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2008年3月16日 (日)

「ラスト、コーション」:R-18の真の意味は

080316
監督:アン・リー
出演:トニー・レオン、タン・ウェイ
中国・米国2007年

最初は全く見る気がなかった。というのも、『ブロークバック・マウンテン』みたいに完全恋愛モードだとチト苦手(^^;)なんでパスしようと思っていたが、こちらのブログを読むとえらく面白そうではにゃあですか。
確かにアン・リーの監督作品を顧みれば、『楽園をください』なんて南北戦争を背景にして暴力と内ゲバの嵐を描いた作品もあったなあと思い出して、思い直して急きょ見に行くことにした。

平日の午後に仕事が早く終わったんで行くと、なぜか普段は映画館で見かけん定年退職寸前みたいな年齢のサラリーマン風の男性が目立つ。もしかして年齢制限R-18場面を期待してか??
さらに、タイトルの「ラスト」とはLastではなくてLustだと本編が始まってから気がつく。なるほど……eye

舞台は1939年(?)の香港と1942年の上海。
香港で学生だったヒロインは血気にはやった学生運動の延長みたいな感覚で、仲間と日本の傀儡政府下で重要な任務を果たしている男の殺害計画をねり、有閑マダム風に装って接近。しかし、寸前のところで男は急に香港から姿を消してしまったのであった。
で、数年後の上海でヒロインは本物の抗日組織から声をかけられて再び男に接近する任務を追う。

冒頭、男の妻(ジョアン・チェン、久しぶりに見たがフケましたなー)とその友人のマダムたちとの麻雀からして、ただならぬ緊張感。私は麻雀をやらないのでよく分からないが、卓上の牌、マダムたちの会話、さらに視線の絡み合い--いずれも本心を表わさず、全くそれぞれに裏腹な動きをしていて何かを語られざるものを語っている。
その緊張感は最後まで続く。何がどうなるのか最後までハラハラしっぱなしだ。

しかも、衣装、小道具、背後に流れる音楽、そして上海の街並(セット?)も素晴らしい。外国人が行き交い、東西の文化が混ざり、モダンにして活気があるが日本軍占領下にあって退廃の淵に沈んでいる都市の姿が描かれている。

でもって評判となったベッドシーンは、久々にボカシかかりまくりの映画を見た~という感じ。若いモンならともかく、よい子ならぬよい年寄りは絶対真似してはいけません(ぎっくり腰の危険性大)シーンの連続でエロさ爆発だいっ。
が、ここにも男とヒロインの裏腹な心情と思惑が複雑に交錯している。この点においては麻雀卓上もベッド上も全く同義のようである。

それにしても、香港でも上海でも正義を声高に語り、彼女に色仕掛けを押しつけていながら、いざその話題を実際に持ち出すとオロオロしたり怒り出したりする同志の男たちのみっともなさよ(x_x) どうにかしてくれい。

終盤の展開については、一番感じたのは宝石って絶大な効力があるんだなあ~ringということ。女心をとろかすってわけですか。その方面にはあまりキョーミのない私には一種オドロキである。……いや、私は現金でも商品券でも貰えるもんならいつでもなんでも歓迎ですよ、ハイ。 \(^o^)/

また、毒薬についての顛末は色々と解釈できるだろうが、彼女は最後の「一戦」を挑んだのだと解釈した。男が反日分子を尋問する担当だと知っていたのだから、当然取り調べに来ると思ってたはずである。
で、結果は……女の「不戦勝」だったわけだ。

ヒロイン役のタン・ウェイは新人だそうだが、眼力に並々ならぬものあり。圧倒されちゃう。学生時のスッピン顔、マダム時の濃い化粧顔ともにキレイ。今年の新人賞は早くもキマリであろうか。

さてもう一つこの映画において特筆すべきは、日本人の姿である。物語はすべて中国人同士で展開し、個人の日本人は関与しないのだが、占領者として垣間見えるその姿の描写は極めて突き放した客観的なものである。
そこにあるのは憎悪でも怒りでも軽蔑でもましてや恐怖でもない。透徹した近代的知性によって描かれるのは、ただただ決定的に「他者」として存在している日本人である。何ら感情的なものが一切介在しない絶対的な他者--それを見据える冷徹な視線があるだけだ。一体、いかなる日本人がこのような視線に耐えられるだろうか?

で、日本軍将校が日本風料亭で宴会やってる場面には笑ってしまった。だーって、半世紀以上も前に他国の地で、今と変わらぬ宴会のバカ騒ぎをやってんだもん。もしかして、アン・リーは来日した時に駅前によくある居酒屋チェーン店に行って観察したんじゃないかと思っちゃうぐらい。いと恥ずかし(>_<)
もしかしてR-18に指定したのは、エロい場面よりもこの醜悪な日本人の過去場面を今どきの若いモンに見せたくなかったからじゃないのかね。そう邪推したくなっちゃうよ。

しかし、この作品が完成度が高いことはみとめるが、だからと言って好きかというと……ウ~ン、テーマ的には難しいところである。ということで、以下のような点数となった。


主観点:7点
客観点:9点

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コメント

こんにちは。内容拝見させていただきました。
とっても遅ればせながらラストコーション観ました。

いつかの日経に載っていて、場面の美しさに記事を切り抜いていましたが、今観ましてようやく自分の中で完結できました。

映画に詳しくない自分ですのでご意見と分かれるかもしれませんが、お書きになった宝石について、それ自体に効果はないように思います。偶然にも指輪だっただけと書いたほうがいいのでしょうか。

私は宝石には興味があまりありませんが、贈り物として、気持ちを籠める物としては、美しさやその価値から最適だったのかなと思います。

ただ、同じ女性としては、くれた相手が誰なのかは外せませんでした。

そして私なら何を贈るのかなと、考えます。それもまた一興。それでは。

投稿: mosa | 2011年3月 5日 (土) 16時12分

見てからかなりたってしまったんで、詳しいことは言えませんが、私は好きな相手がくれるならビール券でも商品券でもウレシイってな意味で書きました。

ただ、西欧文化における指輪というのは特別な意味があるんではないかと……。確か、指輪を作ったのは英国人(?)の店でしたよね。で、舞台や時代背景にも関わらず徹底した西欧的視点から描かれているので、そこらへんがまた色々あるのかな、という想像になったわけです。

投稿: さわやか革命 | 2011年3月 5日 (土) 21時22分

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受信: 2008年3月16日 (日) 21時12分

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受信: 2008年3月23日 (日) 00時39分

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