演出:デイヴィッド・マクヴィガー
指揮:ウィリアム・クリスティ
演奏:エイジ・オブ・エンライトメント管弦楽団
グラインドボーン音楽祭(イギリス)2005年上演
*TV放映タイトルは『ジュリアス・シーザー』
最近、映画館で海外オペラ作品の映像の上映が増えてきているようだ。東京でも今期の年末~正月に3か所でやっているもよう。これまで今イチ興味がなかったのだが、それは演目にバロックオペラが入ってなかった(多分)からだ。だが今回新宿バルト9にて4本のオペラを上映、その最後にヘンデルの『ジュリオ・チェーザレ』をやるというではないか。しかも、オケはクリスティ指揮のエイジ・オブ・エンライトメントだっ
「よっしゃ~! おいらは行くぜーっ」(なぜか力こぶと共に立ち上がる)
そして「一月は行きたいコンサートがないのう(´・ω・`)ショボーン」となっていたおり、こいつは春から縁起がいいやい \(^o^)/と前売りをゲットし若いアベック(死語)で充満する新宿丸井に突撃したのであった。
さて、この演目は過去に二期会+BCJが上演したのを見たことがある(タイトルロールを確か山下牧子がやってた方)。まあ、この時は歌手や演奏がどうのよりも、演出がひどくて突出して目立っちゃったのが不幸でしたねえ……
このグラインドボーン音楽祭のはそれと同じ年にやったもので、同内容のDVD海外版は既に日本でも発売されている。今回の上映のウリはデジタル映像に日本語字幕が入って、大画面・大音響で楽しめるところだろう。
映像は舞台のみを映し、客席やオケは幕の始めと終わりにしか出て来ない。ただし、観客の拍手や声の音声は入っているという形式だ。
歌手陣については、オペラに疎い私はダニエル・デ・ニースぐらいしか名前を聞いたことがなかった。
ストーリーは、ジュリアス・シーザー--ぢゃなかったチェーザレの艦隊がエジプトに進軍してくる場面から開始。エジプト王トロメーオは逃亡してきていたチェーザレの政敵の将軍の首をちょん切って彼に差し出すが、却って怒りを買ってしまう。王の姉であるクレオパトラは彼に接近して、国内の権力を弟から奪取しようと図る……。
演出では、19世紀末か20世紀初頭、第一次大戦前に時代を設定しているようだ。エジプトはオスマン・トルコの支配下にあり、英国は中東の利権を求めて虎視眈々としていた頃とおぼしい。
従って、チェーザレを始めローマ軍は英国軍の格好をしているし、エジプト宮廷の従者たちはトルコ帽を被ってたりする。
ダニエル・デ・ニースはこの時新人でクレオパトラ役に抜擢されて大評判になったそうだ。当時、25歳(?)だとか。若い、若いぞ! 目や口の造作が大きく舞台向き、しかもハーフということで浅黒い肌がいかにも「エジプトの女王」でハマリ役である。当然、スタイルも余計なお肉は付いてなくてスレンダーな美女だ。
実際、チェーザレが「なんて美しい瞳だ~」なんて歌って一目惚れしても、相手の外見がブヨンとしたオバサンでは今イチ説得力に欠けるが、彼女なら文句なし。おまけに歌の方もド迫力であった。まさに、このクレオパトラは一見一聴の価値あり。
カーテンコールの映像が、ほとんど彼女ばかり映していたのは仕方ないことだろう。
もっとも、個人的には二人のメゾソプラノが印象に残った。タイトルロールのサラ・コノリーは最初登場してきた時に「ありゃ、カウンターテナーがやるんだっけ? 確か主役は女の名前だったはずだけど」と思ってしまうほどに男に見えた。歌い出したらメゾだったので安心したが、傲岸不遜にして恐れを知らぬ偉丈夫に常に成り切って歌っていたのはお見事としか言いようがない。
と、ところでチェーザレとクレオパトラがやたらと長~いブッチュリ・キスをしていたのは演出か(~o~;;;; 言うまでもなく「中の人」は女同士……いかんいかん、こんなことで動揺するとはワシもまだまだ修行が足らんのう。修行に逝ってきます
もう一人のメゾはセスト役のアンゲリカ・キルヒシュラーガー(ソプラノだと思いこんでずっと聴いてました(^^ゞ)。首を切られた将軍の息子で母と共に復讐を誓うという役柄であるが、元々ズボン役として定評のある人らしい。長身だけど小顔なんで少年の役でも遜色なし。第一幕での純粋で血気にはやる少年が、後半にどんどん復讐の妄執に捕われて変貌していく有様は鬼気迫るものがあった。見ごたえ聴きごたえ大いにありだ。
二期会の公演ではこの役はかなりイロモノ扱いであったが(^^;、実はアリアの数は中心のお二人さんの次に多いんだよねえ。ということは結構重要な役で、人気ある実力派がやるものなんだろう。
