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2007年8月 6日 (月)

真の名前と「通りすがり」

たまたま図書館で『阿部謹也著作集』の第1巻(筑摩書房)を見かけて借りた。代表作『ハーメルンの笛吹き男』と『中世の星の下で』が収録されている。
巻末にはさらに小論が幾つかあって、「ヨーロッパの名前--グリム童話を中心に」というのが目を引いた。

わずか3ページの短いものだが、

人間に限らず、動物やモノの場合でも、名称がそのもの自体と不可分の関係にあることは、ヨーロッパでも同様であった。(中略)名前を呼ぶことが相手を支配するのと同じことであると考えられていた。

これを読んですぐに思い浮かべたのは『ゲド戦記』であった。かつて一作目『影との戦い』を読んだ時に、「このような〈真の名前〉という考え方は西欧によくあるものなんだろうか? それともル・グウィンのオリジナルだろうか」という疑問を感じた。
その後『クリスタル・ドラゴン』にも重要な設定として出てくるが、これは『影と~』より数年後の作品だから設定を借りたのかもしれず、当時はよく分からなかった。

しかしこの小論を読むかぎり、名前には魔力のようなパワーが存在したと考えられていたようである。

名前がこのように大きな意味をもっているとすれば、何らかの不都合が生じたときに、その状態を変えたり、新しい事態にいたったときに、名前をつけかえるということも起こってくる。(中略)教皇も国王もその地位につくと新しい名をつけるのである。俳優や芸術家も舞台では別の名を用いる。

とすれば、現代でも多くの作家が実名ではなくペンネームを使うのもそのためではないか!……であれば、ネット上で我々がハンドルネームを使うのももしかして同じなのか?
中世から続く教皇の名とハンドルネームがよもや同じものとは--思いもよらなかったことである。

また特定の団体に入ると、そのなかでは別の名を呼びあう例も見られる。(中略)これらはみな名前が現実を生むと同時に新しい現実が新しい名前を必要としているためと考えるからである。

かつて(既に大昔か)ニフティのパソコン通信ではほとんどの人がハンドルネームを使用していた。実名の人もたまにはいたが……。(そういや、谷山浩子ご本人事件なんてのもありましたな) そして、その名前の元に新たな人格をまとって書きこみをしていたわけだ。まさにこれは上記の「特定の団体」に該当する。
しかしやがて、インターネットが一般化し2ちゃんねるが登場して盛んになってくると、ニフのフォーラムにまで「通りすがり」が出没してきた。掲示板に特定の名前を持たないことを前提に書き込むということ自体、当時は不可解であったし、さらに2ちゃんの中に留まっておればいいものを、フォーラムにまで出張ってきて「通りすがり」を使用するとは何事じゃっ!と腹立たしく思ったものだった。

ブログの時代になって、ハンドルネームはだいぶ目立たなくなってきたが(どちらかというとブログ名の方が目立つ)、それでも炎上したブログのコメント欄に多くの「通りすがり」(あるいは「名無しさん」も)が跋扈したりすると、妙にいらだたしく感じる。「匿名」とか「匿名希望」とか名前の欄を空欄のままにするのよりも、なぜかそのいらだたしさは大きいのだ。

かつて私は、書き手のアイデンティティの問題だろうかなどと考えていたが、実はそうではなかった。「通りすがり」という名前にあらざる名前が、明らかに名前の魔力を否定しているからである。ハンドルネームを喜んで使うような人間にはその否定は許しがたく感じる。その名前に支えられた暗黙の「現実=共同体」をも否定しているように思えるのだろう。

とすれば、しばらく前に(今でも?)ネットをにぎわしたブログの「実名・匿名論争」も、本当はネット上のモラルやヒエラルキーの問題ではなく、「真の名前=実名」がその者の本質を示し支配的な力を持つという認識から生じたものなのかもしれない。

阿部謹也は「名前が単なる記号と化しつつある現代では理解しがたくなっている」と書いているが、どっこい名前の魔法は現代でも生きているのだ。そしてこれからも形を変えて生き続けることだろう。

【関連リンク】
《技術系サラリーマンの交差点》より「実名ブロガーは「匿名による批判へのポリシー」を示しておいてはどうか」
《シナトラ千代子》より「匿名実名論争をムダにしないためにも小倉先生にお願いしたいこと」
  ↑こちらを見るとまだ論争は続いていたんですねえ……。

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