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2009年6月

2009年6月30日 (火)

「イムリ」第6巻

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著者:三宅乱丈
エンターブレイン(ビームコミックス)2009年

以前、1・2巻を紹介したことのある『イムリ』。
はや6巻目であります。

いや~、面白い \(^o^)/
最初は『ハリ・ポタ』みたいな魔法学校の話かと思わせて、その後はあれよあれよとドトーの展開であった。
この巻のラストでは遂に主人公は「救世主」として覚醒したのであろうか。

それにしても、ここまで完璧な異世界を作り上げて作品の中で破綻なく維持していくのは大抵のことではない。読者の方だって、なかなか設定を覚えられなくて何度も読み返したり……。
続きが早く読みたいぜッ(;'∀')=3

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2009年6月29日 (月)

「沈黙を破る」:道徳的にして怪物的

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監督:土井敏邦
日本2009年

パレスチナ紛争を扱ったドキュメンタリー。シリーズ化して作られていて、これが第四部とのことだが、以前の作品はみていない。

他の同じ題材のドキュメンタリーと違うのは、これがパレスチナ人と同じ頃に難民キャンプにいたイスラエル軍元兵士たちの双方に取材していることである。
そもそも「沈黙を破る」というのは元兵士たちによるグループであり、自分たちが行った加害行為を告白しイスラエル社会に現実を訴えることを目的としている。

ハイティーンの、それこそ二、三か月前までゲームセンターで戦争ゲームをやっていたような年齢の若者が難民キャンプの警護にや検問に送り出される。戦闘訓練を受けた若い兵士たちが、戦闘地域でもない場所に送りこまれて、自分の祖父母のような年齢のパレスチナ人に威圧的な命令を下す権限を持たされる。
その矛盾から引き起こされる残虐行為--取材された元兵士たちはこれは「イスラエルの病気」である、と断言していた。

中でも印象だったのは「自分はイスラエルの、そして母親(家族)の「拳」として使われたのだ」という若者の発言だった。そこには相当な怒りが内向して秘められているようであった。
また、子供の時に学校で「イスラエルの軍隊は世界一道徳的な軍隊だ」と教えられたが、それが真っ赤なウソであった、とも。

彼らのインタヴューを聞いていて、米国でイラクに派遣された元兵士たちの証言を思い出した。彼らもまた同様に自らのことを「怪物」と呼んでいたからである。
これは別にイスラエル~パレスチナ間の問題ではなく、近代的軍隊を持つ国家全てに共通する「病気」であるかも知れない。
そういう意味でこのドキュメンタリーは普遍的な問題を提出しているようであり、日本に全く無関係なものではないのだ。
もっとも、「沈黙を破る」グループが開いた写真展の場面では軍服を着た現役の兵士たちも見に来ていて、なんとライフルdangerを抱えているのだった(市内パトロール中?)。日本では絶対あり得ない光景だろう。そういう点では彼の国との違いをヒシと感じた。

また、爆撃された難民キャンプで、完全な瓦礫と化した自分の家を掘り起こしてなんとかトラの子の貯金dollar(三百万円ぐらい)を探し出そうとするパレスチナ人のおとーさんが登場する。
彼は数年後(結局、金は見つからなかった)に再び取材されて、「全てを忘れるしかない、でなければ前に進んでいくことができないから」と答えていた。
一方、過去のトラウマに悩むイスラエルの元兵士たちは「忘れることは難しい」と語る。一見、対照的な発言ではあるが双方共に同じことを話しているように思えたのは私だけだろうか?

それにしても「道徳的な軍隊」とは……なんと矛盾した概念だろうか。しかし、国家はそれが可能だと前提しているのだ。

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2009年6月28日 (日)

「ザ・ルッキ・ファイルズ」:30年分のファイルをひもといてみれば

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アムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテット結成30周年記念公演
会場:東京文化会館小ホール
2009年6月24日
宣伝の写真はU2もどきだが、実物はこんなんではありません→

古楽を聞き始めた頃によく行ったアーティストというと、
1番 タリス・スコラーズ
2番 アンサンブル・クレマン・ジャヌカン
で、3番目にこのアムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテットが来る。彼らは4人組のリコーダー・アンサンブル。当時は来日する度にコンサートに行ったもんである。
しかし、なぜかはよく覚えていないが、一時聞きに行くのをやめてしまい、しばらくして(10年前ぐらいか)再び熱意が復活して来日公演に行った。だが、その後メンバーが交替してしまい美人のオネーチャンを含む若手二人が入って、しかも曲目から古楽系が消えてしまったようだったので、その時の公演はパスした。

