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2007年12月

2007年12月31日 (月)

ブクステフーデ・イヤーのラストに懺悔します

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実は武蔵野市民文化会館で12月27日にやったハンス・ダヴィッドソンのオルガン・リサイタルに行く予定だったのである。プログラムは前半ブクステフーデ、後半バッハでまことにブクステフーデ・イヤーの最終にふさわしい公演であった。

が--前夜の宴会で北海道のカニ鍋を食い過ぎたせいか、はたまた飲み過ぎたせいか、当日どうにも気分が悪くなってしまった(´Д`)
なんでも今年は温暖化のせいで北海道のカニがあまり取れない、とかいう新聞記事を読んだ記憶があった。なので「おのれ、折角の北海道カニをみすみす北に逃がしてロシア人なんぞに拿捕されてたまるか。プーチンの奴め許せん!食って食って食いまくるぞー」てな具合に日本人の誇りをかけて食べまくり、さらに4杯呑んだ酒が全て違う種類だったというのもあるだろう。
とにかく家を出る時間になっても起き上がれず、コンサートをパスしてしまったのであった。

ううう(><)、ブクステフーデ先生すいません<(_ _)>
これからはコンサートの前日に暴飲暴食しないように致します。

ということで、代わりにブクステフーデのCDを紹介して終わりにしよう。
『我らがイエスの四肢』は有名で色んなグループのディスクが出ているが、エリク・ファン・ネーフェル指揮のクレンデ(以前はアンサンブル・クレンデだったがいつの間にか「クレンデ」だけになっている)による演奏である。(Eufoda 1999年)

特徴はゆっくりしてて長い!ということだ。レコード屋に行って他のグループのCDを見てみたが、どの曲のも10分以上かけているのはなかった。しかし、この盤では3曲もある。「手」と「胸」なんか11分半近くもあるのだ。
どちらかというと、ルネサンス期の曲を専門にしているグループだからだろうか、じっくりとポリフォニーの絡み具合を聞かせるという印象である。なんか、じわ~んと感動が来る感じだ。
BCJの演奏を比べてみると、もっと軽快であっさりしている。アーティキュレイションのせいか曲によっては異なる曲のように聞こえるのもあるほど。

ただ、問題なのは個々の歌手があまり上手くなくてソロの部分が今イチに聞こえることだ。BCJは全員ソリストが日本人だが、それにしても比べると遥かに上手い。特に米良氏は絶好調の時期である。こういうのを聴いてしまうと、惜しい人が去ってしまいましたと思わざるをえない(T_T) まあ、ご本人が望んだ道を行っているのだから外野がとやかく言うことではないが。

もう一つの特徴は7曲目に「悲歌」が入っていて、全8曲になっていること。これはブクステフーデの父親の葬儀の時に実際にこのような形で演奏されたとのことである。この「悲歌」はとても素晴らしい。もう、聴く度に涙目になっちゃうというぐらい。
全体的に弦の音の心地よさと、この「悲歌」のためについ繰り返し聴いてしまうのであった。

ということで、ブクステフーデ先生許して(^人^)

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2007年12月30日 (日)

「バロック音楽で綴るクリスマス」:赤の衣装でお願いします

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ラ・フェート・ギャラント雅なる宴6
演奏:ラ・フェート・ギャラント
会場:近江楽堂
2007年12月25日

ラ・フェート・ギャラントは四人組のグループ。前回のコンサートでは残念無念の途中退出をしてしまったので再度挑戦である。なんてったってクリスマス・コンサートだしね(^^)

しかし看板に掲げたわりには、曲間の喋りで「この編成でのクリスマス曲は少ない」と正直なトコを暴露。冒頭のコレット『クリスマスのシンフォニー』以外の前半部は「教会の鐘」を扱った曲が中心となった。(鐘の曲はたくさんあるらしい) とくれば、締めはもちろんマレの『聖ジュヌヴィエーヴ丘教会の鐘』。ヴァイオリンと交互に現れるガンバのゴゴゴガゴと低音で弾く部分(←変な表現ですいません)が、生で聴くと極めて印象的であった。

