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2007年2月

2007年2月28日 (水)

ニフの新メール使えず

ニフティが新しいWebメールにリニューアル……したはいいんだけどさ、私が使っているOperaだと全然使えない。最初はアクセスすら出来なかった。
設定色々変えてなんとかログインできるようになったけど、メールの読み込みはしてくんないもよう。まあ、メールは普段使用していないんで、RSSリーダーが使えればそれでオッケーです。
しかし、リニューアルする度に使えなくなるとはさ。これじゃ何もしてくんない方がマシだよな。

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ホントは意外でもなかったアカデミー賞

今年のアカデミー賞で一番意外だったのは
*アラン・アーキン助演男優賞:だって、後半出てこなくなっちゃうし……。だったら、同じ映画の他の役者にも賞あげろよと言いたくなる。しかし38年ぶりのノミネートなんですねえ。「これが最後のチャンスかも」(失礼!)というなら、P・オトゥールにもあげてくれい。

他には
*『ディパーテッド』作品賞:監督賞の方は下馬評に上がっていたが、作品賞までもですか。しかし「不本意作品」宣言しちゃってる映画で賞を取ってしまったスコセッシの内心や如何に。こうなるとかえってイヤミとしか思えません。

*『トゥモロー・ワールド』撮影賞取れず:私は見てないんであまり気にしてなかったのだが、絶対確実と言われてたもよう。これが一番のサプライズか。

*『カーズ』受賞ならず:ピクサーにあげ過ぎじゃねえの--という配慮でしょうか。
【追記】なんとラセター自身は一度も取ったことないそうで……ありゃりゃ

*ランディ・ニューマン歌曲賞またも落選:本人も外野も取れるとは思ってなかっただろうけどさっ。しかも受賞が『ドリームガールズ』ではないという所がまた……(^O^;
毎回、パフォーマンス出演に終わる本人のコメントが聞きたい。今年はやっぱりJ・テイラーと一緒に出てたぞー。 \(^o^)/
映画内で聞いた時はそうとも思わなかったんだけど、実に静かでシミジミした曲なんですなー。やはり最初から賞向きではなかったのよ(ということにしておこう)。

しかし、意外に思えた作品賞を町山智浩氏のブログではしっかり予想して当てていた。だが、投票理由が「ダチの多い俳優がやたらと大勢出てるから」というのは……まあ、業界内のお祭りだからねえ。

それからアラン・アーキンは実はエディ・マーフィ本命に対する対抗馬だったらしい。では今年は割合順当な結果だったという結論ですかね。

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2007年2月27日 (火)

「たまには、時事ネタ」

著者:斎藤美奈子
中央公論新社2007年

「婦人公論」誌に連載していた6年間の時事コラムを単行本化したもの。で、これは期せずしてコイズミ政権期と重なったらしい。ま、コイズミ時代総決算本としても読むのも可ということか。

読んで思ったのは時事ものは難しいということ。五年ぐらい前だと「ああ、そんなこともあったかねえ」(既に忘却の彼方)という感じだし、二、三年前だとさらに中途半端でビミョーなところである。
下手すると「今はこうなってんのに、あの時あんなこと言っちゃって、ププ」なんて事になりかねない。
さすがにこの本にはそんな部分はないが、著者も気を使って注釈を新たに付け加えたりしている。

その注釈で、ハタと膝を打った指摘があったのが少年法についての記事の部分。少年犯罪が増加しているように見えるのは報道の量が飛躍的に増えているためもある--というのは、『犯罪不安社会』でも指摘されていることだが、その一例としてワイドショーでは事件報道にかなり力を入れている。その原因は何かというと芸能プロダクションのガードが堅くなったためというのだ。(抗議が来たり訴訟騒ぎになったりとか--)

なるほど確かにっ! ケーブルTVで朝日ニュースターでやってる「TVウワサの真相」という番組(あの「噂真」のTV版)を見ているのだが、芸能ゴシップ特集の時にはタレント名のところに放送禁止ピー音がかなり入りまくっていた。政治家のあれやこれやについては実名で何事もなく放送しているというのにだ。(と、書いたら別の番組でのY政治家詫び入れ事件が報道されてしまいましたな)
芸能プロダクションは政治家なぞよりコワイのである。タレントのゴシップの放送なんか出来ないよねー。犯罪ネタならやり放題だ。


話を戻すと、この本は山口マオのイラストが朴訥としててカワユイ。本屋に行ったらこれの宣伝のポップがあって、表紙カバーのTVを見ている猫(帯が付いていると隠れて見えない)が「感動したっ」と言ってて笑ってしまった。

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2007年2月25日 (日)

