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2009年10月

2009年10月31日 (土)

「イタリア・ユダヤ人の風景」

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著者:河島英昭
岩波書店2004年

岩波のPR誌「図書」に連載されていた旅行エッセイを単行本にしたもの。「図書」で連載途中から読み始めたのだが、最初から読みたいと思って買ったのをしばらくそのまま放り出していた。
が、イタリアを舞台にした『セントアンナの奇跡』を見て突然読みたくなって手に取った次第である。もっとも、スパイク・リーの映画にはユダヤ人は登場してない。

1943年から44年にかけて第2次大戦下のイタリアは、ムッソリーニのファシスト勢力、ドイツ軍、進攻しつつある連合軍の三者が入り乱れ、複雑な状況にあったらしい。(世界史にうとい私は知らず(・・ゞ)
その当時、ローマを脱出しようとしたアルベルト・モラーヴィア夫妻(二人ともユダヤ系)やゲットーから集められ貨物列車に載せられた1000名のユダヤ人のことが、当地を訪れた旅と共に語られる。

著者がローマへ旅立ったのは折しも2001年9月、悲惨なテロ事件の余波で厳戒体制の下だった。
ローマの街角には武装警官が立ち、フェッラーラのシナゴーグの前では著者は「偽乞食」の男を見かける--その正体とは?

ローマ、ヴェネツィア、トリエステ、フェッラーラ--と続く旅の中で、戦時下を体験した作家達の描いた文学作品を事実と重ね合わせて解読しながら、さらにその地のユダヤ人達の足跡を辿る。それは時として中世にまで遡るほどである。
都市に堆積した歳月と街角に残る惨劇の記憶はラセン状に渦巻くようで、読み進むうちに時としてめまいを引き起こすようだ。そしてそれを語る著者の文章は重厚にして淀みなく、ミステリアスな陰を感じさせる。

特に印象に残ったの挿話は、一つはローマでの「ラゼッラ街の襲撃」(ドイツ軍SS部隊をパルチザンが襲撃した事件)への報復として、翌日イタリア人市民(ユダヤ系も含む)335名を襲撃されたドイツ兵一人あたり10名の割当てで処刑した事件である。処刑者数もすごいものだが、処刑を命令された側の兵士たちも悲惨な状態になったという。

もう一つは雑誌連載時に読んだ時も極めて印象的だった、フェッラーラでの銃殺事件だ。ファシスト幹部の暗殺事件に端を発し、11名の市民がエステ家居城の濠端で銃殺されたのである。果たしてそれを仕組んだのは何者か--事件を描いた小説、そしてその映画化作品、そのどちらにも語られなかった部分に真実が潜んでいるようである。
(ちなみにその映画は『残酷な夜』というタイトルで日本でも公開されたらしいが、双葉十三郎の『ぼくの採点表』を見ても出てなかった。日本ではあまり話題にならなかったのだろうかmovie

いずれにしても死者たちはもはや二度と甦ることはない。歴史の中にその痕跡をかろうじて留めるのみだ。

イタリア史にもユダヤ人に関してもあまり知識のない私であったが、読了後の充実感は大きく「読んだ~full」と満足したのであった。残念ながら、その満足感はもはや今では小説では得られないものなのは確かだろう。

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2009年10月27日 (火)

「レクチャー・コンサート~古楽への扉2」:扉は開いたか?

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北とぴあ国際音楽祭2009プレ・イベント
会場:北とぴあ さくらホール
2009年10月24日

北とぴあ音楽祭の無料レクチャー・コンサートは今年で2回目。今回も往復葉書で応募するようになっていた。昨年はレクチャー講師は寺神戸亮が担当で、演奏の合間に話していたが、今年は二部仕立てで前半にパーセルについて有村祐輔が講演し、後半を演奏専門に回すという構成であった。

私の側に座ってた中年女性達はクラシックのコンサートにはよく行ってるようだったが、「パーセルという名前を聞いたのは初めて」などと喋っていた。うーん(  ̄~ ̄;)パーセルの知名度とはそんなもんですか--。
しかし、聴衆がそんなにもかかわらず有村先生のレクチャーは一般市民向けとは言いがたいものだった。そもそも訥弁な感じであまり聞きやすい喋り方ではないし、内容もマニアや音楽学校の生徒さん向けみたいで、基礎知識が必要だろう。
だって、いきなりカストラートとか言っても知らん人は知らないだろうし……sweat01 巨大モニターをステージ上に出してあったが、年譜と肖像画を写しただけであまり有効活用されているとは思えなかった。まあ、紙に印刷して配るよりは安くてエコだろうけどさrecycle

というわけで、前半は会場を眠気虫がバッコしていたのであった。終わった後は「大学の講義じゃないんだからさあ~」などと喋っている人もあり。
せっかく、区民の金を使っているんだからもう少し何とかしていただきたい。
あ、私σ(^-^;)は区民じゃないから偉そうなこと言えませんけどね。

後半は寺神戸氏をリーダーとする5人のアンサンブルとソプラノの名倉亜矢子が登場。パーセルの代表曲と「妖精の女王」から数曲を演奏した。寺神戸氏もマイクをとって楽器の説明や曲の内容などを説明。

名倉女史はジョングルール・ボン・ミュジシャンのこの公演に参加していたと記憶している。
大変きれいなソプラノであったが今イチ表情に乏しいように感じられた。パーセルをここで初めて聴いた人は、彼の音楽は美しいshineけれどいささか感興に乏しいdownものと思ったかも知れない。