今回は結成30周年記念ということでベストCDが出て、さらにオリジナル・メンバー復活の再結成コンサートということで行ってみた。

相変わらず舞台の床には様々な形のリコーダーが所狭しと置かれている。リコーダーというと小中学校でやらされたリコーダーしか思い浮かばない人にとってはビックリだろう。「ええっ(!o!)リコーダーってこんなに種類があるんかいtyphoon」ってなもん。
さらに四人がそれを取っかえひっかえ使用して、座る場所も曲ごとに交替。低音部担当、高音部担当なんてのは決まってなく、ある時はソプラノ・リコーダー、またある時は自分の身長よりも遥かに長い超低音用を吹く--というのも、昔と同じ。
どのようにアンサンブルを揃えているのかもよく分からない。気がつくと曲がさりげなく始まってたりして、やはり長い付き合いのグループなので阿吽の呼吸というヤツなのだろうか。

昔と違っていたのは客席の方である。驚いたことに9割以上が女性。若い人もいたが、多くは中高年のオバハンである。過去の彼らの公演ではこんなことなかったぞ。いつの間にかこんなに女性ファンが増えたんだ(?_?;
しかも、さらに彼女たちは知りあい同士が多いらしく、やたらと挨拶したり声かけあったりしている……。おしゃべりを耳ダンボear状態にして聞いてみると、どうも自分たちでもリコーダーをやっているような感じ。

こ、これは……(~▽~;;
想像するに、たくさんのオバサン会員を抱える巨大リコーダー教室チェーンがテコ入れして集団でチケット購入したのではないかと--dollar
まあ、そんな巨大リコーダー教室が日本に存在するのかどうか怪しいが。

曲目は前半はヴィヴァルディの協奏曲を編曲したものに始まり、パレストリーナ、そしてバッハの「フーガの技法」は対位法が効くーっ~(^o^)~
古くからのレパートリーであるスティヴィー・ワンダーの「サンシャイン」も披露して客席を沸かせていた。

後半は一転してピアソラなど現代曲から開始。締めはやはりタリス、パーセルへと戻って終了。
しかし、アンコールがまた喝采を呼んだ。最初は何の曲だか分からずやがて客席から「ホーッ」とため息のようなどよめきを生んだ「千の風になって」、そして古楽っぽい「アストンのマスク」、いったんブチ壊して再構築したような編曲の「エリーゼのために」。
個人的には2曲目の「マスク」が気に入ったが、アストンという作曲家は全く知らず。もしかして16世紀の作曲家かしらん? でも、いつの時代の作曲家でも納得してしまうような曲であった。

ところで、S・ワンダーの曲について彼らは長いこと「作曲者不詳」とクレジットしてきたのだが、パンフにD・ブリュッヘン当人からの解説が載っていてようやく理由が判明した。私が想像していたのとは違っていたのでよかった。

ALSQのようなリコーダー・アンサンブルは海外でも日本でも幾つも出てきているが、やはり録音・生ステージ共に彼らが群を抜いている存在fujiだと思う。編曲や実際の演奏に鮮やかでキレがある。何度聞いても飽きないし、見ていても面白い。

さて、後半の中ごろにやったミニマル・ミュージックっぽい「フェード・コントロール」(カルディーニ作)という曲は、前にも聴いたことがあるような……と思って調べたらやはり10年ほど前のコンサートで聴いたのだった。こちらのサイトの記事で紹介されている。

今回のコンサートでは通常のリコーダーを使用していたが、記事の中にあるようにこの時は極めて特殊なリコーダーを使用していた。白い平べったい長方形の箱をつなげたような形である(言葉では説明不可能ban)。
音もなんだか特殊でまるで雨だれが連なっているようなイメージで、聴いているうちに客席全体が夢幻の境地へと誘われていくようであった。現代曲というより、アフリカで採取してきた民族音楽を復元演奏しているみたいで、ポリリズムっちゅうのはこういうもんか、などとも思った。
今回はあのリコーダーじゃなくてちょっと残念である。

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というわけで、満足印fullのコンサートだった。ただ、客席の雰囲気は……(^^? 7月の「リコーダー祭り」もこんな感じなのかね(-o-;)

←巨大リコーダーの一部

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2009年6月27日 (土)

「消されたヘッドライン」:記事を書く前に事件は進むよ

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監督:ケヴィン・マクドナルド
出演:ラッセル・クロウ
米国イギリス2009年

元は英国の社会派ドラマTVシリーズを米国を舞台にリメイクしたものとのこと。監督は『ラストキング・オブ・スコットランド』のケヴィン・マクドナルドである。

若手議員の女性スタッフが地下鉄で死亡。折しもその議員は公聴会で民間軍事企業を追求しようとしていたのであった。スキャンダル勃発に永田町は……ぢゃなかったfootワシントンは大揺れ。
主人公の記者は議員の旧友で、業績不振脱出を目指す編集長からスクープ記事を書くように命令されるのであったが……。

この主人公がボサボサのロン毛で、メタボ体型のだらしそうな中年男。まさに昔気質の「ブンヤ」という印象である。(対照的に、相棒となるネット配信記事担当は若くて美人のオネーチャン--というのはお決まりですかな(^o^;)

