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2008年4月30日 (水)

「老バッハとサン・スーシ宮殿の音楽」:萌える「老有田」先生

080430
演奏:有田正広&有田千代子
会場:松明堂音楽ホール
2008年4月26日

会場へ入ると何やら薄暗い。開演直前になると、暖房は切られ(4月なのに雨で寒い日だった)照明は小さな電気スタンドと楽屋入口?の電灯と併用の○ー○クぐらいとなった。もうプログラムの字も見えない。下手すると舞台上に誰が立っているのか分からないぐらい(←大袈裟に書いてみました(^^;)。
なんでも当時の貴重なフルートを使用するので保護のために照明を使わないのだという(温度が調整できないらしい)。

その瞬間、私の頭の中にはまた脳内妄想がムクムクと……。
長いこと保管箱のフカフカの布団の上に鎮座していたトラヴェルソ様--は長いのでこれからは「トラ様」とお呼びすることにしよう--がいきなりまぶしいスポットライトの下に引き出されて「キャーッ!私の繊細なお肌が(>O<)」見る見るうちにピキーッと表面にスジスジが入っていくのであった。
なんてことはないですけどね、ハイ∈^_^∋

プログラムはフリードリヒ大王と、彼の作りたてホカホカ(当時)のサン・スーシ宮殿を訪ねたバッハを中心にしたものである。使用のトラ様は大王の師匠クヴァンツ作成のものだという。
解説に「当演奏会では(クヴァンツの)ポートレイト画で描かれている楽器を使用」と書いてあるのだが、これは同じ型というのではなくて、まさにその時クヴァンツが使っていた楽器、ということだろうか?

前半一曲めはバッハの弟子キルンベルガー、次は息子エマーヌエル・バッハのフルート・ソナタ。ここで早くも有田氏のトークは熱が入り始め、サン・スーシ宮殿を訪ねた時の話をしてくれた。実はこじんまりした宮殿で音楽の広間も松明堂と同じくらいの面積だとのこと。(最初「五十畳」と聞こえたけど「十畳ぐらいの広さ」でいいんですよね?)
次の老バッハの『良く調整されたクラヴィア曲集』(千代子夫人独奏)についても、一般に「平均率」と訳されているが、原タイトルには「平均」という言葉は使われていない、などと音階についてまでちょこっと解説してくれた。

その後は大王の宮廷で優秀な奏者として知られたベンダ、そしてクヴァンツのフルート・ソナタも演奏。
なんでも、当時の宮廷ではクヴァンツとフリードリヒ大王が一番エラくて音楽については誰も逆らえなかったとか、でも宮廷楽団にはロクな奏者が少ないとこき下ろされてたとか、エマーヌエル・バッハはクヴァンツの十分の一の俸給しかもらってなかったとか、色々と「宮廷噂の真相」話が炸裂。
さらに、有田先生はクヴァンツもフリードリヒ大王も作曲したものに大した作品がなくて探すのが大変だったというとどめのお言葉--キビシイですなあ(^=^;

最後の二曲は大バッハ作品。大王がテーマを与えて即興演奏したという逸話が有名なリチェルカーレをチェンバロ独奏した(実際はフォルテ・ピアノだったらしいが)。
薄暗い中で光を放つ○ー○ク、望月通陽の絵が一面に描かれたチェンバロの、澄んで透徹した音。それが残響の少ないホールにダイレクトに響き、この曲のミステリアスな雰囲気を伝える。そして、鍵盤自体が発するゴソッゴソッという音--それさえも全てが美しく、魂がフラーッと吸い寄せられる心持ちであった。
まさに気分はフリードリヒ大王! ウット~リとなってしまったよ。

ラストはトラ様は降板、別の楽器を使用して大バッハが新しい様式で書いたというフルート・ソナタだった。
アンコールは、タンギングが下手だった大王が自戒をこめて?作曲したタンギングが頻出する曲、そして大バッハの署名があるが実はエマーヌエルの作品らしいソナタで締めとなった。

有田氏は色々と大王をくさしていたが、実は同じフルート狂として結構「フリードリヒ萌え~」のもよう。
フリードリヒ話は止まる所を知らず、クヴァンツが亡くなった時、大王は手を取ったまま号泣しそのまま一日離れなかったそうな。また、歯が悪くなって大好きだったフルートが吹けなくなってしまった時の逸話に至ってはチト泣けましたです。

今まで、大王といやあ「バッハに『音楽の捧げもの』を献呈されておきながら、開きもしないで棚に突っ込んでおいたヤツ(怒)」という認識しかなかったのであるが、かなり興味深い人物だと考えを改めた。そういう意味ではルイ14世と張り合うぐらいかも知れない。大王さま、すいませんねっm(_ _)m
家へ帰ってネットで調べてみるとなんか複雑で波乱万丈な人なのだ~--ということで、図書館で伝記を借りることにした。
ということで、様々な意味で充実した大満足なコンサートであった。

ところで、有田氏は気づけば自分は当時の老バッハと同じくらいの年齢で「老有田」と呼ばれてもいいくらい、と冗談を言っていたが、その話で突然気づいたのは、私もあと十年も経てば父親が死んだ年齢になってしまうということだった(\_\;
あと十年で、横に積んだままになっている本を読み終え、たまりまくっているCDを全て聴くことができるだろうかと考え(←考えることはそれかい!)、なんだか焦ってしまった。こりゃー、もうマジメに働いてなんかいられねーぜっ


帰りがけに、松明堂の向かい側に新しく出来たらしいパン屋でパンを買ってみた。おいしかった \(^o^)/ 次に来た時も買おうっと。

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