チェンバロの上尾直毅は去年同様バロックギターも兼任、武澤秀平もチェロとガンバを取っかえひっかえして弾いていた。楽器陣には文句な~し。
でも、やはり小編成でこの会場ではいささか大き過ぎ。昔はステージ上に衝立を立ててたけど、そういう工夫が必要かも(\_\;

と、色々書いてしまったが、東京の音楽祭は幾つか中止になり、全国的にも古楽音楽祭が減って来ているのでこれからも引き続きよろしくお願いしまーすm(_ _)m


ところで、チラシの中にあったロベルタ・マメリ&波多野睦美の「ミサ曲ロ短調」とは……sign02 こ、これはなんだΣ( ̄□ ̄ll) ガーン

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2009年10月24日 (土)

「あの日、欲望の大地で」:許されざる「女」

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監督:ギジェルモ・アリアガ
出演:シャーリーズ・セロン
米国2008年

母親の因果が娘に報い~punchみたいな三世代にわたる因縁話を描いた作品。
前半は興味を引く構成になっていて、さてこれをどう解決するのかと思って期待して見ていたら、えー、なに、こういう方向に行っちゃうの(?_?;という感じで収束してしまうんでガックリしてしまった。

三つの異なる時制のストーリーが何の区別もなく次々と示されて続いていく。私は事前にあらすじなど情報を仕入れてから観たのでなんとか判別が出来たが、そうでなかったら各シーンのつながりを読み取るのはなかなか難しかったろう。

それらの物語は、一見自立していそうに見えながら自虐的な男女関係を続ける女、真っ昼間に密会を続けるダブル不倫の中年男女、密会中に死んだ男女のそれぞれの娘と息子--が中心となって語られる。

このような複雑な構成で描かれながら、物語は結局予定調和の方向で解決して終了する。すなわち、傷ついた女は妻と母の座に戻ることで幸福になる、ということだ。
一方、家庭を放り出した男女は殺されても誰も罪に問われないのである。到底納得できない話だ。
まあ、所詮作り事だからねemptyとか、もう人々は暗い話は求めていないんよclearなんて理由では納得できんぞ、ワシは(`´メ)

映像は美しくダイナミックで、役者たちの演技も素晴らしいが、残念ながら見終ってガッカリしてしまった。
監督は『21グラム』『バベル』の脚本家として紹介されていたのだが、後でさらに調べると『アモーレス・ペロス』『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』の脚本もやってる人だった。
実はこの二本とも私は見て気に入らなかったんだよねえ……(~_~;) 特に『アモーレス・ペロス』は見てブチ切れてしまったぐらい腹が立ったのだ。
事前によく調べればよかったですよfoot
過去の自分の感想を読み直したら、ちゃんとこの脚本家は避けるようにしよう、と書いてあるではないか。すっかり忘れておったよ。トホホである)

ところで、私が興味を持ったのはこの中では全く描かれなかった、不倫男女の妻の方である。亭主が人妻と浮気していて、それを二人が一緒にいて死んだ時に初めて知った時の心中はいかばかりであろうか。妻として女として耐え難い恥辱ω(ToT)ωだろうと推測するのだが……。
日本でも似たような話を聞いたことがあるし、どんな風に描かれるのかと思っていたが、監督さんの方は全く興味がなかったようですね、ハイ。

ドラマ『コールドケース』のスコッティ役ダニー・ピノが出演している。だが、最初は帽子かぶっていて彼だと気づかず、気づいた後はずっと昏睡しているのであった(>_<)


主観点:5点
客観点:7点

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2009年10月20日 (火)

「イタリアのヘンデルとその周辺」:ヘンデル・イヤーの本命来たる!

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演奏:ロベルタ・インヴェルニッツィ、イ・カリッシミ
会場:イタリア文化会館
2009年10月16日

守備範囲外の私は例の如く知らなかったのだけど、ヘンデル歌いとしてはヨーロッパでは評価が高いソプラノ歌手ロベルタ・インヴェルニッツィを、櫻田亮&智子夫妻が日本で是非紹介したいと企画したソロ・コンサートである。

最初に主催者に入っているイタリア文化会館の館長さん(?)らしきイタリアのオヤヂさんが登場して、結構長々と通訳を介して催し物の紹介なぞ始めたので、眠気虫に食いつかれてしまったじゃないの、バカ~(` ^')

一曲めはディミトリー・バディアロフをヴァイオリン・トップとする合奏グループ、イ・カリッシミの演奏。ヴァレンティーニというコレッリやヴィヴァルディと同時期の作曲家の「コンチェルト・グロッソ」をやった。鍵盤に芝崎久美子、テオルボ&ビウエラは櫻田亨、チェロ西澤央子、コントラバス櫻井茂など--とそれ以外の面子も文句ないはずなのだが、なぜか全体に歯切れが悪くベタッとしたアンサンブルに聞こえてしまった(-o-;) それに息が合ってないところもあったし。
こんなんで大丈夫かしらんと正直不安に思ったのはナイショsecretであるよ。

2曲目で歌姫登場。近年までヘンデル作曲と思われていたが、実はもっと年下のフェッランディーニの作品と判明したカンタータ「マリアの嘆き」を歌った。イエスの受難を聖母マリアから見て描いたもので、激しい嘆きと静かな諦めが交錯する曲だった。
この曲の後半から楽器陣は調子が良くなって来たようでホッnoteとした。