さすがハリウッド(!o!) 話題の民間軍事企業(ブラックウォーターみたいなヤツか)を早くも取り上げている。
当然ながら、話は二転三転……五転六転ぐらいしちゃう。TVシリーズならこの展開はいいかも知れないが、2時間でこりゃ展開し過ぎである。ヘッドラインが「消され」ちゃうのは、ストーリーが転がり過ぎて記事を書いてるヒマがないからじゃないの?なんて疑っちゃうのであった。
そしてラストは原作にないドンデン返しを付けたそうだが、これがあまりに驚愕の展開で「泰山鳴動してネズミ一匹」状態になってしまったのであったΣ( ̄□ ̄ll) ガーン
なんだよ、そういう話だったんかいdown ヘナヘナと脱力状態である。

最後は滅びつつある紙メディアの「新聞」にエールを送りつつ終了。ネットに押される古きよき映画と新聞--同病相憐れむという感じでしょうか。

まあ、最近数少なくなってきた社会派ものなんで点数は甘くしとこう。
それにしても、軍事企業の儲けは実は海外の紛争地よりも米国国内の方が大きいという話が出てきたが、本当だろうか。こりゃオドロキsign03である。

主役のラッセル・クロウはダルい中年男で頑固者という設定だが、時折人懐っこい笑みをニコリンchickとみせるところがなんとなく憎めない。往年のファンはブヨブヨした彼は不評だったようだが、私はむしろオスカー受賞者crownというのは伊達ではないと改めて思った。

議員の妻役のロビン・ライト・ペンはちょっとフケたけど、相変わらず美人shine。でも、こんな美人でもダンナに嫌われてしまうのね~( -o-) sigh...

編集長役は役柄的には単にウルサイだけのオバハンだけど、さすがヘレン・ミレンが演じれば貫禄&迫力充分。彼女に「はよ原稿出せー」と言われたらコワくて「ギャーッ!書きます書きます」と1時間で書きあげちゃうぐらいだ。

ベン・アフレックは……いくらなんでも彼とラッセル・クロウが大学時代のルームメイトという設定は無理じゃないの。主人公がギリギリまで留年してたというなら……やっぱり無理無理(^レ^;)

ところで、前作見ていた時も感じたんだけど、この監督さんてホモセクシュアルじゃないのかね? ま、他人様のプライベートでありますけどban


主観点:7点
客観点:7点

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2009年6月21日 (日)

「強いられる死--自殺者三万人超の実相」

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著者:斎藤貴男
角川学芸出版2009年

1998年より3万人を超え続けている日本の自殺者の実相に迫るルポ。自殺という現象自体よりその背後にある原因の一端である企業組織、郵政問題、過重労働、多重債務、学校、自衛隊などのもとで、自殺に追いやられた人々を取材している。
まだ係争中の事件も幾つかあり、裁判でここに語られている通りが認められるか不明だが、とはいえ恐ろしい事例が幾つも登場する。
読んでるとウツになりそうであるdown

しかし一方でボランティアで自殺を食い止めようとしている人や組織も紹介されていて、ホッとする部分もある。


さて、この本とは別に耳にしたことだが、日本の年代別死亡原因の順位を見ると、二十代~三十代の一位に来るのはなんと自殺だという! 先日出たばかりの「日本国勢図会」の最新版で確かめたら本当にそうだった。しかも、そんな国は他にはないというのだ。

いや~、なんと!未来のある明るい国ですねーヾ(^^#)ゝヾ(^^#)ゝ
※注-もちろん皮肉である(念為)。

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2009年6月19日 (金)

バッハ「マタイ受難曲」:腐ってもリフキン

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磯山雅presentsバッハの宇宙完結編
音楽監督:磯山雅
指揮:ジョシュア・リフキン
演奏:ケンブリッジ・コンツェントゥス、くにたちiBACHコレギウム
2009年6月14日

あのリフキンが「マタイ」をやるという。場所は京王相模原線の橋本という所にある「杜のホールはしもと」だという。
なに~(?_?; 橋本?聞いたこともねえぞ。そりゃどこの地の果てだ???
しかし、あのリフキンである。腐ってもリフキン(いや、別に腐ってるわけではありませんが(^-^;)、例え地の果てだろうとこれは万難を排して聴きに行かずばなるめえ。

橋本住民の皆さん、すいませんm(_ _)m
橋本は立派な都会でしたshine たどり着くのに2時間かかるかと思ったけど、さすがにそんなにはかからずに行けた。そしてホールは駅前ゼロ分にある、500人ほどの規模ながらバルコニー席もある立派なものであった。
素晴らしいぞfuji羨ましいぞspa相模原市民ヽ(^^)/\(^^)、

