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2008年8月

2008年8月31日 (日)

「音楽劇 ガラスの仮面」:オバハン達の少女マンガ魂は不滅ですっ

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彩の国ファミリーシアター
演出:蜷川幸雄
会場:彩の国さいたま芸術劇場
2008年8月8日~24日
→この看板を見ると一番エラいのはやっぱり月影先生かしらnotes

マンガの『ガラスの仮面』たら、わたくし昔っからの大ファンですの。今を去ることウン十年前、まだわたくしがピカピカの学生時代(そんな時期もあったんですのよflair 今となっては遠い過去ですけど(泣))には必ず本屋で毎号「花とゆめ」を立ち読みしてたものですわ。で、必ず毎回いい所で終わっちゃうのよねー。そして、また次号の発売を心待ちにするという次第。

このお芝居はそんな一番「『ガラかめ』が燃えていた時代」の最初の5巻あたりまでを音楽劇に仕立てたものだそうです。
ファンなのに「だそうです」って伝聞型なのはどういうことよ?と外野からツッコミが来そうですけど、確かめるためにコミックスを開いたらまた最初から最新の42巻まで読んでしまうじゃありませんの!(火暴)

過去に何度も映像化、芝居化されているんですけど、今回は蜷川幸雄が演出ですわ。えー、またニナガワ~(~o~)とか思っちゃうのはわたくしだけかしらん。だって、こちらの初日から三日目ぐらいまでと、関西での『道元の冒険』公演の終盤が確か重なってたはず。映画の『蛇とピアス』もやってるし、もしかして影武者が何人もいるのかしら(で、全く同じように灰皿を投げる)なんて疑っちゃいません?

さて、始まってみますと内容は「メタ演劇」とでも言うのかしら。それとも劇場自体を舞台にしたお芝居でしょうか?
開演前に客席の方から普段着の役者たちがどんどん舞台に上がってきて、バーを並べてレッスンを始めるところから開演になるんですの。それから観客が『ガラかめ』内で行われているお芝居の観客でもあるように設定されてたり、客席に演劇評論家(役の役者)が座ってたり、劇団員(役の役者)たちが通路で拍手したり歌ったり……と、客席もまた舞台、観客たちもまた役者の一人、みたいな感じでしたわ。
もっとも、わたくしは二階席だったもんでそういう臨場感は皆無でしたけどfoot

アニメはともかく、生身の役者を使って『ガラかめ』をやる時の最大の困難は姫川亜弓のキャスティングですわね。周囲の人が全員振り返るような超・美少女なんて現実にいるもんじゃありませんわよ。
今回オーディションで決めたという奥村佳恵は小さい頃からバレエをやってたとのことで、スラリと上背があって立ち居振る舞いもリアル18歳とは思えぬほど落ち着きがあってキマってましたわ。ただ、歌と芝居はちょっと……でしたけど。中で踊った「サロメ」がよかったんで、そちら方面での今後の活躍を期待、ですわね。
マヤ役の大和田美帆はもうこれまでのキャリアのある人なんで、無難に役をこなしてたと思います。

一方、若手男優陣にはかな~り不満。大体にして速水社長といったら社内の女性社員全員が「まあ、若社長heart04」と目がハート印になるくらいのオーラ出まくりなのに、残念ながらその点今イチから今サンぐらいでしたわ。わたくしの独断ですけど、この役は若い頃の田村正和以外には適役はいませんわねー。
同様に桜小路くんも……まあ、役柄自体が控えめな役なんで不利と言ったら不利ですかしら。
あと、麗の役はちゃんと女優さんにやって頂きたかったわ。男装の麗人に憧れる女子の心理shineをまるで理解していないキャスティングでしてよ。

しかし、なんと言っても一番輝いていたのは月影先生役の夏木マリでしたわ。意外だったといってはなんですけど。杖をついている役なんでダンスはありませんでしたが、お芝居も歌もさすが堂々の貫禄ありまくり。二階席から「月影せんせーっfujiあんたが主役」とかけ声をかけたくなりました。
これからはマリ御姉様と呼ばせて頂いてよろしいかしら(*^-^*) ポッ

演出は--雨が降ってましたわね。そう、ホンモノの雨rainがやたらとステージに降るんですの。わたくしビックリ(!o!) 
だから、クライマックスの『たけくらべ』が肝心のマヤと亜弓の演技合戦じゃない場面をやってたのは雨を見せたかっただけなのかしらん、と疑っちゃいました。ほら、人間オバハンになると疑り深くなるもんですから。
一緒に見てました友人が「ニナガワ、手を抜いたなー」と言ってましたけど、まさしくそんな感じでしたわね。

それにしても「ファミリーシアター」と銘打っているわりには、私たちぐらいのオバハンが客席の大多数を占めてました。……いいえっ、みんな年はくっても心はいつまでも「少女マンガ乙女cute」ですのよっ。文句ありまして(~ ^~)


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2008年8月28日 (木)

「ダークナイト」(再見)

*完全ネタバレモードです。映画を未見の方は読まないことをオススメします。
なお、第1回めの(ネタバレでない)真っ当な感想は「映画館の入口に掲示してあった「これより先は一切の希望を捨てよ」」をご覧ください。


★ネタバレ警報発令中☆


米国本国とは違って、早々に興収ベストテンを下降中。このままでは上映打ち切りか、さもなくば遅い夜の回だけの上映になってしまうと思い、素早く2度目の鑑賞に行ってきた。
しかし、こういう場合の常として事前に確認しようと考えていた部分よりも、どうでもよい小ネタの方に目が行ってしまうのはしょうがないことなのでありましょうか(^^ゞ

以下、簡単に感想を羅列。

*2度目の方が最初から最後まで面白く見られた。
*香港のビルから飛び降りる場面は、やはり『攻殻機動隊』が元ネタであろう。
*最初見た時にも感じたが、ジョーカーのナース姿は……似合い過ぎ~ \(^o^)/ どうしても笑っちゃうのよ。
*バットマンのマスクは実は薄くて柔らかい(!o!)--というのは、主人公にアルフレッドが脱いで置いてあったマスクを渡す場面で初めて分かった。
となると、マスクを着けている時に背後から忍び寄って耳の部分をつまめば、プニッと潰れてしまうはず。や、やってみたいぞshine

*デントのことを最初に「ホワイトナイト」と言っているのはゴードン警部補で他の人やメディアは言ってない?ようだ。で、バットマンのことをラストで「ダークナイト」と語るのも彼だから、そのような見方(物語)は彼の主観内のことになる。
*「死んで英雄となるか、生き長らえて悪に染まるか」というセリフはレストランの場面で既にデント自身が喋っていた。そうなるとこれはかなりの皮肉だ。

