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2007年10月22日 (月)

トーキングヘッズ叢書 No.32出ました~そして大島弓子にスゴスゴと引き下がるの図

Th32_big
トーキングヘッズ叢書(TH Series) No.32、今回の特集は「幻想少女~わ・た・しの国のアリス」であります。
詳しい内容はこちらをどうぞ。
興味のある方はお買い求めくださいませ。<(_ _)>

私はモンゴメリ、中勘助、大島弓子という珍妙な取り合わせで書いています。本来は大島弓子の短編『たそがれは逢魔の時間』について書くはずだったのが、これだけでは長くならない、と思って脱線したら本筋の方がおろそかになってしまったという最悪のパターン。大いに反省しとります。おまけに今になって、「売春」と「買春」を間違えている部分を発見。トホホ(+_+)


それにしても大島弓子について言語で語るのは難しい。彼女の作品についてちゃんとした文章を書いたのは初めてのことだと思うのだが、説明しようとすればするほど陳腐になっていくのはどうしようもない。
読んだことのない人のために説明すると、『たそがれは逢魔の時間』は1979年の作品。当時としては衝撃的な「少女売春」を題材にしたもの--しかも、少女の方ではなく中年男を主人公にしているのである。
ホントの大島弓子のファンだともう少し後の時期の作品を最高とするのだろうが、私はこの『たそがれ』前後の時期の作品の方が好きである。まあ私はニセのファンだからいいのだ。

冬枯れの木の枝にひっかかって見える少女の陰靡な「くすっ」という笑い、暗い森を二人で駆けぬける場面、一転、少女がテコテコと犬のように走り回る雪の中、などの喚起するイメージを文章で説明するのは極めて難しい。
また、少女が出現してからの中年夫婦のビミョーな関係の変化の表現もまた見事としかいいようがない。
さらに、中年男の記憶に眠る少年の純粋性が、そのまま直に少女への欲望と妄想へと転換していく描写も素晴らしい。
全てが完璧に隙なく構成されているように思える作品だ。
しかし、もちろん視覚的にはあの大島弓子の「絵」(ある意味、隙だらけの)なのだよねえ……。

と、また余計なことを書いてしまった。
うーむうーむ(-_-;)、多分、大島弓子の作品について分析的な文章を書くことは二度とないだろう。もうダメだ~(パッタリ)←敗退して倒れる音


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