この「マタイ」の売りの一つ目は「日米の若手が結集」して、それぞれが第一・第二グループに分かれて競演ということである。もっとも、日本側の器楽奏者はヴァイオリンが桐山健志、大西律子、荒木優子など、オーボエは尾崎温子、通奏低音にはダブル西澤、大塚直哉が入ってるんだから、こりゃ中堅~ベテランと言っていいくらいだ。看板に偽りありかsign02 歌手はホントに若手のようだけど。

それから、二つ目は舞台上の配置。これは驚いた。そもそも普段見慣れているのとは左右逆で、日本人による第二グループが左側にいる。で、米国人の第一グループは右側なんだけど、これが左右対称ではない。真ん中にいる日本の通奏低音グループのすぐ隣りに米国のヴァイオリン・トップが来る。だから左端の一番客席の近い方には第一グループの通奏低音が来るのだった。
しかも歌手はさらにその両端に第一と第二に分かれて並んで、互いに向かい合うように立っているのだった。その数なんと4人ずつで計8人……。リフキンによると、バッハの指示通りだと女中やユダ、ピラト役の歌手は合唱には参加しないのだという。それで後ろの方でさらに3人控えていた。
だとしたら、当時は出番の多いピラトはともかく、他の楽器の奏者などが兼ねて歌っていたのだろうか? 実際、女中役の女性は前半では一人でソプラノ・イン・リピエーノを担当、さらにリコーダーまで吹いていたのであった。

演奏が始まった時、なんだかちょっとアンサンブルに乱れがあったような気が……。もっとも、トーシロなのでよく分からないが。あと、米国側の通奏低音が今イチな感じもした(ただ、後半は持ち直したみたいだけど)。日本側のBCの方がよっぽどキレがよく聞こえたのであった。

歌手については、第一グループのテノール兼エヴァンゲリストのジェイソン・マックストゥーツという人は、体格は豆タンクみたいながら、歌い出すとなんと意外にも明るく軽い声質でハイ・テナーか?ってなもん。マルコ・ビーズリー系のテノールなのだった。彼は他の歌手がアリアをやってる時以外は歌いっぱなしでご苦労さんです。
バス兼イエスの人もやはり明るめの声で、イエスなのに重厚さが足りんdashとか言われそう。もっとも、今回の公演では却ってそれがよくハマっていた。
大柄なソプラノは文句なかったが、アルトの女性はなんだかパワー不足か楽器に埋もれてよく聞こえない場面があった。

第二グループの日本側の歌手は--よく分からないんではありますが、下手ではないんだけど、なにかスルメイカのような噛み締めれば噛み締めるほど出てくる味というようなものに欠けているようだった。まだ、若いんでこれからの精進に期待したい。

ガンバは日本人の奏者だったが、時折音がすっこ抜けたりひっくり返ったように聞こえた。肝心の名曲がトホホ(TOT)なものに……。いくらなんでも、もう少し上手い人がいたんぢゃねーの--と思ったのはナイショsecretである。

ともあれ、第二グループの楽器と第一グループの歌手についてはほとんど文句はナシ、である。

さて今回のリフキン方式についてだが、二つのグループの歌手が離れて対置されてることで合唱同士の応答などはよ~く分かった。そして、これまでだと「拝聴」している感じだったが、まるで「遭遇」しているような効果があった。
それを一番感じたのは、イエスの逮捕直後のソプラノ・アルトの二重唱だった。女声二人が恐ろしさと不安に寄り添うようにして、その場にいるが如く描写して歌い、対置する第二グループの合唱が応えるのを聴いた時に、あたかも捕らえられたイエスが眼前の空間を通り過ぎて行く光景を目撃しているようなイメージが浮かんできたのである。これまで何回かマタイを聴いてきたがこんな事は一度もなかったのでいささか衝撃的だった。

ただ、全体的に見るとどうも一つ物足りない。よく料理を作って味見した時に「うーむ、何か味が足りんなあ」と思うことがあるが、この時に欠けていたのは一体、塩かミリンかかつおダシか、それとも未知の調味料か(?_?) よく分からんが。
それと、個人的にも調子が悪くて途中で頭痛薬飲んだら副作用で眠気虫bombが出現したのもいけなかったのかも知れない。

だが、終演してホールを出た時に側を歩いていた中年の夫婦が「いや~感動した。音楽で感動するってなかなかない事なのに、こんなに感動したのは久し振りだ!」と嬉しそうに話していたのを耳にすると、やはり腐ってもリフキン(腐ってるわけではないが)、調味料が足りなくてもバッハはバッハcrownということだろうか。
それに、家へ帰ってしばらくの間バッハ以外の曲を聞きたくなくなってしまったのが不思議よ(?_?;
とにかく「尋常」あるいは「予定調和」ではない「マタイ」であったことは確かだろう。

【関連リンク】
《I教授の談話室》
橋本公演はほぼ満員だったようですが、大阪は客が少なかった?

