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2009年12月

2009年12月31日 (木)

人並みに駆け込み2009年回顧(音楽系)

去年は一応31日に回顧記事を書いていたのを急に思い出し、あわててやってみた(ドロナワよ)。

●コンサート編(順不同)
*やはりなんと言ってもラ・フォル・ジュルネ バッハ祭りを体験したってことですかね。中でも一つ上げるならラ・ヴェネクシアーナに尽きる。

ザ・ロイヤル・コンソート
ガンバの音が好きだ~heart01(と、今さら宣言してどーするよ)

*BCJ関連では第85回定期演奏会・モテット全曲
ヘンデル「リナルド」
同じBCJでも「ポッペアの戴冠」はガッカリした。

アムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテット
リコーダー・ファンの熱気には完全に負けた年であった。

ヴァルター・ファンハウヴェ
クレマン・ジャヌカン・アンサンブル
まだまだ後進の若いモンには負けられねぇ~、という気概十分。

アンサンブル・エクレジア
また景気が良くなったら赤ワインwineお願いします。

【コスト・パフォーマンス賞】
ヘンデル「アリオダンテ」
これで三千円たあ、驚きでいっdanger

【珍楽器賞】
ペダル・チェンバロ
珍しいモンを拝ませてもらいました。


●CD編
評価というより純粋によく聞いたってことで。
※古楽
*フレットワーク パーセル「ファンタジア」
出たのは何年も前のものだがアムステルダム・ルッキ・スターダスト・カルテット盤もよく聞いた。
*キアラ・バンキーニ&アンサンブル415 アルピノーニ「4声のシンフォニア」
*アンサンブル・エクレジア 「巡礼の歌」
*フィリップ・ピエルロほか F・クープラン「ヴィオール曲集」
*Speculum 「おお、美しき薔薇よ」
*ダニエル・テイラー 「ヴォイス・オブ・バッハ」
*BCJ バッハ「カンタータ集 27」
かなり以前に買ったのを今ごろ聞いたらヘヴィー・ローテーションに。BWV115のソプラノ・アリアが美し過ぎです、バッハ先生! こんなに美しくっちゃ、泣いちゃうよ(T_T)


※その他
*シール「ソウル」
*大貫妙子「パレット」
やはり「ファム・ファタール」、ですな。
*ブルース・コバーン"Slice O Life"
何度聞いても飽きることがない。遂に日本盤は出ず……。
*ソニック・ユース「エターナル」
ガッカリしたのはU2「ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン」。全体にロック系ベテラン勢は今イチだった。

【追記】
一部、追加しました。

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「17世紀 北ドイツを訪ねて」:年末は「第九」よりもブクステフーデ

0901231
演奏:若松夏美、荒木優子、平尾雅子、上尾直毅
会場:近江楽堂
2009年12月27日

今年最後のコンサートは「ブクステフーデおよび彼と同時代に同じ北ドイツで活躍した作曲家たち」というかなり渋めのプログラム。
とはいえ、この演奏者のメンツでは客が結構入るだろうと思って、早めに行かねば……soonと焦っていたが、例の如く出遅れてしまったです(@_@)
たどり着いた時には「残りあと×席だけ」なんて状態で冷汗(;^_^Aであった。

というわけで、壁際に追加席も出て、さらにプログラムも足りなくなるという満員御礼状態で始まった。
バッハの先輩筋の作曲家ということで、ブクステフーデ、ラインケン--は知っているけど、さらにベッカー、ショップとなると名前も知らなかった。かなりのマニア向けな内容である。

ラインケンと同じ歳のベッカーはのソナタは心地よく耳に流れてきたけど、続くブクステフーデは聞く度に思うことだがやっぱりちょっと「変」。チェンバロ・ソロの「前奏曲」はバリバリに対位法が効いていた。
ショップの曲はマドリガーレを原曲としてるだけあって「泣き」が入ってたsweat02
ラストのラインケンは5月の熱狂祭り以来。ナマで聞けてよかった~状態であった。
この面子ではもはや演奏がどうのこうのいうこともなく、大満足よfull また、バッハ先生以前に存在し続けてきた北ドイツ地方音楽界(?)の豊かさも実感できた。

主催者側は暮れったらやはり「第九」や「メサイア」が一番人気で、こんな地味なプログラムでは人が集まらないと懸念していたとのこと。確かに、隣りの大ホールでは「第九」noteやってたし(^^;
しかし、今回よく古楽系のコンサートで見かける方々も来ていたようだ。やはり古楽ファンにはベートーヴェンよりブクステフーデ \(^o^)/ってことですよ。


オペラシティの広場ではちょうどクリスマスツリーの解体作業中。「歌う男」が寂しそうに眺めていた。(写真撮りそこねた)

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2009年12月30日 (水)

「戦場でワルツを」:にわかに目覚めて悪夢を見る

0901230
監督:アリ・フォルマン
声の出演:監督&その友人たち
イスラエル・フランス・ドイツ・米国

アニメにしてドキュメンタリーという珍しい作品。賞も色々獲得し、さらにアカデミー賞の外国映画賞にノミネートまでされた(そして『おくりびと』に負けた)。ただし、こちらの記事によると、アニメとドキュメンタリーというのは全く無関係ではなかったもよう。

