« 「派遣村」じゃなくて…… | トップページ | 「有田正広 モダン・フルートによるJ.S.バッハ」:楽器は人なり »

2010年1月16日 (土)

「カティンの森」:岩波ホールで新春の悶々

100116
監督:アンジェイ・ワイダ
出演:マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ
ポーランド2007年

かなり混んでいるという噂だったので、正月休みの延長で取れた平日の昼間に行ってきた。観客は中高年ばっかり。観察すると、岩波ホールとブンカムラでは同じオヂサンオバハンでも客層がビミョ~に異なるのであった。冬休みとはいえ、若い人はほとんどいなかった。やはり「巨匠」は敬遠されるものかね。もっとも、私にしてもワイダの作品を映画館で見るのは初めてなのだ(^^ゞ

1939年ポーランドはドイツとソ連の双方から侵略される。前門のドイツ、後門のソ連--というわけで、市民が右往左往する場面から始まる。
前半は将校である父親がソ連の捕虜となった母子を中心に物語が進む。これは、自身の父親も捕虜となったワイダ監督の実体験も反映されているようである。

やがて数年後、森の中で捕虜たちの銃殺体が発見される。ドイツとソ連は互いに罪をなすりつけあうが、市民の多くはソ連のしわざだと暗黙に了解しているのだった。(ということは、この話が虐殺事件の真相を明らかにする--というような謎解きではないことを示している)

大戦後になると、急に母子から離れて群像劇っぽくなってしまう。いきなり、見知らぬ人物が中心になったりして目が点(・o・)になっちゃう。会話に出て来る名前を聞いて、前半に出てきた兵士の家族だとかようやく認識できるぐらいだ。
次々と登場人物たちはソ連影響下の政府によって消されていく。ここら辺は、ワイダ……ということはポーランド国民の積年の恨みが溜まっているようで鬼気迫るものがある。

そして、最後に唐突に虐殺の場面が再現される。それはあまりに直接過ぎる暴力であり、正視に耐えぬものだ。完全に通常のストーリー構成というものを逸脱してしまっている有様は、もはや積怨を感じると言っていい。
だが、ドラマなき暴力描写は一方で外部の人間には共感を阻むものだ。私は見て、何かモヤモヤとしたものを感じた。いや「共感など求めていない」と言われてしまえばそれまでですが……

正直のところ、NHKのETV特集で放送されたワイダのドキュメンタリーの方が興味深かった(この「カティンの森」もかなり紹介されていた)。

それとは別に、心に引っかかったのは2点。
一つは父親の部下であった下士官が戦後に復員してきて、そのまま政府軍に所属して今度は同胞を心ならずも抑圧する側に回る。それを他の人物から「思いは違っているとしても行動は同じ。思いなど関係ない」と批判されるのだ。
これはいわゆる「面従腹背」を否定していると考えてもいいだろうか。
実は私の属するギョーカイでも一つの問題が長年続いていて、外部から「どーしてそんな反対をするのか。従っている振りでもすればよかろう」と言われているのだ。しかし、この映画の作り手にとっては「振り」などあり得ないということだろう。

もう一つは、日本人としてこの作品をどう観たらいいのかということだ。
旧ソ連にこだわるのならやはりシベリア虜囚問題は避けられない(私の父親もシベリアへ行かされた)。先日やっていたTVのドキュメンタリーによると、まだ5万3000人の遺骨が残されていて、しかもそのうち2万人の氏名が不明というのである。
しかし、そんな事実に基づく映画を作ったとしても今の日本で見に行く人間はほとんどいないだろう。

しかも逆の立場から見れば、当時の日本人はむしろポーランド軍捕虜を粛々と殺害したソ連兵と同じになってしまう。
しばらく前に見た「南京・引き裂かれた記憶」によると、捕虜を収容所から連行、川岸で次々と射殺……って、場所が森と川の違いだけでやってることは同じである。
さらに証言者によると、川岸に連なっている死体の中で生きている奴はいないか、銃剣で刺して回ったという。これもまたソ連兵が、死体を転がした穴の中で同じことをやっている場面があった。
しかし、そのような題材の劇映画が海外で作られたとしても日本では公開されまい。

ということで、新年早々映画を観て、ジトーッとした複雑な気分になってしまった。さすが岩波ホールとしか言いようがない。


主観点:6点
客観点:7点

| |

« 「派遣村」じゃなくて…… | トップページ | 「有田正広 モダン・フルートによるJ.S.バッハ」:楽器は人なり »

コメント

初めまして。こんばんは。
道楽ねずみともフランツとも名乗っている者です。

この映画の後半部分や最後の部分に同じような感想を書いておられるので興味深く詠みました。確かに最後の虐殺シーンは通常のストーリー構成を逸脱していますね。
私もこの映画を見終わった後,最後の場面以外のストーリーがすべて吹っ飛んでしまい,ドキュメンタリーを見たような感想を持ちました。最後の場面に至るまでにワイダが工夫を重ねて作ったストーリーの展開はすべて忘れてしまいそうになるくらいでした。

投稿: フランツ | 2010年5月28日 (金) 22時40分

コメントありがとうございます。

おっしゃる通り、作劇上のバランスを完全に崩してまで、描きたかったのがあのラストだったのかと思えました。
個人的にはただならぬ「執念」の表われと感じました。それをどう評価するかは難しいところです。

投稿: さわやか革命 | 2010年5月30日 (日) 12時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「カティンの森」:岩波ホールで新春の悶々:

