「イタリア・ユダヤ人の風景」
岩波のPR誌「図書」に連載されていた旅行エッセイを単行本にしたもの。「図書」で連載途中から読み始めたのだが、最初から読みたいと思って買ったのをしばらくそのまま放り出していた。
が、イタリアを舞台にした『セントアンナの奇跡』を見て突然読みたくなって手に取った次第である。もっとも、スパイク・リーの映画にはユダヤ人は登場してない。
1943年から44年にかけて第2次大戦下のイタリアは、ムッソリーニのファシスト勢力、ドイツ軍、進攻しつつある連合軍の三者が入り乱れ、複雑な状況にあったらしい。(世界史にうとい私は知らず(・・ゞ)
その当時、ローマを脱出しようとしたアルベルト・モラーヴィア夫妻(二人ともユダヤ系)やゲットーから集められ貨物列車に載せられた1000名のユダヤ人のことが、当地を訪れた旅と共に語られる。
著者がローマへ旅立ったのは折しも2001年9月、悲惨なテロ事件の余波で厳戒体制の下だった。
ローマの街角には武装警官が立ち、フェッラーラのシナゴーグの前では著者は「偽乞食」の男を見かける--その正体とは?
ローマ、ヴェネツィア、トリエステ、フェッラーラ--と続く旅の中で、戦時下を体験した作家達の描いた文学作品を事実と重ね合わせて解読しながら、さらにその地のユダヤ人達の足跡を辿る。それは時として中世にまで遡るほどである。
都市に堆積した歳月と街角に残る惨劇の記憶はラセン状に渦巻くようで、読み進むうちに時としてめまいを引き起こすようだ。そしてそれを語る著者の文章は重厚にして淀みなく、ミステリアスな陰を感じさせる。
特に印象に残ったの挿話は、一つはローマでの「ラゼッラ街の襲撃」(ドイツ軍SS部隊をパルチザンが襲撃した事件)への報復として、翌日イタリア人市民(ユダヤ系も含む)335名を襲撃されたドイツ兵一人あたり10名の割当てで処刑した事件である。処刑者数もすごいものだが、処刑を命令された側の兵士たちも悲惨な状態になったという。
もう一つは雑誌連載時に読んだ時も極めて印象的だった、フェッラーラでの銃殺事件だ。ファシスト幹部の暗殺事件に端を発し、11名の市民がエステ家居城の濠端で銃殺されたのである。果たしてそれを仕組んだのは何者か--事件を描いた小説、そしてその映画化作品、そのどちらにも語られなかった部分に真実が潜んでいるようである。
(ちなみにその映画は『残酷な夜』というタイトルで日本でも公開されたらしいが、双葉十三郎の『ぼくの採点表』を見ても出てなかった。日本ではあまり話題にならなかったのだろうか)
いずれにしても死者たちはもはや二度と甦ることはない。歴史の中にその痕跡をかろうじて留めるのみだ。
イタリア史にもユダヤ人に関してもあまり知識のない私であったが、読了後の充実感は大きく「読んだ~」と満足したのであった。残念ながら、その満足感はもはや今では小説では得られないものなのは確かだろう。
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