イスラエル兵として派兵されて監督自身が体験した1980年代初めのレバノンでの戦争--しかし、なぜかその時の記憶が脱落しており、それを取り戻すために友人たちやジャーナリスト・医者を訪ね歩く。それらの場面はアニメで再現されていて、声もご当人たちが(二名だけはなぜか他人の吹替え)やっている。

そのアニメは独特の手法らしく(詳しいことは知らず)強烈なイメージを与える。戦場の回想部分はもちろん「今」の場面も含めて、幻想的かつ退廃的でしかも晦渋である。「途中寝てしまった」という感想が多いのも仕方ないというくらいだ。
音楽の使い方も面白くて、強く印象を残した。

迷宮の一番外側をグルグルと回り歩くような探索行を続けるうちに、ようやく彼はその中心に到達する。ラストシーンは正にその瞬間--何か認識できぬものの存在にふと気付いた時、あるいは長い悪夢を見ていたと思っていたらそれが実は現実であったと知った時、長く忘れていた記憶が不意に戻った時--それが鮮やかに甦った瞬間を再現し、観客にも体験させる。極めて衝撃的なものだ。

作品の視点は一兵士としてのものに貫かれている。そこが物足りないという意見もあるだろうし、またイスラエル政府がプッシュしているというのもうさん臭いと見られるかも知れない。作品自体に政治性はないが、「政治的でない」ということ自体が既に政治的であると見なされても仕方ない場合もある。
しかし、単に一兵士だった人間に(例え、現在は表現者であったとしても)それ以上のことを求められるかどうかは難しい。

話の核心となるサブラ・シャティーラ難民キャンプでの事件は、当時現場にいた広河隆一のルポを読む限り、イスラエル軍とキリスト教右派民兵の共同作戦と見なされても仕方ないものだろう。映画では、そこら辺ははっきりとは描かれていないが……。

また、監督よりも下の世代だと戦争の後遺症はもっとひどくなっているようである(こちらのドキュメンタリーを参照)。
18、9歳ぐらいの若者--日本だとゲーセンやコンビニの前でたむろっているような、まだ半分子供が銃を持って戦場に行く。なんだか考えるとウツになってきそうだdown 戦闘の合間にスナック菓子を食い、みたいな感じだろうか。


衝撃度:9点
政治度:5点

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2009年12月29日 (火)

「17世紀パリのクリスマス」:神は見捨てたか!聖夜直前の大失態

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演奏:コントラポント
会場:トッパンホール
2009年12月23日

花井哲郎率いるアンサンブルのコントラポント。6回目の定期演奏会はシャルパンティエの「真夜中のミサ」ということで、まさにクリスマスに打ってつけのプログラムではないですかnotes
なので、喜び勇んでトッパンホールに向かったはいいが……ありゃ(・・;) (;・・) キョロキョロ、なんだか入口に人影がないshadow な、なんで(?_?;

結果、判明したことは--なんと私は一時間、時間を間違えていたのであった。
ギャ~~~ッ(>O<)

というわけで、既に前半のプログラムは終わりかけていた。肝心の「真夜中のミサ」が、ですよ(x_x)トホホ すぐに休憩時間になってしまった。コンサート連チャンだったので頭がボーッmistとしてしまったかしらん。とにかく大失敗である。
自由席だったけど、会場は結構客が入っていた(9割ぐらい?)。それで、無料配布のパンフも品切れで貰えなかったのであった(T_T)アンマリダー

このような事態だったので、ロクな感想も書けませぬ。
休憩時間に空いてる席を探して、後半のやはりシャルパンティエの「主の御降誕の時の天使とユダヤの羊飼いたちの対話」と「マニフィカト」を聞いた。
二本のリコーダーが内容にふさわしく牧歌的な感じをかもし出していた。全体的に素朴だけど優美で、当時の宮廷のクリスマスを髣髴とさせるものだった。
関係ないけど、コンミスの小野萬理さんのお衣装、いつもそうですけど普通のドレスとはちょびっとテイストが変わってて素敵ですわよ(*^-^*)

それにつけても「真夜中のミサ」聞きたかったよーんcrying 残念無念。
次回の公演は絶対に行って雪辱を果たすべし(*'ー')=3 と意気込んだが、なんと会場が東京カテドラルですか……ビミョーだなあ。

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2009年12月27日 (日)

「バロック de クリスマス」:上野の聖夜に吹くは○息

0901227
演奏:クラシカル・プレイヤーズ東京
会場:東京文化会館小ホール
2009年12月22日

有田正広主宰のクラシカル・プレイヤーズ東京は、個々のメンバーはおなじみの人が多いが今まで聞いたことはない。なぜなら、プログラムがもっぱら古典派以降だからだ。
ただ、今回はクリスマス特別編成(^^?ということもあってかバロック中心なんで聞きに行ってみた。客層は普段のバロック系とは打って変わって、若いカップルも多い。

曲ごとに有田先生ともう一人奏者(大抵は第1ヴァイオリンの戸田薫)が出てきて、曲の解説もしてくれた。チラシではバッハ先生とヴィヴァルディ先生という大家と同じ--いやsweat01さらにより広いスペースを取って、有田先生も写真が載っていたのでてっきりトラヴェルソを吹きまくるのかと思ってたら、そんなことはなくほとんどナビゲーター役に徹していた。
その話の中で、戸田女史とパウル・エレラ(BCJでもおなじみ)がご夫婦だと知ってビックリ(!o!) 職場結婚が結構多いギョーカイなんですなあ。

