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2007年3月23日 (金)

クラヲタと呼ばれて

《庭は夏の日ざかり》の「想像力、または鏡に向かってキレるショートコント」を読んで色々思う所があった。コメント付けようかと思ったが、長くなってしまうとナンなのでこちらで書いてTBする事にしました。
あ、それから関係ないけど「笑い男バッハ」画像いいですね。(*^-^*)ス・テ・キ

朝日の元記事見てみると、「のだめ」ブームによる新規参入客がマナー知らずで古参客といさかいが起こっているみたいな書き方だが、本当にそうなのかいな?とやや疑問に感じてしまった。
まあ、私が行くようなコンサートはそもそも「のだめ」でファンになったような人は来る確率は低いからそこら辺よく分からんのだが、昔っから周囲に迷惑(というほどでもなくて「影響」ぐらいでも)をかけている人はいくらでもいた。

ただ、近年それが増えているのは事実--というのは、音楽だけでなく映画や芝居でも事前注意が入るようになったからだ。「ケータイはお切り下さい」は定番で、映画だとさらに「上映中のお喋りはおやめ下さい」とか音出しての「ご飲食にご注意下さい」とか、どこの映画館でもしつこく流される。
昔はなかったのだから、こういうのが出てきた背景には苦情や客同士のトラブルが増えたのだろう。

そういう客にキレて怒るのもどうかと思うが、逆に穏やかに注意したのに逆ギレされたという例もある。(2ちゃんの映画板だとこの手の話がいくらでも見つけられる)
ホントかどうか分からないがナントカ脳の影響ですぐ「キレる」人間が増えたのかも知れない。(^o^;

*本人は気付いていない場合
自分が音を出していても、日常的になじんでいると分からないが、他人にはうるさく思えることがある。
M・ハネケの映画を見た時に、映画からの音がほとんどなく客席もほぼ無音状態の時に、隣の男がはめている腕時計のカサカサカサという音が気になって仕方なかった。ご本人はいつも聞いている音だから気にならないんだろうけどね。
例え、ケータイに付いてる小さな鈴の音でも常に聞こえてるようだと、時と場合によって神経に触ることもあるだろう。

コンサートでも演奏中にチラシをチェックしている人がいる。そんなことしてないで、ステージ上を見てたらどうですかっていうのは余計なお世話だが、以前、1分おきぐらいにバサバサッとチラシを引っ張り出して眺めてまたバサバサとしまう--という行為を繰り返す人がいてこれにはマイッタ。本当に何度でも繰り返すのである。なんでそんな事をするのか分からないが、もしかしたら本人は全く意識していない動作なのかも知れない。
もっとも、これは私自身も迷惑をかけていて気付いていない可能性もあるので冷汗であるが。

*事前注意を聞かない例
これはケータイが多い。コンサートでも芝居でも放送だけでなく、事前に係員が席の間を回って注意してもダメな場合がある。私は普段ほとんどケータイを使わない人間なので、「どーして、切れって言ってるのに切らんのよ」などと思ってしまう。

先日、劇団ク・ナウカの芝居を観た時に、役者の語りから芝居が始まるのだが、その時に「マナーモードのバイブ音でも響くので電源をお切り下さい」と注意が語りの中に入っていた。
しかし!それにも関わらず!!主演の美加理が渾身の演技をしている場面、客席も舞台もシンと静まり返ったその時に、背後からブブブという音が聞こえてきたのであった。明らかにケータイの振動音であった。
なぜ、事前注意があったのに切らなかったのか? 「いくらなんでもそんな小さな音まで聞こえまい」と影響をみくびっていたのか。思わずため息である( -o-) フウ

*クラシック・コンサートの特殊事情
こういう話になると「クラヲタは神経質で困る」とか「クラシックのコンサートは堅苦しいという先入観をますます持たれる」という非難に展開しがちだが、コンサートでは仕方ない事情が存在すると言えるだろう。
以前、クラヴィコードの独奏会に行ったが、最初その音のあまりの小ささに驚いた。しかし、段々と聞いているうちに慣れてきたのであった。演奏者の大塚直哉の解説によると、初め小さいと感じても人間の耳はそれに合わせて感度を大きくしていくように出来ているのだという。しかし、そうなるとホントにちょっとした音でも大きく聞こえて神経に障るようになる。クラヴィコードほどになると、隣の人の衣擦れの音さえデッカク聞こえてきてしまう。日常では気にならないようなものもそういう状態下では増幅されるのだ。