第一幕の終曲、母コルネリアとの二重唱が感動的で、思わず涙目になってしまった。私だけでなく、隣りの席のおねーさんも「泣けた」と言ってたぞ、念為。
日本だと、ヘンデルやってるメゾを「難曲ぽいけど大丈夫かしらんドキドキ」と思わず心配してしまいたくなる場合が多いが、さすがそんなことはありませんねえ……って当たり前か。水準違い過ぎよ _| ̄|○ガクッ
エジプト宮廷の姉弟権力争いの話は、かなりコミカルで華やかなお遊びっぽい部分を加えている。クレオパトラ(のみならずトロメーオも)しょっちゅうお衣装を変えて登場。コスプレか着せ替え人形かってなもん。おまけにダンサーと共に歌いながら踊っちゃうし、従者の宦官(しっかり右耳ピアス)まで歌い踊る。チェーザレを篭絡するシーンはわざとらしくて爆笑もんだ。
だが、一方コルネリア&セスト母子の復讐譚は完全シリアスモードである。笑いの要素はなく陰惨で救いがたく暴力的で、衣装も変らず血まみれになってたりする。終盤の復讐を遂げた後の場面などは、見ていて悽愴を通り越して痛ましいほどだ。
そして、フィナーレのチェーザレ&クレオパトラの二重唱が歌われる祝宴では、嬉しそうなのは二人だけだ。従者たちは一様に暗い顔で、宦官はとまどった表情をしている。植民地化への道程の全ては為政者の間だけで話が決まり、祝宴気分に民衆の入る余地はないのだ。
さらに、セストだけが殺された者たちの亡霊が祝宴に参加しているのを目撃する。とすれば、これは権力闘争は常に滑稽な様相を示し、しかしその結果は絶望的である--という謂であろうか。
しかし、そういう演出の意図は考えずとも実に面白かった。歌--はあるのが当然だが、踊りあり、アクション・殺陣あり、笑いと涙もあるし、お色気にロマンスあればドロドロした仇討ちもある。エンタテインメント度、興奮度、テンコ盛り度は劇団「新感線」並みと言ってもよい。おまけに歌については新感線の百万倍以上うまいし(火暴)
ついでに照明や装置もよかった。人物の心理状態がうまく表現されてた。
ところでどうでもいいことだが、先日BS放送で見た『セメレ』(2007年)と同様、ヒロインが素肌にシーツ一枚で登場場面と、歌いながらの着替え場面があったのはどういうこと?? もしかして、シーツ巻きと着替えがここ数年のオペラのトレンドなのか
でも、こりゃ男性客向けサービスですなあ。同じ料金払ってんだから、女性客にもサービスしてくれい。
最後に、このように映画館でオペラの映像を見ることについてだが、音量がかなり大き過ぎで驚いた。ピリオド楽器のバロックオペラだったら、最前列に貼り付いて耳ダンボ状態にしてもあれほど大きく聞こえることは絶対にないだろう。おまけにチェンバロの音が左斜め上方から流れてきたりするし……。音がデカ過ぎて却ってAEOの演奏の細部は全く聞き取れなかった。
その点だけでももはや生公演とは違っているが、歌手の表情だってオペラグラスどころか野鳥観察並みの望遠鏡を使わなきゃあんなに間近にみえることはないのだから、そもそも別物と考えて割り切った方がいいかも知れない。(もっとも「ここは引きのカメラで見たいなあ」という不満な部分もあり)
というわけで、前売り料金三千円は完全に元が取れた。また次もバロック物やったら見てみたい。
しかし、休憩2回で4時半開始で8時50分終了というのは、ヘンデル先生!やっぱりあまりにも長過ぎですう(>O<)
【追記】
演出上の時代設定が「確か映画『アラビアのロレンス』と同じ頃だよなあ」とふと思いつき、ちょうど「完全版」が新宿でリバイバル上映されていたので(カットされていたヴァージョンは大昔に見ていた)行ってみた。
で、××年ぶりに見て驚いたのは、なんと冒頭と終盤の場面が映画から引用されていた!ということである。映画の方ではほんの一瞬の場面なので、もし順番を逆に見ていたら気づかなかっただろう。
ということは、同じ時代に設定しているどころか、むしろ『アラビアのロレンス』を下敷きにした演出だと考えた方がいい。そうすれば、なんでセストの復讐譚があんなに陰惨で血まみれなのか合点がいく。まさに映画後半のロレンスの残酷な所業を重ね合わせているのだ。
であれば、ラストの真意は反乱を成し遂げた実動部隊は関係なくただ宮廷(司令部)の思惑によって民族の行く末が決まるという皮肉だろう。
TV放映で再見したら、さらにセストがトロメーオを射殺する場面も『ロレンス』からの引用っぽかったんで驚いた。他にもあるかも……。