後半はもうクリスマスに関係なく作曲者不詳の無伴奏フルート曲、ルクレール、そして四人がお気に入りのテレマンの『パリ四重奏曲』と続いた。四人とも達者な奏者ぞろいなんで丁々発止のかけ合いを安心して楽しめた。

前田りり子が曲の解説で長く喋るのを初めて耳にしたが、全然外見の印象とは違っているのが面白かった。なんか、すごく焦っていていてつんのめっちゃうような喋り方。

それから、女性陣三人がせっかく赤系統の衣装でまとめているんだから、桐山氏も赤いネクタイとか赤っぽいシャツとかでキメて欲しかったぞ。別にサンタの衣装を着ろとまでは言わんからさあ。

もらったチラシの中に佐藤豊彦のコンサートのを発見! あわてて近江楽堂の隣にあるチケットカウンターで購入した。全く知らなかったよ。(;^_^A


ところで全然関係ないけど、昼の回の方に行ったら改札からオペラシティがやたらと混雑している。しかも平日の昼間だからオバサマ系や子どもが多い。どうやらホールの方でもロシア某合唱団のクリスマス・コンサートがあったらしいのだが、そのとばっちりで会場の外のトイレまで大混雑して行列ができている。
これは問題になってるらしくて、トイレに「コンサートホールには充分な数のトイレがあるのでここは使わないで下さい」みたいな貼り紙までしてあるのだ。掃除のおばさんたちも憮然とした表情。なんとかしてくれー。
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 ←ツリーを口アングリ状態で見上げる、歌う男の図

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2007年12月29日 (土)

Time stands still:クッキーちょうだい!

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演奏:小倉麻矢ほか
会場:雑司が谷音楽堂
2007年12月23日

「アントレ」誌で見つけてよく分からんけど行ったコンサート。この時期はちょうど『メサイア』をやってる時期だが、あえてこちらを選んでみた。

全体的にはこじんまりとした可愛らしいコンサートという印象(休憩も入らず)。女性三人だけでダウランドなど英国ルネサンス歌曲を演奏したが、悲しい歌あり、滑稽な歌ありというもの。もちろんクリスマス曲も。
三人のうち知っているのはリュートの佐藤亜紀子だけだった。

T・モーリーの「とびきりの犬を買わないかい?」というのは訳詞を見ても意味がよく分からず。もしかしてウラの意味(ヒワイなヤツとか)があるんざんしょか?
ヒュームの「タバコ」は愛煙家のテーマソング。こんな曲があったとは知らなかった!
J・ダニエルの「悲しみよ、内にとどまれ」は伴奏のガンバ(なかやまはるみ)の低音がなんだか突き刺さるような感じで良かった。

リュートとガンバのそれぞれ独奏曲もあってそちらも満足だったが、肝心の小倉麻矢という人の歌が……うーむ、ちょっと軽くて薄くて繊細過ぎに思えた。曲の内容紹介の喋りもちょっと芝居がかっていて、これは個人の好ききらいが分かれるところだ。

アンコールは「クリスマスの十二か月の数え歌」(?)で、一つ数えるごとにお客に大きなクッキー(というか月餅みたい)を配って歩いた。最後には二階まで上って配って歌っていた。どうせならもっとちっこいクッキーをたくさん二階から節分みたいにまいて欲しかったニャー。 \(^o^)/
もっともそうなったら下では阿鼻叫喚の争奪戦が繰り広げられるだろうけど)^o^(

チラシも見かけたこともなく、宣伝もほとんどしていなかったらしいので客はほとんど関係者のようだった。近くで「つのだたかしが云々」という会話がさかんに聞こえてきてどういうことかと思ったら、ご本人が客席に来ていたのであった。

帰りに目白駅前でシンプソンズが表紙の「ビッグイシュー」誌を購入。ラッキーだったよ。

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2007年12月27日 (木)

「あなたがそばにいれば」:思わぬ所でリュート様顕現

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歌とリュートによるバッハ
演奏:波多野睦美+つのだたかし
会場:ハクジュホール
2007年12月18日

