「路上のソリスト」:高架下で聴く者がいなければ音楽は存在しないのだろうか
監督:ジョー・ライト
出演:ジェイミー・フォックス、ロバート・ダウニー・Jr
イギリス・米国・フランス2009年
新聞のコラムに連載された実話を元にした作品。役者がJ・フォックス&R・ダウニー・ジュニアで、『つぐない』と同じ監督がやっているのに、東京では単館ロードショーなのは何故だッ(^^?
『つぐない』を「判然としない」と書いたが、こちらはなんだか煮え切らない映画であった。
才能ある音楽家が精神の病のために路上に埋もれているのを「発掘」した話かと思いきや、LAのスラム街、ホームレス問題にも話が及んでいく。多分、元の新聞コラムがそういう主旨だったのだろう。主人公の記者がナレーションで語る「LAは路上生活者の街だと言われている」というのが、まさに映像で示される。いやはや、すごいもんだ
日本もここまで来る前になんとかせんと……(x_x)なんて思ってしまうほど。
従って、音楽にまつわる感動話を求めてきた人はちょっと肩すかしかも。
大体にして、フツーに見ていくとどうにも主人公の行動に賛成できない。他のネット上の感想でも見かけたが「本人が嫌がってるのにそこまでやらなくとも」とか「お節介も過ぎるんでは?」「ほっといてやれよ」などと思ってしまうのは仕方ないだろう。それを映画の作り手の側はどう考えて描写してるんだかもよく分からない。
主人公の日常の描写の中では『消されたヘッドライン』同様、新聞社の統合・買収話やリストラが見え隠れし、彼は病院で若い医学生に「父があなたの記事の愛読者です私は新聞読まないけどー(^o^;」などと言われてしまう。
しかし、これらがテーマにどう絡んでくるかとなるとなのだ。
というような訳で「煮え切らない」作品なのであった。おまけに路上音楽家ナサニエル氏が久し振りにオーケストラを聴いた時の幻想風画面は、やはり前作同様やらなかった方がよかったと思った。
ジェイミー・フォックスは適役のキャスティングと思ったが、今一つパッとしなかったのはこの演出のせいか。逆に見れば、「意志の疎通が難しい相手」をストレートに演じているとも言える。ダウニー・ジュニアはしょぼくれ具合がよかったが、観客に行動を説得力を持って見せる所までは行かなかった。
ところで、ナサニエル氏はベートーヴェン(なんであんな所に銅像が立ってんの?)やモーツァルトは崇拝しているみたいだが、どうもバッハは好まないようだ。弾いた後に暴れるしさ(火暴)
脚本もバッハを「神がかりの音楽」と解釈しているよう。けしからん(*`ε´*)ノ☆
私は完全に守備範囲外なので、ここは是非ベートーヴェンの愛好者の人に感想を聞きたい所だ。
彼がジュリアード音楽院にいる回想場面では、学生の中でアフリカ系--どころかマイノリティは彼一人しかいなかったようである。発病の要因の一つにそのような状況でのストレスがあったのではないかと思った。
家へ帰ってから聴いたのは、バッハでももちろんベートーヴェンでもなく、ヴィヴァルディのチェロ・ソナタのCDだった。だって、ひねくれ者だもん(^O^)
音楽度:6点
煮えきらなさ度:8点
【関連リンク】
《Andre's Review》
「全体的に音楽の力を信じ切れてないような印象」激しく同意です。
《Purple Pearl》
LAの現状の記事やご本人たちの写真あり。なにげにJ・フォックスのキンキラドレス姿が……w(☆o☆)w
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