*第1回目では分からなかったのが、デントの持つコインのこと。他のブログの感想を読んでそうだったのかとようやく気づき(マヌケであります(^^ゞ)、今回再確認できた。
彼が持っていたコインは普通のものではなく、両面とも表というものである。だから裏表の賭けのポーズはみせかけだけで、本当は最初から自信をもって自分の決定をやりぬくつもりなのだ。恐らくは、コインは他者を自分のやり方に納得させる手段なのだろう。いかにも自信たっぷりの政治家タイプである。
で、護送される直前にそのコインをレイチェルに渡す。その時に初めて両面表なのが判明。→彼女がずっと持っていたが爆破に遭遇。→バットマンが現場で拾い、デントの病室にこっそり見舞いに行った時に置いてくる。その時、コインの片面は真っ黒に焼け焦げている。→目を覚ましたデントがコインを発見。
だから、トゥーフェイスは単なるコインの裏表ではなくて、「表」と「元は輝いていたが今は真っ黒になってしまった表」で決定していることになる。これもまた皮肉です。

*ラストで彼が投げたコインの結果は、バットマンについては裏(直ぐに銃で撃つ)→自分については表(額に押し当てた銃は撃たず)→ゴードンの息子は表?でエエんでしょうか。

*感想の大多数を占める「ジョーカーの方が主人公」という見方には私は組せませんねー。いや、それよりもジョーカーだけでなく皆さんどのキャラクターも応分によく役目を果たしていると思う。MTV映画賞だったら「アンサンブル演技賞」がぴったりというところだろう。

*これもまた初めて気づいたが、爆破事件後に主人公がレイチェルのことをアルフレッドに語った時に、最初に「彼女が自分を選んでいたという事実をデントにはとても告げられない」と言っている。
つまり、ここでは主人公が事実(と思い込んでいること)をデントに隠し、さらにアルフレッドが手紙を燃やして事実を彼に隠すという二重構造になっているのであった。
では、結末はこのような「他者の弱さへの思いやり」の延長なのだろうか。別の面から見たらこれは「情報操作」と言えなくもない。しばしばこの映画は表層の描写とメッセージが相反している場合があるので、色々と考えてみても作り手の意図はよく分からないのだ。
ゴードンは「バットマンは強い」とラストで語るが、私にはそうは思えない。バットマンは甲殻類のように堅い外殻(スーツ)で守っているが、その下の中身は柔らかく弱くて脆い。

(追記:下のコメントでのやりとりにあるように、バットマンとブルースが別人格に近く分裂しているのなら、ブルース個人が「思いやり」でやったことも、バットマンがやれば市民に対する「情報操作」になってしまうのではないか。それもまた、コワイことである……)

私が思うのは、自分は例えどんな真実を知ったとしても動じないほどの強さが欲しい、ということであるよ。
《MESCALINE DRIVE》というブログからTBを頂いて色々と考えてみたことを書いてみました)

【関連リンク】
《映画批評 k.onoderaの日記》
遂にキターッ!感のある監督、H・レジャー共にバッサリ斬り捨てた感想です。
「彼はおそらく、演技中は本当に狂っていたのだろう」というのは、別の言い方をすれば「役者としては失格」ということかと……。だって、殺人者を演じるために人を殺してたらそれは役者とは言えないだろう、ってことですね。
ちなみに、精神科医の春日武彦は『シャイニング』でのJ・ニコルソンの演技を否定しています。ほとんどの人間は「狂気」など見たことないから、それがホンモノなんだかは分かりません。
一方、バットマンが911以降の強硬な米国政府と重なるのは同感です。あのような大規模な盗聴はまさに現在進行形で行われているようです(確か議会をちゃんと通して承認されたはず)。

《見物人の論理》
「正義」と「悪」をキイワードにした見事な分析です。感服いたしました<(_ _)>
ネタバレモードなので、最初の記事でなくこちらの「再見」の方からリンクさせていただきます。

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2008年8月26日 (火)

突然の訃報に驚愕

ネットのニュースを眺めていたら、なんと女優の深浦加奈子の訃報が出ていた!(なぜかニフティのニュースにはないのでこちら) 思わず「え~(~o~;)」と声をあげてしまった。

小劇場の芝居をよく見に行ってた頃、一番気に入ってた劇団は第三エロチカだった。彼女はそこの看板女優だったのである。妖しさがメ~ラメラと立ちのぼるような美人で、私は見る度にウットリlovelyと憧れていた。
しかし、そんな役柄には飽きていたのだろうか、退団してからは正反対のタイプをもっぱら演じてたようである。友人から「TVドラマのがさつなオバサン役なんかでよく出てるよ」と言われてビックリしたもんである。
私はほとんどドラマは見ないので、その後はNHKの朝ドラぐらいで見かけただけであった。

とりあえず、ご冥福をお祈りしたい……としか言えんのよ(;_;)

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←これは1988年の『帝国エイズの逆襲』のパンフより。下にいしかわじゅんが紹介文が書いている。横のイラストは彼女の目だそうな。

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「トレース・エレメンツ」:夏バテで大ポカをする

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日豪の写真メディアにおける精神と記憶
会場:東京オペラシティアートギャラリー
2008年7月19日-10月13日

「写真メディア」とあるが、映像作品もあり。
受付で最初にガイド&マップというリーフレットをくれたのだが、文字が薄い茶色の上にすごくちっこいので、近視+乱視+老眼の私にはその場で読むのは難しい。なのでとりあえず適当に見て回ることにする。
しかし、それが間違いであった……(>y<;)ウウ

まず面白かったのが、志賀理江子という人の写真作品。写っている対象自体は子どもとか老人とか女の人とか普通の人物なんだけど、後から手を加えて?光とか影みたいのを加えているためになんだかコワイ心霊写真のようになっている。
色彩も鮮やかなんだが、それが逆に作用して見ていて戦慄しちゃう。

古屋誠一の自殺した奥さんクリスティーネを撮った作品は、なんと順番を逆に見てしまうという失敗をしてしまった。だーって、入口に近い側が終わりのほうになってんだもん。矢印でも付けてくれい。
解説の冊子が置いてあってそれを開きながら鑑賞していくようになってるんだけど、これがまた見づらくて途中であきらめた(根性なし)。

こりゃ、面白い(^o^)b と何度も見てしまったのがアレックス・デイヴィスの部屋を丸ごと使ったインスタレーション。部屋の壁の一つに小さいモニターが4つ並んでいる。そこにはその部屋自体が写っていて、私自身がモニターを覗いている背中が見える。
と!そこにガイジンの若い男がドタドタと入ってきて部屋を斜めに横切ってくるではないか。私は思わず横を見るがそこには誰もいない……。えー、なんで(?_?;
予め作った部屋の映像とリアルタイムの映像を合成しているらしい。最初に見た時はもう飛び上がらんばかりにビックリした。何度も場所を変えて見ているうちに警備員みたいなオヂサン(の映像)にぶん殴られちまいました(^-^;

他には、既成のヴィデオ・クリップから音楽を抜いたのが面白かった。その他の映像作品はよく意図をくみ取れないのもあった。

二階に上って、麻田浩展を見る。恥ずかしながら名前も知らなかったが、パリで活躍した後に病のために日本に戻り、後に制作途中で自殺したとのこと。
大きな油絵が多く、晩年に近い作品は宗教的なモチーフが使われている。全体的な印象はM・エルンストをさっぱりさせたような感じ。(手法などは別にして)
見ている間、他に客がいなくて独占状態であったよ。