クラシックのコンサートで集中して耳を傾けているんだったら、例えケータイの小さな鈴でも隣席で断続的に鳴っていたら当然気になると思う。その後キレて文句つけるか、「あー、折角苦労して手に入れたチケットなのに。ガマンガマン」となるかは人それぞれとしか言いようがない。

上に書いたM・ハネケの映画の話でも、「たかが腕時計の音ぐらいで」と呆れる人がいるだろうが、そういう人は初期の彼の作品がどんな映画だか知ってたら少しは理解してもらえるだろう。クラヲタ云々と非難する人は本当にコンサートで集中して聴いた経験があるのだろうか?なんて言いたくなっちゃうよ。

折しもクライマックス、指揮者の腕が宙でさっと停止し、会場中を一瞬の沈黙が支配する--と、すかさずそこにケータイの呼び出し音が鳴り響いたーっ(@∀@)……なーんてことになったら、思わず顔面全体から殺意と憎悪があふれ出し「ヤロー、ヌッ殺す」となるのは必至だろう。これがまた珍しい事態ではないから困っちゃうんだよねえ。

*「のだめ」に番外編してくんないかなー
しかし、考えたら新規参入者の場合はまだマシと言えるかも知れない。だって、知らないだけなら教えればちゃんとしてくれる可能性があるわけだからさ。
ということで、「のだめ」ファンがそうだというなら、マンガ本の後ろに番外編でコンサート注意事項でも載せてもらうってのはどうだろう。あくまでも与太話ですが。


さて、元記事では関西ではキレる客はいないということで、関東だけの現象ということになっている。あの!日本の古楽ファンを震撼させた恐るべき「レオ翁コンサート最前列スマップケータイ着メロ流し事件」が起こったのは、確か大阪のホールだったはずである。その時周囲の客はどうしていたのかねー。是非知りたいもんであるよ。

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コメント

私は割と公共のマナーは守るほうなので、映画館とかで携帯やってる人の神経がわかりません。
さわ革さんに深く賛同(’v’)

投稿: 葉子 | 2007年3月23日 (金) 16時11分

TBありがとうございます。
うんうん頷きながら拝読しました。

自分のところのエントリではなるべく抑えて、ダウナー系の記述に徹したつもりです。しかしなんと言いますか、、根っこのところでは「マナーに縛られない演奏会」っていうのは「塩辛いレモン」くらいの矛盾だと感じるんですよね。
日常生活からかけ離れた細かいマナーを守ることそのものも含めて「クラシック」なんではないかと思いますし、そういう考え方を持つ層の相互理解の上にしか厳密には成り立たないんじゃないかとも思ったりします(選民思想的で気持ち悪いですが)。

『のだめ』での「心構え挿入」は、私も以前から密かに期待していたところです。ほとんど奇跡の特効薬ではないかなと(笑)
*個人的にはバッハに反応していただいたのがいちばん嬉しいかもです

投稿: Sonnenfleck | 2007年3月23日 (金) 22時13分

葉子さん、ご賛同ありがとうございます。
昔はケータイなしで暮らしてたんだから、何も2時間ぐらいメールチェックしなくても生きていけるだろう、なんて思っちゃいますね。

Sonnenfleckさん、わざわざお越し頂きどうもです。
そちらが控えめに書いてらしたのに、こっちが「クラヲタの逆襲」風に反論したのは我ながらやり過ぎかと思いますが、でもいいんです、ひねくれ者だから \(^o^)/

今日も佐藤豊彦のビウエラの演奏会の冒頭でケータイの音がーーっ! 近江楽堂でビウエラとなると、楽器の音よりも呼出音の方が大きく聞こえるんであります。
さらに、終曲では時計のアラーム音が~~~っ!! いや、別に「犯人出てこーい」なんて椅子を振り上げて暴れたりしませんでしたけどね。
まあ考えてみれば、ラッシュ時の通勤電車ほどでないにしろ、全くの赤の他人と肱がくっ付くぐらいの距離で数時間過ごさなけりゃならないというのは、異常な状態かも知れません。

投稿: さわやか革命 | 2007年3月23日 (金) 23時25分

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キレる客対策、業界本腰 クラシック演奏会でトラブル急増(asahi.com/3月16日) この記事について、すでに16日夜からネット上ではいくつかコメントが出ているようです。 その中で匿名でないものは「何でそんなに怒ってんの?もっと肩の力抜こうよ?」という論調が多く、いっぽう匿名のものは「上から目線のヲタがキレてるだけ」「いや俺はキレる」が半々というところ。記事がもともとそういう雰囲気なのもあってか、全体としてはキレる側が叩かれている割合が高めかなという感じがします。 ここで見栄張って... [続きを読む]

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