その戸田さんが1曲目のビーバーの「戦争」を解説で、第二楽章のアレグロが「ストラヴィンスキーみたい」と形容したんで、聴いて思わず「ナルホドsign03」と笑ってしまった。それ以外にも弦を叩いたりする場面があって、見てるだけでも面白かった。
その後はコレッリの「クリスマス・コンチェルト」、「四季」より「冬」(エレラ氏が独奏)と、いかにも季節にふさわしい曲が続いた。「冬は」最近定番となった過激系の演奏だった。

後半は三宮正満が登場して、バッハ先生のチェンバロ協奏曲から三宮氏が復元・編曲した「オーボエ・ダ・モーレ協奏曲」で活気づく。前半は音がパンチ無く小さく聞こえたんだけど、こちらの耳が慣れたせいかはたまた三宮氏のせいかは不明。
その後は戸田&エレラ夫婦heart01共演で「2つのヴァイオリンのための協奏曲」。
ラストはテレマン。ステージ前方に戸田女史+有田先生+チェロの山本徹が出て「ターフェルムジーク」からの協奏曲をやった。
アンコールは三宮氏も加わってやはりテレマンでしめくくった。

内容がギッシリと充実してたので、終了がなんと隣りの大ホールの「メサイア」の終わりと完全に重なってしまったほど。あ、もちろん、向こうの方が30分早く開演だったですがclock
後半はあまり季節性はなかったけれど、いかにもクリスマス特製プログラムといった感じで楽しかったです(^^)

……と言いたいところなのだが、実は隣に座ったオヤヂの鼻息がうるさくて気になってマイッタ(@_@) これが、ロック・コンサートや大編成のオーケストラなら関係ないが、古楽器小編成ではウルサイannoyのである。それに文化会館はどうもステージの音が遠く聞こえるんだよねえ。
しかもそのオヤヂ、通路側に座ってる私の方に手すりを越えて、身体を倒して領海侵犯してくるのだ、ムキーッ(*`ε´*)ノ☆
あんたの鼻息聞くためにチケット買ったんぢゃねえぞpunch チケット代一割払えっ!dollar

今度から空いてる方の座席と変えてもらおう(+_+)トホホ
てなわけで、集中力を甚だしく欠いたコンサートでもあった。

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2009年12月26日 (土)

「カールじいさんの空飛ぶ家」(字幕版):飛んで過去行くボロの家

0901226
監督:ピート・ドクター
声の出演:エドワード・アズナー、ジョーダン・ナガイ
米国2009年

ご近所のシネコンは吹替版及び3D吹替版ばかりだったので、あわてて都心の映画館まで行って字幕版を見てきた。
予想外だったのは「空飛ぶ家」が飛んでいるのは最初の方だけで、後はほとんど「浮いている」状態だったこと。予告で引っ張ってる場面は見ていたけど、これほどとは--という感じだ。

ピクサー初の人間が主人公の作品sign01という触れこみだったが、その「人間」というのが頑固な爺さんと生意気な小僧、というのが笑っちゃう。キレイなねーちゃんやイケメンのヒーローも出て来ない。こんな話、実写だったら絶対にゴーサインokが出ないだろう。
その爺さんも頑固が行き過ぎて暴力沙汰の騒ぎ--その「暴力」をかなりあからさまに描いているのにビックリした--で好感度低いdownし、少年に至っては早くもメタボ体型な図々しいお子チャマで、「何が野外生活だpunchお前スナック菓子ばっかり食ってるだろう」とほっぺたをつねってやりたくなるぐらいにイライラさせられるのだ。
いやー、素晴らしいキャラクター \(^o^)/です。
他にダメダメなドジ犬や、何考えてるのか不明のケバい鳥も好演よ。

巷では、冒頭のせりふナシで夫婦の歳月を描いた場面が評判が高くて、後の話は要らないという意見が多かったが、私は両方楽しめた。
特に後半の、あれほど憧れてきた「冒険家」の真実の姿が明らかになり、それとは対照的だった主人公の過ごしてきた平凡な日常生活の意味、そして真の「冒険」とは、そして「人生」とは何かという根源的な問いへの回答が示されるくだりはシミジミとさせるものがあった。

視覚的には色とりどりの風船が雲の狭間に浮かんでいる場面や南米の高地の光景が美しかった。逆にじいさんの白い不精髭なんて細かいところまでも目が行き届いている。

ただ難を言えば、過去の作品の連想が多過ぎること。「家」とか回想場面だって「ハウル」や「つみきのいえ」だと言われればそうだし、主人公は宮崎駿クリソツ(^^;と聞けばナルホドと思う。その他、「スター・ウォーズ」の戦闘機やらドイルの「失われた世界」やら、いくらでも出てきそうだ。なんとかしてくれーdash
冒険家氏のあの後について何かフォローがあるかと思って、エンド・クレジット眺めてたけど、何もなかった……。あれで終わりなのだ。結構キビシイッ。
それから、よい子は図書館の本を破ってはいけません。ちゃんとお金を払ってコピーしましょうね(^o^)b