続く若手作品紹介コーナーは近藤啓介という人。麻田浩とはうって変わって軽~い感じでホッと一息。ただ、軽過ぎて逆に正体不明で理解しがたい面があったのも事実である。

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さて、ギャラリーを出て喫茶店で一休みしながら、最初に貰った解説のリーフレットを眺めてみた。そこで私は驚愕の大ポカに気づいたのであった!!
なんと古橋悌二とジェーン・バートンの作品を見忘れたのだ(☆o◎;)ガーン!!
特に古橋悌二のインスタレーションは以前から見たかったヤツだったのにぃ~。一生の不覚なり(ToT)……号泣よ。

でも、そのためにもう一度千円払うのはなあdollar 閉館1時間前は半額になるから、コンサートがある時にオペラシティ行ったついでに見るしかないか、トホホ(´Д`)

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2008年8月23日 (土)

「フランスバロックの華」:公演中のメールチェックはやめましょう

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演奏:田中せい子、ダニエレ・ブラジェッティ他
会場:近江楽堂
2008年8月20日

リコーダー二本のユニットにガンバとチェンバロが加わった(多分)四人によるアンサンブル。昨年も同じ会場で公演をやったと記憶しているが、都合で行けなかったので今回は雪辱戦である。

行く途中にオペラシティの入口で「エルヴェ・ニケ記者会見」と書いた札を掲げて立っている人を見かけた。「ありゃ?ニケの公演は10月のはずなのにどうしてこんなクソ暑い中に来日してんのよsign02」と思わず矢印の方向に行きそうになったが(野次馬です(^^;)開演時間が迫っているのであわてて方向修正した。

プログラムはマレ、オトテール、ラモーなどおフランス・バロック定番どころであった。昼間の回だったんで観客は中高年のオバハンが多数。
最初のオトテールのソナタでのリコーダー二本の豊かな絡み合いの音にウットリheart02してしまった。オトテールよいですねえ~。ただ、始まってすぐ地震があって少しビックリ。立っていた演奏者が気づかなかった程度の揺れだったけど冷汗sweat01モードとなった。
ラモーの鍵盤ソロ曲は、ちょうど午後のお昼寝タイムの時間帯に重なってたんでちょっと眠気虫が出現であった(^=^;

前半最後のニコラ・シェドゥヴィーユという作曲家は全然知らないが、演奏されたのはよく聞いたことのあるお馴染みのフレーズにタイトルが『忠実な羊飼い』……って、ヴィヴァルディでは(?_?)
解説によると、長年事実が不明だったが近年にこの作曲家の真作であることが判明したそうな。当時は他人の作品も平気で自分の名を冠して出版してたらしいから、その最たる例ということになるんでしょうな。

後半は長ーいマレの曲集をイッキ演奏。ガンバの水谷孝美、鍵盤の松岡友子も初めて聞いた人だったが、四人のアンサンブルが一体となって生き生きした演奏を聴かせてもらった。

さて、若干問題だったのは最前列で演奏中に堂々とデジカメで写真撮っていた若い男がいたことである。休憩時間にスタッフに注意されてたが「はあ、そうですか」なんてばっくれてたぞ。いい根性であ~る(*`ε´*)ノ☆
そいつは後半の鑑賞態度でもかなり問題あり。演奏終了しても拍手もロクにせずにケータイのメールチェックしたり、アンケート書いてたりしてた。そいつが、見るからにジコチューのクラヲタとか逆にドシロートだったらまだしも、楽器のケースを持っていて演奏する側の人間らしいのにはあきれたannoy これでは明日の日本の音楽界はどーなるのであろうか(投げやりな口調)。

えっ?そいつをずーっと観察してたのかって? いや、たまたまステージの方を見るとどうしても目に入ってしまうのであったよ、ムカムカ(~_~メ)

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2008年8月22日 (金)

「サン・ジャックへの道」:映画館に巡礼してもご利益はないかね

監督:コリーヌ・セロー
出演:ミュリエル・ロバン
フランス2005年
*TV放送で鑑賞

友人が非常に誉めていたのでどんなもんかと見てみた。
中年の仲が悪い3人の兄・姉・弟が母親の遺言で、遺産を受け取るためにフランスからスペインの有名な巡礼地サンティアゴ・デ・コンポステラshineまで一緒に歩いていかねばならぬ羽目になる。
で、数ヶ月に及ぶ巡礼ツァーに嫌々ながら参加するという次第。

3人はそれぞれストレスを抱えており、また他の巡礼者やガイドも色々な事情がある。しかし、長い間顔を突き合わせているうちに衝突しながらもやがて……。

これはよくあるタイプの話である。傲慢だったり人間味に欠ける主人公が自然の中に放りこまれ肉体を動かす作業を強制されるうちに、まっとうな人間として再生する--というような物語。
例えば『カーズ』なんかも全く同じタイプの話だ。でも『カーズ』が至る所で面白かったのに対し、こちらはあまりノレなかったのが正直なところである。
巡礼路の途中の景色はキレイで、これは映画館の大きなスクリーンで見たらよかったと思うが。一方、登場人物たちが見るシュールな夢は全く面白いとは思わなかった。
あと、その後社長の長男はアル中の妻との関係を見直し共に巡礼を始める。長女も生活を新たに変えるが、グウタラでタカリやの弟(今まで一度も働いたことがない)は浪費するに足る遺産ができてメデタシメデタシというのは納得できねえ~。あの調子じゃ一年で遺産全部飲んじゃうbottleと思うが。

というわけで、自分には全く合わないものを見てしまった。いくら他人が絶賛してもダメなものはダメだねえ。(当然か(^^;)


巡礼過酷度:7点
結末納得度:3点

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2008年8月20日 (水)

「わが青春のロック黄金狂時代」:MLを買ったことはないけれど

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ビートルズからボン・ジョヴィまで
著者:東郷かおる子
角川SSC新書2007年

面白くて電車で読みながらニヤニヤ( ̄ー ̄)してしまった。変なヤツだと思われたことだろう。
今はなきロック雑誌「ミュージック・ライフ」の編集長だった東郷かおる子の回想記。下積み時代から1990年代に入って編集長を辞めるまでに、実際に会ったミュージシャンの裏話や取材の苦労話などが時代に沿って綴られている。同時にそれはロックというジャンルの歴史をそのまま辿っていることでもある。

私ぐらいの歳のロック・ファンには懐かしい名前が次から次へと出てくる。もっとも私は「ミュージック・ライフ」は一度も買ったことがない(友人にたまに見せてもらったことはあるが……)。別にグラビア中心のミーハー雑誌だからというような理由ではなくて、私が好きになるようなミュージシャンはみな揃って、なぜかあの雑誌に取り上げられるような外見ではなかったからである。

大体にしてですよ、この本にしたって「英国三大ギタリスト」のうち、ペイジとクラプトンが取り上げられているのに、我が最愛のギターヒーロー、ジェフ・ベックが入ってないのはどうしてかね、ムカーッpunch
学生の頃、友人に「ベックってゴリラみたいな顔だよね」と言われたことは未だに覚えていて恨みに思ってる(`´メ) 許さん!絶対にオレは死ぬまで許さんぞ~!!