ヤン・ファーブル「わたしは血」:久々の大失敗……

中世妖精物語
演出・振付・舞台美術・テキスト:ヤン・ファーブル
会場:彩の国さいたま芸術劇場大ホール
2007年2月16日-18日

小劇場ブーム盛んなりし頃は芝居通いを頻繁にしてて、よくうっかり間違いをすることは珍しくなかった。チケットを間違える(あるいは家に忘れる)、会場を間違える(シアターアップルとシアタートップスとか)、日時を間違える、さらには演目を間違える!--などなど。
以前にも曜日は同じだが一週間前に行ってしまった事があったのだが、芝居にあまり行かなくなってしまった今日この頃、久々にやってしまいました(>_<)
なんと、土曜と日曜間違えて行っちゃったのであったよ、トホホ。

恐る恐る劇場の係員に聞いてみると、当日券と取り替えてくれるとのこと。そして、ここでさらに衝撃だったのは取り替えて貰った座席の方が、最初の席よりも見やすい場所だったということだ!(ゲゲーン)

まあ、とにかくヤン・ファーブルである。アートの方では作品を目にしているが、普段ダンスなど見ないのにどうして見に行く気になったのかは、自分でも分からないけどとにかく、行ってしまったのである。
開場が非常に遅れ、開演10分前ぐらいにようやく入場する。ステージでは既にダンサーがクネクネと踊っている。赤いヒモパンをはいただけの小太りのオヂサン。頭に写本を乗せた貴婦人が周囲を歩き続ける。両サイドでは、数人が「中世」風の職人の動作をしている。

やがて、ヤン・ファーブルの「血」について語るテクストやヒルデガルド・フォン・ビンゲンの写本のラテン語が飛び交う中、銀色の鎧をまとった騎士集団が現われたかと思うと、いつの間にか脱ぎ捨てて花嫁衣裳のドレスを着てたりして、最後は集団裸の男女乱舞乱交パフォーマンスとなるのであった。

で、これが面白いかというと……(=_=;)
詰まらないとは思わないが、私には面白いとも思えなかった。

例えば、十数人の女性ダンサー達が白いドレスを着てそれぞれ寝台に見立てたテーブルの上に横たわる。で、やがて彼女たちはパンツの股間に処女喪失を現わす血のりをくっつけて、丁寧に観客席の方にそれを見せてギャーと叫び始めて走り回る。
やがて牛のように発情した全裸男が出現して女達に突進すると、白いドレスの裾をマントに見立てた闘牛もどきが始まる。倒された女は裸になって床に横たわる。
そんなこんなドタバタのうちに、最後はドレスの女達がステージの前に一列に並んで、ドレスをまくり上げてパンツの血のりを見せてギャハハハと笑うのであった。

確かにバカバカしくて私も笑ったが、「だから?」って感じ。なんだかあまりにも分かりやす過ぎて、挑発の域にも衝撃の域にも達しているようには思えなかった。
いや、「衝撃」と言えば小学校低学年くらいの女の子が両親と共に見に来ていたこと(しかもかなり前の列で)。映画だったら18歳未満ご遠慮下さいレベルですよっ(;^^)

あと、私の座席は比較的前の方だったんで、奥行きのあるステージをフル活用して繰り広げられてたパフォーマンスがほとんど見えなかったのが悪かったのかも知れない。
なにせ前の方にいるダンサーの身体の陰に重なってしまって、奥でなにが行なわれているかよく分からないのだ。

というわけで、ひさしぶりに行ったダンス公演だったが、私には色々ガックリな事が多かった。
後でネットの感想を見てみると、絶賛多数ですねー。これまたビックリ。まあ、私には理解の埒外な世界ってことでしょうか。

【関連リンク】
「パフォーマンス/ダンスには、運動に比重を置いたものと、コンセプトに傾いたものがある」……なるほど、ナットクです。
《小劇場系》

「こんなのに対抗できるのは公開解剖とか方程式ショーくらい」……公開解剖は分かりますが「方程式ショー」ってなんですかっ。な、なんかいかがわしそう~(@_@)
《緇井鶏子》

数少ない批判的な感想の一つ。
《wander-dist.》

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2007年2月23日 (金)

マ、マジですか!

「allcinema ONLINE」にこんなニュースがあった。
ロン・ハワードが『隠された記憶』をリメイクですか……(^^;

予想すると、ダニエル・オートゥイユが演じた主人公役はトム・ハンクス、妻はアネット・ベニング。犯人と最後に追跡劇をやってオシマイ。また、ジュディ・デンチが母親役で登場。短時間の出演にもかかわらず、アカデミー助演女優賞に今回もノミネートされるのであった。
しかし、問題はアルジェリア系の移民の虐殺事件であるが、公民権運動がらみでアフリカ系に変更でOKよ。
ただ「あの場面」はそのままやってしまうと年齢制限に引っかかってしまうので、当たり障りのない描写に変更であろう。

そういや、『ファニーゲーム』をご本人がリメイクという話はどうなってるんでしょうか。

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2007年2月22日 (木)

「フリーダムランド」:壊れゆく母親

監督:ジョー・ロス
出演:サミュエル・L・ジャクソン、ジュリアン・ムーア
米国2006年

かなり不評率が高い映画である。賛否は1:9か2:8ぐらい。
事前の印象だとミステリーという感じだったが、そう思って観に行ってしまった人には不満だろう。犯人は早々に分かってしまう。だが、これは「誰が」ではなく「何故」「どのように」という方が中心の話なのだ。