後半は待ってました(^-^)/のヘンデルの「愛の狂乱」。バロック期によく取り上げられた(多分)クローリとティルシの物語に基づく曲。ここで、オーボエ&リコーダーで江崎浩司も加わった。歌の背後でバディ様と掛け合いをやるなど、楽器の方も見せ場聞かせ場がある。西澤さんのチェロが中心のアリアもよかった。
アンコールもヘンデルを2曲。

さて肝心のロベルタ・インヴェルニッツィであるが、私には技巧的な面はよく分からないけど、彼女は声量で押すタイプでは全くなく(単に会場の大きさにあわせていただけかも知れないが)声や呼吸を完璧にコントロールし、喜怒哀楽全ての感情を押しつけがましくなく繊細から大胆まで余すところなく表現していたようだ。難しそうな部分も全くそのように感じさせることなくサラ~っと歌いこなしていた。会場からは盛んにブラボーが飛んだのであった。
パンフには『ディドとエネアス』のベリンダ役で驚嘆したと書いてあったが、是非ヘンデルのオペラでも実際に聞いてみたいものだ。

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会場は某リコーダー奏者や某リュート奏者、はたまた某先生など音楽関係者がかなりいたもよう。
カーテンコールの時に花束渡しに出て来た子どものうち、男の子の方は櫻田家の息子さんかな? 近くに座ってた身内らしいオバサマ達がさかんに「そっくり~」などと言ってたし。

【関連リンク】
《コンサート日記》

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2009年10月18日 (日)

20年前のライヴを再見

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10月17日の夜にNHK-BSで「黄金の洋楽ライヴ」でトッド・ラングレンの東京公演を放送すると気づいたのは、その日の夕方だった。
1990年というと「ニアリー・ヒューマン」を出した少し後ぐらいで、私もこのツァーの時に行った。もう20年近くも経っているんですなあ。20年もあっという間だ( -o-) sigh...

改めて見てみると、過去のヒット曲を完全にソウルやR&Bのショーの形式を踏襲して演奏するという趣向。JBのマントも登場する。振りをつけたバックコーラス隊やミュージシャン達も完璧goodだー。

もちろん、トッドは全編ソングライター、シンガー、パフォーマーとして卓越した才能を示し、最盛期のアーティストがだけが持つオーラを放っていた。
やはり彼は天才であるなあfujiと言わずもがなのことをしみじみと感じたのである。

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2009年10月17日 (土)

「肉体の悪魔」:これが本当のリメイクか

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監督:ケン・ラッセル
出演:オリヴァー・リード
イギリス1971年

ミロス・フォアマンの『宮廷画家ゴヤは見た』を観たのがはや一年前。その時に「神父役のハビエル・バルデムは、『肉体の悪魔』のリメイクを今やるんだったら主人公にピッタリだなあ」と思った。で、昔一度だけ見たビデオを再見しようと思ったのだがなかなか機会がなくて、今ごろようやく引っ張り出して見直したのである。

『肉体の悪魔』と言っても同名の文学作品とは関係ない。オルダス・ハクスリーの小説とさらにそれに基づいた芝居を原作としている。しかし、映画の冒頭にはほとんどが実話である--というただし書きが登場する。

この作品が不幸だったのは、欧米では冒涜的な映画としてカットを余儀なくされたこと。そして日本ではポルノまがいの映画として宣伝されてしまったことだ。おかげでその後「幻の作品」と化してしまった。

所はフランス、ルーダンという町、時はルイ十三世治世下。この町の有力者、司祭のグランディエは男らしさムンムンspaな美丈夫で、町中の女は彼にハアハア(*'∀')=3しちゃっているのであった。もちろん、彼の方も遠慮せずに手をつけまくりな破戒僧である。
女子修道院の尼僧たちも例外ではなく、ほとんど顔も見たことがないのに噂だけでコーフン状態(何せテレビも写真もない時代ですからな)。院長に至っては妄想で恍惚境に入ってしまうほどheart04

院長のジャンヌが嫉妬と妄想が高じて、グランディエが悪魔の手先となってヒワイな行為をしたと訴え出ると、町の自治権を奪おうと画策する国王派勢力によってたちまち彼は逮捕されてしまう……。
と、物語の背景は中央集権化を図る国家と地方自治都市の対立というかなり政治的なものなのだが、スクリーン上には悪魔払いの儀式で恐るべきパニックに陥った尼僧たちにによる狂躁&淫猥が渦巻くという次第である。

いやもう、画面の至る所でヒワイかつ冒涜的なケンちゃん節炸裂impact あー、やっぱりわたしゃケンちゃん大好きだなあと \(^o^)/と思わずニタニタしながら見てしまった。
狂躁場面にはこの作品の数年前に公開されたフェリーニの『サテリコン』の影響も大きいようだ。ケンちゃんが刺激を受けたのは間違いないだろう。

肝心のグランディエはこの騒動に一切関りなく、脅迫、審問、拷問をはねのけ悪魔崇拝をきっぱり否定し、町の自治の危険を警告するが時既に遅し。
それでも審判法廷で彼が弁論を始めると市民は聞き入ってしまうから、その影響力は大したものだ。判決の日に彼は髪の毛を剃られ、みっともない囚人の姿で登場し、人々はそれを見て哄笑するが、にもかかわらず彼が口を開けば聞き入らずにはいられない。ここに主人公の本質が表わされている。また演ずるオリバー・リードの説得力ある演技もお見事としか言いようがない。

