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2007年4月14日 (土)

バッハ・コレギウム・ジャパン第76回定期演奏会:液体人間にはならなかったよ

J.S.バッハ『ヨハネ受難曲』第4稿
会場:東京オペラシティ コンサートホール
2007年4月6日

今回つくづく感じたのは、ああ『ヨハネ』って合唱が主体な曲だったんだなーということ。ソリスト達はこれまでと比べていつになく奥に引っ込んでいる感じなのも、それに拍車をかけている。

では、過去に何回かBCJの『ヨハネ』を聞いてきたのに、なぜそんなこと今さらのように気付いたのかというのをつらつら考えると、やはりこれはゲルト・テュルクの存在があったからだとしか思いつかない。これまではいつも彼がエヴァンゲリスト役をやっていたのだ。

--昔、子供の頃に液体人間の出てくる怪奇映画をTVで見た事がある。そいつに襲われると、フツーの人間も液体になっちゃうんである。子供心にコワかったのか、その場面はよーく覚えている。
で、私σ(^-^;)は一度液体人間になりかけた事があるのだ。それは数年前のサントリーホール。BCJによる『ヨハネ』を初めて聴いた時のことだ。
第一部の終盤「ペテロの否認」のくだりで、エヴァンゲリストが「ペテロは……激しく泣いた」と歌う場面。そのテュルク氏が歌う苦悩があまりに甘美なので、聴いてて身体の髄からデロデロデロ~ンととろけてしまって、液体人間のようにサントリーホールの床の上に流れ出して広がってしまうかと思ったほどだった。かくも甘美なる苦悩! このようなものが存在するとは誰が想像し得たであろうかってなもんである。

まあ、それほどにテュルク氏のエヴァンゲリストの存在感が突出してデカかったので、これまでの公演では合唱の方までは気が回らなかったのに違いない。

今回のユリウス・プファイファーは押しが弱いというか、こちらの《♯Credo》の感想で形容されている「微温的」という表現がピッタリな印象ゆえ、液体人間に変身するにはほど遠かった。逆に言えばアンサンブルの中に溶け込んでいたということか……。

ということで、BCJの合唱隊に聞き惚れ、初期の頃に比べるとホントにうまくなったわなあ、さぞご両親もお喜びのことでしょう(T_T)--という感じだった。もっとも国内の他の公演では皆さんソロを取っているぐらいの歌手が揃ってるんだから当然だが。
ところで、名古屋公演では水越啓がテノールのソロを2曲取ったらしいが、東京で(神戸でも)やらなかったのは何故? 好評みたいだから是非聴いてみたかったのよ。

個人的に良かった曲は19曲目バスのアリオーソで、二本のヴァイオリンとチェンバロが澄んだ高音街道を行けば、ヴィオローネとコントラファゴット(デカい!)が地を這う超低音、という対照的な組み合わせが面白かった。
それから、30曲目のアリア「成し遂げられた!」。これはカウンターテナーのダニエル・テイラーの歌がよいというよりは、ここで登場した福沢宏のガンバの音が他の楽器と比べて実に異質で奇妙な響きがするのに驚いた。
私はこの直前、二つのコンサートに行ったが両方ともガンバが使われていたし(その内一つは同じ福沢氏が弾いていた)、『ヨハネ』の過去の演奏でもフツーに聴いていたのに、なぜ今回だけそんな風に感じたのか分からない。バッハの音の世界ではガンバは特別な意味を持っているのだろうか。
特別で、異質で、奇妙で、しかし心にしみいる--そういう音であった。正直この音に泣けましたですよ、ハイ。

余談だが、ガンバというのは普段聴き慣れない人が聴くと変な音に聞こえるのだろうか。以前の『ヨハネ』公演で福沢氏のことを「なんて下手くそなんだ」と口を極めて罵っていた人がいて、私はいくらトーシロとはいえ下手には聞こえなかったのでビックリした事がある。その人は多分あまり普段ガンバを聞いていないのだろう、と解釈したのだが--。
それとも、バッハの曲の中で聴くと調子外れに聞こえてしまうのか?

結論としては、人生いろいろ、エヴァンゲリストもいろいろ、「ヨハネ」もいろいろということでしょうかねえ。
それにしても、声を大にして--いや、字を強調文字にして書きたいのは

フ ラ イ ン グ 拍 手 は 逝 っ て よ し !