黒人が多く住む地域で働いている白人女性がカージャックされたと訴え出てくる。だが、どうも挙動不審。刑事が事情を聞いているうちにその車には幼い息子が載っていたことが判明。単なる強盗事件が誘拐へと発展する。

しかし、最初からジュリアン・ムーア扮する母親が怪しいのは明示されている。主人公の刑事も疑いを抱いてるのだが、母親の弟も警官であることもあって市警察は現場の居住区を封鎖。それに対して黒人住民達の不満がうっ積して暴動寸前。
と、ここら辺は社会派系の展開となる。さらに子どもの行方不明者の家族をサポートする市民団体も登場して絡んでくる。暴動を避けるには急いで事件を解決しなければならないのだが……。

2時間の中に各種社会問題(人種、階層、母子家庭、児童虐待、誘拐、DV)がギュウ詰め。それぞれが徐々に折り重なるように堆積してくる。それらがとっ散らかずにうまくまとまっているのは(なにせ原作は厚い文庫本2冊という量だ)、一つにはJ・ムーアの演技もあるだろう。もう、まさに神がかり的としか言いようがない。特に子どもクラブのビルの上階で刑事と二人きりでいる場面の、静かなる狂乱ぶりはすご過ぎである。
終盤の長い語りも、その情景が実際の映像は出てこないのにも関わらず引きつけてしまう。いやはや参りました。_(_^_)_ペコリ

刑事役のS・L・ジャクソンも大した兄い振り(いや、この設定だと「オヤジ振り」ですね)。一生ついてきま~す。でもTシャツの趣味は……(^^;
あと、援助団体の女性リーダー役のイーディ・ファルコもかなりの好演。
役者は申し分ないのに、も一つ何かが足りないような気がする。うーむ、なんだろう。演出か脚本か。
それから、結末近くで明らかになる重要なキイパーソンが今イチ魅力無い人物なのが不満。説得力が半減だー。

作り手達は暴動で無表情に放火する黒人少年と、行方不明の白人少年を重ね合わせることで辛うじて人種間の障壁が消えていくと考えているようである。しかし、スポイルされているとか、被害者であるという点で共通であるとはいささか悲惨過ぎるぢゃないの。そして、そんな社会の象徴が荒廃した児童施設の廃墟たるフリーダムランドなのだ。

他のネット上の感想を読んでいて、「出来の悪い『クラッシュ』だ」という意見を散見した。だとすれば、ひねくれ者にしてアンチ『クラッシュ』派たる私はこの映画をオススメすることにしよう。

【どうでもいい追記】
S・L・ジャクソンのメガネは、「CSI:NY」の新検死官が使っているのと同様の「フロントホック」メガネだった。あれって最近出てきたのかしらん。老眼鏡併用時には打ってつけみたい。わたしも欲しいのう。


主観点:7点
客観点:7点(ひねくれ者に推奨)


【関連リンク】
衝撃の〈7番〉に笑いました。
《映画通の部屋》

作中に登場する社会問題を的確に解説しています。
《次世代コラボレーション研究会》 

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2007年2月18日 (日)

バッハ・コレギウム・ジャパン第75回定期演奏会:神戸に向かって号泣

ライプツィヒ時代1725年のカンタータ 6
会場:東京オペラシティ コンサートホール
2007年2月12日

*最初タイトルを「74回」なんて書いちゃいました。すいません<(_ _)>

今回のBCJ定期はなんとコルネット&トロンボーン・アンサンブルのコンチェルト・パラティーノがゲスト出演。さらにあのヴィオロンチェロ・ダ・スパラも登場、山岡重治を初めとするリコーダー隊やトランペット隊が出れば、オーボエ隊は四人登板、さらに独唱陣は外国勢ベストメンバーということで、まさに豪華オールスターキャスト総出演。まるで盆暮れ正月がいっぺんに来たほどなのであーる。
ヤッタネ! ヾ(^^#)ゝヾ(^^#)ゝ ←嬉しさのあまり踊る図

ところで、チラシに「リュート 今村泰典」とあったのはなに……? 間違いですか。校正ミスですか(?_?)