というわけで、やはりここはラセターご本尊の登場を待ちたい。『トイ・ストーリー3』早く見たいぞっと(^^)/

恒例の同時上映の短編は、様々な動物の(人間だけでなく)赤ん坊を運ぶコウノトリの意外なる真実の姿の物語。どうして、夕立rainが急に起こるのかよ~く分かりました……ってそういう話か(?_?; 雲のモコモコ感が素晴らしい。


じいさん度:8点
冒険度:7点

【関連リンク】
《LOVE Cinemas 調布》(ネタバレあり)
ボーッとしてると見過ごしてしまうアルバムの意味が理解できました。

《水曜日のシネマ日記》
いつも吹替版と字幕版の違いを教えてくれるテクテクさん。今回もまた重要な点が……。

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2009年12月23日 (水)

アンサンブル・リクレアツィオン・ダルカディア:歌がなくともヘンデル節炸裂

0901223
ヘンデル-ドラマトゥルギーの魔術師
会場:近江楽堂
2009年12月15日

まだまだ続くヘンデル・イヤーnotes
4人組のリクレアツィオン・ダルカディアは過去に、今はなき目白バロック祭りやヘンデル・フェスティヴァル・ジャパンに参加した時に聞いてきたが(感想はこちらとかこちらこれもですな)、メンバーの二人が二年間(?)海外にいたということで、4人揃った演奏は久し振りとなった。

ヘンデル・イヤーというとどうしても声楽作品や大編成のものが多く演奏されてしまいがち。だが今回のプログラムは嬉しいことにfujiトリオ・ソナタである。ロンドン・バロックの録音で長いこと愛聴してたが、過去の自作(オペラの序曲など)からの転用なども多いということで、親しみやすい作品だ。

冒頭の作品5からの曲は舞曲中心だからか、なんとなくゴツゴツした感触の演奏で意外だった。渡邊孝の短いチェンバロのフーガを挟んで、次のシンフォニアは頑固に反復するチェロ(懸田貴嗣)にヴァイオリン2本(松永綾子&山口幸恵)が抒情的かつしなやかに絡んで、この日ベストな出来。
続いて、ロンドンでヘンデルの対抗馬として招かれたポルポラの曲も演奏された。

後半では作品2からのトリオ・ソナタを中心にして、ヘンデル先生が『リナルド』のアリアで即興演奏したのを基にしたW・バベルの編曲によるチェンバロ・ソロもあり。

4人の息の合った絶妙にして生き生きとした演奏を、息づかいも感じられるようなごく間近で見られて(聞けて)よかったです(*^-^*)
ヘンデルに限ったことではないけど、やっぱりトリオ・ソナタという形式自体好きなんであるheart01

これからの活躍を期待しておりま~すshine
でも、先日の櫻田亨に続き、彼らのCDも(発売記念演奏会だったのに)発売延期だとのこと。残念よ(´・ω・`)ショボーン

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2009年12月20日 (日)

「副王家の一族」:反抗なき放蕩

0901220
監督:ロベルト・ファエンツァ
出演:アレッサンドロ・プレツィオージ
イタリア2007年

イタリアの歴史物で貴族社会を舞台にしているとあって、予告や宣伝はヴィスコンティの路線を匂わしていた。しかし、実際見てみるといささか印象は違った。

時代は19世紀半ば、それまで各地方バラバラだったイタリアが統一されていく過程にあった時代とのことである。ここら辺はイタリア近代史を知らないとハテナ(?_?)印が連続して浮かんでしまう。
それを背景にシチリアの名家での父と息子の対立、その一族の浮沈が描かれる。その描写はヴィスコンティとはやや異なって辛辣で、諧謔的なところさえある。さらに俗物性も容赦なくさらけ出す。貴族階級同様、教会の堕落もキビシク俎上に乗せられている。

しかし、テンポがいささかのろい(特に後半)のはどうしたことよ(=_=;) 見ていてダレてしまう。それから風刺も中途半端なんで、観客はこの一族を斜に構えて見ていいんだか、共感しつつ見ていいんだかどっちつかず状態になってしまう。
ストーリーもなんか中途半端down 強圧的な父に反抗する息子--といっても大したことは何一つしていないんである。革命側で散々暴れまくった揚げ句、戻って来たというんならまさに「放蕩息子の帰還」で分かるけどさ。

もっとも致命的なのは、各エピソードがバラバラで関連性のないこと。まるで大河ドラマの総集編みたい。
たとえば、主人公が少年時代に叔母の出産を覗き見するエピソードがあるが、それが彼の人生や女性観に何か影響があったかというと、何もない。ストーリーの展開上も関係しない。
また、妹が初夜の床で必死にお祈りしながら行為する場面が出て来て(確かに「大罪」を犯してるわけですからな(^^;)、昔の敬虔なカトリック信者というのはこんななのかとビックリしてしまうが、それ以上のことはなくそのまま終わってしまうのだ。なんなのよempty

というわけで、ヴィスコンティのような劇的な展開は期待せず、当時の貴族たちの風俗・生態を観察するのには向いている作品だろう。衣装や邸宅は見事である。少なくとも、貴族にもまた自由はなかった、というのはよ~く分かった。
それから父親役のランド・ブッツァンカの演技は頑固にして怪物的な人物を演じて見ごたえあった。主役のA・プレツィオージは期待ほどの二枚目ぶりは発揮していなくて残念。脇を固める一族や執事も手堅い演技だった。