《緑のクジラ》
なかなか他の人のまとまった感想が少ない。こちらは過去の名演を体験している人のブログ。

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2009年6月14日 (日)

バッハ・コレギウム・ジャパン第85回定期演奏会:我が葬式で流して欲しい曲はこれだっ!

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バッハ:モテット全曲
会場:東京オペラシティコンサートホール
2009年6月10日

まず最初に謝らなければなりません。
バッハ先生、すいませんでした。m(_ _)mペコリン
「モテット」と言ったら、やっぱり地味~な(だけど歌うのは難しいらしい)合唱曲というイメージがぬぐい切れないわけである。
だが、バッハのモテットがこんなに「熱い」音楽だったとは思わんかった!反省ですdown

BCJでモテットは以前確か聴いたような気がするなー、と思って確かめたら過去にレクチャー「マニフィカト」との組合わせの特別演奏会があった。たった五年前のことなのにスッカリ忘れていた(^^ゞ それよりずっと前にも全曲演奏会があったらしいが、多分聴いてないはず。

今回のBCJ定期はそのモテット全曲--に加え、通常は範囲外のBWV118や偽作の疑いがあるBWV159も演奏した。
ソロは野々下由香里と松井亜希、LFJ→ポッペア→と連続活躍オツ!のダミアン・ギヨン、ドミニク・ヴェルナー、テノールは水越啓と谷口洋介が担当していた。合唱はソプラノが三人ずつで、他の声部は二人だった。

前半はソロ部分が際だっていた227番がよかった。それから後半のやはり最終の225番で、2曲目のソロと合唱のかけ合いが対比的で歌詞の内容をクッキリと浮かび上がらせていた。
合唱全体ではエネルギッシュで躍動的なイメージさえ感じた。とても、ほとんどが葬式用だったとは信じられねえ~(^O^;) バッハのモテットは古い様式のまま作曲されているそうだが、そのせいかコーラスのポリフォニックな響きがカンタータなどより目立っていて、私には心引かれる所が多かった。
それにしてもやっぱり専門の音楽ホールはいい。合唱の区切りごとに気持ちよいエコーが広がっていくのを聴いていると、催事場(←まだしつこくこだわっているannoy)なんかとは全然違~う。
とにかく久し振りに満足印fullが付けられるコンサートであった。野々下さんの声も久し振りにじっくり聴けてウレシイっ(*^^*)

ところで、BWV118は他のモテットと違って器楽演奏だけの部分がある曲だ。実は、これだけはコンチェルト・パラティーノの録音でさんざん聴き倒してきた。BCJのは「第2稿」だったが、コンチェルト・パラティーノの方は当然ながらコルネットやトロンボーンが入っている稿である。
解説で鈴木(兄)氏は「あたかも葬列を想像させるような音楽」と書いているが(それでも葬列にしてはかなり速い方では(^^?)、こちらの方ではもっと速いテンポでしかも弦の代わりに管楽器だから華やかな感じさえする。しかし、今回じっくり歌詞を読んでみると確かに葬式向けの曲ですな。
私も自分の葬式の時はこういう曲を一つ派手にやってもらいたいもんだ \(^o^)/ 坊さんのお経なんか辛気くさくってゴメンだい。

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なお同じく解説パンフで少しだけ触れられている、バッハが編曲したパレストリーナの「ミサ・シネ・ノミネ」もこのCDに収録されている。管とコーラスが完全に溶け合って響いて、まるでよーく煮込んだカレーやシチューのように聞こえる。

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ザ・ニュースペーパーLIVE2009

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会場:中野ZERO小ホール
2009年6月6&7日

TVにも出てますます人気上昇中のザ・ニュースペーパー。最近は都心での本公演のチケットは、トライすれど毎回手に入らず、仕方なく「地方巡業」に行く羽目に……。
あ、中野を「地方」なんて行ったらイカンですね(^^; 東京二十三区だというに。比べたら私の住んでる所など地の果てdashでありますよ。

でも、さすが中野(!o!) 女性、しかも若い人も多い。やっぱり中央線沿線--うらやましいのう。私も金があったら住みたいもんだ。ま、無理ですが。

最初に登場するのはなぜか新興宗教の教祖のようにアヤしいハトヤマ(兄)代表。続いて未だ人気のコイズミ、そして間を飛ばして(笑)現われたのはアソウ総理であった。これがまたさらに類似度が上がってきたようで、ホンモノともはや区別がつかないくらい。最後に付く無意味な「ワッハッハッempty」という笑いまでクリソツであった。

一番期待していたのはハシモト・ヒガシ・イシハラ知事トリオのコント。残念ながら司会役のタハラソウイチロウは欠席だったが、終わりの方で期待通り「四人目の知事」モリタが登場して喝采を受けていた。

最後は、前回行った三郷市の公演ではカットされていた「ご家族」コーナー。内容は書けんが見れてヨカッタ!
さて、次回公演(9月)に行く頃はまた総理が交替してるかな~(^O^) 楽しみよ。