お馴染み波多野+つのだコンビであるが、ドイツものは珍しいんではないかと思って行ってみた。またバッハの曲がリュート一丁の独唱で歌われるというのも聴いた記憶はない(多分)。

内容はバッハの先輩筋、同時代の作曲家の曲やシェメッリ歌曲集、アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帖からの曲もあった。完璧バッハの曲は三曲だけ。以前どこかのブログに、波多野さんのファンだけどバッハの曲じゃパスしよう、という内容を書いていた人を見かけたので、これだったらバッハというのを強調しないほうがよかったかも知れない。

波多野さんが途中で語ったところによると、ユイレ+ストローブの伝記映画を見た時にはバッハの家庭は極めてストイックな感じで描かれていたが、実際の「音楽帖」を開いてみるともっと暖かい家庭の印象を受けたという。で、その「暖かいバッハ」路線でやったのが今回のコンサートだったようだ。

冒頭のシュッツからして合唱曲しか聴いたことないんで、かなり印象が違う。バッハも同じくかなり印象が違う--のであるが、カンタータのアリアはやっぱり難しそうだった。とはいえ、やはり上記のブログ主のようなバッハを敬遠するような人に聴いてもらいたい感じであった。

前半部の最後はブクステフーデの「悲歌」キタ~ッ!ヽ(^∇^*)ノ でも一部(二連)だけだったんで、完全版を聴きたかったところ。

つのだ氏はロイスナーとヴァイスを独奏。伴奏の方ももちろん素晴らしかった。しかし、この日はガット弦を使用ということで、曲ごとにえら~く調弦の時間がかかった。思わぬ所でリュート様に遭遇(-o-;)である。
しかし、この会場で一番えらいのは演奏者でも客でもなくリュート様なので、客席から「リュート様まだぁ~?」とか「リュート様横暴!断固抗議しる」などと声がかかることもなく、一同じっとガマンガマンなのであったよ。

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2007年12月23日 (日)

「スーパーニュースペーパー2007!年末公演今年を笑う」:歴代首相総出演

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出演:ザ・ニュースペーパー
会場:博品館劇場
2007年12月13日~15日

恒例のザ・ニュースペーパー年末笑い納め公演である。
博品館劇場(なぜ「吐く貧寒」と変換される?)は風刺と笑いを求める人で満員状態であった。
今回は冒頭からコイズミ・アベ・フクダと歴代首相が順番にトークをやって豪華総出演。もっとも渡部又兵衛のフクダはあまり似てないが。
それどころか他の政治家のニセ者も続いて多数出現した。特にアソウは完全にソックリ(誰がやってたのか分からないぐらい)。本物と入れ替わっても全く分からないと思えるほどだった。又兵衛氏は「黄門さま」こと渡部恒三の方がよく似ていた。

他に面白かったのは「紅白ウソ合戦」で、司会がそれぞれ赤福と白い恋人の社長で、今年ウソをついた方々が次々と登場する。
さる高貴なご一家シリーズはカレンダー撮影のためにご一家が久々の集合、というエピソード。しかし、結婚してヨメに行ってしまったご長女はもうカレンダーに入れてもらえないのであった。
そして、お世継ぎ問題でどちらの孫が当主を継ぐかで言い合いになる中、思わずご長男が「次の順番は私です!」と主張。確かに論争でうっかりすると、いつも忘れられてそうな事実なのであった。

それから途中で記録ビデオが映されたのだが、偽アベが靖国神社にお参りしたのに(しかも8月16日に)誰にも気づいてもらえなかったのに対し、偽ヒガシコクバルが宮崎○庁に行ったら大人気であった。
恐ろしいことであるよ……(^^;)

さて、来年は誰がニセ総理になるのであろうか?楽しみ~(*^^*)

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2007年12月22日 (土)

今年のクリスマス・アルバム

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サイドバーの「聴かずに死ねるか」でも紹介している
"Jul i Folkton" (AMIGO)
スウェーデンのミュージシャン17人によるオムニバス盤である。
フリーフォートのメンバーも参加している。実はあの公演で配られたチラシに載っていたのを見て興味を持ったのである。