「のだめ」ファンの初心者のマナーを取り沙汰している事態ではない。あー、腹が立つ。名古屋公演にも出没したというし(さすがに同一人物じゃないと思うが)こういうヤローは分かっててやってるはずだからな。
しかし名古屋国際音楽祭の公式HPのレポートには笑った。
「素晴らしい演奏に、ホールは余韻の間もなく拍手に包まれました。」
って、なんだそりゃ(@∀@) 物は言いようってことか。

なお、職場から会場に向かう電車の中でクシャミ連発、喉がガサガサしてきてこりゃ花粉病発作の始まりかと思い、直前に夕食に食べたスパゲティがやたら胃にもたれてコンサートの間ムカムカしてたのは、オペラシティのサラリーマン御用達の脂っこさと麺の量にやられたと思ったのだが……なんと風邪だった。未だ治らず、祟られております。


【関連リンク】
名古屋公演
《庭は夏の日ざかり》より「バッハ・コレギウム・ジャパン《ヨハネ受難曲》@名古屋」

東京公演
常連「小一時間」さんの「【BCJ】ヨハネ受難曲【2007年】」

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コメント

オペラシティでもフライングでしたか。萎えますねえ。
結局あれやこれやブログで書いても、実際に自分が遭遇するとその一瞬は間違いなく「氏ね」って思いますからね(笑) しかし名古屋の公式レポ面白いなあ。その発想はなかったです。

テノールのソロは東京ではプファイファーだったのですか?
彼が歌ったら予定調和的で面白みはなさそうですね。。しかし生真面目そうなので曲によってはぴたりと合うかもしれません。
私も第19曲、面白いと思いました。歌手もソロもトゥッティも消えたあとで、コントラファゴットだけが「ぼーー...」とかなり長めの余韻を残したのが個人的には非常に萌えでした。

投稿: Sonnenfleck | 2007年4月15日 (日) 20時10分

水越さんはやっぱりテスト登板だったんでしょうか。ま、たしかにあの青白さはプロの厳しい目で見ればただ青いだけ・・と捉えられたのかもしれませんが、私には得がたい個性と取れましたが・・・。

名古屋の拍手はフライングなんて呼べるものじゃなく、かなりの勢力がなんの躊躇もなく確信持って普通に叩いてるように見えました。あの会場だと必ずそうなっちゃう気がします。残念ですが、。

投稿: kimata | 2007年4月15日 (日) 22時07分

お二人ともコメントありがとうございます。
水越氏は「VIVA! BCJ」の記録を見ても、結局名古屋だけの登板だったようですねー。他のブログでもほめていた人がいたと記憶してたのですが--残念であります。

フライング拍手については

|かなりの勢力がなんの躊躇もなく確信持って普通に叩いてる

むっ?単独強行突破でなくて複数だったのですか? 集団ということは--CIAの回し者かモサドのスパイか某国のテロリストに違いない!……ということはなくて「普通の人々」だったんですか。そ、それは(冷汗)

投稿: さわやか革命 | 2007年4月16日 (月) 06時56分

名古屋国際音楽祭のレポート、あれは失笑ですね。
実は、遠い知り合いの知り合いに担当者に近い人が居るそうですが、苦し紛れのレポートだったそうです。あまりにものフライング拍手に脱力感。で、その怒りをこめて(?)ちょっと嫌味に書いたらしいですよ。ただ、あまりにダイレクトだとなんあので、曲目の最後にひっそり
『欧米では、このような演奏会の後では、一瞬の静寂のあとの喝采、そしてスタンディングオベーションが、演奏者への最大の賛辞とされます。』と追記。
気を使いますね~

しかし、こうした地道な努力がすこしづつコンサート会場のマナー向上につながればと思います。

投稿: 通りすがりの物 | 2007年6月18日 (月) 02時54分

通りすがりのお方、コメントありがとうございます

|苦し紛れのレポートだったそうです。

そうですか、色々苦労があるものなのですねー。
私もマナー向上につながることを書き--と言いたいところですが、なかなかその段階まではたどり着けません。

投稿: さわやか革命 | 2007年6月18日 (月) 23時35分

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受信: 2007年4月15日 (日) 22時08分

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