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2007年3月19日 (月)

SFとファンジンとライトノベルと

《万来堂日記2nd》で「そのようにしてライトノベルは終息していく」と、「kanoseさんの宿題は、私よりもひとつ上の世代に答えて欲しいっすね」という記事があって、私は後者の方にコメント付けるつもりで、ウッカリ前者の方に付けちゃったりしてトホホ(+_+)な状態なので、こちらでちゃんと書いてみよう。

*SFファンと商業SF
あくまでも推測であるが、コアなSFファンとはどの時代においても絶対数というのはそれほど変わらないだろう。逆に言えば、小規模ながら常に一定の市場があるからそれに即した規模で出版していけばそれなりの利益は維持していけるはずだ。
そういうファンは宣伝などしなくても放っといても金を払ってくれるし、業界として新規開拓しなくてもやっていけるものだ。(ただし、このような構造は別にSFだけの話ではないが)

しかし、外的な要素でそれ以外の読者が増減する。映画、マンガ、ゲームなど他メディアやファンタジー、児童文学など他ジャンルによって起こされたブームである。
特に1970年代末頃の『スター・ウォーズ』『未知との遭遇』を中心としたブームは大きかった。あれで、書店でのハヤカワ文庫や創元推理文庫のドドーンと棚は広がったし、関連書籍・雑誌なんかも雨後のタケノコ状に出たはずだ。
まあ、その後も色々と山あり谷ありと起伏はあったわけで、ノベルスブームとか冒険小説ブームとかヤングアダルト文庫の台頭(「ライトノベル」という名称はまだなかった)などに伴って、「コアでない」部分は縮小したり拡大したりしてたように記憶している。

*SFファンダムの存在
コアな部分を支えていたのはファンダムの存在が大きい。現在はどうなのか全く知らないが、大学(高校も)や作家ファン、創作系など各地に存在して、オフセット印刷の立派なヤツもあれば青コピー・ガリ版刷り(^^;)まで、ファンジンを出しては例会を開いていた。
彼らはSFの読者にして消費者であり、さらにはSF作家の予備軍も含んでいた。

現在活躍しているSF作家である年代以上の人はほとんどファンジンの出身者と言っても過言ではないだろう。初期御三家から始まって、山田正紀や夢枕獏あたりもそうだ。
ファンダムに関係なく出てきたのは新井素子ぐらいからではないかと思う。

ファンジンで活躍→商業誌のコンテストに応募・受賞
   〃    →ファンジンの作品が評判になって編集者の目にとまる

のどちらかで、商業誌に作品が載って「上がり」となるのがファンジンライターの理想であった。(なお、評論家もファンダム上がりの人が多い)

*新人作家の需要
このような構造があり、しかも狭いコアなSF市場を相手にしている限り、新人発掘や育成に手間をかける必要はなかったと思われる。ただでさえ、書きたいヤツはいっぱいいたのだから。
「SFM」ではコンテストでトップで選ばれても、どんな才能があろうと次の半年以内にもう一つ短編をモノにできなければ切り捨てられておしまい--という噂があった。半年もあって短編一つ書けないなんて才能がないんだろう、という理屈もあろうが、そこはまあ人間だから色々色々と事情があるものだ。

先日、講談社BOXから出た『密閉教室』(法月綸太郎)のまえがきに、江戸川乱歩賞の二次選考に残った後に編集者から追加&訂正を依頼されてノベルスになったという経緯が記されていた。これには少し驚いた。こんなことはかつてのSF界では考えられない。その熱意とケアの在り方が現在のSFとミステリ市場の差だろうか。
また、早川ではそもそも作家自体に対して待遇が悪いという評判があった。「SFとはスモウトリのフンドシ担ぎの略だ」という自虐的ギャグがあった所以である。

コンテストが中止されたり雑誌がなくなってしまったのはブームが一過してコアでない部分のパイが縮小したせいだろう。ノベルスブームが来て雑誌という媒体のメリットが亡くなったのかも知れない(あくまで推測)。コンテストもまた開催するにはそれなりの手間や費用がかかるわけだから採算が取れなかったり、新人発掘を必要としなければやる価値はない。

*ヤングアダルト文庫(ライトノベル)の台頭
そのうちにソノラマ文庫やスニーカー文庫が出て来て、若い読者を引きつけていった。そこに収録されている作品は明らかにSF(やファンタジー)であったが、読者の方はそんな事は微塵も意識していなかったようである。
当時(××年前)ソノラマ文庫を愛読している高校生と話した事があるが、彼はSFとは古くさくて詰まらないもので自分とは全く縁がないものだと考えていた。

また逆にコアなSFファンもそれらの文庫作品をSFとは考えていないようであった。五、六年前だろうか、SF大会でファンの若い女性がスニーカーやファンタジア文庫をSFとは見なしていないような発言をしていて驚いた事がある。彼女たちにとってはハヤカワや創元推理文庫だけがSFであるかのようだった。

以上のように、ファンが互いに「相手は違う」と思っているならそれでいいのではないのか。評論家が何と言おうと関係はない。かつてSF界で色々な論争があったが、それによって何かが変わった試しなど一度もなかった。
もっとも、作家自身は自分をどういうジャンルだと見なしているかは分からないが。

*将来を誰が知ろう……
SFはコアなファンのみを相手にしてこの先も細々生き延びるだろうし、ライトノベル業界は次々と新しい出版社が参入して新人発掘に精を出し、書店の棚の面積を広げていくだろう。
だが、出版業界においても栄枯盛衰のサイクルは存在し、将来どうなるのか分からない。ライノベも参入者が多過ぎて飽和状態になってしまうかも知れないし、エロ路線や正統青少年路線など棲み分けができて共存するかも知れない。
あるいは、ジャンル自体が崩壊するのか、老舗が辛うじて生き残るのか……。

「新人発掘」という点だけでそれを測るのは難しい。新人発掘においてはライトノベル以上に熱心だったマンガ業界だって今や売れ行き不振が囁かれているではないか。(それでも一般書籍の部数とは比べ物にならないと思うが)
この世界もある意味バクチってことですかねえ。( -o-) sigh...

それにしてもライノベの若い読者を観察していて驚いてしまうのは、作者の名前覚えていない!--ということである。彼らにとっては、「ゲームやアニメの原作」とか「人気のあるシリーズ」としてタイトルを記憶しているのであって、それを誰が書いているかというのは、どうでもいいようである。過去に読んだシリーズと今また別に読んでいるシリーズが同じ作者だとかいうのは、それほど気にしていないみたいだ。
いくら書いても名前を覚えて貰えない--というのは書き手にとってはかなりつらいことだと想像するのだが、どうだろう。もっとも、今どきの書き手は全然気にしないかも知れない。


長くなってしまったが、以上は1980年代にファンダムの片隅にいた人間の極めて乏しい見聞と記憶から書いたものである。当時の編集者やビックネームファンやライターはネット上にゴマンといるはずだから(多分)、そういう人たちは「そんなのは違う!」と思ったら訂正補足して下せえ。

【追記】
「「SF」がかつて売れた事があったのか?」という追加記事も書きました。

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