タイトルの意味は単刀直入、「フォーク風のクリスマス」。まさにそのままだ。音楽の方もタイトル同様に地味にして質実剛健といった印象。派手なところ、余計なモンはなんにもない。
ほとんどの曲がトラディショナルで、中に「きよしこの夜」が楽器だけの演奏で入ったりしている。
四人の女声アカペラコーラスの曲に至っては、まるでブルガリアン・コーラスみたいに聞こえる。
甘美なところはどこにもないが、簡素にして力強い音楽なのであった。
彼の地のクリスマスはこんな感じなんですかな。

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もう一枚は
"Puer Natus Est" (ATAM Classique)
コンチェルト・パラティーノとモントリオール古楽スタジオ(という名称でいいのか?)によるアルバム。
ジョヴァンニ・ガブリエリと同時代の作曲家のクリスマス関係の曲を集めている。シャインは有名だが、GoudimelとかRimonteなんて知らないぞ。
コンチェルト・パラティーノだけの演奏、アカペラの合唱曲、合唱+楽器の曲など色々とりまぜて収録されている。ルネサンスから初期バロックの豊かな響きがたっぷり味わえる。

ただ、難は合唱がキレイすぎること。ルネサンス宗教曲の合唱でキレイで滑らかなヤツだと飽きちゃうんだよね(←ぜいたく)。
あと録音が高音をキンキン強調し過ぎな感じあり。


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2007年12月20日 (木)

トゥールーズ古楽四重奏団 レ・サクブティエ:繊細なるトロンボーンに脱帽

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17世紀ヨーロッパのポリフォニー音楽
会場:武蔵野市民文化会館 小ホール
2007年12月13日

このグループ全く知らなかったが、コルネットとサックバット(トロンボーン)のアンサンブルというのはなかなか生で聴くことはできないのでチケットを買ったのであった。
折あしく職場の忘年会と重なってしまったが、結局こちらのコンサートを選んだのである。(実は春の歓送迎会もBCJと重なっていて、その時もすっぽかしたのであったよ、トホホ)

ところが直前になって「出演者変更のお詫び」の葉書が来て、コルネット二人のうち一人のジャン=ピエール・カサック(名前がトップに書いてあるからリーダー格?)が来られなくなり、代わりにヴァイオリン奏者に変更になったとのことだった。

さてプログラムの内容はフレスコバルディ、シャイト、シュメルツァーあたりは有名だが、ロッシとかチーマなんて知りませーん(+_+)状態の作曲家の曲も入っていた。
それぞれコルネット、サックバット、ヴァイオリンが色々な組み合わせで演奏したが、ずーっと縁の下で支えていたのは通奏低音の宇山ブヴァール康子であった。彼女はオルガン、チェンバロ、パイプオルガンまでも弾きまくっていた。ソロでパイプオルガンをやったシャイトの曲は特に見事なもんであった。

しかし、一番の立役者はサックバットのダニエル・ラサールだろう。外見は豆タンク風オヤヂであるがその音は大胆にして繊細。鍵盤のみをバックにしたサックバットのソロというのは普段聴く機会はないもんだが、これほどに微妙なニュアンスに富んだ音を出せる楽器とは全く想像もしたこともなかった。
サックバットさん、すいません。反省致します<(_ _)>ゴメン
そして曲が終わると会場には思わずため息ともつかぬ何かが充満したのであった。

ピンチヒッターのエレーヌ・ラサール(苗字が同じってことは奥さん?)、なぜかコルネットを演奏する時は内股になるルイス・コル・イ・トルルス(こちらはキリンみたいに痩せていてのっぽ)も達者な演奏を聴かせてくれた。

しかし正直なところ、コルネット×2+サックバット+鍵盤という組み合わせを聴いてみたかったのも事実。
「出演者変更による曲目の変更はございません」ということは、コルネットでビーバーの「ロザリオのソナタ」をやるつもりだったんだろうか?えええ??