さて、彼が死刑場に引きずり出されると周囲は見物人でいっぱい。脇では陽気な音楽で踊ってる奴らもいる。近くのバルコニーからは知人や町の有力者が哄笑しながら主人公の火あぶり見物を決め込んでいる。

……と、ここに至ってこの場面をどこかで見たような気がする(?_?;
なんと『宮廷画家ゴヤは見た』の終盤の死刑場面とほとんど同じではないかsign01 主人公の「子」がバルコニーから死刑を眺めるという設定も同じだし、彼が立つことができずに座ったまま死刑を受けるという体勢も同じ。ここまで来ると偶然とは思えない。
さらに、その後のラストシーンで決定的にok
主人公の愛した女が白く長い舗装された道を画面の奥に向かって去っていく--というのがまたクリソツなのであった。

こ、これは(-o-;)

私が『ゴヤ』を見て、神父を演じるハビエル・バルデムから『肉体の悪魔』のグランディエを連想したのは決して偶然ではない。まさにミロス・フォアマンはラストを丸々引用していたのである。
そう思えば、『ゴヤ』で唯一納得が行かなかった、それまでは卑劣なる変節漢であった主人公が、なぜ死刑に際して意見を変えなかったのかという疑問が解けた。監督としては、なんとしてもグランディエ同様に死刑台の上にあっても自らを曲げなかった男を描きたかったのだと思える。
果たしてそれが彼の経歴と関係あるのかどうかは推測するしかないが……。

そういう意味では『宮廷画家ゴヤは見た』は『肉体の悪魔』の「リメイク」と言えるかも知れない。いや、名ばかりリメイクがほとんどの中でこれこそオリジナルの意志を生かした真のリメイクですかねえ( -o-) sigh...(ただ、ケンちゃんほどのシニカルで諧謔的な面はないけど)

本作のテーマは自由と信仰だろう。本来この二つは相対するものではないはずが、狭量化した宗教は簡単に権力と結びついて個人を弾圧する側に回るのである。それが寓意的、かつ猥雑に描かれている。
作中でジャンヌはグランディエを「悪魔!」と罵倒する。しかし、この映画の原題がThe Devilsで複数であるからには、何者を示しているのかは明らかだろう。
もちろんケン・ラッセルならばそれだけではなくて当然「純愛」が登場する。だってロマンチストですもんshine

セットのデザイン担当にはデレク・ジャーマンが起用されている。これがまた極めて効果的で素晴らしい。モノクロを基調として白いタイルと鉄の格子を多用したデザインは時代背景に関らずモダンなものだが、町を取り囲む城壁や修道院に使われ閉塞感や重厚さを出している。

それから音楽ファンも注目eyeなのは、冒頭のルイ十三世が催す宴である。なんと王様本人がヴィーナス誕生の場面をあられもない衣装で女神に扮して演じる(^-^;(彼はホモセクシュアルだったという噂がある)。そしておまけにバロック・ダンスまで踊っちゃうのだ。
これはルイ十四世が太陽神に扮して踊った逸話をもじったのだろうが、それにしてもダンスも音楽も映画の制作当時の古楽普及度を考えるとかなりに本格的だし、おまけにその背景の舞台がちゃんと本式のバロック劇場の形になっているのも驚きだ。
ラストのクレジットを見ると、劇伴音楽でなく劇中で奏でられる当時の音楽の担当はD・マンロウ指揮ロンドン古楽コンソートであった。思わず納得notes
ということで古楽ファンも要チェックと言っておこう。

さて、公開当時の海外版にはカットを余儀なくされた103分と105分のヴァージョンあったようだ。私が持っているビデオは109分。しかし、現在gooのサイトで期間限定ストリーミング配信されているのは115分……(?_?; この6分間の差は何?
数年前にカットされた部分を復活した完全版が海外で発売されたらしいのだが、もしかしてsign02 こりゃ、見てみなくてはならんかのう。

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2009年10月15日 (木)

「正義のゆくえ I.C.E.特別捜査官」:この題名で見る人と見ない人、どちらが多いでしょう

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監督:ウェイン・クラマー
出演:ハリソン・フォード、レイ・リオッタほか
米国2009年

邦題とハリソン・フォード主演ということで、最初から内容を誤解してしまいそうであるが、別にアクションやサスペンスではない。なんとかしてくれ~dash

米国にやってくる様々な移民や不法滞在者を描いた群像劇である。H・フォードはその中の幾つかのエピソードに絡んでくるだけで「主役」という感じではない。
「第二のニコール」を目指してオーストラリアから来た女優志望の娘や、ユダヤ教聖職者を偽るミュージシャンの若者、出稼ぎに来て子どもを残して送還されてしまうメキシコ人の母親、政治的な問題で移住して来た裕福なイラン人一家……切羽詰まった者、夢を抱いて来た者など、立場も理由も様々な人々が登場する。

ただ、無理やり群像劇として全員の人々を関係づけるのはちょっと難しかったように思える。そんな風にうまくつながるか(?_?)という部分多数だ。。
移民問題専門の女弁護士が、不正を犯した移民審査官の夫が逮捕されてサッパリとした顔つきでアフリカ系の女の子を養子として迎えに来たのには、笑ってしまった。

とはいえ、いずれの登場人物も実際にあったケースを元に作られたようなリアリティを感じさせる。その中で唯一リアリティが感じられないのが、H・フォード扮する移民局の捜査官だ。こんな状況の中で人情と正義を貫く人物がいるとは、彼こそファンタジーの産物に他ならないだろう(そういう意味では適切なキャスティングかgood)。