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2009年6月13日 (土)

四十年一昔--ではないが

「ミュージック・マガジン」誌で創刊40周年記念ということで、1969年から昨年までを3期に分けて、それぞれ期間のアルバム・ベスト100を発表した。評論家40人による投票という形式である。

1969~1979年
1-ザ・ビートルズ『アビイ・ロード』
2-ニール・ヤング『アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ』
3-ザ・バンド『ザ・バンド』
4-フェラ・クティ『ゾンビ』
5-ザ・ローリング・ストーンズ『レット・イット・ブリード』
6-ボブ・ディラン『血の轍』
7-キャロル・キング『つづれおり』
8-ジョン・レノン、プラスティック・オノ・バンド『ジョンの魂』
9-スライ&ザ・ファミリー・ストーン『スタンド!』
10-  〃  『暴動』

驚いたのはスライ&ザ・ファミリー・ストーンが二つも入っていることだ。いや、私だってスライ・ストーンの才能を疑うものではありませんが……(^=^; 下位も入れるとローリング・ストーンズ強しpunchという印象あり。
11位にはスティーリー・ダンの『彩(エイジャ)』が入っているが、「さわやか革命」をHNにしている私には不満なのは言うまでもない。
100位まで見ていくと「当然入っていても良さそうなのに影も形もない」ミュージシャンやバンドが多数で意見が紛糾しそうである。


1980~1989年
1-トーキング・ヘッズ『リメイン・イン・ライト』
2-ザ・ポップ・グループ『ハウ・マッチ・ロンガー』
3-ザ・クラッシュ『サンディニスタ!』
4-プリンス&ザ・レヴォリューション『パープル・レイン』
5-ドナルド・フェイゲン『ナイトフライ』
6-ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン"En Concert A Paris Vol.1"
7-ルー・リード『New York』
8-大滝詠一『ロング・バケイション』
9-キング・サニー・アデ『シンクロ・システム』
10-U2『ヨシュア・トゥリー』

個人的にはこの頃あたりが一番熱心に音楽聴いてたかなーという気がする。今はもうそんな根性はない。
プリンスは11位にも入っていて彼の絶好調期だったといえよう。『ナイトフライ』の5位にはビックリ。そんなに人気があったんかい……。
大滝詠一は三期通して唯一ベスト10内に入った日本人ミュージシャンである。


1990~2008年
1-Beck『オディレイ』
2-ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』
3-ボブ・ディラン『モダン・タイムズ』
4-レディオヘッド『OKコンピューター』
5-ソニック・ユース『GOO』
6-マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン『ラヴレス』
7-ジェフ・バックリィ『グレース』
8-マヌ・チャオ"Proxima Estacion: Esperanza"
9-カエターノ・ウェローゾ『リーヴロ』
10-マッシヴ・アタック『ブルー・ラインズ』

いきなりこの期間は約20年間分だ。なので、どうしてもランク上位に来てるのは90年代のものが多くなる。ベックは本当に人気あるんですなあ。私はダメでしたが。
個人的には5と6は、もしCDに溝が付いてたらその溝がすり減って無くなるぐらいによく聴いたアルバムである。

全期間通して上位に入り続けていたのはボブ・ディランだろう。この息の長さはさすがというか「妖怪級」waveとしか言いようがない。
さて、こういう過去を振り返ったランキングは恐らく10年前にやっても10年後にやっても同じにはならず、全く違ったものになるだろう。ミュージシャンが存命していてずっと作品を出し続けているか、あるいは亡くなってしまっているか(バンドだったら解散か)によってもかなり違ってくるだろうし。
そういう意味では、歴史とは現在の反映である、というのがよ~く分かった企画であった。

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私が「ミュージック・マガジン」誌を買い始めたのは多分1976年頃からだと思う。以後一回も欠けることなく買い続けている(マジに!)。5年ほど前に引っ越しするまでは全冊取っておいたが、さすがにその時捨ててしまった。近年はもう特集記事にはほとんど興味を引かれなくて、今でも買っているのはアルバム・レヴューのためと半ば惰性である。

←ナンシー関描くソニック・ユースがカッコよ過ぎて捨てられなかった号

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2009年6月 8日 (月)

「ポチの告白」:警察の警察による警察のための警察

監督:高橋玄
出演:菅田俊
日本2006年

公開は1月からされていたのだが、あまりの長尺に(3時間15分超)ズルズル迷って、遂にこの時期になってしまった。東京での(?)最終上映日にエイヤッrunと駆け込み鑑賞である。
内容がかなり直裁な警察の内情暴露&批判のため、2005年頃には完成し映画祭で上映されたが、その後一般公開の目処が立たなかったという。映倫も通っていないとのこと。

