「薄暮」:美とカネは分かち難し
前作の『仮想儀礼』が面白かったので、続いてこちらも読んでみた。
前作は宗教業界(?)が舞台だったが、今回は美術がテーマである。主人公は美術雑誌の編集者だったが、雑誌廃刊に伴い高級婦人雑誌の編集部に異動した中年男性である。
彼が成り行きから関わった、地方に埋もれたまま亡くなった無名の画家が注目を浴び、地域ぐるみの大きな動きになって行く……。
しかし、画家の遺された妻はとある時期の作品を彼の絵とは認めない。実際には、そちらの作品の方が出来がいいのだが。
--というような所は謎としてミステリ仕立てになっている。
全てが明らかになった時は、画家に関った二人の女の真実の姿が明らかになるという次第。またも、作者は女には非常にキビシ~イのであった。
自己犠牲によって才能はあるが恵まれない画家を支え続けた妻--という美談の陰に隠された人間の業、そしてそれに支えられた作品をどのように評価したらいいのか。作者はその手の「美談」にも容赦ない(~_~;) 執着と欲望にまつわるうさん臭さがあからさまになっていく。しかし、作者はそのような欲望も人間の本質として肯定的に認めてもいるようだ。
また、普段あまり縁がない地方画壇の話や地域の利権との関係、そして金と不可分なアート業界などなどよく取材しているようで、いやはやこの世界もスゴイもんだと呆れるのを通り越して感心してしまった。
それにしても「美」に価値を付けるというのはどういうことなのだろうか? よくよく考えればそんな事は不可能に違いない。
実体のないものに値札をかける--これもまた麗しい資本主義の成せるマジックであろうか?
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コメント
この作者の「女たちのジハード」という本を読んだことがあります。自分からは絶対に手にとらないタイプの本ですが、いただいたので。読んでみたら、結構面白くて、また丁度仕事上の困難にぶつかった時期だったので、非常に励まされました。
美(アート)とその価値またはお値段というのは、追求したいテーマです。オークションで高値が付いたおかげで、美術作品と作者の名前が一般大衆にも広く知られるようになり、値札に対する下世話な興味という付加価値が分厚く塗られたようになってしまったアート(アーチスト)って、よくありますよね。気に入っていたものだと、そのせいで、本来の美が見えなくなりそうで、ぞっとする時があります。
投稿: レイネ | 2009年11月12日 (木) 04時36分
篠田節子は最近になって読み始めました。あまり繰り返し読んで味わいたいタイプではありませんが、人間洞察にすぐれている所など気に入ってます。
この作品には「これは××美術館と○○美術館を合成させたようなトコだな」と推測できる施設とか、「日本のアートで海外に通用するのは**と※※ぐらいなもん」などというセリフが出て来て、そういう下世話な部分でも面白いでした(^^;
「美」がその時代・地域の価値観を反映したものである以上、それをでっち上げゼニを稼ぐ人間がいても仕方がないことなんでしょう。なにせ「美」自体のコストは無料だからウマい商売です。
まあ、美術館で作品を見ている時はそんな事は思いも付きませんが、絵の裏側を覗いてみればどす黒い虫がウヨウヨと……
投稿: さわやか革命 | 2009年11月13日 (金) 07時04分