» 「カティンの森」アンジェイ・ワイダ [Mani_Mani]
カティンの森KATYN 2007ポーランド 監督:アンジェイ・ワイダ 原作:アンジェイ・ムラルチク 脚本:アンジェイ・ワイダ、ヴワディスワフ・パシコフスキ、プシェムィスワフ・ノヴァコフスキ 音楽:クシシュトフ・ペンデレツキ 出演:マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ 他 空間と時間と言葉と音響のあしらいようによって希に創起される映画的な感動を求めて日頃映画を観ているのだけれど、時としてそういう利己的な感動などほんの些細なことに思えてしまう映画にも出会うことがあり、『カティンの森』は... [続きを読む]

受信: 2010年1月17日 (日) 20時35分

» 映画「カティンの森 」人間は、こんなこともしてしまうのだ [soramove]
「カティンの森 」★★★★DVDで鑑賞 マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ、ヴィクトリャ・ゴンシェフスカ主演 アンジェイ・ワイダ監督、122分、 2009年12月5日公開、2007,ポーランド,アルバトロス・フィルム (原題:Katyn )                     →  ★映画のブログ★                      どんなブログが人気なのか知りたい← 「アンジェイ・ワイダ監督が80歳を超えて監督した 1万5千人のポーランド人将校捕虜の殺害の事... [続きを読む]

受信: 2010年5月 9日 (日) 23時53分

» DVD:「カティンの森」 凄まじく「重い」 そこに価値がある。 [日々 是 変化ナリ 〜 DAYS OF STRUGGLE 〜]
122分にわたって、巨匠アンジェイ・ワイダ(84才)が監督としての最後の戦い?を挑んだ力作。 (実際には新作Sweet Rushが待機中、たいしたものだ!) 演出は極めてスムース。 自然、街などの風景が美しい中、個々の登場人物たちも、それぞれとても魅力的。 が、内容が凄まじく「重い」。 タイトルのように、カティンの大虐殺そしてその後ポーランドが陥った苦境が全編通して描かれているからだ。 エンディング・ロールが出る前、鎮魂歌が流れるが、ここでその「重さ」がピークに達する。 劇場でこれを観たら溜... [続きを読む]

受信: 2010年5月27日 (木) 03時47分

» 戦場・・・ [Akira's VOICE]
「カティンの森」 「ディファイアンス」 「戦場でワルツを」  [続きを読む]

受信: 2010年5月27日 (木) 10時06分

» 映画「カティンの森」(岩波ホール・千代田区神田神保町2丁目) [道楽ねずみ]
岩波ホールで,アンジェイ・ワイダ監督の映画「カティンの森」を見ました。 若い人はご存じではないかもしれませんが,「カティンの森」事件は戦後のポーランドのタブーで,この問題が公の場で自由に語ることができるようになるためには,東欧革命まで待たなければならなりませんでした。この事実が白日のもとにさらされてからまだ20年程度ですので,私にとっても「カティンの森」虐殺事件は,過去の歴史としてではなく,自分の生きた現代の歴史として感じられます。 アンジェイ・ワイダ自身,父親を「カティンの森」事件で失っており,... [続きを読む]

受信: 2010年5月28日 (金) 22時32分

» 「カティンの森」(KATYN) [シネマ・ワンダーランド]
「灰とダイヤモンド」「地下水道」などの作品で知られるポーランドの巨匠、アンジェイ・ワイダ(1926年~)がメガホンを執った戦争ヒューマン・ドラマ「カティンの森」(2007年。ポーランド、122分、R-15指定)。この映画は第二次大戦中、ポーランドで、1万人以上の同国将校らがソ連軍により虐殺された「カティンの森事件」をリアルに描く。ワイダ監督の父親もこの事件の犠牲者の1人だったという。本作は2008年のベルリン国際映画祭でコンペ外上映され、また同年オスカーの外国語映画賞にノミネートされた。 ...... [続きを読む]

受信: 2010年7月11日 (日) 09時46分

» mini review 10472「カティンの森」★★★★★★★★☆☆ [サーカスな日々]
第二次世界大戦中、ソ連の秘密警察によってポーランド軍将校が虐殺された「カティンの森事件」を、ポーランドの巨匠アンジェイ・ワイダ監督が映画化した問題作。長い間明らかにされてこなかった同事件の真相を、ソ連の捕虜となった将校たちと、彼らの帰還を待ちわびる家族たちの姿を通して描く。父親を事件で殺された過去を持つワイダ監督が歴史の闇に迫った本作は、第80回アカデミー賞外国語映画賞ノミネートをはじめ、世界各地の映画祭で高く評価された。[もっと詳しく] 80歳のアンジェイ・ワイダ監督が、執着したこと。 まだ... [続きを読む]

受信: 2010年7月23日 (金) 23時45分

» カティンの森 [☆彡映画鑑賞日記☆彡]
 『明日を生きていく人のために そしてあの日 銃身にさらされた 愛する人のために』  コチラの「カティンの森」は、第二次世界大戦下、一万五千人の将校が忽然と行方不明となり、ポーランドの人々が半世紀にわたり沈黙をしいられた知られざる真実を描いたアンジェイ・....... [続きを読む]

受信: 2010年7月31日 (土) 09時03分

» 『カティンの森』'04・仏 [虎党 団塊ジュニア の 日常 グルメ 映...]
あらすじ1939年、ポーランドはドイツ軍とソ連軍に侵攻されすべてのポーランド軍将校はソ連の捕虜となった。アンジェイ大尉は、彼の行方を探していた妻アンナと娘の目前で、東部... [続きを読む]

受信: 2010年10月 6日 (水) 21時05分

« 「派遣村」じゃなくて…… | トップページ | 「有田正広 モダン・フルートによるJ.S.バッハ」:楽器は人なり »