最も悲惨なエピソードとなった、学校でテロリストに同情的な発言をしたバングラディシュの少女の元ネタはこちらの事件だと思われる。

「「反戦」女子高生が退学   脅しや中傷に耐えかね」

この記事には記されてないが、この高校生はパナマ出身らしいからイスラム教徒ではないだろう。まさに「挙国一致」「撃ちてしやまん」の世界である。


この手の問題になると法は法、「不法」なんだからいけないという議論が必ず出てくる。しかし、法は確かに平等で公正であるが、法の執行は必ずしもそうではない。この映画の中にも法を犯していながら見逃される者がいる。そして、法が現実に伴わない事態があるからこそ「情状酌量」とか「裁量」ということも存在するのだ。

……などと色々考えさせられる作品ではあった。
ただ、なんというか料理に例えれば「うま味」に当たるものがないんだよねえ(v_v)

問題は人物の出身国が見てて実はよく分からないケースが多かったこと。少女はインドネシアあたりかしらんと推測したり、ラビに化ける青年が南アフリカ出身とは思わなんだ。パンフレット見ると分かるのかな?


主観点:6点
客観点:7点

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《ノラネコの呑んで観るシネマ》

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2009年10月12日 (月)

「南に帰る」:嵐の前の静かなライヴ

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演奏:つのだたかし
会場:絵本塾ホール
2009年10月7日

しばらく前に出した同じタイトルのCDによるつのだたかしのソロ・コンサート。
内容はピアソラ、ビクトル・ハラなどスペイン語圏の現代曲。あとは当地の民謡や武満徹など。
名は知らねど多くの人が耳にしたことがある「エストレリータ(小さな星)」なんてのも演奏された。さらに有名な「ククルクク・パロマ」(←実は極めて悲しい歌)も含めて哀調を帯びた曲が多かった。

つのだ氏がモダンのギターを弾くのをソロで見たのは多分初めてだろう。しかも至近距離でその指さばきもジッeyeと見てしまった。
歌の方はギターほど巧みというわけには行かなかったけど(^^;)、枯れた味わいがありましたのよheart01

曲間には、歌の解説の他につのだ家は実は8人きょうだいだったという衝撃の事実(?)や、谷川俊太郎の自作朗読を聞いて太刀打ちできぬと共演からスゴスゴと引き下がった話などがあった。
また、山崎ハコと近いうちに共演するという。山崎ハコったら大昔に長いストレート・ヘアで顔を半分隠して暗い歌をTVで歌ってたという記憶しかないが、今でも暗い歌を唄っているらしいsweat01(なぜかアンコールでやる予定の彼女の曲を先に歌ってしまった) もっとも、人物の方は面白い人とのこと。

会場は元の名前はコア石響だった所。だいぶ前に一度行ったが忘れてしまって、四ッ谷駅の改札を遠い方から出てしまった。ネットの地図もあまり当てにならんのう(@_@)
広さは学校の教室に毛が生えたくらいか? 小さい所だからか、「ただ今より15分間の休憩です」なんてアナウンスまでつのだ氏がやって笑わせてくれた。
中年のオヂサン・オバハンの中に若い男女がチラホラという客層。台風が迫りくる中で、わざわざやって来たこの人たちがつのだ氏のコアなファン層&身内なのだなあ、なんて思って眺めてしまったですよ。

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2009年10月11日 (日)

「精神」:なぜに「カツカレー」?

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監督:想田和弘
出演:「こらーる岡山」のみなさん、謎の白猫ほか
日本・米国2008年

ドキュメンタリー映画『選挙』で評判をとった監督が、岡山の精神科クリニックを取材した作品。前作はケーブルTVで放映された時(短縮版の方)に見たが、それと同じくナレーションや音楽を全く入れない手法を取っている。
さらに、クリニックに来た患者さんに確認して、モザイクなしで顔を出す許可を得た人だけ取材してるのだという。

さて、これが東京で単館公開されたのが6月半ばだった。その後ロングラン上映していたのだが、その間、私はずーっと見に行くかどうか迷っていた。上映時間は2時間以上だしなあ、内容は暗いのかしらん……などと考えているうちに、季節は秋にmaple で、あわてて公開最終週になってエイヤッと見に行ったのであった。
で、結果は……

これはマルでした~ \(^o^)/
早く見に行けばよかった(^^ゞ

一見、クリニックなどとは思えない古びた木造の家、そこで淡々と通院者たちが自らのことを語る。院長は何を考えているのか分からない白髪のオヤヂさんである。この院長へのインタヴューが最後の方にあるかと思ってたら、結局なかったのはやや意外。この人は病院時代は開放病棟の実践などをやってきたらしい。

クリニックのスタッフだと思っていた人が実は患者だったり、エンド・クレジットで登場していた患者さんが何人か亡くなっているのが明らかになったり--という「波乱」はあるが、大部分は静かに時間が流れていく。しかし、その背後に本当の修羅が見え隠れするようでもある。
印象に残ったのは、院長が行なった訪問看護士の研修会で、参加者が持ちかけてきた相談の内容。骨折のリハビリに行ったら、どうもその患者は自殺しようとして飛び降りたらしい……。

ラストに登場する男性はどう解釈したらいいんだろうか? あんな人はどこにでもいそうで、珍しくもないような気もする。しかし、当初ビックリした「土足」の理由が最後の最後に分かった時はミョ~に納得してしまった。