コンサート自体には完全満足だったが、中央線はノロノロ走ったり止まったりするし、乗り継ぎは悪いし、乗り換えた私鉄は酒と宴会料理の匂いが充満しているし、家に帰り着いた時はお腹ペコペコ……(´Д`) 平日の夜に武蔵野まで行くのはツライのよ。

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2007年12月16日 (日)

「新世代と共に未来への飛翔」:脳ミソが拒否反応

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松明堂音楽ホール10周年記念コンサート
佐々木節夫メモリアルコンサート 9
演奏:有田正広ほか
会場:松明堂音楽ホール
2007年12月9日

有田夫妻は毎年春に松明堂でコンサートをやっているが、今年はバッティングしてしまい、行けずに涙をのんだので、今度こそと思って鼻息も荒く新所沢へ向かった。
なんでも春のコンサートはこのホールが出来て最初から毎年行ってきたとのことらしい。収容人数の少ないホールは最近増えてきたが、こちらはホントに小さくて演奏者の息づかいまで間近に感じられる。楽器の音も他のホールにはないほど極めて生々しく聞こえるようだ。

今回のコンサートはタイトルの通りに、有田夫妻(フラウト・トラヴェルソ&チェンバロ)に加えて、若手のヴァイオリン奏者戸田薫とさらにもっと若い多井智紀(チェロ)が演奏。多井智紀はホントに若くて、なぜか坊主刈りの頭に透けてみえる地膚までピカピカしている。有田正広が自分の息子と同じ歳だと話していたが、パンフを見ると1982年生まれとあるではにゃあか! まあ、それにしてはホントに堂々とした演奏だった。バロック・クラシックに限らず様々なジャンルで活躍しているとのこと。

曲目は最初と最後が四人全員でテレマン。他は三人、二人と組み合わせを変えてヘンデル、バッハを演奏した。そして特に印象的だったのは前半部の最後に多井智紀がチェロ独奏でやった現代曲だった。なぜ、印象的だったかというと、どうも私の脳ミソには現代音楽は音楽として認知されないようだということがハッキリ分かったからである。
しかしまあ、バロックを聴きに来た客に現代音楽を聞かせるというのはちとイヤミといえば言えなくもない。

ということで、おおむね心地よく時間が流れたコンサートであった。
新所沢は関東の冬特有の空っ風が吹きまくっていたよ。

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2007年12月15日 (土)

「ロイヤル・ファミリーのための音楽」:秘密諜報員ヘンデル

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第5回ヘンデル・フェスティヴァル・ジャパン「英国王室とヘンデル」企画1
会場:目白聖公会 (→こういうキレイなステンドグラスが両脇の窓に並んでいる)
2007年12月8日

年末といえば ヘ ン デ ル ! って、なぜだ?
ともかくもこの年末もまたHFJが始まったのである。

企画1は三澤寿喜先生のレクチャーコンサート。企画2でエンリコ・オノフリをどどーんと指揮に呼んで、ヘンデルが王室から正式委託されて作った大曲二つを演奏するもんで、今回は王室がらみでそれ以外の小曲を四人で演奏という趣向だった。
すなわち、個人的にヘンデルが親しかった王女たちのために作った練習曲の類い。そして、自発的に自腹で王室ヨイショのために作ったお祝い用オペラである。
三澤先生の解説によると、ストーリーは他愛ないがそのアリアの技巧はチョ~素晴らしいとのこと。(あ、先生は別に「チョー」なんて言ってないですよ^^;)

ソプラノ担当の広瀬奈緒は以前この公演でも聞いていた。果敢かつ華麗にアリアを歌こなしていたとは思いますが、それとは別にヘンデルって押しの強さが必要なような……。そう、「私が歌ってんだから文句あっか?」みたいに強面というか厚顔というかそういう部分は足りなかった感じ。今後に期待である。

