『アラビアのロレンス』(完全版・ニュープリント版):かつて映画が「体験」であった頃に
監督:デヴィッド・リーン
出演:ピーター・オトゥール
イギリス1988年(オリジナル1962年)
実に『アラビアのロレンス』を再見するのはウン十年ぶりである。一体、何歳ぐらいの時に見たのか思い出せず、物置をゴソゴソかき回したら出て来ましたっ! 当時のパンフレットが--
なんと中学生の時に家族と見に行ったのである。有楽座だったかな? さすがに初公開時ではなくて、第1回目のリバイバルの時ですよ(^^ゞ
再び見ようと考えたのはUKオペラ@シネマの『ジュリオ・チェーザレ』を見たせいである。その演出ではローマ時代のエジプトの話を置き換えていたのは、確かちょうどアラビアのロレンスが活躍していた時期の設定だよなあ……と思ったのだが、折りよく新宿のテアトルタイムズスクエアで完全版をリバイバル上映しているではないか。
もっとも、上映時間227分+休憩というヘンデルのオペラ並みの長尺なんで、見るかどうかかなり迷ったのであった。しかし--
大 正 解 で あ っ た !
まず最初に驚いたのは、結構覚えていた場面が多かったこと(^o^; さすが子どもで記憶力がいい頃に見ただけはある。今なんかもう、半年前に見た作品だってキレイサッパリ忘れちゃうもんね。
冒頭のオートバイ事故の場面、そして葬式でほとんどの人間がロレンスを批判する件り、そして蜃気楼や「砂漠は清潔だ」というセリフなどよーく覚えていた。
当時も子供心に「最初からみんなが口々に主人公をけなすなんて変な映画だなあ」と思ったもんである。
さて、考古学者であったT・E・ロレンスが第一次大戦下のエジプトで情報将校として赴任したのが1914年。当時のアラビア半島はトルコが圧倒的な権勢を振るっていたが、大戦勃発に伴い英国はアラビア人たちに独立のための反乱を起こすよう支援する。と言えば聞こえはいいが、もちろんその背後には中東における権益を狙って欧州各国の思惑がウヨウヨと蠢いているのであった。
映画はロレンスがアラビア人の軍事顧問として華々しい活躍をした後1918年に英国へ去るまでの数年間を描いている。
前半は50人の精鋭を率いて砂漠を横断し、港湾基地のアカバを攻略。まさに英雄的な戦果をあげてドドーン盛り上がったところで休憩に入る。後半はトルコへのゲリラ活動と、部族が集結した反乱軍による首都ダマスカス進軍。この過程でロレンスの理想は挫折しあらゆる面で泥沼へと転がり落ちて行く。
その描き方はつかず離れず、そして英国流の辛辣さに満ちている。何重もの利害が絡み合う国際政治の複雑さは、すべてカイロの英国軍司令部の描写に集約されている。なんでもこの時英国は二枚舌どころか「三枚舌外交」だったというのだから大したもんだ。ここにひと癖もふた癖もありそうなベテラン俳優たちを使っているのがうまい。
このような策略渦巻く世界と、遊牧民たちのある意味直球な世界を表象する砂漠を往復する主人公は、結局どちらの世界にも所属できず去り行くしかない。その、後半に至っては異常とも言える心理状態を暴きたてるように迫っていく演出や脚本は見事なものだ。同じように反乱を指揮した人物を描いたソダーバーグの『チェ』のアッサリ味とは対照的。
思うに、ロレンスが砂嵐の中でコンパスを失くしたシーンがさりげなくも転回点となっているようだ。この時、彼は西欧的な「知」を捨てたのだろう。この後、彼は遊牧民たちに肩入れし彼らの側に立つようになるが、同時に自らの力を過信し、作り上げられた英雄像に彼自身も陶酔するようになる。ここに描かれているのは決して英雄の悲劇ではなく、世界を相手にしていながら自己の檻から逃れられなかった者の無残さであろう。
映像はさすが「ああ、大画面で再見できてよかった~(*^^*)」とつくづく幸せに感じられる迫力だった。砂漠と青空、太陽と影の美しさ、大人数のエキストラを駆使したダイナミックな戦闘シーンにはひたすら圧倒される。それから砂漠の中を走る機関車が爆破されてコテンと転がるのをロングで撮った場面も感心。どうやったのかと思うが、なんでもこれはスペインで撮影されたそうで、運転していたのはスペイン国有鉄道の機関士だとか。神技です
しかし、一番印象的なのはなんと言ってもアリが蜃気楼の向こうから登場するシークエンスだろう。ここは3分ほどの長さあるそうだが、別に本筋には関係なく10秒でいきなり現われても構わないような部分である。
その間音楽も流れず、聞こえるのは衣服が風にはためく音ぐらいなものだ。にも関わらず、緊張感で目を離すことができない。アラビア人のガイドだけは何が起こりつつあるのか知っているのだが、ロレンスと観客には全く分からない。その顛末は、この土地が完全に異質な条理によって支配されていることを思い知らせるのである。こればっかりは、小さなTVモニターで見たんでは緊張感半減に違いない。映画史に残る名場面とはこのことだ。
ラストの冒頭へとループするバイクの疾走まで、このようなスタイリッシュな映像に埋め尽くされている。当時の映画青年たちはこういうのを見て萌えたのだろう。