雰囲気度:8点
波乱度:5点

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2009年12月19日 (土)

ケルティック・クリスマス2009

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会場:すみだトリフォニーホール
2009年12月12日

ケルティック・クリスマスに行くのは数年ぶり。例の如く総武線が遅れ(いや、私も例の如く家を出るのが遅れたわけですが(^^ゞ)着いた時には、最初のカトリオーナ&クリス組が始まっていた。
フィドルとハープの二人組で、ケルト系だけでなく現代音楽やブルースなど他ジャンルの要素も取り入れているようだ。そのせいか、地味~な印象が強い。
とはいえ、私はアイリッシュ・ハープの生演奏は初めて見たが、カトリオーナ・マッケイの指先から様々な楽器の音が流れ出して来るのにはビックリ。キーボードやアコースティック・ギターやベースや……。こんなに幅広い楽器とは知らんかったですnotes

彼らの演奏の後、会場は暗くなったまま休憩もなく、ステージを模様替えしてアヌーナへと突入。彼らのアルバムは何年も前に続けて何枚か買っていたが、物足らなくなってその後聞くのをやめてしまった。
男声6人女声8人(7人だったかも)という編成で、中世・ルネサンス期以来のケルト圏の伝統的な音楽やオリジナルをアカペラ・コーラスで聞かせる。リーダーが曲によって「これは16世紀のフランスの古い民謡で……」などと解説するが、実際にはかなり現代的なアプローチで美しく歌われる。なので、古楽の側面から聴くと今イチ面白さには欠ける。
耳をひかれたのは、女声だけでやった「エルサレム」という曲。歌手たちが暗い会場内をローソクを持って歩き回りながら歌いかわすというのが、演出のせいもあってとても神秘的で心地よかった。指揮者もいなくて、あんなに互いに離れて移動しながらよく歌えるもんだ。
ラストの早口のゲール語(?)の民謡みたいな曲も面白かった。

女性歌手のほとんどは若くてキレイで長い金髪のオネーサンで、終盤での紹介のされ方がぞんざいなのはチトかわいそうだった。スポットライトが当たってなくて暗いままだったり、名前しか(フルネームでなくて)紹介されなかったり……。男性の方はちゃんと名字も言ってもらえたのにさーdash

休憩の後、いよいよアルタンが来たキタ━━━━━('∀')━━━━━ッ!!!!
もう待ってましたとばかり、最初から周囲に迷惑なほど盛り上がってるヤツもいた。ただ、私の周囲の女性が多数の客はアヌーナ目当ての人が多かったらしくて今イチなノリだった。癒し系のアヌーナと、基本的にステージ上でガバガバビールをあおってノリまくるアルタンとは方向性が正反対だと思えるけど(^^; あ、トリフォニーホールは酒類持ち込めないので、メンバーが飲んでいたのはペットボトルの水でしたよ。
それでも、マレードの美しい歌声を中心にした曲を多めに演奏したようだ。マレードの声の調子はちょっと悪かったか?
そもそも3組のステージを2時間の枠で入れようとしているので時間が短か過ぎ。それでも、終盤はみな立ち上がって、さらには踊ってる奴もいた。二本のフィドルの炸裂ぶりも満足であった。

アンコールはカトリオーナ&クリス参加して三本でフィドル合戦、さらにはアヌーナもバックコーラスで参加して全員でやった。

アルタンの新アルバム(オーケストラとの共演盤)が1月31日に発売予定なのを、なんと会場でのみ全世界先行発売dollarというあおり文句に釣られて購入。乗せられやすい性格なのよ(^-^;
とはいえ、昔のケルティック・クリスマスは食品やら物品やら色んなものを売っててお祭りぽかったのに、そういうのがなくなってしまって残念である。来年も、メンツによるが行きたいもんである。
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←こんな冴えないオヤヂ達がエネルギッシュかつ美しい音楽を生み出しておるのだなあ。

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2009年12月13日 (日)

「皇帝のビウェラ 市民のリュート」:ビウェラ対リュート、宿命の激突

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演奏:櫻田亨
会場:近江楽堂
2009年12月5日

ビウェラとルネサンス・リュートの弾き比べという珍しい企画のコンサート。
当時の絵画を参考にしたらしい豪華な衣装(チラシで着ているもの)に身を包んで登場した櫻田亨に続き、赤いセーターでやはり目立つ(^^;佐藤豊彦師匠が出現。解説役をやった。

前半はスペインのカール5世に仕えたナルバエスの曲集を演奏した。彼は史上初の変奏曲の作曲家なんである。
後半は最初にナルバエスが編曲したジョスカン・デ・プレの「千々の悲しみ」をビウェラで弾いた後に、今度はドイツで同時期に活躍したノイジドラーがやはり同じ曲を編曲したものをリュートで演奏。続いて、ノイジドラーの作品(イザークなど他の作曲家の編曲ものが多い)をリュートでやった。

当時はビウェラは上品で優しい音、リュートはワイルドで乱暴な音だと見なされていたそうな。宮廷に仕えたナルバエスと、市民社会勃興期のニュルンベルクにいたノイジドラーという対比と共に、その違いがよーく分かった。
ただ、不思議なのは北とぴあでの「弦の道」での引き比べの時は全く逆で、ビウェラはクリアな音で会場内でよく聞こえたのに対してリュートはなんだか明確に聞き取れなかった。会場の特性とか座っている位置のせいか(?_?)