オープニング演奏にコンチェルト・パラティーノ(+今井オルガン&若松ヴァイオリン)が登場してブオナメンテなどを演奏。特に最後の曲は柔らか~い音色でウットリ聴いてしまう。
コルネット&トロンボーンて、音そのものからして大好きなのだー。でも生で聴ける機会は極めて少ない。
なんでも神戸の方じゃ彼らの単独コンサート(しかも寺神戸&テュルク&鈴木(息子)付き!)をやるっていうぢゃないですかっ。どーして東京方面でもやってくんないのよ。号泣しちゃうよ。

さてカンタータの方は、本日5曲演奏。
最初のカンタータ28番では2曲目のコラールにコンチェルト・パラティーノ登板。古いポリフォニー様式で作曲されているとのことで、こういう合唱を聞くと恍惚とした気分になってしまう。最後の68番の終曲も同様なポリフォニー豊かな合唱でCPの音色と声のまざり具合が素晴らしかった。

二番目の183番よりスパラが登場。演奏するは、王子様風クルリン巻き毛のD・バディアロフである。で、2曲目のテノールのアリアは歌詞の内容が「迫害されても頑張るもん」という前向きな決意表明なのにもかかわらず、共に独奏されるスパラは妙に渋くて哀愁味たっぷりな音なので、なんとなーく聴いてて寂しくなってしまうという点で印象深い曲。またもやバッハの得意技(?)か、テキストと実際の音の感じが異なるというものだった。
他の曲ではオーボエ隊四人(ダモーレ+ダ・カッチャの響きがなんともはや)が大活躍していた。

それ以外に良かったのは、85番のソプラノ独唱によるコラール。C・サンプソンのあくまでもストレートで美しい声と清澄な響きのオーボエと通奏低音の取り合わせが心地よかった。
それから68番のソプラノ・アリアで歌が終わった後のオーボエ+ヴァイオリン+スパラの後奏も印象的であった。

今回は四人の独唱者みんな調子がよかったようで、聴いてる方も大満足。特にテュルク氏はイケイケ絶好調な感じだった。


さて、コンチェルト・パラティーノのことをついでに書いておこう。パンフに書いてある通り元祖(本家?)はポローニャ市のおかかえ合奏隊である。なんでも250年の長きに渡って存続したらしい。その主要な仕事は宮廷のバルコニーから毎夕演奏することだったという。
もしタイムマシンがあったなら是非行って聴いてみたいのは、一にバッハのオルガン生演奏、二にこの元祖CPの定例演奏である。石畳の都市に朗々と響き渡るコルネットとトロンボーン……想像するだにまたもやウット~リだ。

私が古楽に大いに惹かれるようになったのはこのコルネットの音色による所が大きい。一体、今の楽器の何によってこの音の代わりにすることが出来ようか。そんなものは存在しない。となれば方向は一つだろう。
が、コルネットは新興人気楽器?のヴァイオリンに駆逐されてしまったらしい。両者の音域は同じそうだが、他ならぬCPが、録音したディスクではヴァイオリンで演奏していたパートを、コンサートでは自分達で演奏しているのを聞いた事がある(昔NHK-FMで放送)。やはりヴァイオリンに比べ微妙なニュアンスの表現についてはかなり劣る。使われなくなってしまったのも仕方ないと妙に納得してしまった。

参考までに、彼らの録音で気に入っているのは--
Venetian Music for Double Music(ACCENT)
甥っ子の方のファン・ネーフェルが主宰するアンサンブル・クレンデと一緒にやったもの。弦楽器は無しで、ウィラールトとG・ガブリエリの曲を演奏。合唱と対等に絡み合う声楽曲も素晴らしいが、途中にはさみ込まれた楽器だけの合奏曲がまたよい。
ただ、この時期のACCENTって買った盤がどれも録音が今イチなのは気のせいか。

Palestrina/Bach:Missa Sine Nomine(EMI CLASSICS)
こちらはバッハの他に、その先輩筋のドイツの作曲家の曲を取り上げている。タイトル曲はパレストリーナのミサをバッハが編曲したもの。

Francesco Cavalli:Vespro Della Beata Vergine(harmonia mundi)
夕べの祈りというとモンテヴェルディが有名だが、これは後輩筋のカヴァッリの作品。やはり演奏だけのパートも素晴らしい。他の演奏者、歌手の顔ぶれもなにげに豪華だ。


【関連リンク】
バディアロフ氏が出を間違えた話があり。私は全然気付きませんでした(下を向いてパンフをゴソゴソしていたので)。見かけによらずウッカリ者なのか。
「小一時間」さんの「【定期公演】BCJカンタータシリーズ【今年度ラスト】」

神戸公演の様子が分かります。休憩時間に出演者がそこら辺をウロウロしてるんですなー。
《kasumyonのカエル日記》より「【神戸松蔭BCJ】コンチェルトパラティーノの皆さま~」

【追記】
コンチェルト・パラティーノの略号をCCなんて書いてて気付いてませんでした(・・ゞ 最近、どうも老人脳で……。

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2007年2月15日 (木)

「愛しきベイルート アラブの歌姫」:そしてコブシが残った

監督:ジャク・ジャンセン
オランダ2003年

ファイルーズはレバノンの国民的歌手。
昔、ワールド・ミュージック隆盛の頃、雑誌で名前をよく見かけていたが実際に歌を耳にする機会はなく、およそ××年後の今になって急に彼女のドキュメンタリー映画を見に行こうという思い立った次第。(ただ今、渋谷のアップリンクでは音楽ドキュメンタリーの映画祭を実施中でその中の一つ。あとはアル・グリーンのを見てみたいかなー)
もっとも当時日本での名前の表記はフェイルーズだったが……(映画の中でもそのように発音されて聞こえるんだけど?)。

