。余計なお世話?

それはともかく韓国映画に頻出する(って、たまたま私が観たのに多かっただけか?)兄貴分-弟分の関係というのは伝統的文化的なものなのであろうか。そして、当然韓国にもいると思われるフ女子は、それに勝手な妄想を働かせて萌えたりしないのであろうか?
これは深く探求するに価することであ~る--わけはないか。


主観点:8点
客観点:7点

【関連リンク】
「怒り」と「悲しみ」という点から論じていて、納得させられます。
《詩はどこにあるか》

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2007年1月 7日 (日)

「あなたに不利な証拠として」:サード・ウォッチ……

著者:ローリー・リン・ドラモンド
ハヤカワ・ミステリ2006年

「このミス」と週刊文春の双方の昨年度ミステリベストテン海外篇で1位になった短編集。その前に新聞の書評で池上冬樹が大絶賛して評判になった。私はその頃買ったのだが、今になるまでほったらかしにしておいたままだった。しかし、ベスト1になったこの時期を逃すとまた読む気がなくなるかも知れないんで素早く読んでみる。

ほとんどの感想にあるように、こりゃミステリじゃありませんねー。「謎」はほとんど無し。複数の婦人警官の日常のエピソードが綴られている。その筆致はいささか感傷的で文学的である。
さらに最後の短編ではとある事件で傷ついたヒロインがド田舎の共同体と神秘主義によって救済されるのであった。--ああ、カンベンしてくれえ(-o-;)

文学コンプレックスを持つミステリ・ファンには打ってつけと言えるだろうが、そうでない人間には「これがミステリだって?! だまされた~」となるであろう。

TVドラマの「サード・ウォッチ」は警官・消防隊員・救急救命士の話でそれぞれ女性の警官・隊員が登場するが、そっちを見てれば充分という感じ。
そういや「ホミサイド」にも女刑事のエピソードが登場する。女は体力がない→格闘できないんですぐに銃を抜きたがる→銃を犯人に奪われる→逆襲されて撃たれる、という話。
あんなんじゃパートナーとして命を任せられないよな、と男の同僚たちはヒソヒソと陰口を……いやー、こういう下世話な方が好きだ!

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2007年1月 4日 (木)

「麦の穂をゆらす風」:結局最後まで思い出せずじまい

監督:ケン・ローチ
出演:キリアン・マーフィ
イギリス/アイルランド/ドイツ/イタリア/スペイン2006年

1920年、アイルランドの小さな町を舞台に英国からの独立運動に参加して銃を取った兄弟が、やがて独立成った後は内戦で対立して行く過程を描いたもの。
冒頭で英国の武装警察隊に英語で自分の名を言わなかったばかりに若者が殺されてしまう場面が出て来て、衝撃を受ける。しかし、内戦での死者は独立戦争時より多かったそうで、まさに血で血を洗う悲惨な歴史なのであった--。

友情、対立、離反……どの場面もムギューッと凝縮されていて、目が離せない。昨日の友は今日の敵、とはまさにこの事だろう。妥協派は下手に対立して事を荒立てるよりは順次時間をかけて変えていった方がいいと考えるが、急進派にしたらそれは最初から取り込まれていて改善などあり得ない、新たなる支配の一環に過ぎないのである。いずれにしろ、そのような内部抗争は旧宗主国にとっては利益になり歓迎すべきことにに違いない。そのような対立の構図が納得できるように自然に描かれている。

監督のケン・ローチはこれを過去のアイルランドに限らず、現代を含めていかなる時代、いかなるどの地域の紛争においても敷衍できるように意図しているようだ。まこと、世界に紛争と流血が絶えないわけである。

最初から最後までヘヴィな内容の連続であるがずーっと引きつけられて見てしまった。中でも印象的だったのは、密告者の少年が処刑される場面で「母親が字を読めないので--」という場面。泣けちゃったよ……。
救いはアイルランドの田舎の美しい風景だろう。草原や丘や林--でもなんだか寂しい光景である。一日中歩いても誰にも会わなかったりして、そんなのイヤだー。
こういう作品をイギリス人に作られてしまったアイルランド人がどう思ってるか聴いてみたい気もする。

役者は主役のキリアン・マーフィーと、ジャン・レノに似たダン役のリーアム・カニンガムがよかった。恋人の母親とばーちゃんを演じているのは地元のトーシロの人だと聞いてビックリ。
ただ兄役がイマイチだったのは残念。本来なら、カリスマ的な魅力ある指導者じゃないとダメなんだろうと思う。人をひきつけるような。で、それが現実に対し妥協的になり、やがて弟と敵対していくから、余計に悲劇的なはずなんだけど。そこが物足りなかった。

さて、映画のタイトルはアイリッシュ・トラッドの曲名から取られている。これは冒頭で殺された若者の葬式で歌われるが、他に登場する歌はアイルランド国歌と、義勇軍が霧の中で行進する時に歌っているやつ(ラスト・クレジットのときにも流れる)。この最後の曲はつい最近にCDで聴いて記憶が残っているのだが、誰のCDなのかどーにも思い出せない。
ずーっとモヤモヤした感じなんで、家に帰って最近買ったアイリッシュ・トラッドのCDを片端から聴いてみるが、出てこない。パンフを買わなかったんでネット検索してみると、件の曲はOro Se Do Bheatha 'Bhaile ( Welcome Home )というのだと判明。シニード・オコーナーがトラッド・ソングを歌ったCDにも入っているという。
確かに彼女のそのCDは持ってるがかなり昔に出たもので、もう2年ぐらい聴いてないのだ。聴いた記憶はもっと新しくて、男声ヴォーカルだったような気がするのだが……。結局、思い出せないままに終わってしまった。

というわけで、代わりに最近の盤からアイリス・ケネディ「One Sweet Kiss」(OMAGATOKI)を紹介しておこう。どんな悲惨な内容も淡々と歌われる、アイリッシュ・トラッドの魅力が横溢です。


主観点:8点
客観点:8点

【関連リンク】
《Arisanのノート》

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2007年1月 3日 (水)

正月の一枚(ロック編)

ロック編も紹介。

マシュー・スウィート&スザンナ・ホフス Under the Covers vol.1(Shout Factory)

60~70年代懐かしのポップ・ロックおたくデュエット二人組によるカバー集。ビーチボーイズ、フー、N・ヤングなどなど名曲を豪快なパワー・ポップ風に再現しております。快晴の正月の空の下でガンガンかけると景気いいかもです。
vol.1ってことで続きがまだ出そう。

それにしても二人の写真を見るといかにも「美女とヲタク」という感じですね。M・スウィートは秋葉原を歩いてたら絶対、職質されそうです。余計なお世話ですが。

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2007年1月 2日 (火)

正月の一枚

他のクラシック系ブログで新春に聴く最初のディスク紹介、みたいのをやっている所が多いので早速真似してみました。(^^ゞ

J・サヴァール「マラン・マレ:ヴィオール曲集 第4集」(ALIA VOX)

三十年前に出した録音では一枚ものの抜粋ヴァージョンだったが、この度の新録は完全版の二枚組となっている。ペドロ・エステヴァンのパーカッションなんかも入ってる曲があって、舞曲っぽく賑やかな感じ。
録音のせいもあるだろうけど、サヴァールのガンバはますますギコギコ感が強まり、さらにアンタイのチェンバロまでガシャガシャしてたりして、全体がノイズの塊みたいな曲もある。美しさや均衡を求める人には耐えがたいだろうが、これがまた心地よいのだよねえ~。
老いてますます過激!とはこのことよ。

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