--というような私怨はともかく、有名ミュージシャンの意外な一面やら笑い話・オソロシイ話も出てきて面白い。一番笑ったのは連絡の手違いで取材現場に行ったら予定のバンドとは違う、誰だか分からないメンバーがいたトラブル。「あんた、誰?」とも聞けず……sweat02笑えました。

ただ、デュランデュランやジャパンのようなヴィジュアル先行で人気が出たバンドを発掘したのは「ミュージック・ライフ」であるかのような記述はホントかなーという印象を受けた。
チープ・トリックはまだしも、その二つのバンドぐらいになるとヴィデオ・クリップの影響がかなり大きかったはずだ。

ところで、私が一番知りたかったのは既に伝説化している、レッド・ツェッペリンが初来日した時にホテルで暴れて色んなものをブチ壊したという事件の真相である。一体なんで彼らはそんなことをしたのか? 酔っぱらっていたのかspa
その現場に著者もいたのだが結局原因は分からないらしい。暴れたい年頃だったんでしょうか。

当時、ロック雑誌はファンにとってほとんど唯一の情報源だったし(ラジオではあまりロックがかからなかった)、ロック自体も音楽のジャンルとして極めてパワーがあった。しかし、今やその双方ともかつての面影はない。
まあ、そのような栄枯盛衰をヒシと感じたのであるよ( -o-) sigh...

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2008年8月17日 (日)

「ダークナイト」:映画館の入口に掲示してあった「これより先は一切の希望を捨てよ」

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監督:クリストファー・ノーラン
出演:クリスチャン・ベイル他 豪華&地味出演陣
米国2008年

*文末にネタバレ感想があります
二度目の鑑賞の感想を書きました(完全ネタバレ)

前作の『バットマン ビギンズ』は非常に気に入った(当時の感想はこちら)。
続編を見るにあたり、復習用にレンタル屋からDVDを借りてきて再見。で、公開当時にも思ったことだが、やはり「よくもこんな荒唐無稽な話をシリアスに作ったもんだなあ」と感心した。
だーって、あなたヒマラヤfujiにニンジャshadowでその揚げ句にコーモリ男sprinkleですよっ! とっても信じられません(@∀@) 恐るべき力技である。

もっとも、従来のアメコミ・ファンや「バットマン」ファンはその点こそが気に入らなかったようで、激越な批判感想を幾つか見かけた。そういう人たちはもう、この続編を最初から見に行かないに違いない。
(追記:と思ったら、その急先鋒であったm@stervision氏は久々の更新&模様替えした上に、あっさり宗旨替え--とは、こりゃいかに)

さて、公開してみれば米国では4週連続して興収成績第1位となり、歴代記録でも『タイタニック』に次ぐ第2位は間違いなし状態というニュースが伝わってくるし、常連さんの映画関係ブログを見て回れば絶賛状態ではないか。(注-日本では『ポニョ』に完敗)
こりゃもう待てん(>_<)とご近所のシネコンに駆け込んだのである。

前半はややもたついている感があり、こりゃ期待が大き過ぎたかとちょっと冷汗sweat01モードであったが、中盤あたりからぐいぐい引き込まれてしまった。
しかし、その内容はく、暗い……(-o-;)

そこでは現代社会のありとあらゆる悪徳が描かれているようである。それを引き起こすのは悪役ジョーカー。煙の気配もないところに火を起こし、大火事へと煽り、社会を混乱させるのだ。まるでトリックスターのよう。
彼が何かすれば、人間のイヤな部分ダメな部分醜い部分が白日の下にさらされる。
例えば、ひとたびメディアを通して個人攻撃をすれば、市民はたちまちに扇動され同調する。その様は現実のメディアやネット上のバッシングや「炎上」騒ぎを思い起こさせる。

過去の作品で人間の醜悪さを容赦なく描いているといえば、バーホーベンの『ブラックブック』とかタイプは全く違うがミヒャエル・ハネケあたり浮かぶけど、この映画では後半部になると、それ級の醜悪さが「これでもかこれでもか」と波状攻撃で続く。これはある意味すごい。段々とジトーッとした気分になってきて「そこまでやるかー。もうカンベンしてくれ~(T_T)」と言いたくなってしまった。こんなんがエンタテインメント大作でエエんでしょうか?

クライマックスは二隻の連絡船のエピソードだろう。ここでは民主主義の欺瞞さえ余す所なく描かれる。そして実行した男と実行できなかった男の対比は極めて皮肉でイヤミでもある。

そのダメ押し的様相は、さながらダンテの『神曲』地獄篇ばりの地獄めぐりだ。
悪党どもは古くからあった彼らなりの秩序や仁義を失って暴走する。その上前をはねようとする新興勢力の経済侵略者も罰を受ける。
善でも悪でもない凡人は自らの不安や絶望、恐怖をかきたてられパニックに陥り、あるいはやむを得ず犯罪に荷担する。
そして、最後に善人は美徳を失い狂気に至る。
地獄の最下層にたどり着くと、かつての光輝く天使が醜悪なるサタンに変貌していた。その顎門と爪は裏切り者たちを引き裂いている--。ここで観客は正しく「堕落」を目撃するのである。

もっとも、真に悪魔の名にふさわしいのはジョーカーの方であろうか。彼は悪事をなすことだけでなく、他人を悪へと導くのも自らの目的としているようだ。
しかし、悪魔が徘徊しているわりにはどうもこの地には神が存在していないようである。米国製映画にしてはハテ不思議な(?_?)と思ったが、同じ監督の旧作『インソムニア』について自分の感想をパソ通時代の過去ログをごそごそ探し出してみたら、やはり「神の不在」と書いてあった。どうも彼の作品には神は登場しないらしい。よくよく見ると、彼はアメリカ人ではなくて英国人だったのね。な、なるほど……(*_*)

いずれにしろ、脚本がよ~く出来ているのは間違いない。時間をかけてよく練ったのだろう。
前作同様、今回も主人公に(何重もの意味で)同情してしまった。だって、だって、バットマンあまりにもカワイソ過ぎ。泣いちゃうよ……(ToT)
あと、演出もなにげに小技が効いていて嬉しい。例えば、あの事件の後に失意の主人公がペントハウスの椅子に呆然と腰かけているのを、正面から表情を撮らずに斜め後ろからもっぱら描いている場面とか。
一方、中盤の護送車の襲撃&攻防戦は迫力あり。こちらの方でも大満足good
ただ、情報量多過ぎて字幕を読み逃したことが数回あり。こりゃもう一度見に行かないとダメかなあ。

ゴッサム・シティのデザインはまだ前作ではレトロっぽい部分が残っていた。それにヒマラヤとか古めかしいお屋敷も出てきたし。
しかし、今回は内容に合わせてか?全体的に無機的な冷暗色で統一されている。街並みは現代の都市そのままだし、基地は殺風景な地下室だ。なんか気が休まるような部分がないんだよね。
音楽は打楽器中心の重低音がかなり強迫的に延々と続いて、これまた気が休まるヒマがない(D・リンチの低音ノイズといい勝負か?)。