実際に見てみると、彼女が何年に生まれてどんな経歴で--というような作品ではなかった。レバノンの人々に、思想心情民族宗教出自を越えていかに愛されているか、というものであった。
様々な人々が思い思いにファイルーズについて語る。多くは悲惨な記憶と共にである。それは長い内戦によって失われた幸福な時代、あるいは故国の有り様そのものが彼女であるかのようにだ。その時彼女は喪失と希望の象徴なのだろう。

で、思ったのはレバノンの歴史について簡単にでも事前学習してくればよかったということ。予備知識皆無でこれを観るのはチト厳しい。
それから、現在の日本には「国民的歌手」なんて皆無だなーということ。誰もが名前を知ってて歌の一節だけでも耳にした事がある、なんて人物は細分化された音楽シーンには存在しない。それは人々の間にもはや共通の記憶や風景というような意味での音楽は存在しないということを意味している。

彼女の歌はバックに流れてるが、その姿は写真でしか紹介されない。映像の記録はないんじゃろか? いくらなんでもそんな事はないだろう、と思ったら最後の最後にライヴ映像が出て来ましたっ。いよっ、大統領!待ってました!! 観客の熱狂ぶりがこれまたスゴイ。

音楽面は、普段アラブ系の音楽を聴いていない人間には、年代が古そうな大仰なオーケストラがついた曲(歌謡調強し)はチトきつい。ジャズっぽい曲が個人的にはよかった。ジャズのこぶしの代わりにアラブ風のこぶしが入るという感じ。

さて、土曜の夜のうるさ~い渋谷の街をデパート寄ったりタワーレコード漁ったりしてフラフラした後、駅へと向かった。
その時、喧騒の中で突然私の耳の奥にファイルーズの声と強烈なこぶしが甦ってきたのであった--。


主観点:7点
客観点:8点

【関連リンク】
公式サイト

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2007年2月13日 (火)

「犯罪不安社会」

サブタイトル:誰もが「不審者」?
著者:浜井浩一、芹沢一也
光文社新書2006年

昨今叫ばれる社会の「治安悪化」を検証し直す本。
関係する統計を厳密に点検することと、犯罪に関するメディアでの言説の変化をみることで「相互不信社会」の成立経過をたどっている。

ある時期を境に犯罪加害者への過剰なる思い入れ(これはもはやロマンチシズムと言ってもよい)が、バタッと逆方向の被害者への共感へと傾いていく様相には改めて驚く。
また、子どもが犠牲となる犯罪の増加については、小学生の殺害事件が1976年には100人だったのに対し、2005年には27人という事実にビックリ。なんだよ、減ってるんじゃないの。
さらに刑罰については「無期刑でも十五年程度で仮釈放」という言説が全くの誤りだったり……。
色々と目からウロコやらコンタクトレンズがポロポロ落ちる記述が多数だ。

4章目の刑務所の現状に関しては『累犯障害者』(山本譲司)と合わせて読むと、相当にウツになる。

とにかく「犯罪は正しく恐れ、その上で、効果的で副作用の少ない、人々の生活に優しい犯罪対策を考えるべきであろう」というのにナットクである。

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2007年2月12日 (月)

「優しい金色の光」:楽譜を撒く音楽家

演奏:クラウディオ・カヴィーナ、波多野睦美、つのだたかし
会場:ハクジュホール
2007年2月7日

C・カヴィーナは今年の目白バ・ロック祭りで来日予定のグループ「ラ・ヴェネクシアーナ」のリーダー兼カウンターテナー歌手。
今回は一足先に単独来日して、波多野&つのだコンビと共演したんである。内容はもちろんイタリア・バロックでディンディア、モンテヴェルディ、メルラ、あと知らない作曲家の曲も多数。内容はほとんど世俗歌曲で愛の歌だ。

カヴィーナ氏はチラシよりももうちょいオヂサンぽい外見。声は時折くぐもった感じになるのが気になった。
カウンターテナーと波多野さんのメゾソプラノって声域としては重なるはずだが、全く異なる声に聞こえるのが面白い(当たり前といえば当たり前ですが)。カウンターテナーの方が高音に聞こえるのだ。

彼は前半は可もなく不可もなくな調子だったが、後半の「気のない音楽家」という曲で、何かと文句を付けてはヤル気のなさを見せる歌手を歌ってみせて、コミカルな感じが出て俄然よかった。大仰な演技に爆笑&拍手喝采であった。やはり、こういう曲は本場者が強いですねー。
楽譜をちょいちょいバラ撒いてたのはなんでしょう……(^^;) もしかしてウッカリ屋さんか?

