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2008年5月 6日 (火)

「毛皮のマリー」:徹頭徹尾、醜悪

080506
寺山修司没後25年特別公演
演出:川村毅
会場:シアタートラム
2008年5月1日~4日

ウギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ(>O<)

一体なぜ私はこのように叫んでいるのであろうか?
それはこの記事の中でおいおい明らかになるであろう--。

寺山修司の芝居ってどうも見た記憶がない。過去に一度ぐらい見ているんじゃないと思うのだが、どうにも思い出せん。だからこれが初めてなのかも。
とはいえこの『毛皮のマリー』、さすがにあらすじぐらいは知っている。しかもチラシの裏側にもこう書いてあるし(^O^)

花咲ける四十歳の男娼、オカマのマリーさんは、ああなつかしきストロハイム氏よろしき下男を従え、息子と称する美少年を囲い、擬古典的に装われた贅沢な一室に住まわっている。
美少年を外の世界に誘いだそうとする美少女……

ヒロイン(?)マリー役は美輪明宏が十八番にしていて、初演の1967年から数回に渡り演じているとのこと。美輪明宏ならきっと妖艶だったろうが、川村毅の方は以前『卒塔婆小町』の老女を演じてたのを観ていたので、今回も醜悪なる中年男娼に嬉々として扮するのだろうと想像していたが、まさにその通りであったkissmark

メタボが心配になりそうなたるんだ肉体に白いドレス、顔はど派手なメイク(宇野亜喜良が担当)で厚く塗りたくり、下男にわき毛スネ毛を剃らせる姿は--奇々怪々、じゃなかった毒々俗悪--とにかく面妖なのであった。
一方、部屋の舞台装置はほとんどなくコンクリむき出しみたいで極めて殺風景だ。バスタブと寝台と古めかしい蓄音機があるくらい。

さらにマリーが一旦退場すると、バラの花くわえた全裸男がいきなりゴロンと舞台中央前面に転がり出たのにはビックリ。最前列にいた観客(私が見た回では全員女性だった)の視線が一点に集中してしまったのは致し方あるまい。

さて、マリーから「息子」と呼ばれている「美少年」に扮しているのは手塚とおる。内股にしずしずと歩き、動作や喋り方はいかにも内向的で幻想の世界に生きる少年そのもの。おまけに身体の細さは川村毅の二分の一ぐらいか(←大袈裟には言っていませんよ、多分)。
で、家に帰ってネットで色々と検索していたら、手塚とおるはなんと1962年生まれと書いてあったimpact
な、なんだって~~っ(!o!)
単純計算で46歳……川村毅とほとんど変わらないじゃん。これも別の意味で「面妖」なり~。
し、信じらんねえ(@∀@) ドスン(PCのマウスを握ったまま床にパッタリ倒れる音)

だーって、半ズボン似合い過ぎ!
白タイツはいた脚は細くてキレイだし……。
サッシュまいた腰も細過ぎよーdanger

ま。参りました_(_^_)_ ペッタリ

で、それに対し彼を誘惑する「美少女」の菅野菜保之は、どー見てもガタイのよろしいオヤヂ--じゃなかったケバいオバハン。特に横じまの靴下がキョーレツです。
元々男が演じる役だそうだが、いくらなんでもこりゃあんまりだー。むくつけき「美少女」が少年の柳腰に腕を回して押し倒す所なんぞ、いかがわしさ&オソロシさの極致。正視に耐えぬとはこのことよ。
ん?誰だ?!クスクス笑っているのは。むむむ、分かったぞ、貴様らフ女子だなー。

難は中心の二人が出てない場面になると、いささか舞台への求心力を失ってしまうこと。それと、「美女の亡霊」役のおねーさまがたにはラインダンスの場面はちゃんとヒールの高い靴を履いて欲しかったわねー。(そういう問題か)
あと、マリーが拾った水夫は本来筋肉ムキムキ男という設定だと思うのだが、なぜか歌舞伎町のホストみたいな優男なのも疑問であった。これは単に川村毅の趣味か、それともわざとか?

しかも、不可解なことにバッハの受難曲が流れる中、悲劇が完遂して終幕になろうとする時、なぜかマリーと美少年は突然に地の声で嬉しそうに「フフッ」と笑うと、活人画よろしく二人でピエタのポーズを取って見せて(「天地創造」もやったというのだが私は見逃した)、続いて出演者全員で「最後の晩餐」をやって(手塚とおるがイエスの役)本当の幕となったのであった。

はて?これはいずこの悲劇も同じような繰り返しとでも言うのだろうか(?_?) それとも全ては悪ふざけに過ぎなかったのか。

いずれにしろ美しさのかけらもないその徹底した美意識--じゃなくて「醜意識」は大したモン。あまりの毒気にやられて気がつくと知らず叫んでいたのであった。
これからは川村毅は他人の作品の演出を中心にやった方がいいんじゃないの?(ご当人はイヤだろうけど)

ところでどーでもいいことだけど、亡霊のおねーさまがたのの中で一番キレイだったのは、カーテンコールで笠木誠の隣にいた人だと思いました。でも、スネ毛は剃っといて欲しかったわねboutique(余計なお世話かしらん)


さてこの芝居、青森県立美術館での寺山修司展の関連企画として10・11日にも演じられるもよう(世田谷の楽日は彼の命日だった)。県立美術館でも全裸男がゴロンと転がるのであろうか。


【関連リンク】
《UN-Blog (仮)》
手塚とおるのファンとおぼしき方の感想。「たとえ本物の18歳に美少年でも、あれほど完璧な美少年にはならなかったでしょう」というのに、激しく同感。

《ミュージアム・アクセス・とーくる のページ》より「青森県立美術館で寺山修司 」
寺山修司展の感想です。「情報の確認をするために美術館にきてるんじゃないのに」というのは、この手の回顧展の本質的なあり方の問題を突いていると思いました。

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”ティーファクトリー”公演。作=寺山修司。演出=川村毅。衣装・美粧=宇野亜喜良。照明=大野道乃。音響=尾崎弘征。≪キャスト≫毛皮のマリー:川村毅、欣也(美少年):手塚とおる、紋白(美少女):菅野菜保之、下男/醜女のマリー:笠木誠、刺青の水夫:中村崇、鶏姦詩人1:井澤勉、鶏姦詩人2/快楽の滓:村島智之。☆☆☆☆... [続きを読む]

受信: 2008年5月 9日 (金) 23時36分

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