役者はさらに地味で渋い路線。「往年のアクション映画名脇役」枠では前回のルトガー・ハウアーに代わり、ウィリアム・フィクトナーが登場して序盤で活躍。イタリアン・マフィアのボスがどっかで見たことのある顔だなーと思いつつ思い出せず、さらにラスト・クレジットでも発見できないで、家でネットで調べたらなんとエリック・ロバーツであったよ……coldsweats01
アーロン・エッカートもグッジョブ!。

女優の選定についてはかなり異議が上がっているようだが、前作のケイティ・ホームズに比べたらマギー・ギレンホールは断然よいと思いま~す。
もっと美人女優を持ってこいという意見もあるけど、同じノーラン監督の『プレステージ』でスカーレット・ヨハンソンが出てても全然冴えなかったところを見ると、どうも誰が出てもダメなんではないかと(^^;
そもそもこの監督の映画の作り方が、俳優のスター性というものに全く重きを置いていないんじゃないかと思う(そういう点ではキューブリックっぽい)。だから、もし続編を作るにしてもこのままジミシブ路線で突っ走って欲しい。
一方で、名も無き一瞬しか出ないような役柄でも妙に印象に残るような場合があって、そこが謎ではあるが好感でもある。
あと、言うまでもなくヒース・レジャーはまだ若くて才能あるのに、惜しい役者さんをなくしました。ご冥福をお祈りします(-人-)
これまでマイベスト悪役といえば、『ジャッカルの日』のジャッカルと『天国と地獄』の犯人であったが、それに並ぶ悪役ぶりなのは間違いなしである。

昨年の『パンズ・ラビリンス』もそうだったが、よく出来た映画というのは色んな場面で様々な見方ができて、いくらでも語りたくなる。まあ、そういう意味でも今年のベストワンは既に堅いか、という感じである。


主観点:9点
客観点:9点

【関連リンク】
《Badlands》
「選択」をキイワードに解釈しています。

《Faisons volte-face !》
誉めてる感想が多いので批判的なのも紹介。うーむ、根本的に着目している部分が異なるようです。

《映画のメモ帳+α》
歴代バットマン映画の変遷を丁寧に解説してくれて、ありがたや~。
私は前シリーズ「あんまり好きではない」と思いつつも、律義に全部見ているのに自分でも意外。あのタイツ姿のTVシリーズもちゃんと見てたぞ。
そう言えば、トゥーフェイスをトミー・リー・ジョーンズがやってたというのは、完全に忘れてました。

《ツボヤキ日記》
ポスターのアートワークもまた見事。ここでは2枚めと3枚めがいいです。特に2枚めは眺めてると怪電波が脳ミソに向かって飛んできそう。そのせいか、一般には血文字のないヴァージョンの方が使用されている。
ついでにこのポスターもイイッ(^o^)b 訳すと「何マジになってんの?」ってところか。


【ネタバレ感想&疑問】


以下、ネタバレがあります。
未見の方は読まないようにお願いします。


☆ネタバレ警報発令中★


*ヒロインがあのような形で消えたのは驚いてしまった。もしかして、どこからか復活するのではと思ったが、そうするとゴードンと同じ繰り返しになってしまうのでいくらなんでもありえないですなあ……。

*香港の社長はあのまま火あぶりになったということでオッケー? はっきり黒こげ死体を出して欲しかった--あ、そうすると年齢制限に引っかかるからダメか。

*バットマンは「殺人はしない」はずだが、ラストでトゥーフェイスを殺しちゃったのでは? それとも勢い余った「事故」なのだろうか。そこんとこハッキリして欲しい。

*トゥーフェイスの焼けただれた半分の顔はグロテスクなんだけど、目がキョロキョロ動くところはなんだかコミカルで笑っちゃう--いや、笑っちゃいたくなるのがそのまま残酷で恐怖に反転してしまうのにまた感心してしまった。

【ネタバレ追記】

*ミクシィの方でコメントをやりとりしててふと思いついたのだが、主人公が検事のようにダークサイドに落ちなかったのは、ヒロインが最後に自分を選んだという美しき「幻想」を信じ込んでいて、それをよすがにしていたからではないか? もし、アルフレッドが燃やした手紙を読んでいたらどうなっていただろう。
しかし、逆に検事がダークサイドに落ちたのは、彼女の最後の告白を聞いたからこそ怒りが沸騰してブチ切れたためだとも言える。
ここら辺は極めて皮肉な因果関係である。

だがさらに皮肉なのは、ラストで幻想を市民に与えることで希望を維持しようと決意するバットマンが、自らに与えられた(そしてアルフレッドによって真実が隠蔽された)「幻想」には全く気づいていないということだ。
彼のレイチェルに対するあの思い込みはちょっと唐突で驚いたのだが、脚本家たちはわざとこの二つの幻想の対比を意図して描いたのだろうか。

……だとしたら、脚本家兄弟イヤミ過ぎだぜい (´ー`) フッ
そして、バットマンますます気の毒過ぎ(;_;) 幻想を操る彼もまた幻想に操られているなんて--あんまりだーっannoy

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2008年8月16日 (土)

恐怖のエレベーター

注-映画のタイトルではありません(^^;

朝、出勤しようとマンションのエレベーターに乗った。
そしたら、動き始めて直ぐにゴゴゴゴと細かい横揺れの振動が始まった。降下しながらエレベーターのハコ全体がブルブル揺れているのであるshockギャ~~~ッ

頭の中が真っ白になるとはこのことよ(>y<;) 私はどうしていいのか分からず途中の階で停めようと、下の方の階のボタンを押しまくった。そしたら、今度はフロアとフロアの中間で停止してしまったのである。
一瞬、ボーッ(@_@)となってしまったが、再び一階のボタンを押したら何事もなかったように普通に動いて、無事に降りられたのであった。

管理会社に電話したが、もう恐ろしくて心臓がドキドキし気分が悪くなってしまった。必死に「ウチの家系は心臓で死んだヤツはいなかったはずだ」と自らを励まし(?_?;職場にヨロヨロと向かったのであった。

何がコワかったかと言うと、途中で閉じ込められるのはまだしも、振動がひどくなった揚げ句、最下層までガッシャーンとえらい勢いで落ちて行ってしまうのではないかと思えたことだった。
しばらくエレベータに乗る度に恐怖でドキドキheart03してしまうことだろう。

ちなみに、メーカーは一時期事故で話題になったところではなくて、国内の某T社であったよ。ムカーッpunch

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2008年8月14日 (木)

「アメリカばんざい」:言葉余って尺長し

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監督:藤本幸久
日本2008年

イラク派兵に伴う米国の混乱を取材したドキュメンタリー。登場するのは、失業状態のイラクやフアガンの帰還兵、戦死者の遺族、派遣を拒否して監獄にぶち込まれた元兵士、ホームレス支援団体など。他に新兵訓練、基地の廃棄物でガン多発地域になった町、兵士募集所に座り込んだバーチャンたちが逮捕される場面などもある。