波多野さんの方は「聖母マリアの子守唄」がイエスの受難をふまえた悲しい内容で、力の入った熱唱だったが、個人的にはモンテヴェルディの「甘い苦しみは」という曲がホントに甘美で心ひかれた。つのだたかしのキタローネの伴奏も甘~く寄り添うよう。聴いてて座席の上でデロデローンと溶けていきそうだ。
座席はど真ん中だったのだが、彼女の声が最初からビンビンと届いてきたのも感動だった。

とりあえず、目白の音楽祭も楽しみであるよ。

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2007年2月11日 (日)

「エレクション」 :既に本家を超えた

監督:ジョニー・トー
出演:サイモン・ヤム、レオン・カーフェイ
香港2005年


前作『ブレイキング・ニュース』に感心したんで、同じ監督の新作を見に行く。ただ、前のは犯罪アクション風だったのが、今度はマフィア系らしい。このジャンルはちと苦手なんでやや心配であった。

が、実際に観て……参りました<(_ _)>
前に『あるいは裏切りという名の犬』でフランスをノワール系の本家のように書いたが、はっきり言ってもはや本家を超えた!とタイコ判を押してもいいぐらいだ。

香港の裏社会の巨大組織で、会長が二年に一度の選挙で選ばれるという設定。で、勢いはあるが暴発型のディーと秩序を重視する守旧型のロクが争う事になるが、選挙の結果ロクが選ばれた事にディーの方はプッツンしてしまうのであった。

その後は年配のボス連中や中堅幹部やら手下のチンピラまで様々に思惑や打算が絡み合い、さらにこの混乱に乗じて裏社会をコントロールしようという警察まで加わって、事態は不安定に動いていく。
下っ端が争っている間に上の幹部同士が手を握って、いつの間にか味方になってたり--なんて笑える場面もある。

対照的な二人の男というのは定番パターンだが描き方が鮮やか。特に冷静沈着と見えたロクが終盤に至って本性を現わすところは意表を突く。
誓約、友情、義理、秩序--それらは全てその混乱した暗闇の中へ呑み込まれて行くのだった。

お得意(?)の銃撃戦は一切なく、殺し合いが全て野蛮なる撲殺とか刃物とか痛い系ばっかりなのもすごい。観ててイタタタタタ……(>_<)
特に木箱ゴーロゴロは勘弁してくれえ~(@_@) レンゲも食いたくねえぞ~。

かくも陰惨なる世界を女っ気ほぼゼロ!で描き切った監督の力業に感心の一言であった。ま、女は出なくても各種カッコエエにーちゃん、おやじ、じーさんがいっぱい出てくるんでわたしゃ文句はねえよ(^Q^)デヘデヘデヘ
それから照明の使い方にも感心した。なんか暗くてほとんど役者の表情が見えない場面があるんだよね(まさか映写設備が悪いということではないと思うが)。動きが乏しい場面で、あえてそうしたのはあまりにも大胆である。

それにしても映画館の座席を見渡して笑っちゃったのは、客層が普通の映画と全然違うこと。カップルも何組かはいたが、単独客がやたらと多い。明らかにヤクザ系作品ファンとおぼしき中高年男性と中華系男優のファンらしい女性客が中心であった。

しかし……しかしですよ、同じノワール系で単館ロードショーの『あるいは裏切り~』がかなりの大入りロングランだったのに、この寂しい入りはなに? こちらはあっけなく二週間で陥落状態なのはどういうことよ。
邦題が悪過ぎたのか(何やら別のジャンルの映画を想像)、宣伝がうまくなかったのか--とにかく続編もあるっていうのに、このままでは公開が危ないっ(!o!) なんとかしてくれー。

ということで、続編も見ないと最終判断は下せないのと、ラストの曲の趣味が今イチなんでこの↓点数。


主観点:8点
客観点:8点(ノワール系ファンは必見の大推奨)

【関連リンク】
ボーッと見ていると混乱してしまうほど登場人物が多いので、解説が助かります。
《画面を見るなら脇からに》

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2006年度日本インターネット映画大賞決定

詳細はこちらをご覧下せえ。

洋画はやはりイーストウッド強し!でしたな。あと韓国勢が2作、作品賞ベストテンに入って健闘したのは驚きでした。

ちなみに2ちゃんねるの映画板のランキングも貼っておこう。

1位 (673点 45票) 硫黄島からの手紙
2位 (668点 50票) 嫌われ松子の一生
3位 (633点 46票) ユナイテッド93
4位 (566点 45票) フラガール
5位 (521点 35票) ホテル・ルワンダ
6位 (503点 36票) ゆれる
7位 (502点 39票) ミュンヘン
8位 (463点 35票) クラッシュ
9位 (433点 34票) 父親たちの星条旗
10位 (364点 28票) かもめ食堂

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2007年2月10日 (土)

「ダ・ヴィンチ」の特集「テレプシコーラ」

雑誌「ダ・ヴィンチ」3月号が山岸凉子の連載『テレプシコーラ』第一部完結記念特集を組んでいる。ご本人のロング・インタビューや実際のダンサーへの取材などに加え、作家やマンガ家からの一言メッセージもある。
それを読むとやっぱり終盤の姉娘・千花のくだりは衝撃だった人が多かったんだなー、と改めて感じた(私σ(^^;)もその一人です)。えええー、そう来たか!?ってな感じ。