交番に立つ実直な「おまわりさん」である主人公がひょんなことで上司に気に入られて刑事に昇進。そこから彼が荷担するようになる警察内部で公然行われる「悪事」の数々が実録風に描かれていく。
その幾つかはこれまで雑誌などで目にしたものだった。ここ数年話題となっている組織ぐるみの裏金作り。意図的に作り上げられる交通違反。暴力団と組んだ拳銃摘発のヤラセなどである。また、事件の中心人物か「自殺」するのは、警察の不祥事だけに関らずよく起こることだ。
その他にも、これでもかっ!というぐらいに次々と出てくる。多分、特別出演もしている寺澤有などが取材した細かいエピソードをつなぎ合わせたものなのだろう。「善事」とか自浄作用みたいなことは一つもない。悪に始まり悪に終わる。救いは何もないままだ。

最初は昇進させてくれた上司の恩に報おうと懸命に働いていただけの主人公が、やがて積極的に悪事を担っていき、遂には--という過程は見ていてゾゾッとしてしまう。三時間超の長さはあまり気にならなかった。
……のではあるが、やっぱりチト長過ぎ。もうちょっと編集などで短くして欲しい。おまけに会場のアップリンクの椅子はどうも体に合わん。尻が痛くimpactなってしまってラスト30分はモゾモゾ動かしてしまったゾ。

権力を行使する者がモラルを持たなければ、それは封建時代となんら変らない状況だろう。少なくとも「民主主義」とは言いがたい。民主主義社会に生きる者としてはモラルが存在すると信じたいが、残念ながらかなりアヤシイのである。そして組織はただ自らを維持するためだけの組織となっていく。
それにしても告発が全く日本のメディアでは取り上げられず(マスコミの批判的な描き方も相当なもんだ)、結局は外国特派員協会頼みしかないとはいささか寂し過ぎ。結局は「黒船」が来ないとなんも動かないのはお国柄か伝統か(^o^;

しかし、一番ゾッとしたのは「夜に若いヲナゴは絶対一人で交番に行ってはイカンdanger」ということだろう。いや~、マジにこりゃ怖い(>y<;) 昼間でも交番に近付くどころか、自転車に乗ったおまわりさんやパトカーを見たらサッと身を隠さなくちゃ。年頃の娘を持つ親御さんも是非注意しましょうban

主人公を始め中心人物の役者さんたちは熱演で文句ないのだが、「告発側」の二人はいささか物足りん。
また、録音器材のせいなのかセリフが良く聞き取れないのも参った。一番よく聞き取れたのが、韓国マフィアのカタコト日本語だというのではしょうがないぞ。
あと、立てこもり事件を見物するオバサン達がどこからか引っ張ってきたトーシロの方々なのか、ただ立ってるだけなのには笑ってしまった。私σ(^-^;)に言ってくれれば「興味津々のあまり黄色いテープを破らんばかりに身を乗り出す野次馬根性のオバハン」を熱演したのに~。


感想とは別に思ったのは、これほど告発調でなく上映時間がもっと短くてもこの映画が順調に公開できたのかということ。社会派映画というジャンル自体、日本だけでなくハリウッドあたりでもかなり減少しつつあるからだ。


告発度:10点
カタルシス度:3点

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2009年6月 6日 (土)

NHK教育「芸術劇場~ラ・フォル・ジュルネ音楽祭」感想

最初は録画して後で見ようかと思いましたが、結局そのまま最後まで見てしまいました。

1-バッハ・コレギウム・ジャパン:カンタータBWV78
2-ビオンディ&エウローパ・ガランテ:ヴゥヴァルディ「四季」
3-ドロットニンホルム・バロック・アンサンブル&バーバラ・ヘンドリクス:ペルゴレージ「スターバト・マーテル」
4-ピエール・アンタイ&ル・コンセール・フランセ:カンタータBWV33

BCJは翌日に「催事場」ホールで同じ曲を聞いたが、会場のせいか録音のせいか、合唱の迫力がかなり低下して聞こえたのは残念。2曲目の二重唱はその時も感じたことだが非常に速いテンポの演奏で、喜び勇んで小走りに歩んでいくrunという歌詞の内容と合わせている。またレイチェル・ニコルズがその躍動感をうまく表わしているなあと改めて感じた。ちょびっとレイチェルたん萌え~heart01
りり子女史や三宮氏など他の奏者はちゃんと映されてたのに、チェンバロ担当の大塚氏だけ忘れ去られていたのは残念無念sweat02であ~る。

ビオンディの「四季」は録音でしか聞いたことがないが、それよりもずーっとアクの強い演奏になっててビックリした。あともう少しでレッド・プリーストになりそう(^o^;
しかも、全曲完全放送だったのも驚きimpact 日本における「四季」の人気の強さを知る思いであった。LFJでもいつか「完全四季祭り」みたいのをやったらどうだろう。どの時間、どの会場に行っても「四季」が演奏されてんのfuji いや、私が行くかどうかは別ですがね(^O^)