いつものオーボエだけでなくリコーダーも吹いて活躍していたのは、おなじみ三宮氏。リコーダー演奏してるのを見たのは初めてかも知れない。

聴いてて不思議だったのは、ヘンデルというのはオペラの歌曲と器楽曲なんかのイメージが非常に乖離していること。どの作曲家だってそうだろう、という意見もあるだろうが、でもパーセルとか「こりゃ、別人か?」なんてことは思わないはずだ。
今回もチェンバロ独奏の組曲を聴いていると、クープランほどではないけど怜悧な印象。とてもあの怒濤のような、俗っぽさすれすれのアリアや合唱曲と同じ作者とは思えねえ~。

会場は目白バ・ロック音楽祭で使われてた教会。靴を脱いで入ると、木の床がなんかポカポカしている。~(^o^)~ 気持ちエエー。も、もしかして床暖房? こりゃ、この教会借りるのは寒い時期の方がいいんではないかい。
残響も少なからず多からず。特にチェンバロ独奏の音がクリアで心地よかった。でも、ご近所の子どもの声や、バイクの音が聞こえてくるのが難ですな。


さて、パンフの解説を読むとこんなくだりが出て来た。
「ヘンデルが楽長職に就任しながら、即座に休暇をとり、ロンドンに行くことができたのは、外交官、もっと言えば諜報員としての役割も期待されたためであったろう。」

ち、諜報員(!o!)ガーン
たちまち、私の脳内には妄想がモクモクと湧き上がり、脳ミソのヒダの隅々まで占拠したのであった--。

そう、秘密諜報員として王侯貴族に接近、女も男もカストラートも手玉に取り、ハノーファー宮廷に逐一情報を報告するヘンデルの姿が!
「あなたの名は?」「私の名はハンドル。ジョージ・フリデリク・ハンドルだ」
チャラッチャチャチャッチャーン♪(バロック・トランペットによるおなじみのテーマ曲の冒頭部分が流れる)

い、いかん(>ω<) どーしてこうなるかね。
パンフの解説に余計なこと書かんで欲しいぞ。すぐ妄想爆発しちゃう。


【関連リンク】
《演奏会定点観測》
詳しい曲目など分かります。

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2007年12月 9日 (日)

レッド・プリースト「パイレーツ・オヴ・バロック」:「ハンドル」とはおれのことかとヘンデル言い

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会場:津田ホール
2007年12月3日

昨年6月の公演に続き、今年も四人組が来日。現在10回のコンサートを行っている。
プログラムは三種類あって、「バロック・ファンタジア」「カーニヴァル・オヴ・ザ・シーズンズ」は昨年行ったので、今回は今流行の「海賊もの」(^-^;の「パイレーツ~」に行った。

内容はクープランの「海賊」や「ヴィヴァルディの「海の嵐」など、海がらみの標題音楽と並んで、ヘンデルの「恋のアリア」やアルビノーニの「アダージョ」が入っている--のはなぜ(^^?と思ったら、海賊→強奪というイメージに合わせて、他人の曲を盗用、あるいは名作曲家の名を騙る、長年所在不明だった曲などもプログラムに組み込んであるとのことだった。

全体的に大道芸人的イメージで押し通し、堅苦しいコンサートの枠を打破しようとするパワーは強力。パンフにそもそもイル・ジャルディーノ・アルモニコの演奏から思いついたと書いてあったのは納得--というより、あまりにストレート過ぎますなあ(^O^)

リコーダーのP・アダムスは超絶技巧を駆使してちっこいソプラニーノ・リコーダーまで吹きまくり、前回同様リコーダー二刀流ならぬ二口流も披露。
完全な海賊ファッションで身をかためたチェンバロのH・ビーチは眠りながら?弾いたり、遂には歌まで披露。ヴァイオリンのJ・ビショップが決闘の演技で弓を振り回せば、チェロのA・イーストは見かけはもちろんプレイもパワフルであった。

そのような「芸人」的ステージの一方で、「剽窃・強奪」群の作品は例えば「アルビノーニのアダージョ」とは実は1940年にジャゾットが作った曲なのに、過去の巨匠の名前を騙ったものだということで、彼らはそれをさらに1900年初頭のスタイルで演奏してみせた。
また、ヴィターリの「シャコンヌ」などもオリジナル風の演奏から始まって徐々に曲が進むにつれて、演奏スタイルを時代の変遷に従って変えていくということをしていた。
それは、恐らく実演によるある種の音楽史批評のように思えた。しかし、それはますますバロック音楽の演奏という地点からは逸脱していくことでもある。
でも、まあ色々と楽しめたステージであったよ。
ちなみに会場でのCD販売はバカ売れだった。

ところでアダムスのヘンデルの名を解説で言った時、「ハンドル」と聞こえた。正式な英語の発音だとそうなるのかな?