中でも、萩尾望都のコメント--連載でそこを読んでいったん寝たが「眠れなくて、読み違いではないかと、起きて一階に降りて再読した」というのは笑いつつも納得してしまった。
いまだにマンガ界を震撼させる山岸パワー恐るべし!というところだろうか。

あと、諸星センセの「空美ちゃんがどこでどう再登場してくるかが楽しみです」に激しく同意である。

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2007年2月 9日 (金)

「トーキングヘッズ叢書」No.29出ました

今回の特集は「アウトサイダー」であります。
私は特集の方の原稿は全く書けず、その他のレヴュウ記事だけの参加となりました。中身の濃ゆい特集となっておりますので、興味のある方は是非お買い求め下せえ。

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2007年2月 8日 (木)

ベルナール・ヴィンセミウス オルガン・リサイタル:武蔵野オルガンの夜その1

会場:武蔵野市民文化会館小ホール
2007年2月3日

ヴィンセミウス氏、実は全然知らないのである。
しかし、「巨匠レオンハルトと共に歴代オランダ国王の戴冠式が行なわれることで名高いアムステルダム新教会でオルガニストを務める」なんてチラシの惹句に惹かれてチケットを買ったのである。

前半はスウェーリンク、ベーム、ブクステフーデなどの渋い、かつ地味な小曲が並ぶ。よって、眠気虫に心地よく食いつかれていた人も結構いたもよう。
最後のムファット(「オルガン音楽の練習」なんて曲集書いてたのね。知らんかった)でようやく盛り上がる。

後半はバッハ・プログラム。自分で編曲したチェンバロ協奏曲のオルガン版は躍動感あり。おなじみの曲だがオルガンだと新鮮な印象で面白い。
その後、コラール・プレリュードと「トッカータ、アダージョとフーガ ハ長調」と続いた。
サントリーホールや所沢ミューズだと高い位置なので分からないが、この会場だと脚の動きがよく見えてよかった。チェンバロ協奏曲は、通奏低音は脚で弾くみたいな感じがよーく分かった。

なぜか来月も武蔵野でオルガンのコンサートに行く予定。

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2007年2月 7日 (水)

フランソワ・フェルナンデス&今村泰典チケットをゲッート

発売日に武蔵野市民文化会館に電話をかけるもなかなかつながらず……。ようやく繋がったと思ったら、最後列か端っこしか残ってなかった。_| ̄|○
ま、いいか、¥2000だもん。

何故、今村センセと--?と思ったら、F・フェルナンデスはフォンス・ムジケでヴァイオリン弾いてるのであった。他にガンバとチェンバロの4人で来日。バッハを中心にルクレール、ヴィヴァルディなどを聞かせてくれる。楽しみだー。でも9月だからだいぶ先だけど、ガマンして待つのよ。

フェルナンデスといえばクイケン兄弟と来日した時と、目黒の教会でコンサートをやった時の二回見ている。目黒で特に印象的に感じたのは首がすごーくスンナリとして長いこと。普通の人だとヴァイオリン肩に置いてちょうどそのすぐ上に顎が来る感じなのだが、彼の場合はさらにその倍ぐらいスペースが空いてるのだよねー。もちろん身長自体かなり大きいのだが、私のようにチビで手足も首も短い人間には、ウラヤマスィ~の一言である。

え、演奏の方はどうだったって?
いや、あそこの教会は残響が長過ぎて楽器の音がよく聞き取れなくて……(火暴)

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2007年2月 6日 (火)

「それでもボクはやってない」:被告席へ一名様ご案内~

監督:周防正行
出演:加瀬亮
日本2007年

周防正行、なんと11年ぶりの監督作である。
痴漢行為で捕まった男が明らかに冤罪なのにもかかわらず、拘留され起訴され裁判で戦わざるをえなくなる過程が地道に描かれていく。
捕まったことが一度もないんで(;^_^A 実際の所は知らないんだが、監督は数年かけて取材しただけあって、何やら実録風のリアリズムの迫力に満ちている。まるで、映画館の客席がそのまま裁判の被告席になったような気がするのだ。
一方的な取り調べ、留置場の様子、検事-裁判長-弁護士の間だけでグルグル流通していく訳ワカラン裁判用語などなど、見てビックリな場面多数。

中でも驚いたのは無実の立証責任が容疑者側にあるということ。えー、検察側が犯罪を立証しなけりゃいけないんじゃないんですか? どうやら米国の映画やテレビドラマを見過ぎて誤解していたようだ。もっとも、こんなのは適当で、時と場合によっちゃ被害者側に犯罪を立証しろとか言うんだろうねえ。

