監督:ミロス・フォアマン
出演:ハビエル・バルデム、ナタリー・ポートマン、ステラン・スカルスガルド
米国・スペイン2006年
他の映画系ブログでも多くの人が触れているが、この邦題は「家政婦は見た!」みたいでいくらなんでもあんまりじゃないのさ~(原題は「ゴヤの幽霊」)と思いつつ見に行ってみた。そうしたら、まさにこのタイトル通りであった……。
意外だったのは、ハビエル・バルデムがゴヤ役ではなかったこと。そして、当然ゴヤの伝記映画だと思っていたら違っていたことである。
正直言って、ゴヤの絵というのは今まであまり興味を引かれたことはなかった。絵画では華々しい王侯貴族の肖像画に、あの「エロチシズム代表」みたいな『マハ』(「裸」と「着衣」の)、かと思えば『わが子を食らうサテュルヌス』みたいな暗い作品もあるし、さらに加えて社会を風刺したり陰惨な現実を描いた銅版画もある。どうも一定したイメージのないよくワカラン人間なのであった。
だが、この映画を見てようやくその一端が分かったような気がした。
中心人物はゴヤと絵のモデルとなっている娘イネス、そしてゴヤの知人である神父ロレンソの三人である。
バルデム演じるロレンソは極めて強烈な個性の人物で、狂信的な冷酷さで異端審問を復活させようとする。時は18世紀末、もはや啓蒙主義の時代なのにそんな事するかーっとビックリしてしまうが、後半では逆の立場に寝返ってサッパリと信仰を捨てて再登場する。
豹変した彼が演説する場面は非常に印象に残る。しかし実際のところは唱える名前が違うだけでやっていることは全く同じ。敵と見なした者をを冷酷に弾圧するのに変わりはないのだ。
このキャラクターの前ではゴヤはかすんで見えて狂言回しの役にしか見えないかも知れない。しかし画面のほとんどは、彼の描いた作品が忠実に再現された映像で占められている。国王一家、マドリードの街、庶民たち、対仏戦争での戦闘・略奪・強姦・虐殺、そして自画像……全ては画家がその眼で見たものである。とすれば、やはり主人公はゴヤに違いない。
もうひとつ、終盤の死刑場面もまた強烈だった。そもそも死刑の方法が「こんなのあったんか(?_?)」だし、それを見物する市民、笑いさざめく娼婦や軍人。野次馬の中に混じる人物たちの人間関係を考えると、皮肉極まりない。そして刑が終わった後はなんと死刑台に上って男女のカップルたちがダンスを踊るのだ……(\_\;
その描写は一貫して辛辣である。
激しく変転する時代の諸相をこのように眺めることができるのはゴヤのおかげである。彼はきっと名士の肖像も虐殺死体もただ純粋に記録者の眼をもって描いただけなのだろう。そう思って、王侯貴族の絵を見れば確かにその本性(高慢、愚かさなど)が透けて見えるようである。
もっとも、画集の解説には〈後代の批評がどうあれ、彼らは「大変上手に描いてくれた」と、いたくご満悦なのであった〉とある。ホントかーっ(!o!) なるほど、そうでなかったら売れっ子肖像画家にはならんわなあ
若い娘イネスの運命の変転については、見ている間は気がつかなかったが、冒頭のゴヤとの他愛ない会話に予兆が隠されていたのであった……恐ろし(>_<)
そのイネス役のN・ポートマンは役者としてあらためて上手いと思った。後半よりも特に前半の方で異端審問所で最初に質問されて受け答えしている場面である。戸惑いと不審と懸命さがない交ぜになっているような印象がよく出ていた。まあ、名子役として登場してきた人だから当然ですか--。ともかく、大きい声を出すと金切り声になってしまうようなお粗末な女優とは大違いなのであった。
ゴヤ役のS・スカルスガルドはどこかで見た顔だとずーっと考えていて思い出せず(^^; 調べてみるとラース・フォン・トリアー作品の常連だそうだが、それよりも『インソムニア』のオリジナル版で主役をやってたのを見ていたのだった。
ただ今、絶好調で出演作品続々公開中のH・バルデムはここでもノリノリ。複雑かつ、ある種イヤな奴を魅力的に演じている。宗教つながりで「今ケン・ラッセルの『肉体の悪魔』をリメイクしたら絶対にオリバー・リードの役は彼しかいないだろうなあ」などと思ってしまった。もっとも、いくらリメイク・ブームでも『肉体の悪魔』をやろうという試みは絶対にないだろうが(^○^)
他にもカルロス4世、イネスの父、異端審問所の神父の面々や司教など個性豊かなオヤヂ連中が多数登場する。なにげに「オヤヂ萌え映画」なのであった。
考えさせられたのは、果たしてこれは近代以前の支配者がコロコロと変わる激動の時代だけの話だろうかということだ。
私のいる業界で実際にロレンソのような奴の話を聞いたことがある。直接会ったことはないが、まさしく途中で正反対の立場に乗り換えてかつての仲間を弾圧したというのである。そして、その事が間接的にでも関係あるかどうかは定かではないが、関係者に死人まで出てしまったそうだ。
恐らく、そいつの内部では全く矛盾はないのだろう。決して過去や特殊な時代・地域の話ではないのである。
それから死刑を見物するというのも現代のような娯楽のない時代には唯一の楽しみだったのかも知れないと想像する。「今日、死刑をやるぞ~ \(^o^)/」とか言われれば、私も当時に生まれていれば晴着を着て見に行っちゃう。そして「悪者」が死んだ死刑台の上でダンスしちゃうかもヽ(^^)/\(^^)、だって「悪者」がいなくなったんだよ。喜んで当然さ
だが、これも翻って考えれば現在でも形を変えて同じような事が行われているのかも知れない。罪状は違えどやはり「悪者」は存在し、そいつが罰を受けたらみんな死刑台の上で踊るに決まってるのだ。
ともあれ、久々に重量級の映画を見たという感じだった。満足よ(^^)v
主観点:9点
客観点:8点
【関連リンク】
《描きたいアレコレ・やや甘口》
バルデムの濃ゆい「肖像画」がキョーレツです。
ところで「バルデム実は女に興味ない」説はどうなったんでしょうかね?
←この猫が「食ってやる!」という意欲満々な様子に笑っちゃいます。
【追記】
『肉体の悪魔』との関連をこちらの記事に書きました。