このコンサートは本当はCD発売記念になるはずだったのが、再録音になってしまい発売延期とのこと。残念無念であるsweat02

当日は雨が降って薄ら寒かったが、リュート様、ビウェラ様のことを考えてか近江楽堂の空調は暖房フルで稼働してた。私が座った席では暖かい風が頭上に吹きつけて来るので、暑くなって頭がボーッとしてきた。たまらずに空いていた端の席に移動。少し涼しくなってホッclearである。
どうも近江楽堂は夏には冷房きき過ぎだし、なんとか改善して欲しい。
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←ツリーへ雨の夜は寒いよ~と歌う男

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2009年12月12日 (土)

歌劇「リナルド」:ツンデレ魔女の住む館

0901212
2007→2009ヘンデル・プロジェクト3
演奏:バッハ・コレギウム・ジャパン
会場:東京オペラシティ コンサートホール
2009年12月6日

正直に言おう、いや~楽しかったです \(^o^)/
エディンバラ音楽祭では好評だったという話だけれど、歌手や演奏者が半分は異なるし、実のところそもそも演奏会形式だということであまり期待していなかったのだ。
しかし、予想はいい意味で裏切られたenter

作品はヘンデル先生ロンドン初登場の『リナルド』。これで華々しくデビューを飾っちゃうもんね、ムフッ(*'∀')=3という気概が伝わって来る内容だ。
単純に言ってしまえば、十字軍を背景にした二組のカップル(タイトルロールの騎士リナルド×婚約者、イスラエル王×魔女)の四角関係の物語である。

この四人の中でダントツに目立っていたのがレイチェル・ニコルズの魔女だった。雷鳴を模したパーカッションの乱打を背景に登場する彼女はあまりにキョーレツで恐ろしく……どのぐらい恐ろしいかというと、会場のオペラシティの椅子がバタバタと一斉にドミノだおしに倒れて、床に投げ出された聴衆が「ひえ~{{(>_<)}}ガクブル、おねげえですだ、命ばかりはお助けをーっtyphoon」と手を合わせて拝みたくなるほどなのだ。
さらにこの魔女、敵方のリナルドと対面して最初は詰問モードだったのが、急に「あら、なかなかエエ男じゃないのflair」と気付いて俄かに態度を豹変させるツンデレ振りである。一転、恋する女heart04に変身よ!--正直言って、R・ニコルズがこんなに芸達者とは全く想像もしていなかった。「れ、レイチェルたんの魔法にかけられたい(^Q^;)ハアハア」なファンが増えるは必定であろう。
カップルの相方イスラエル王役で、低音部を一人支えるバリトンの萩原潤ともどもお笑い担当面も冴えていて、会場を沸かせていた。

リナルド役のティム・ミードを始め、カウンターテナー・ガイジン組は3人も登場。『聖アレッシオ』とまでは行かないが、日本では滅多にお目に(お耳に)かかれない布陣である。3人とも高水準な歌を聞かせてくれて満足よ。加えて出番は少ないけど、プラス一人の日本人CT上杉さんも好調だった。
ヘッヘッヘッ( ̄∀ ̄)その、なんですなspa同じカウンターテナー聴くならやはり若くてイケメンはエエですのう、ヘッヘッヘッ(←恒例の下卑た笑い)

一方でワリを食ってしまったのが、リナルド&アルミレーナ(森麻季)組。特にティム・ミードの歌唱は文句ないんだけど、物語上のキャラクターとして今一つ煮え切らないというかdownハッキリしないというかpunch面白さに欠けるemptyのであった。
エディンバラでは別のカウンターテナーで拍手大喝采だったということなんで、そちらの方の配役でも聞いてみたいもんである。

BCJの演奏は上にも書いたようにパーカッション大活躍impact、かと思えば牧歌的な鳥笛も出現(パイプオルガンの横で吹いていたのは誰かと思ったら、伝令役のテノールの人だったもよう)。随所にメリハリも効いて、これなら「ヘンデルにしては地味」とか「大人し過ぎ」とか「詰まらない」などという文句も出ないだろう。
チェンバロは2台向かい合わせに置いてあって、鈴木(兄)はたまに弾きながら指揮していたが、ヘンデルが長いチェンバロ即興をかましたという第二幕最後のアリアでは鈴木(息子)優人が腕前披露した。「息子よ、後はまかせたぜい(^_-)b」というところか。
ファゴットが結構目立つ場面が何回かあって、当時優秀な奏者がいたのかしらん、などとも思った。

しばらく前のヘンデル・フェスティバル・ジャパンや今回のパンフによると、昔のバロック劇場では場面転換自体が聴衆を魅了する一大スペクタクルであったということである。この『リナルド』では恐ろしげな魔女の館や海辺やらのどかな庭園やら戦争やら--と場面が派手に変わり、さらにきれいなネーチャンのセイレーンや怪物や亡霊も登場して見せ場満載。そんな派手な舞台を一度は見てみたいとは思うが、今回のような形でも十分大満足であった。ヘンデル・イヤーも押し詰まって、こんな公演にめぐり合えたのは嬉しい限りだ。
私の近くの席に座っていた中年女性二人(森麻季のファンらしい)が休憩時間中に「こんな楽しい時間shineがずーっと続けばいいのにねえ」「ホントよね~」となどと会話を交わしていたが、まさにその通りだった。