このドキュメンタリーでただ一つ確かなのは、見る人によって考えることが全部違うということだろう。地域によって、公開時期が異なるようだが、見るか迷っている人は行って損なしと花マル印tulipを押しとこう。


淡々度:9点
「異常」度:3点

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2009年10月10日 (土)

バッハ・コレギウム・ジャパン第86回定期演奏会:天使がトランペット吹けば竜も退散

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ライプツィヒ時代1726年のカンタータ4
会場:東京オペラシティ コンサートホール
2009年10月6日

今回の特色は独唱陣がロビン・ブレイズ、ゲルト・テュルク、ペーター・コーイとお馴染みの顔ぶれにソプラノがハナ・ブラシコヴァであることと、トランペットが島田氏に代わってギィ・フェルベだというところか。

1曲目のBWV45はなんだかどの独唱パートも難しそうに聞こえた。5番のアルトのアリアではトラヴェルソの菅きよみが登場。ロビン君はその後のレチもよかったです。
ハナ女史は2曲目BWV17の若松&高田ペアのヴァイオリン二重奏と共に歌うアリアが目立っていた。

後半のBWV102では、がっちりした二等辺三角形の左辺にロビン君、右辺に三宮正満のオーボエと来て、底辺をチェロの鈴木(弟)が支えるという印象で揺るぎない美しさを感じさせた。
5番のテノール・アリアは、独奏楽器をトラヴェルソとピッコロ・ヴァイオリンのどちらにするか議論がある曲らしい(パンフに長い解説論文あり)。結局、先にやった神戸ではトラヴェルソを使い、この日は若松女史がピッコロ・ヴァイオリンで演奏し、CDでは双方のヴァージョンを録音したということでよろしいんでしょうかな?

最後のBWV19は、トランペットにティンパニも入ってトリにふさわしい壮麗な曲。天使ミカエルが竜と戦うのを歌う冒頭合唱が特に素晴らしかった。
5番のアリアではコラールを奏でる天使のトランペットが独唱に絡むという形で、先程の102のアリアを三角形に例えたけど、こちらは聞いていて弦楽アンサンブルの海にテュルク氏のテノールとトランペット・ソロがプカプカとたゆたっているような気分になった。

この日は珍しくアンコールあって最終のコラールがもう一度演奏された。

全体的には独唱陣がみんなよかった(特にロビン君とコーイ氏)と思ったが、他の感想を見ると「調子が悪かった」と書いてる人もいた。
シロートの私にはそこんところは今イチ分かりませ~ん(^^ゞと言ってごまかそう。

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古楽ファンとクラシックファンの間には~♪

バリトンという楽器について。

確かにコメント欄にあるように、雑誌「アントレ」の9月号に紹介記事とインタヴューが載ってますな(来日公演スケジュールもあり)。
公演チラシも色んなコンサートで貰ったけど……一般のクラファンの目には届かないんだろうか。

やはり両者は生息範囲が違うんでしょうかsweat01
--などということを考えてしまった。

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2009年10月 9日 (金)

ベルリン古楽アカデミー獲得戦、敗退す

前日までは「ようし、明日はベルリン古楽アカデミー発売日だぜっ(*'∀')=3」と鼻息も荒く待ち構えていた。
もちろん、仕事中だってお構いなしnote ケータイかけてチケットをゲットするつもりだったのだ。

しかし……当日になったらキレイサッパリ 忘 れ て い た

そして、今日はもうあの《完売》印が--。

ガクッ _| ̄|○
もう、だめだ。
号泣ですwave

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2009年10月 6日 (火)

「モーリス・シュテーガー リコーダー・リサイタル」:リコーダーを持って全力疾走した、とせよ。

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会場:武蔵野市民文化会館小ホール
2009年10月2日

名前も聞いたことのないリコーダー奏者であったけど、例の如く武蔵野市民文化会館のチラシの「超絶技巧のリコーダー、世界が驚愕する名人芸を遂に日本で披露」などという惹句につい浮かされてチケットを購入してしまった。チェンバロ共演が北谷直樹氏だしねflair(フォス・ムジケの一員として来日した時の記事はこちら)

で、実際に聞いてみてチラシの宣伝文句は大袈裟な煽りではなく、まさに事実であったことが判明した。

チェンバロが3台並ぶステージに登場したシュテーガーは細身のイケメン青年。1971年生まれということだが、もっと若く見える。外見は典型的日本人の北谷氏と並んで立つとデコボココンビみたい……なんて言っちゃいけませんね(^^ゞ

この日は「ヴィヴァ・イタリア!」とサブタイトルがついていて、イタリア人作曲家の作品を演奏した。前半はヴェラチーニ、ロッシなど一曲ずつ。シュテーガーは複数の笛を取っかえひっかえし、北谷氏もチェンバロを曲により使い分けていた。
リコーダーを吹きながら膝を曲げたり伸ばしたり、左右に身体を揺らしたりしてもう吹きまくり状態。華麗にしてスピーディーな演奏で会場を圧倒したのであったpunch

一方、北谷氏も負けじと頑張り、前半最終曲のパンドルフィ・メアッリのソナタでは二人交互にソロを吹きまくり弾きまくったのであった。北谷氏の解説文によるとそのチェンバロ・パートは即興で演奏するそうである。そしてまさに「音楽的な内容はインスピレーションに富み、シンプルで分かり易いのだけど、部分的に高度な演奏技術を要求」されるのを見事に聞かせてくれたのだった。