極めてタイムリーで直近の米国の様子が分かってタメになった。時間をかけて様々な場所をよく取材したもんである。その意気込みやよしfuji

--と言いたいところだが、いかんせん2時間近いというのは長過ぎるのよ~。時間をかければ、感情や主張が伝わるというものでもあるまい。
この冗長さはまるで組合の学習会の報告ビデオのよう。……いや、別に報告ビデオで構わないというのならそれでいいんですが。
しかし、できればあと30分は短くhairsalonしてもらいたもんだ。ドキュメンタリーにおける編集の重要性を今さらながらヒシと感じた次第である。

それからチラシになってる新兵キャンプの部分は時間的に期待してたほどには出てこなかった。エンドクレジットと共に短く紹介されてた、各地のデモの様子もちゃんと本編の中で見たかったぞ。


主観点:5点
客観点:6点


関連ネタでニュース番組「デモクラシー・ナウ!」の「イラク負傷兵反戦の闘い」で取り上げられていた『ボディ・オブ・ウォー』を紹介しとこう。
これは自ら志願してイラクに派兵され5日目に負傷し、胸から下が付随になってしまった若者のドキュメンタリーである。監督たちがあった時には治療用のモルヒネで依存症になっていたという。

そこから立ち直り、ひどい体調の中で講演を続ける日々を描くのと並行して、イラクとの開戦に賛成票を投じた多数の議員たちと、反対票を投じた少数の議員たちの当時の議場での姿が挿入される。
うーむ、これは見てみたい。日本では公開されんのかなあ。

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2008年8月13日 (水)

「ゾンビーノ」:不良ゾンビと呼ばれて

監督:アンドリュー・カリー
出演:キャリー=アン・モス
カナダ2006年
*DVDにて鑑賞

○月×日
きょう、ボクの家にゾンビが来ました。よその家にはみんなゾンビがいるのにウチだけいませんでした。パパがゾンビきらいだからです。
でも、ママは「ごきんじょにはずかしいわ」とだまってちゅうもんしてしまったのです。パパがいやがったので、いまゾンビは外の木cherryblossomにつながれています。

△月◇日
ゾンビはどうさがのろくてドンくさいです。でも、キャッチボールbaseballのあいてをしようとしてくれるのは、パパよりもやさしいかなあ。
ボクらには一つヒミツがあります。じこがおこって、ウチのゾンビがとなりのおばあさんをくってしまったのです。こんなことがバレたら、ウチの一家はついほうになってしまいます。どうかバレませんように。


以前、予告が面白そうだったので公開時に見に行きたかったが、六本木で単館ロードショーだったもんで、時間がなくて見損なってしまった映画である。
予告も変だったが、本編もそれを裏切らぬバカバカしさ!

舞台は1950年代の米国風の郊外の町? いかにも当時のホームドラマ映画のようにわざとらしい鮮やかなカラーの街並みだ~。
ただ、変わっているのは町の至る所にゾンビがいてこき使われていることである。
なんでもナゾの放射能雲が発生していきなり地球上の死体が全てゾンビ化。フツーの人間も死んだ途端にすぐゾンビになってしまうという事態に!
そこにゾンビをならす首輪を発明した企業が登場。一家に一匹ゾンビの時代が始まったのであった--。

主人公はいじめられっ子の少年。彼の目を通してゾンビをめぐるドタバタが描かれる。キャリー=アン・モスの母親はなぜかゾンビに色目を使い、あやしげな雰囲気に。
ひたすら死後に自分かゾンビになるのを恐れる父親。対ゾンビ強硬派の隣家の主人や色っぽい女ゾンビを飼うご近所の男など入り乱れる中、少年の行動によってさらに混乱が……てな具合だ。

バックに流れる懐かしのオールディーズやらヒットソング風の音楽も雰囲気を盛り上げる。私はホラーが苦手でゾンビものは見たことないのだが十分笑えた。多分、愛好者が見ればもっと大笑いできるんだろう。
それにしてもよくもまあこんなバカバカしくて悪趣味な映画を作ったもんだと、感心しちゃう。製作者の正気を疑うぞ(^O^) それとも笑気の方かしらん(^^?

でも、人間とゾンビの関係のあり方に奴隷制度や身分・階層の辛辣なパロディも感じられる。きっと作っている連中は一筋縄では行かぬ奴らに違いない。
ただ、邦題はなんだかイタリア製のバッタモンと勘違いしそうだなあ。カナダ製なんだけど。どうせだったら「我が愛しのゾンビ」とか「ゾンビが我が家にやってきた!」ぐらいにして欲しいです。


バカバカしさ度:9点
ゾンビ度:10点

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2008年8月10日 (日)

「夏休みファミリーコンサート」:「通」なご家族向け

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バロック音楽の演奏とお話
杉並公会堂小ホール
2008年8月7日

簡単なチラシが配られた以外はほとんど宣伝されずにひっそりと開催されたコンサート。私なんか「アントレ」誌のコンサート情報ページの欄外に出てたのを発見。メンツを見て興味がわいたが、内容が分からなかったのでメールで問い合わせたところ「まだ分からない」という返事であった……(-o-;)
で、とにかくチケット入手して夏休みを取って行ってみた。

そのメンツは鈴木(弟)夫妻、ヴァイオリンに若松夏美・荒木優子ペア、そしてチェンバロだけでなく各種楽器で大活躍の上尾直樹--と豪華である。
客の方はコンサートの趣旨通りお子チャマを連れた若い母親と、あと男性の方はほんとに少数、そして圧倒的に大多数を占めていたのは中高年のオバハン達であった(σ(^_^;)私もその一人です)。

プログラムはというと、これが「ファミリー」という趣旨とは逆にかなりのマニアックではにゃあですか(!o!)
最初が「有名でない方のチーマと有名な方のチーマ」それぞれの曲--つってもどちらのチーマも知りましぇん(?_?;;;;
それから全然有名でない方のガブリエリのチェロソナタに続き、鈴木美登里が登場してヘンデルのオペラのアリア、かと思えばヴィヴァルディのラ・フォリア……てな感じで脈絡なく有名曲、無名曲が続くのであった。

ラ・フォリアではバロックギター弾きながらチェンバロも演奏という離れ技?をやった上尾氏は、後半ではミュゼット(ふいごで空気を送るバクパイプ)とヴァイオリンの二重奏という珍しい曲もこなしてみせた。
と思えば、若松・荒木ペアがなんと突然バルトークの曲を演奏(弓だけ取り替えてたもよう)し、シメは陽気なチャッコーナ2曲で終わった。アンコールは無し。

全体にリラックスした雰囲気でなごやかなコンサートであった(特にステージ上が)。鈴木(弟)氏は作曲家や楽器の紹介など「お話」も担当だったが、前半は声がやや聞き取りにくかった。
小さなお子様たちもおとなしく聞いていたようだ。さすが、杉並区shine これが○○区とか××区とか、私の出身区△△区だったら(記号の中にはあなたが凶悪だと思う二十三区の名前を入れてみましょう \(^o^)/)、とてもそんな風には行かないだろう。
ただ、最前列の中央にいたやや大きめのお子様(小6か中1ぐらい?)が、よりによって若松さん渾身の狂熱弾きまくりの「ラ・フォリア」の最中に寝ていたかと思うと、急に起きて大きなアクビ(しかも伸びをつけて)を連発していたのはいただけませんでしたわねえ~annoy(うるさ型のオバハン風に言ってみた)