文句を敢えてつけるとすれば、途中で場面が変わる時は字幕にト書きを出して欲しかったということ。けっきょく、パンフで確認する羽目になった。
それから演奏会形式では途中で歌手への拍手をどの程度したらいいのか(?_?)よく分からなかった。本当は第二幕の後半でR・ニコルズに拍手喝采したい雰囲気(←なぜか変換できる)だったが、次のチェンバロが始まってしまってできず。
第一幕が終わった後に急に空席が幾つも出来てしまって、これは一体どういうことかと思ったら、他のオペラ公演とかけもちしていた人が結構いたらしい。な、なるほどsweat01

感想のリンク集はこちらです。

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2009年12月 7日 (月)

BCJ「リナルド」リンク集

バッハ・コレギウム・ジャパンの12月6日公演、ヘンデル『リナルド』のリンク集です。徐々に増やしていきます。
自分の感想はこちらです。

《たくHAUSES》
↑これが一番乗りですかな。
《マダムだって人生再建!》
《秋山ゆかりのエンタメ三昧》
《玉石混淆日記》
《演奏会定点観測》
《古楽ポリフォニックひとりごと》
↑久々の更新ですねー。
《つるりんこの「いつもダラダラどこでもゴロゴロ」》
《・・・ 感じる響き ・・・》
《solonの日記》
↑なぬ?!鈴木(弟)もあの小鳥の鳴き声に参加していたと?? バルコニーで演奏していたのは誰だったんざんしょsign02
《Faisons volte-face !》
《ちゃむのバレエとオペラ観劇日記》
↑なるほど、途中で姿を消した客が結構いたのは、ハシゴしたからなんですな。
《日々徒然の白想》
《ETUDE》
《CLASSICA - What's New!》
《All the World's a Stage- イギリスと舞台を巡る旅》
《rx1206の音楽探訪》

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2009年12月 6日 (日)

「南京・引き裂かれた記憶」:裂かれた記憶はいま合一するか

0901206
監督:武田倫和
日本2009年

私がこのドキュメンタリーに興味を持ったのは、新聞か雑誌のインタヴューで監督の祖父がこの作品を作るきっかけだったというのを読んだからである。
その祖父は旧日本軍の兵士だったが、酒を飲むと人が変わったように暴れ、戦争中の体験を話すことはなかったものの戦友会にはよく行っていた--というのだ。
私の父親も全く同じだったのでいささか驚いた。父親は満州へ行かされシベリア経由で帰って来たが、やはり酒を飲むと性格がガラッと変わり、戦争中のことは一切話さず、しかし戦友会には嬉しそうによく行っていた(母親は戦友の妹だという縁で結婚)。かなりの類似点ありだ。
もっとも、酒癖については家系かも知れないので(^=^;なんとも言えない。(先日もその子孫の恐ろしい行状を聞かされたばかりbomb

それがいつの間にか気付かないうちに公開されていた。他所の映画館でチラシを見付けてビックリ(!o!)急いで見に行った。

内容は南京大虐殺について、同時期同地区にいた加害者・被害者について直接インタヴューをしたものだ。元日本兵6名、中国人7名という内訳でほとんどが実名で語っている(一人だけ仮名だが顔は出している)。
実際にインタヴューを行なっているのは、十年がかりで証言集めを続けている女性教師で、カメラはその後をついて行くという次第。

冒頭はその教師によるナレーションで「南京大虐殺」に至る経緯、そして日本国内での真偽論争が簡単に紹介される。ここら辺は正直、社会科の教材っぽい(^-^;
その後はもっぱら双方の立場へのインタヴューによって一つの事件の実像を浮かび上がらせる。それは揚子江の川岸に捕虜を列を作って並ばせ、どんどん銃撃して死体を川へ落としていったというものである。

もう一つ重点が置かれていたのは中国人女性への強姦事件だ。民家や市街で日常的に行われていたことが双方の証言によって裏づけられる。インタヴュワーの教師は極めて細かい普段使われていた言葉や行動を繰り返し尋ねることで、双方から見た事実を確証を高めていくようにしてるようだ。
登場する事例では年齢8歳sign03から70歳、「強姦したのは……50人ぐらい」という証言もあったthunder

私が印象に残ったのはこの記事にも書いたように、被害女性の方は強姦によって心身ともに傷つけられそれが今に至るまで治らないということである。兵士の方にとっては五十分の一に過ぎないかも知れないけどさ。

テーマ的に見ていて面白いとは言いがたいものだが、取材に応える人々の話には恐るべき迫力があった。しかし一方で、恐らくほとんどが自宅で家族の前で証言している元兵士のじーさん達が特殊な人間ではなく、日常に生活する普通人であるのもまた印象に残ったのである。

思えばその数日前に見た『パリ・オペラ座のすべて』とは、同じドキュメンタリーといっても正反対のようだ。こうまで、描かれている世界が違うものかと感じたし、取材方法も「オペラ座」の方は一切インタヴューはしていない。
だが、あとでよくよく考えてみれば淡々と取材対象に迫るという点では共通しているのかもと、思い直した。それこそがドキュメンタリーの基本ですかね。