後半は「ロンドンのイタリア人」ということでコレッリ、ヘンデルの弟子筋のバベル、そしてサンマルティーニをやった。
コレッリはロンドンに居たわけではないけど、大変人気があったそうで、なんとパブbottleでも演奏されてたという解説にはビックリした(!o!) でも、落ち着いて考えればバッハとコーヒーハウスの関係みたいなもんかと納得。
この日は彼のソナタを本邦初演の装飾音をつけて演奏とのこと。当時のロンドンで実際に演奏されたものだそうである。その装飾音がシロートの耳にも複雑そうでなんだかすごい。音がダンゴ状どころか数珠状になってウネウネと連続する(=_=;)
アレグロを吹き終わった時には、シュテーガーは息継ぎがさすがに大変だったのか、大きく息をしていた。一方、最後に加えられたヘンデルではない作曲家によるシャコンヌはゆるやかで哀愁を感じさせるものだった。

その後の北谷氏のチェンバロ・ソロはヘンデルの『リナルド』の曲をバベルがアレンジしたもの。これがまた素晴らしかった。前回聴いた時にはヴィヴァルディを「一人時間差協奏曲」で弾いたのだが、今回はまさに「一人オペラ状態」だっ \(^o^)/
独奏でも壮麗にして華やかな序曲、そして名曲「私を泣かせて下さい」ではまさに客を泣かせたのであった。いやはや、もう降参ですtyphoon

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それにしてもシュテーガー氏の演奏スタイルは、先日のファンハウヴェとは全く異なるものであった。まだまだ笛世界は広くて深いのであるのう( -o-) sigh...
以前に小池耕平がやってたリコーダーを一瞬、膝で支えて吹くというのを彼も2回ほどやったのでちょっとビックリ。あれは実は底穴を膝でふさいで高音を出していたというのをこちらで読んでようやく何をしてたのか理解できた。

最後に、一つだけ注文をつければもうちょっと小さな会場で聞きたかったですな……。

【関連リンク】
《チェンバロ漫遊日記》
当日は変な天気(昼間は薄ら寒い雨模様で、夕方は雨が上がったらムシムシしてきた)でご苦労様です。

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2009年10月 4日 (日)

クレマン・ジャヌカン・アンサンブル:やかましさと気概は変らず

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フランソワ1世とカルロス5世~16世紀スペインのカンシオンとフランスのシャンソン
会場:王子ホール
2009年9月30日

デビュー時より「やかましい」「うるさい」「お下品」とされ、語れば必ず賛否入り乱れるクレマン・ジャヌカン・アンサンブル。前回の公演の時もこんなイチャモンがあったんだよねえ。もう忘れてましたけどfoot

それでも、来日する度にコンサートに行ってしまう。以前、行った回数で多かったのは一にタリス・スコラーズ、二に彼らだと書いたことがあったが、タリスコはなぜか途中でもう一生分聴いた気になってしまい突然聞くのを止めてしまった。しかしECJは今もコンサートを聞き続けている。
CDの保有枚数もタリスコは多い。数年前の引っ越しでかなり捨てたのにまだ十数枚残っているということは、昔に相当数買ったということだが、一方でECJのCDはそれほど多くない。なぜかというと、ライヴと録音では彼らはあまりに差があり過ぎて、熱心に聴く気がなくなってまうからだ。
ハッキリ言って、録音では彼らの生の魅力の十分の一も伝えていない。体験するとボーゼン(~○~;)としてしまうほど。以前、NHK-FMで古楽祭でのライヴを幾つか放送していたが、それでさえ半分ぐらいの迫力減である。何せ声の発する波動みたいなものが全く違う。

で、今回の公演も正しくそれを再確認することとなった。演目は、同時期に対立したカール5世とフランソワ1世にちなんでそれぞれ当時のスペインとフランスの宮廷に関わった作曲家たちの作品を取り上げている。

前半はスペインもの。おなじみリュートのE・ベロックが端に、その横にドミニク・ヴィスを始めとする歌手5人がテーブルに座って楽譜をめくりながら歌う。
ヴィスは前回よりもさらに額の前線が後退(^^; 長髪もいよいよ真っ白だし、ベロック氏も髪が灰色っぽくなって年齢を感じさせている。が、しかし一旦歌い始めれば王子ホールの壁を揺るがさんばかりに声がやかまし~くimpact響き渡ったのであった。

後半も同様だったが、最初と最後に長めの曲を演奏し、間に短い曲とベロックのリュート・ソロを挟むという構成である。
1曲め、戦争をコミカルに歌ったマテオ・フレーチャの「戦い」は以前にも聴いた覚えがあるけど、大砲の音を真似して歌うところはやっぱり笑ってしまった。同じ作者の「ポンプ」は遭難した船乗りたちが神に祈って救出されるという、これまた笑える曲。救われた後にギターを伴奏に歓喜の歌を歌おうとするが、ギター弾きが調弦に失敗してベロ~ンngという音を出すのまで真似て歌い、さらにその度に歌手たちがベロックの方を見る。この趣向は客にウケていた。
他方、「涙は私には慰め」という歌詞だけだとダウランドみたいな曲は、限りなく濁った響きのポリフォニーがますます憂鬱をかき立てるものだった。これもまた聞き惚れました。