さて、パンフを見ると10回の公演のうち王子ホールで2回やる分は主催が王子製紙で「2007年感謝の集い」で非公開となっている。
感謝の集い……(?_?;
もしかして、王子製紙が日ごろお世話になっている、財界の黒幕とかIT長者とか政界の大立者とか諜報機関の陰のボスとかセレブのきれいなねーちゃんが来たりしちゃったりするのだろうか \(^o^)/
こういうのを見ちゃうと脳内妄想爆発なのよーんヾ(^^)ゝヾ(^^)ゝ

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2007年12月 6日 (木)

「デビルズ・バックボーン」:幽霊は誰か?

監督:ギレルモ・デル・トロ
出演:エドゥアルド・ノリエガ、フェルナンド・ティエルブ
スペイン2001年
*TV放映

『パンズ・ラビリンス』を見て、同じ監督の同系統の作品だと紹介されていたので、興味を持って見てみた。製作はペドロ・アルモドバルでメキシコ人のデル・トロに監督を依頼したとのこと。

見始めて、『パンズ~』の方はファンタジーだったが、こりゃ完全にホラーだと判明。あたしゃ、自慢じゃないけどコワイの苦手なのよ~(>_<)
おまけに、なんでだか深夜に見だしたんでもうコワくてコワくて思わず「おとーさん、おかーさん、怖いよーん(>y<;)」と叫びそうになったが、よくよく考えると父親も母親もとっくにあの世へ行ってるのに、ここで呼んだら余計にマズイじゃにゃあの(-o-;)
巷のネット評を見てみると、「ホラー映画としては全く怖くない」とか書いてあって、信じられねえ~。やっぱりホラーファンというのは、神経繊維が鉄条網で出来ているに違いない。

さて、物語の構造はある程度『パンズ~』に似ている。
冒頭、回想のようなシーンが幾つか挿入されたかと思うと、少年が荒野の中を走る車に乗っている場面が続く。彼が連れていかれたのは孤児院で、中庭の真ん中に巨大な爆弾の不発弾が突き刺さっている。
子どもたちの間にはガキ大将によるいじめがあるかと思えば幽霊のウワサがあり、一方大人たちの人間関係にも何やら色々と退廃的な秘密やらもめ事があるようだ。そして、内戦の影が人里離れた孤児院まで及ぶ……。

蓄音機、ビン詰めの胎児、巨大な水槽、長い廊下、そして爆弾が逆立ちしている中庭はまるでキリコの絵のようだ。それらが不気味な雰囲気をかもし出している。しかし、すべてが結末に向かって収束していくわけではないのが残念。(例えば、胎児はどういう意味があったのかよく分からなかった)

『パンズ~』がなかったら「ちょっと変わったホラー」で終わっていたかも。
しかしこうして見ると、結構正統な少年小説--じゃなかった、映画のようにも思えた。

主観点:6点(コワイの苦手なんで)
客観点:7点

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2007年12月 2日 (日)

Ferrara Ensemble "The Whyte Rose" (ARCANA)

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旧譜紹介。
フェラーラ・アンサンブルはクリフォード・ヤング(リュート弾き)が率いるルネサンス音楽グループ。バーゼルを本拠地にしているということぐらいしか分からない。

このCDは1999年の作品。サブタイトルに「シャルル突進公の時代のイングランド-ブルゴーニュの詩」とある。
ブルゴーニュ公シャルルは1468年に英王エドワード4世の妹マーガレットと結婚。これによる同盟は、当時の仏王にとっては脅威となったらしい。
タイトルとなっている「白薔薇」はマーガレットの愛称とのこと。