観客は同じ題材のこちらの映画の上映時とは全く違って若い人(ほとんど男性)が多かった。


証言度:9点
日常度:7点

【関連リンク】
「南京・史実を守る映画祭」
こちらなら900円で見られます(^^;
ロジャー・スポティスウッドがこんな映画を撮っていたとは知らず。レンタルになっているようなので借りて見よう。

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2009年12月 5日 (土)

「パリ・オペラ座のすべて」:「すべて」はないが日常はある

0901205
監督:フレデリック・ワイズマン
フランス・米国2009年

高名なドキュメンタリー作家のワイズマンがパリ・オペラ座に密着取材した作品。上映時間160分だが、これでもこの監督にしては長いonというほどではないらしい。

解説のナレーションは一切付けない形式で淡々と、ある一時期のオペラ座の日常を切り取っていく。起承転結も何もなし、エンドクレジットが始まった時は「え?これで終わりsign02」と思った客が多数だったようだ。

大部分はダンサーのリハーサル場面が占めている。その他には芸術監督の女性が振付師やダンサーの要望を聞いたり、スポンサー客の接待をしたり、スタッフ会議をしたりとか、あるいは衣装製作など裏方仕事、なぜか屋上でミツバチを飼ってるところなども登場する。売店でオペラ座製蜂蜜を売っているとのことだが、そんな場面出て来たっけ? もしかして、寝てたかしらん(^レ^;)
バレエ作品は『クルミ割り人形』からモダンまで様々だが、いずれもダンサーの肉体の極限まで酷使するような動きには圧倒されちゃう。もうビックリよ(@_@)
笑ったのは、二人演出家がいてそれぞれが正反対の指示をしたりして……annoyそれでも淡々とダンサーは踊るのであった。

後半は本番公演の場面も出て来るが、この頃になると映画を見ている側も疲労蓄積。ときどき眠気虫が場内をウロチョロするのであった(^^ゞ 加えて、私はどうもバレエやダンスって苦手。どうしても動きに「意味」を求めちゃうんだよねー。脳内の受容している部分が違うのか。だったら最初から見るなって言われてもしょうがない(火暴)
そういう意味では芝居的な要素が多かった『ベルナルダの家』という作品が面白そうだった。

日常の描写の積み重ねによって見る側をその場にいるような気にさせるのがワイズマンの手法なのだろうか。だとしたら、退屈と興奮が作品内に同居していても仕方ないだろう。いや、別にウトウトsleepyしてしまったことの弁解をしているわけではないですよ(^^;

休日は激コミ状態ということで、平日に取れた休みに行ったけど場内はオバサマでいっぱいfull 大半はバレエファンなんざんしょか。男性は中高年世代が数人という具合だ。さすが渋谷ブンカムラというところかニャ。
予告でモリエールを主人公にした映画をやっていたが、残念ながら音楽は手抜きのようだった。鑑賞予定リストからは外れそうだ。


日常度:8点
波乱度:4点

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2009年12月 2日 (水)

疑惑の「日曜美術館」

11月29日の「日曜美術館」のバロック特集を見た方も多いであろう。
私も「音楽でルネサンスと比べると?」というコーナーに興味を引かれて見たのであった。が……(-o-;)

《古楽の小路》

上の記事にあるように内容は「なんじゃ(?_?)こりゃ」であった。
「ルネサンス風の曲」というのがどう聞いてもルネサンス時代のものとは思えない。現代の歌といっても全然構わないという印象。で「バロック風の曲」は単にレチとアリアの対比を「劇的」としてるようなフシもあったりして。こんな杜撰な比較でいいんだろうかと、ちょっとビックリdangerしてしまった。

なんだか結論先にありきみたいである。本筋の美術についても、紹介する画家や作品の選定自体からそんな風に思えた。
「日曜美術館」て、こんな番組だったっけsign02

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2009年12月 1日 (火)

聴かずに死ねるか:マイナー・コンサート編 12月版

先月は「北とぴあ国際音楽祭・歌と弦楽器でつづる心の音楽」とピエール・アンタイに行けず……。涙(T_T)であります。

*5日(土)「皇帝のビウエラ・市民のリュート」(櫻田亨)
*  〃  「寺神戸亮 無伴奏ヴァイオリン~シャコンヌへの道」
なんと時間もほぼ同じ。両方とも行きたいが、仕方なく先にチケット購入してた櫻田氏の方へ。

*11日(金)「「ラ・フォンテヴェルデ」のクリスマスコンサート2009」
*  〃   「夜 ファド」(松田美緒&つのだたかし)
この日はレッド・プリーストもあって、迷っているうちに出張が入ってしまい全て御破算状態ngである。

*15日(火)「アンサンブル・リクレアツィオン・ダルカディア」
とっくにチケットを申し込んだのが、未だに音沙汰なしってのはどういうことよ(?_?)

*22日(火)「バロック de クリスマス」(クラシカル・プレイヤーズ東京)
*  〃   第5回国際テレマンコンクール受賞記念(宇治川朝政ほか)
これも是非聞きたかったが、有田先生とバッティング。

*23日(水)「17世紀パリのクリスマス」(コントラポント)

*27日(日)「17世紀北ドイツを訪ねて」(若松夏美ほか)

その他、今年は久し振りにケルティック・クリスマス(12日)に参戦予定。
BCJの「メサイア」とE・オノフリはパスしますので、他の方のご報告をお待ちしてま~すheart01

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