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2007年8月 9日 (木)

「湖の南」:琵琶湖とテキサスタワー

著者:富岡多恵子
新潮社2007年

以前、中勘助の評伝を読んでいたく感心したことがある富岡多恵子の新作。扱っているのは「大津事件」の犯人とのことではないか。で、早速買ってみた。

だが大津事件といっても、なんだか日本史の教科書の明治時代あたりで名前を見かけたような気がするなあ--ぐらいのもんである。それも一行説明があったかなかったかってなもんだ。記憶の曖昧なままとにかく読んでみる。

だが、しかし果たしてこれは評伝なのか小説なのか手記なのか?全く判然としない。
事件の舞台の近く、琵琶湖を臨む地域に引っ越してきた「わたし」が著者自身であることは間違いないのだが、後半に登場する「わたし」に奇妙な手紙をよこしてくる謎の男といい、それを語る飄々としたユーモアを含んだ他人事のような文章といい、なんだかどこまでが事実なんだか、虚構が交じってるんだかよく分からない。

極めつけは、冒頭で紹介されているロシア育ちのドイツ人マックス・ダウテンダイなる作家が書いたという『ビワ湖八景』なる短編集である。日本を舞台にした八篇の「愛の物語」集だという。その中の一編が大津事件をモデルにしているという。

ダウテンダイ?日本の愛の物語?……うっさんくさーっヾ(^^#)ゝヾ(^^#)ゝ
どう考えても『鼻行類』みたいなナンチャッテ本の類いとしか思えない。しかも国立国会図書館のサイトで検索しても出て来ないし、全国書誌データを調べても、書店系のサイトを見ても同様だ。存在しない本じゃねーの??

当時の国際関係においてはロシアとの関係は最重要。そこの皇太子が警護する側の巡査に襲われたってんだから大事件である。
今日びだったらワイドショー、ニュース、新聞、週刊誌……ありとあらゆるメディアが一カ月ぶっちぎりで騒ぎたて、ネット上には「犯人逝ってよし」「よくやった(w」などの書込みがあふれまくったことであろう。
何せ、明治天皇がわざわざ見舞いに赴き、大臣たちは犯人の処遇をめぐって夜中の駅で酔っぱらって喧嘩をし、全国から見舞品が届き、歌舞音曲は自粛、遊郭は休業したというほどだ。

著者は史料や書簡類を丹念に読んで犯人の巡査の人物像を調べている。
士族の次男坊が兵役に取られて西南戦争を戦い、家が心配で早く帰りたいのにさらに兵役を延長。ようやく帰ってきて、巡査の職につくが……。
その西南戦争が「雨アラレのように撃ち合うタマとタマが空中でぶつかってしまう偶然が一度や二度でなく」という熾烈なものとは知らなかった。2個の銃弾がくっついた「行きあい弾」が実際に残っているという。
私見だが、おそらく彼はその激しい戦争のPTSDではなかったかと思われる。さらに、その後の生活にも満足できたわけでなく、そういう鬱憤がたまっていたのではないか。
なんとなく「テキサスタワー乱射事件」あたりを思い浮かべてしまう。
そういう点ではまさしくこれは「現代的な」事件だった。

どうやら、これはとっくに終わった「教科書一行分の事件」--というわけではなかったようである。
平穏でしかし何か不気味な現在の琵琶湖畔の風景とどこかでつながっているのだろう。

さて、文中では『ビワ湖八景』、巻末の参考文献リストでは『近江八景の幻影』なる本だが、アマゾンで検索したらなんと出てきたではないか! さらに地元の大津市立図書館のサイトで検索したら6冊も所蔵している。
どうも、版元が国立国会図書館に納本しなかったようだ。地方出版物は納本しないと、全国書誌データにも載らずもちろん書店系にも出てこず、そもそも存在自体アヤシクなってしまうとは、こりゃオドロキ。
ということで、版元さん納本ちゃんとしてくださいよう。

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