3は、歌手お二人の唱法が完全に私の守備範囲外なのでパスッpaper

4はやはり同じ曲を翌日聞いた公演。その時よりダミアン・ギヨンがずーっとよく聴こえた(&見えた)。オーボエも同様。
ギヨン氏、BCJのモテット公演にも出るので楽しみよ(*^^*)

TV放映だとソロを取ってる歌手や奏者の後ろにいる人たちが、やたらと目に入って困るのよ。つい、そっちの方に注目しちゃったりして(^=^;
4だと「お、ファゴットの美男のおにーちゃん、完全休憩モードだな」とか……japanesetea

結論としては、2か3の代わりにラ・ヴェネクシアーナのブクステフーデをやって欲しかったのう。

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2009年6月 3日 (水)

「天使と悪魔」:日本ではあの教授に対抗して欲しい

090603
監督:ロン・ハワード
出演:トム・ハンクス
米国2009年

前作『ダ・ヴィンチ・コード』は詰まらなかったということしか覚えていない。いや、詰まらないというよりは、そんなに苦労するよりは素直に犯人の名前書き残せば(^^?などと思った記憶がある。
そもそも自分が感想を書いたかどうかさえ忘れていたのだがちゃんと書いていたのだねえ(感動です(^^;)。さらに、その年の栄光ある「ちゃぶ台ひっくり返し賞」にも選んでいたのだった。年取ると自分のしたこともスッカリ忘れちゃうもんなのだ★(>_<)★アイタタタ

さて、その続編が前作よりは面白いというウワサなので、ご近所のシネコンの割引券を使って見てきた。映画では「続編」だが、原作ではこちらが第1作目だとのこと。
なるほど、こちらではタイムリミットがあってヴァチカンやローマ市内を主人公たちがドタドタと駆け回らなければならないのは納得できる。もっともそのために、『24』みたいだという意見が出るのも仕方ない。

で、忙しいのなんのって、折角の名所旧跡もあーっsoonという間もなく通り過ぎてっちゃう。勿体なや。
おまけに「お、なかなかカコエエじゃん(^Q^;)デヘデヘデヘ」と思った俳優さんに限って早々に退場しちゃってこれまた残念。
あんまり忙しいので原作にはあるらしい科学と宗教の問題なぞどこかにふっ飛んで、ただ「テロリストが~bombあと一時間だっ(>O<)」という騒ぎに終始してしまうのであった。

まあ、見ている間はあまり考えずに楽しめた。ただ、見終って少し経つと犯人は作戦変更しなければ何をするつもりだったのか?とか、究極の目的は?とか肝心のところがよく分からんのであった。

どうでもいいことであるが、法王庁地下の収蔵庫の耐震性にはかなり問題あるようだ。イタリアって地震国じゃなかったっけ(^^? あんなんで倒れるようじゃ、貴重な所蔵品は壊滅的状態になるのは間違いなしっthunder

スイス衛兵隊(だったか?)の隊長はどっかで見たことあると思ったら、なんと『宮廷画家ゴヤは見た』のステラン・スカルスガルドであった。恰幅良くなってて悪役顔のふてぶてしい感じになってたので気づかなかった(x_x) さすが役者であります。
アーミン・ミューラー=スタールはもったいない使いかた。ま、ご本人にはこづかい稼ぎという所でしょうか。
肝心の主人公はやはり話がせわし過ぎて、キャラクター的にパッとせず。というか、どんな人物がやっても構わないみたいだ。トム・ハンクスも適役とは思えん。
日本では星野之宣の宗像教授みたいな個性あり過ぎなキャラがいるので、是非ヴィジュアルを原作に忠実にして、対抗して映画化して欲しい。もっとも、内容的にはかなりヤバイかな(^^;)

TV放映されたドキュメンタリー映画『ジーザス・キャンプ』を見ると、宗教と科学問題で一番ヤバいのは米国自身だろう。こちらにもガリレオの名が登場するが、それは「科学より信仰を取った(悔い改めて自説を引っ込めた)ガリレオは偉い」みたいな文脈だったぞ。
もしかして、『悪魔と天使』の真のメッセージは自国向けですかい?


主観点:6点
客観点:7点

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2009年6月 2日 (火)

聴かずに死ねるか:マイナー・コンサート編 6月版

*5日(金)「語りあうヴィオール」福沢宏&武澤秀平
行くかどうかビミョーなところ。

*17日「Air Anglois~英国の旋律」奥田直美&佐野健二
行きたいが仕事の関係でどうもダメっぽい(+_+)

*26日(金)「H・パーセルと同時代のイギリスの作曲家」E.A.S.T.

*30日(火)「南へ帰る」つのだたかし
はたしてチケットを売っているのか?どこで入手可能なのか?ほとんど告知されてなくて正体不明。

先月はLFJの後遺症のせいか、当日券で行こうと思ってたコンサートは全滅であった。今月は頑張れるか(?_?;

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