「新世界より」(上)(下):恐怖と郷愁
舞台は一千年後の日本、関東の一地方にあるコロニーである。上巻では中心となる人物たちが小学生から中学生になるぐらいの間の出来事が描かれる。
住人は全員、呪力なるもの(超能力)を持っている。コロニーの周囲には注連縄がめぐらされて結界が張られ、子どもは外に出られない。外には恐ろしい怪物や未知の生物がいるらしい。
基本的にコロニーは、現在の感覚でいうと少し古めかしい田舎の旧弊な共同体みたいな印象だ。読者の多くはやや郷愁を覚えるだろう(昭和三十年代風?)。
ただ、そこには奇妙な言い伝えやタブーが幾つもあって、学校の中庭にはなにか恐ろしいモノがありそうだし、子どもが急にいなくなってしまったりするのは都市伝説や「学校の階段」ぽい。学校で呪力の勉強をするのは「ハリポタ」なんかの魔法学校を思い起こさせる。外界の異様な生態系は「ナウシカ」のようでもある。
過去での超能力者の国家の盛衰が語られる部分は、まるで中国王朝史だ。
下巻に入ると、ヒロインをはじめ主要人物は大人になっていって、より世界は明確になりSF風になる。特に変わり果てた東京の光景は迫力に思わず口アングリ状態である。
千年後の世界の実相は、仲間うちでは友愛を唱えながら、少しでも異分子的な兆候を見せた者は容赦なく消してしまう。そして、人間以外の生物は滅亡させるも生き長らえさせるも思いのまま。これまた容赦ない。徹底した管理社会である。
そしてケガレを外部の世界に押し流し、自らの世界は清浄に保つ。真実をねじ曲げ歴史を作り上げる……。
形式としてはホラー、ファンタジー、SF(あるいはゲーム小説的な部分も)などの体裁を取っているが、顧みればこれらは遠い世界の話ではなく、全て過去にあった、そして現在も存在する事象ではないか。
そういう意味では単にエンタテインメントではなく極めて毒を持った風刺的作品だといえるだろう。
つまり、自らの国家や共同体を維持し守るために、都合良いように歴史を書き換え事実として強制する。同胞でも異を唱えるものは弾圧し、他の民族や人種を人間以下の家畜やあるいは単なるモノとして扱い差別する。虐殺も平然と行う。
その背後に、報復としての外部の反抗(テロ)と内部からの崩壊への恐怖が絶えず潜んでいる。
--まさしくこれらは実際に今も世界のいずこかで起こっていることだ。そう思うと、何やら冷汗が流れてくるのであった。
一応、前向きなエンディングだけど読後感は非常に悪い。人がやたらと死ぬのと、この世界の実相をあからさまに描いているせいだろうか。
特にドボルザークの「家路」はもう正気では聞けない気がする。
コロニーや外界の描写は詳細で実に力が入っている。これほどに描くのは相当な苦労があっただろうと思えるほど。スカな部分はどこもない。
ただ、個人的には今イチこの作者は文体に引きつけられるところがないんで、大絶賛というわけにはいかないのが残念である。
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