映像同様、モーリス・ジャールの流麗なスコアも素晴らしい……と言いたいところだが、残念ながら音声の方は映像に比べて今イチな復元度で、音楽もややピントがボケて欠けて聞こえた。ノイズのある部分とクリアな部分がモザイク状になってるんだもん。もう少し何とかして欲しい~
ついでながら、テアトルタイムズスクエアの椅子は座ってて尻が痛くなった。『ジュリオ・チェーザレ』のバルト9はそんなことなかったゾ(-゛-メ)
P・オトゥールはこの作品で新人ながら華々しく主役に抜擢されたそうだが、その演技は青い眼と同様に強い印象を残す。そしてアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされたが、残念無念ながらグレゴリー・ペックに阻まれ獲得できず。それが祟ったか、以後8回もノミネートされたが(8回目は2006年度)未だ無冠なのであった……(T_T) もっとも、役者関係以外の主要部門は数多く獲得しているから、作品としては結果オーライだったろう。
もう一人、アリ役のオマー・シャリフも強烈な人物を演じて巧みである。その他、アンソニー・クイン、アレック・ギネスなどベテラン勢はもちろん言うに及ばず。
あ、あと忘れてはならないのはラクダ君たちの好演ですね(^^)
それにしても、フ女子という言葉どころか概念すらなかった当時から、この映画はずーっとフ女子の妄想のネタであった。火のない所に煙を見て火事を妄想するのがフ女子の常ではあるが、この映画は既にブスブスとあちこちに炎が起きかけているではないか。
今回改めて見て、最初から最後までいかがわしい記号が画面の至る所に貼り付いているのに驚いたというか、感心したというか(^=^;
もちろんこれは制作者側の意図的なものだろうが(なにせ物語から女は完全排除されている)、公開時にはあからさまな描写は不可能な時代だったとはいえ、その却って隠蔽され抑圧された描写が妄想をいかがわしく煽るのである。殺戮!SM!!同性愛!!! よくぞこんなモンを作ったものだ。
まあ、これから先もこの映画のロレンスは妄想ネタであり続けるのは確実であろう。
さて、再見するきっかけとなった『ジュリオ・チェーザレ』だが、なんとこの映画の一場面を引用しているのに気づいてビックリした。こりゃ「同じ時代に設定している」どころか下敷きにしているのに間違いなし。詳しいことは向こうの記事に追記しました。
少し前に訳あって『地獄に落ちた勇者ども』をやはり××年ぶりに見たのだが、前回と全く印象が違っていて意外であった(実は昔はそれほど面白く思わなかった)。普通、名作旧作の類いはどうしても「昔一度見たからいいや」と敬遠してしまいがちだが、こうなると片端から見直してみなくてはならないかも。
しかし、新作を追うだけで手一杯なんだよね……。時間が足りん! 長文ブログ書くより映画見ろってか(^^;ゞ
【関連リンク】
《loisir-spaceの日記》
現在の中東情勢と重なる部分を指摘。
《月夜に晩酌》
ロレンス=ヒロイン説!キタ~ むむむ、でも納得です。
←これが発見された(^o^;パンフ。恐らく私が生まれて初めて買った映画パンフレットだろう。
スタッフ・キャストの紹介文に至るまで恐るべき熱とリキが入りまくりなのがスゴイ。昨今の中身がなくてペラいパンフを比べると腹が立ってくるぞ。
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コメント
お邪魔致します。
レビューを興味深く拝見致しました。
“ロレンスが砂嵐の中でコンパスを失くしたシーンがさりげなくも転回点となっているようだ。この時、彼は西欧的な「知」を捨てたのだろう。”
なるほどね、と思いました。象徴的なシーンでしたね。
ボクも今作のレビューを書いてますので、トラックバックをさせて下さいませ。
投稿: マーク・レスター | 2009年5月20日 (水) 00時48分
コメントありがとうございます。
TBはスパム以外はいつでもOKですよ。
これからもよろしくお願いします。
投稿: さわやか革命 | 2009年5月20日 (水) 06時38分
お久しぶりです〜
京都では今頃単館ロードショーにかかっています。
今日観てきました。私は大学の頃ぐらいかなあ、きっと名画座かなにかでみたんだと思う。でも、けっこう断片的に覚えてました。
正直、最近のハリポタよりもよくおぼえてるぞ。
復刻版のパンフが売っていたので買いました。
やっぱ、脚本もいいし、砂漠やベドウィンをみてると絵的にもうっとりするし、アリはかっこいいし、ひとくせもふたくせもあるじいちゃんやおっさんもおいしいですね。
投稿: しの | 2009年9月 2日 (水) 20時44分
私もつい先日見た映画なのに「あれ、ラストシーンはなんだったっけ?」などと思い出せない状況が多数であります(^o^;
単に記憶力の老化かしらん。
ロレンスとアリを除くと、かなりのオヤヂ萌え映画でしたな。
完全版は長いんで、時間の余裕がないとなかなか見ようと決意できないのが玉にキズであります。
投稿: さわやか革命 | 2009年9月 3日 (木) 07時08分