客の中に目白バロック祭りなどで何回か見かけた人を二人発見。やはり似たような趣味のようで……(^J^)


帰りは電車の事故に遭遇して家にたどり着くのに3倍も時間がかかってしまった。暑かったし、疲れた(@_@)モウイヤ~

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2008年8月 7日 (木)

「敵こそ、我が友 戦犯クラウス・バルビーの3つの人生」:立っている者は敵でも使え

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監督:ケヴィン・マクドナルド
フランス2007年

現代史の裏街道を3つの顔を使い分けて生きぬいてきた男のドキュメンタリー。こんなヤツがいたのかと見ればビックリ(!o!)は必定である。

形式的には証言者のインタヴューをつないだもので、それ以外の映像は終盤の裁判ぐらい。極めて地味な作りになっている。従って、派手な展開を期待してはイカンよ。(あっ、でもゲバラの処刑後の死体とか短いのは色々映像がありましたなー)

「主人公」クラウス・バルビーはまずナチの親衛隊としてドイツ占領下のフランスで、ユダヤ人の収容所送りを指揮し、レジスタンスのリーダーを逮捕して拷問死させた。
終戦後は逃走してソ連との冷戦下で役に立つ人材を求めていた米国陸軍情報部に拾われ、対ソ諜報活動に従事。
戦犯として引き渡しを求められると、米国陸軍は皮肉なことにユダヤ人の偽名を与えてボリビアへと亡命させる。
そこで軍のクーデターに関わり軍事政権下で企業家として財産を築き、さらに当時潜入していたチェ・ゲバラの殺害bombにも関与していたとか。

第二次大戦以降の歴史の暗黒面の至る所に登場するこの男の人生を小説化すれば、まさに暗黒版『フォレスト・ガンプ』にでもなりそうである。

しかし、問題なのは彼が追求されて裁判になった犯罪行為はドイツ占領下のフランスで行ったものだった。しかし、親独政権はフランス現代史の汚点というべきもの。触れるとヤバい事項なのであった。つまり、追求し過ぎれば自らに返ってくるというわけだ。
それに、指導・指揮しただけなのではなく、直接手を下したのかというのも微妙な問題である。しかしながら、家族を収容所に送られた人や拷問された人にとっては許せるもんではないだろう。

「皆が私を必要としたのに、裁かれるのは私ひとりだ」とは極めて皮肉な本人のセリフが紹介される。
まっこと歴史とは白と黒の部分ではなく、むしろ膨大なグレーゾーンによってこそ成り立っているのだなあと、なぜか感心してしまうドキュメンタリーであった。

監督は『ラスト・キング・オブ・スコットランド』の人。元々、ドキュメンタリー畑出身らしい。
なお、あまりに真っ当過ぎで地味な作品(退屈というのではなく)なので、睡眠不足の時は避けることをオススメしたい。
あと、邦題が少し変では? 原題は「敵の敵」--は味方になるという皮肉だが、あくまでも敵の敵のことで、ただの「敵」じゃないと思うがng


衝撃度:8点
緊張度:6点

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2008年8月 6日 (水)

「ジャガーノート」:赤、青、赤、青、赤、青……

監督:リチャード・レスター
出演:リチャード・ハリス
イギリス1974年
*TV放映

だいぶ前に録画しておいたのだが、見るのが遅れてしまった(^^;)
これを見ようという気になったのは「週刊世界の美術」みたいな本(雑誌?)のマーク・ロスコの巻で、ロスコルームが登場する映画だと紹介されていたからである。
で、レンタル屋を探したけど全然ナシ。ビデオやDVDも当時入手不可だったが、TV放映でようやく見ることができた。
ただ、映画サイトの紹介を読むとどうも子供の頃にやはりTVで見たような気もするんだが……。それとも結末ネタバレのあらすじ紹介を読んでしまったのか? よく分からん。

内容は簡単に言えば「タイタニック」+爆弾パニックものである。
大西洋を航行中の豪華客船に爆弾を仕掛けたという脅迫状が届く。会社の方では被害を考えると犯人の言う通りに金を払った方がいいと考えるが、政府の方は「テロには屈しない」の方針をタテに交渉には応じないよう圧力をかけ、爆弾処理班を送り込む。

前半はそんな外側のゴタゴタと、事情を知らされていない船内の様子がいわゆる「グランドホテル」形式で描かれる。
後半に至って、処理班が乗船して船内の描写へと絞りこまれて緊張感が高まる。何せ、荒れた外海なんで空から乗船するのも一苦労。ここで既に死人が出てしまうのだ。

主人公は爆弾処理班のチーフ。肝心のロスコルーム(旧テート・ギャラリー?)は、爆弾が仕掛けられたという設定で、主人公が登場する導入部に登場するだけで、本筋には関係なし。そこで彼は軽口を叩きながら爆弾を処理する。その描写によって彼がプロだがいささか傲慢でクセのある人物だというのが明らかにされる。
もっとも、その時彼がロスコルームで行った行為をもう一度終盤で繰り返すのだが、観客はそこに至って二つの場面の落差をヒシと感じるわけである。

しかし、この作品の最も有名な場面は「赤か青か」の件だろう。爆破の期限が刻々と迫る中、主人公と犯人が無線を通して対決する--。両者の間の言葉では語られぬ葛藤が短いカットの切り返しで簡潔に描かれる。正に手に汗握るとはこのことだ。
そして、極めて皮肉な選択とその結果……お見事としか言いようがない。

その他、後半の虚無的な船内の雰囲気、船長の愛人の中年女性と接客係のオヂサン船員との奇妙な友情、爆弾処理過程のゾクゾクする恐怖、旧友の信頼と裏切りなど、単にエンタテインメントというだけでなく様々な要素がうまく一つになっている。

なんでも、これは当時の米国娯楽大作への対抗作として英国で作られた作品だそうだ。そのせいか当時の若手有望株?アンソニー・ホプキンス(若い!)やイアン・ホルム(あんまり今と変わってない)が出演。ダンディな船長さんはオマー・シャリフだ。
主役のリチャード・ハリスは後年「ハリポタ」の初代魔法学校校長役となった。今さらながらだが、ご冥福をお祈りします(-人-)

それにしても、1960年代後半から70年代のアクションものサスペンスものは傑作・佳作の宝の山ですな~。現在の作品なんか比べ物にならない。でも、レンタル屋にもあんまり無いしな。TV放映を待つしかないようで……(+_+)


結末バクハツ度:10点
主人公傲慢度:9点
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←ロスコ・ルームの写真は手に入らず。
これはロスコ・チャペルです。

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2008年8月 3日 (日)

「告発のとき」:「怪物」の行方

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監督:ポール・ハギス
出演:トミー・リー・ジョーンズ、シャーリーズ・セロン
米国2007年

トミー・リー・ジョーンズが荒廃した社会の罪過に直面し、現代を嘆く年老いた男を演じる……と、なれば『ノーカントリー』をイヤでも思い出してしまう。おまけに、ジョシュ・ブローリンまでチョイ役で出ているし。