この手の短い声楽曲を連続してやる時は拍手を入れないのが普通。下手に拍手すると「野暮の極み」「無知」などと言われてしまう(^^; この日は聴くとつい拍手してしまいたくなるためまぱらに起こっていたが、ヴィスが「拍手したい時にしていいですよ」みたいなことを言った(多分)ので、会場は一気にリラックスした雰囲気(←なぜか変換できる)になった。

後半は彼らの十八番であるフランスのシャンソンなので、ますます賑やかに……。ジャヌカンの「狩」は何度聴いてもやかましくってバカバカしい楽しさ。みなさん真面目な顔をして犬の吠える声やらラッパの音(^レ^;)を歌ってみせてくれました。
それからジョスカンの「オケゲムの死を悼む挽歌」を聴けたのは嬉しい限り。

ベロックがP・アテニャンの短いリュート独奏曲を弾いている時に、プログラムの曲名を見たら「1529年編」とあった。他の作曲家を眺めてもほとんどは1500年代前半に活躍した人ばかりである。ジョスカンに至っては1440年生まれだ。500年も昔の音楽が今もなお目の前で演奏され、そしてそれを聴いている--などと考えると何やら言葉にできぬ感慨が湧き起こってくるのであったよ。

アンコールは最新作の「雄叫び」を集めたアルバム(-o-;)の収録曲だと思われる現代曲と、ルジュヌの酔っ払いの歌。最後は一同酔っぱらってグーグー眠りこけて幕となった。
近年は同じような守備範囲の若手の古楽グループが次々登場してきて彼らのような老舗はどうなんだろうと思っていたが、元祖「トンデモ古楽」の気概を見せつけたコンサートだった。

ただ一つ残念だったのはテノールがオリジナルメンバーのボルテフ氏でなかったこと。あ、もちろんS・グビウも文句はなかったですけどねnotes
次回は「雄叫び」コンサートを是非お願いしたい。


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2009年10月 3日 (土)

「ベルギー幻想美術館」:マグリットの仮面をつけたリンゴの横でバクチをすることを考えてみた

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クノップフからデルヴォー、マグリットまで
会場:Bunkamuraザ・ミュージアム
2009年9月3日~10月25日

19世紀後半~20世紀前半のベルギーの幻想系美術の展覧会。全て姫路市立美術館の所蔵品だというからビックリである。
タイトルに三人の画家の名前が挙げられているが、クノップフのは数が少なく、フェリシアン・ロップス、アンソールの二人の作品が多くを占めていた。

ロップスは筆致は端正ながら、描かれているのはエロさバクハツimpactみたいな内容。「好奇心の強い女」とか昔の映画にあったようなタイトルですな。深層心理の欲望をあからさまに見せている。
アンソールは有名な「キリストのブリュッセル入城」の他に32点組の「キリストの生涯」が目立つ。キリストさん以外の登場人物は(預言者ヨハネも)みんな変な顔なんで笑ってしまった。
マグリットはいつ見てもマグリットだが(意味不明)、市営カジノの壁画のために描かれた12点組の連作が見所ありだった。登場するのは他の作品にも登場するキャラshadowや物体だが、こんな絵の元で賭博するってのはどんな気分かと思って見てた。

トリはデルヴォーがキターッkissmark コーナー最初にある「水のニンフ」は実に見ごたえ充分。海にいるニンフたちの下半身が波(?)みたいになってるヒダヒダに眼が引き寄せられた。
デルヴォーは今で言う鉄ヲタだったらしい。「機関車」という作品はそれこそ、「女・機関車・女(*'∀')=3ハアハア」という感じだ。解説にキリコとの関連が述べられていたが「海岸」なんて作品を見るとナットクである。
亡くなった妻を剥製にするという小説のさし絵のための連作も面白かった。

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クノップフはなぜかあまり客の目を引かないようで、「ブリュージュにて、聖ヨハネ施療院」の前には私一人しかいなくて、顔をくっつけるように二度も見てしまった。会場から出て図録を見た時に、この絵の図版がずっと明るく鮮明なのにやや驚いた。照明の加減もあるだろうが、実物はかなりぼんやりして暗めだった。修正したのかしらん(?_?)
チケットに使われている「ヴェネツィアの思い出」はそもそも小品な上に、柱に掛けられているのでうっかりすると見逃すところだった。見てない人が結構いたもよう。要注意である。

これだーっfujiという作品は少なかったが、全体的には満足できた展覧会であったよ。


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2009年10月 2日 (金)

聴かずに死ねるか:マイナー・コンサート編 10月版

*2日(金)「モーリス・シュテーガー リコーダーリサイタル」
既に完売とのこと。ただ、武蔵野市民文化会館でリコーダー+チェンバロがどう聞こえるかですねえ。

*6日(火)「ドレスデンの花束」(平崎真弓&北谷直樹)
BCJと重なってしまってるんで行けず、残念無念です。

*7日(水)つのだたかしコンサート「南に帰る2009」
*  〃  フランダース・リコーダー・カルテット
あのリコーダーの祭りの熱気を考えると、明日館で客が入りきるんでしょうか?

*16日(金)「イタリアのヘンデルとその周辺」(ロベルタ・インヴェルニッツィ)

*20日(火)「シュテルツェル:ブロッケス受難曲」

*24日(土)「レクチャー・コンサート~古楽への扉 2」
チケットは確保済み。

*29日(木)「ヘンデル:ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ全曲」(桐山&大塚)

北とぴあ音楽祭27日の「ドーヴァー海峡の向こう側」は完売とのことです。

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