恐らく当時の宮廷でも演奏されたのだろう曲が収録されているが、作曲家が判明しているのは少なくほとんどはアノニマスだ。歌詞の言語も古英語、フランス語、ラテン語と様々である。

ルネサンス音楽のCDを聴くと「こんなに美しい曲がこの時代にあったのか!」と驚くことが結構ある。まさにこれもそうだ。冒頭のウォルター・フライの三重唱のモテットからシャンソン、舞曲、いずれも透徹した美しさに満ちている。

とりわけ注目ならぬ注耳曲はW・フライのアルトとテナーによるバラッド、7曲目のオケゲムの恋歌。後者はアルトのソロで伴奏の弦(viora d'arcoって何だっけ?)と声の響き具合が聴いてて快感である。
しかし、一番素晴らしいのは10曲目のビュノアのモテット"Anima Liquefacta Est/Stirps Jesse"だろう。無伴奏のアルト・テノール・バリトンの三重唱で、三者の声があたかも螺旋形を成して互いに絡み合っていくような美しいポリフォニーである。聴いていると目が回っていくような気分になる。詩の元ネタは雅歌だろうか。内容も哀切極まりない。

ここでアルトを担当しているのはLena Susanne Norinという女性だが、そもそも女声アルトにしろ男声カウンターテナーにしろ、良ければ極楽のように素晴らしく、ダメなのは地獄の底に落ちた気分になるようにダメなもので、「並」とか「ほどほど」というのは聴いたためしがない。なぜだか不思議なもんである。彼女の声はビロードのような滑らかさで高音から低音まで聞かせてくれる希少な極楽レベルだ。

このCD、残念ながら現在は廃盤とのこと。中古などでお探し下せえ。

ところで、この時代の背景などを知るためにネット探索したが、歴史上の一人の人物にテーマを特化したブログが幾つも存在しているのを初めて知った。世にブログの種は尽きまじですなあ。


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2007年12月 1日 (土)

結城座「森の中の海」:今イチ感をぬぐえず

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作・演出:渡辺えり
会場:ザ・スズナリ
2007年11月19日~11月25年

今回の公演は渡辺えり(子)の新作書き下ろし&演出。さらに唐組の稲荷卓央が客演であった。
サラリーマンが突然森の中で目を覚ます。そこがどこなのかも分からず、スーツのポケットにはなぜか魚肉ソーセージとワンカップ大関が……?
そこへ突然人形芝居の団員という男が現れる。しかし、サラリーマンにはそいつの操る人形が見えない。
そこから徐々に彼の過去へとさかのぼり、某有名童話もからんで話が展開する。

で、見てて気になったのは前回の鄭義信の「ドールズタウン」とかなりかぶる部分が多かったということだ。
前作では母親だったが、今回は父親についての回想。しかも海のそばの村が舞台で戦争の記憶が出てきて、変な動物--前回はオサカナ、今回はシマネコが出てきて、しかもこれがカワユイ(^^)のも同じ。ちょっと、なんだかなーという感じだった。
個々の場面は文句ないんだけど、物語全体を見ると今ひとつな印象。
結城座の面々(&人形)の演技には文句はありませんでしたけど、ハイ。
人魚や半魚人もよかったよ。

ところで、公演終了後に新聞に竹本素京の訃報記事が出た。なんでも公演初日の前日に亡くなったとのこと。一座は精神的にも物理的にも大変だったことだろうと察する。
昔は現代物にも竹本素京が出てきて、義太夫を聞かせてくれた。私は古典公演はほとんど見ていないので、一番記憶にあるのはジャリの『ユビュ王』をやった時に、一同のゴシック・パンク風の衣装に合わせて、彼女は白髪を緑色に染めて登場した。あれはキョーレツであった。
ご冥福をお祈りします(-人-)ナムナム


さてこのチケット、一般発売の後に公演の優先予約のお知らせが郵送されてきた(-o-;) もう、ぴあでチケット買っちゃってたのよ。先に買ったのに値段は高いし、整理番号は後だし……あんまりだーっω(T_T)ω

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