しかし、監督・脚本はポール・ハギスなんだよねえ(>y<;)
この人の前作の『クラッシュ』(この作品に感動した人はリンク先を読まない方が精神衛生上よろしいかと)は世評が非常に高かったが、私には全く評価できない映画だった。
だもんで、長いこと見に行くのを迷っていた。しかし内容紹介や他のブログを読んでやっと決意した次第である。

元・軍警察にいて今は退役した主人公が、イラクに派兵されていた息子が帰還中に基地から失踪したという知らせを受ける。優秀な捜査官であった彼は基地まで赴き、息子を自分で探そうとする。
『ノーカントリー』では舞台は1980年。得体の知れない殺し屋が「怪物」として社会を徘徊していた。彼の正体は元々政府に使われていた暗殺者(ヴェトナムか中南米あたりか?)ではないかと匂わされていた。
しかし、こちらの話は2003年に起こった実話が元になっていて、「怪物」は外部から来た正体不明の男ではなく、ごく身近な存在、むしろ内部に存在するということが最後に明らかになる。
もはや「怪物」は他者ではない。
かように衝撃的な事実を示して物語は終わる。救いのない話だ。

主役はこのような役柄ではハマリまくり他の追随を許さぬジョーンズに、脇を支えるのはスーザン・サランドン、お懐かしやジェイソン・パトリック(肉が付いてたんで最初誰か分からなかった(^^;)など。シャーリーズ・セロンもスッピンメイクで頑張っていた。
ただ、演出が悪いのか編集が悪いのか、途中もたついてる印象あり。いくらサスペンスや謎解きが主眼じゃないとはいえ、もう少し何とかして欲しかった。

それから、ほとんどの人が感想で言っていることだが邦題がヒドイ。誰が誰を告発してるって? 原題は旧約聖書から取られている。


さて、ついでにここで米国のニュース番組「デモクラシー・ナウ!」で放送されてた「冬の兵士」集会について紹介しよう。
同じタイトルの集会はヴェトナム戦争時にも開催されており、それにちなんだものとのことである。今年3月に行われたのは、イラク・アフガニスタンの帰還兵と現役兵が自ら行った、あるいは身近で目撃した戦争犯罪や不当な暴力行為について公の場で告白するものだった。

壇上に十人あまりの(元)兵士たちが並び、聴衆の前で一人ずつ証言していくという形式を取っていた。
その内容を聞いて意外に思ったのは、そのような暴力行為や人種差別的言動は将軍に至るまでの軍の上官たちが行っていることであり、それが下々の一兵士に影響を与えていると告発していることである。そして、彼らは一様にこのような無謀な作戦を立て遂行した軍、さらには国の政策までも批判していた。
つまり、これは若くて無知なDQN兵士が追い詰められてたまたま行った行為ではなく無謀な作戦や政策に内在しているものだというのだ。

イラク帰還兵の悲劇を扱った最近の映画やドラマの多くが、個人の「気の持ちよう」へと還元されていくのとは対照的である。
キャスターのエイミー・グッドマンが語ったことによると、この集会は主要メディアは新聞もTV(三大ネットワークもケーブルTVも)もほとんど黙殺したという。(ワシントン・ポスト紙が地方欄で報じただけらしい)
そのような現状にあってはハリウッド映画でこのような「告発」が描かれることは永遠に望めないだろう。

さて、放送の中で一番印象的だったのは冒頭に発言した若者である。一番喋りなれていないような様子でとつとつと話した。
彼は最初にシャツに付けていた勲章とリボンを引きちぎって捨てると、まさしく『告発のとき』の兵士のように現地で撮影した映像(初めて殺害したイラク人の死体や、八つ当たりでモスクの塔を砲撃している場面--実際に狙撃者がいない限り宗教施設や病院への攻撃は禁止されているとのこと)を説明しつつ見せた。
そして、「その時は何をしているのか全く自覚していなかった」と語り、イラク国民へ謝罪した後、最後に彼はこう述べたのである。「私はもう「怪物」ではない」と。


主観点:7点
客観点:7点(121分、長過ぎだー)

【関連リンク】
《好きな映画だけ見ていたい》
元の報道記事についても紹介されている。

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2008年8月 2日 (土)

バッハ・コレギウム・ジャパン第81回定期演奏会:京王新線のエスカレーターの長さをヒシと感じる

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ライプツィヒ時代1725年のカンタータ8
会場:東京オペラシティ コンサートホール
2008年7月30日

結論から先に言おう。
「バテていた(~Q~;)」

バテてたのは、もちろんBCJではなくて私σ(~_~;)の方である。

「音楽への集中力が欠けていた」(´・ω・`)ショボーン
「こんなんではコンサートを最後まで乗り切れない」(x_x)トホホ

梅雨がまだ続いているのかと思うようなジメジメmistした気候(雨も降らんのに)で、気力体力共に最底辺。二、三年前までは新宿の京王新線の長~いエスカレーターを駆け上がり降りしていたのに、今やベルトにつかまっている今日この頃である。

--というような状況ゆえ、最低限の感想にとどめておこう。

*ソプラノのハナ・ブラシコヴァ初お目見え
若くて美人!エエですね~。とはいえ、「ハナたーんheart04」と萌えるほどの強力なセールスポイントがないのが難か。
それよりも、彼女が歌っている間にスカートがずり下がってきて?お腹が見えてくるのがヒジョーに気になったのは、私だけかニャ(?_?;

*P・コーイ氏大活躍
今回、見せ場聴かせどころも多く、ソロ歌手の中でも中心扱いであった。一時期、「不調」とか「昔より衰えた」などと言われていたが、それを完全に払拭する活躍であった。

*若松女史余裕のソロ
ま、いつも通りといってはなんだが、ソロを取る部分が二か所あってそれぞれにキメてくれました。

*島田さんのトランペット快調
4曲目BWV110に登場。音量もちょうどよく、曲に滑らかに溶けこんでいた。
それにしても、この曲の冒頭の合唱は、モロに「管弦楽組曲」に歌詞を付けたようなんですなー。

次回は万全の体調で臨みたいもんである、トホホsweat02


神戸の松陰チャペルでのコンサートの200回目にあたるということで、パンフに年表が載っていた。
注目はその下の写真。「この人は誰でしょう?」と名前を隠されて出されたら絶対分からない、黒髪フサフサの鈴木(兄)氏に、まだ若くてニヤけた感じの今村泰典センセ、さらにヒッピー系ファッション入ったエマ・カークビー&A・ルーリーなど、見ていてちょっと笑ってしまった(#^.^#)
あと、コープマンの写真は「絶海の孤島に長く遭難しててようやく帰還した正体不明のオヂサン」みたいだぞ。
それにしても、建設の経緯を読んでいたら、神戸まで行って実際に行って音を聞きたくなってしまった。


【関連リンク】
みなさん、夏バテでしょうか? あまりこれといったのも見つかりません(~_~;)

代わりに名古屋で行われたレクチャー・コンサートの様子を。歌手はガイジン勢が抜けたメンツだったようですね。
《♯Credo》
《庭は夏の日ざかり》

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