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2009年4月12日 (日)

「ルーヴル美術館展17世紀ヨーロッパ絵画」記念コンサート:あまりの混雑に地獄の門が開く、かも

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東京・春・音楽祭~東京のオペラの森2009
演奏:太田光子ほか
会場:国立西洋美術館講堂
2009年4月3日

この音楽祭唯一の完全古楽系コンサート。平日の昼間だが、休みが取れそうな時期だったので、よ~しfull朝から一日休暇を取って春の上野に行っちゃうぞ~と張り切っていたのだが、土壇場になって仕事が入り仕方なく午前中まで出勤。
一日二回公演だったので、こんなだったら後の回にすればよかったよ、トホホ(+_+)と泣きながら上野公演口の雑踏をかき分けて駆けつけたのであった。

美術館にたどり着くと桜cherryblossomは満開、ルーヴル美術館展は30分待ちという恐ろしい状況。しっかし(^○^)コンサート・チケットを持っている者は待ち時間ナシでそのまま入場できたのであったよok(なぜかチョビッと優越感)

会場の講堂は、まさに今時の講堂以外の何ものでもなく(改装したのか真新しい)視聴覚の器材が壇上横に出てたりする。ドアを閉めていれば完全に外の音はシャットアウトされるが、演奏の合間に人の出入りがあればたちまち騒音が容赦なく流れ込んでくるのだった。なにせ、すぐ外は展示室の入口があり人々で充満しているし、脇のロビーではルーヴルの解説ビデオを大きなプロジェクターで流しているのだ。

さて、リコーダーの太田光子を初めとする四人が最初にフレスコバルディの曲を合奏。その後はガンバ、リュート、チェンバロ、リコーダーの順で、それぞれ楽器について解説し実際に美術展の展示作品の中から関連作品を紹介して、ソロの演奏を行った。
例えば、リュートの金子浩はランベールの後にニコラ・ヴァレという人の曲を演奏したが、「リュートを持つ道化師」という絵はまさに同時代の作品だとのこと。

また、チェンバロは蒔絵をあしらった和風デザインの優雅なもので、ロココ時代の宮廷なんぞに置くのにはピッタリだった。実際、当時このようなデザインの楽器が置かれていたそうな。製作者も出てきて解説してくれた。
あまりにキレイだったので、演奏が終わった後でケータイ写真撮ろうかと思ったら、あっという間にワッと人が周囲に群がってできませんでした(x_x)

楽器紹介を順ぐりにやってしまうともうあまり時間がなく(1時間の予定なんで)、合奏曲を2曲しか聞けなかったのは残念無念であったng

会場の音は当然デッドだったけど、結構よく聞こえた。しかし、なんか(変な言い方だが)短いエコーのかかり方が妙にクリアだったのでおかしいなと思っていたが、やはりマイクを使っていたようだ。これは後ろの方の座席にいたから分かったので、もし前の方にいたら気づかなかったかも。それほどに微妙な調整の仕方だった。

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終了後はそのまま美術展を見られるのでどうしようかと迷ったが、折角30分待ちのところをゼロ分で入れたのだから……とにわかに貧乏性が出て会場に突撃。予想通り恐ろしい混雑であった(-o-;) 一つの絵の周囲に五重六重の人垣ができている。
人垣に突入する元気もなく、遠くから流し見状態でサクサクrunと進んでしまった。フェルメールの「レースを編む女」はちっこくてビックリ。一方、ラ・トゥールが来ているとはつゆ知らず、たまたま人垣が途切れていたので「大工ヨセフ」をしげしげと眺めさせてもらった。太田光子がコンサートで紹介していた、農民の少年がリコーダーを吹いている絵画も見ることができた。

美術館の外に出ると、やはりものすごい人波は変らず……dash 平日でこんなんでは土・日曜はどうなるのであろうかと思いつつ、恐れをなしてさっさと帰ったのである。

贅沢を言えば、絵画に囲まれた場所で演奏を聴きたかったなあ(^O^;)

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→さて、地獄は門の向こうか、それともこちら側か?


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コメント

ダウランドといい、今回といい、面白い企画物がいろいろあるのが、なんとも東京らしいです。特にダウランドは影絵付きなんて。ダウランドの歌曲は、カウンター・テナーが歌ってるCDしか持っていないので、太くて低い声で歌われたらどんなんだろう、と考えちゃいます。やっぱり、ブライアン・アサワがいいわ、わたしには。

17世紀のオランダ絵画は偉大ですね。フランスでは絶対王政のバロック時代で、神話や聖書に題材を取ったか貴族風俗を描いたものなのに対して、フェルメールに代表される家庭的な市民生活を描いた文化の違いには驚かされます。そして、そして、フェルメールの絵って日本人の心の琴線に触れるのか、とても好まれるんですよね。フェルメールの絵の前はいつでも人垣があって、拝むのが大変でしょう。

投稿: レイネ | 2009年4月13日 (月) 02時33分

|フェルメールの絵って日本人の心の琴線に触れるのか

似たような理由で、国も時代も違いますがA・ワイエスも日本人に好まれるのかと思いました。
フェルメールの実物は今回初めて見たんですが、サイズがとても小さいのと、ここだけはさらに十重の人垣になっていたので、遠方から「見た~ッimpact」だけでした。

ダウランドの曲は、各声部のソロで歌ったり二重唱したり合唱したり……と色々できるようです。
関連してダウランドの歌唱の記事を書きたいんですが、なかなかヒマが(>_<)

投稿: さわやか革命 | 2009年4月14日 (火) 07時01分

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