そんな様相を説明的にならず淡々と見せて、しかもかなり長い上映時間を飽きさせないのは大した手腕だろう。
またあえて劇的な盛り上がりを避けて実録風にするために、登場する人物は個性を強調せず、類型的(典型的?)に設定したようだ。母親はあくまでもそこら辺にいるかーちゃんらしく、友人はいかにも普通の友人ぽいし、駅員さんはよくいる駅員そのままだし--。下手すると没個性になりそうなのを達者な役者たちが極めてうまく演じている。

そういう点では主人公はいかにも無辜で非力な市民という感じでうまく設定してある(ちょっとマゾっ気入ってる?)。これがスポーツ刈りのラグビー部員とか、チャラチャラしたサッカー野郎風だったらここまで共感は得ないだろう。
そんな中で一人冴えなかったキャラクターは女弁護士。なんだか何のためにいるのかよく分からない。取りあえず画面に潤いがないから若いねーちゃんでも入れとくか、ぐらいの意味しか受け取れなかった。
痴漢への反感と怒りを抱いていたのが、そのうちにどう変わって行ったのかよく分からないし、若さゆえの気負いってのがあるんだかないんだか、とにかく全てにおいて中途半端。それが役者のせいなのか脚本のせいなのか、あるいは演出のためなのかは分からないが。

これはあくまで主人公が無実だと設定してある話だが、現実には全くやっているようには見えなくても実は犯罪を犯していたり、どこから見てもアヤシイ奴だが実は何もしてなかったとか、不明確な事例が多いはずだ。そういう時に第三者から見て正しく判断できるだろうか?--などと思ってしまった。
それから自分が同じような目にあったら、すぐにあることないことゲロしちゃって、ついでに友人知人まで密告しまくっちゃうだろう(>O<)ヤダヨー そうなんです、根性無しなんです、私σ(^-^;)

インタビュー読むと監督は「冤罪裁判」の方に重点を置いているようだが、観客には「痴漢冤罪」の方が重視されてるみたい。どーすんのよ。

疑問1-拘置される時って確かパンツまで脱がされて**の中まで調べられるって聞いてたんだけど、そこまでしないのか?
疑問2-ガイジンさんが房内で率先してトイレ掃除したり配膳係をやったりしてたのは何故?
疑問3-終盤に登場する弁護士の室内で、青いミカン箱がやたらと目立っていたのはなんじゃ? てっきり地元の農協の協賛でも受けてるかと思ったが、ラストクレジットをチェックしたが見つからなかった。でも、すごーく目についたのよ。


主観点:7点
客観点:8点(勉強になります)


【関連リンク】
「ハァ~」の感じがよく出ています。
《古今東西座》

【追加リンク】
見事な分析に感心しました。
《Arisanのノート》

関連記事も是非お読み下さい。
「電車で目をそらしただけで、追いかけ回された!」

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2007年2月 4日 (日)

「ヘンダーソン夫人の贈り物」 :J・デンチのはありません(念為)

監督:スティーヴン・フリアーズ
出演:ジュディ・デンチ、ボブ・ホスキンス
イギリス2005年

S・フリアーズと言えば英国インディーズ系勃興期に『マイ・ビューティフル・ランドレット』や『プリック・アップ』で注目されて、この2本は私も公開当時に見た。その後は見たり見なかったり……。
この作品も最初見るつもりはなかったのだが、評判が良さそうだったので急きょ行ってみることにした。

戦前の英国、金持ちのオバ様がダンナに先立たれちゃって、さてヒマな時間を何しようと考えて思い立ったのが劇場経営。つぶれた劇場を買いとって改装、さらに支配人も雇って……と、これは実話を元にしているそうな。
しかも、客を引き寄せるためになんと英国初のヌードレビューを敢行! 大入りとなったのであーる。

しかし、話として根本の所は、金持ちのばーさんがヌードを興行したそうな--ということだけなので、ストーリーは起伏に欠ける。踊り子の中の一人のエピソードが登場するが、これはなんとか盛り上げようとくっつけた話のように不自然に感じた。
一方レビュー場面は楽しかった。それから豪華な衣装や小道具も注目か。

基本は、未亡人役のジュディ・デンチと支配人のボブ・ホスキンスの、泣く子もボケ老人も黙る超ベテラン俳優の掛け合い演技が見どころというとこだろう。
ホスキンスは製作に加わっているが、終始J・デンチを立てて受けの演技に徹している。とはいえ、服を脱ぎ捨ててモロ出し場面ありの全てをさらけ出す熱演だ~。あ、ただしデンチの方のは出て来ませんので、ご安心を(念の為)。
まあ、この二人の組み合わせじゃ向かう所敵なしですねえ……。

フリアーズは色んなタイプの作品を撮っているけれど、一貫して良きにつけ悪しきにつけ「英国なるもの」を描くのがテーマであるように思えた。
だーって、次作はほぼリアルタイムな王室を題材にした『クイーン』ですよ。こっちの方が楽しみかなー。こちらもオスカー主演女優賞ノミネートだし。

ゲイの歌手役の人はずっと誰かに似ているなーと思って見ていたが、なんと宮本亜門にクリソツだった。


主観点:6点
客観点:6点

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