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2010年2月

2010年2月28日 (日)

パーセル「アーサー王」(神奈川県立音楽堂)速報

noteニケ&ル・コンセール・スピリテュエル
演奏と合唱は素晴らしかった。独唱者は水準か?
演出は……ng
神奈川県で事業仕分けをしたらまっさきに削除していただきたいannoy
かくしてブーとブラボーが交錯するカーテンコールとなったのであった。やれやれ。

横浜~桜木町の電車が来なくてマイッタ(+_+) 地下鉄にすればよかったよ。
詳しい感想はこちらです。

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「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」:ハリウッド・リメイク版に期待……はしません

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監督:ニールス・アルデン・オプレヴ
出演:ミカエル・ニクヴィスト、ノオミ・ラパス
スウェーデン・デンマーク・ドイツ2009年

昨年の各種ミステリー・ベストテンで高位に入った、話題のスウェーデン製三部作の一作目を映画化である。
私は原作は読んでないが、どんな話かと行ってみた。

大物実業家から訴えられて休職中のジャーナリストが、40年も前の令嬢失踪事件の調査を依頼される。さらにそこへ経歴不明にして超個性的な女性調査員も絡んでくる。

さすが、北欧製というか。ハリウッド・エンターテインメントと違ってめまぐるしく展開したりはしない。なにせ2時間半である。あともう少し間延びしたら退屈して長く感じてしまうだろう、ギリギリのところでとどまっている。
しかし中身は全編、陰惨danger暴力punch反モラルkissmark猟奇shadowなエピソードの連続である。救いがないとはこのことだ~。見終って、あまりの陰惨さにウツウツしてしまった。謎解きよりもそっちの印象がデカイ。

日本ではある種理想的に語られる北欧社会だが、こんなに恐ろしい事件は世界共通なのか。そして、20世紀の欧州はナチズム抜きに語ることは出来ないというのも、ヒシとかんじたのであったよ。

主人公のジャーナリストは役柄に合ってるといえるか。一方、リスベットは(?_?) 一緒に行った原作ファンの友人が言うには小説では「ミステリ史上最も魅力的なヒロイン」らしいが、映画では単なる凶暴なパンクねーちゃんにしか見えなかったぞ(´Д`)
これではとても「リスベット萌え~heart01」(copyright大森望)な方々を満足させることは到底できまい。

さて、ハリウッドでリメイクになるということだが、予想としては当然暴力度は半減、ヒロイン喫煙シーンsmokingもカット、あの口を洗ってる場面(結構しつこく長かった)ももちろん省略だー。主人公役はトム・ハンクスじゃないことを祈る。
とはいえ、エンド・クレジットの後に早くもしっかり続編の予告が……(^=^;

疑問点が二つ。
鼻ピアスして鼻をかむことはできるのか、邪魔じゃないの?
前売券がどこにも売ってなかったのはなぜ(?_?) 1800円で見ろってか?


暴力度:10点
ヒロイン萌え度:3点


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2010年2月27日 (土)

ベルリン古楽アカデミー:バッハ先生KY説

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会場:厚木市文化会館大ホール
2010年2月14日

note流れ~、流れて~厚木の空の下~sun

思えば今を遡ることウンヶ月前、私はベルリン古楽アカデミー東京公演のチケットの争奪戦に負けたのであった。
しかし、よくよく見れば厚木市での公演チケットは残っているではないか(=_=;)
私は考えた……今を逃せば次にいつ彼らが来日してくれるか分からない。だとすれば、これは 行 く し か な い

そして、

notesはーるばる来たぜ、本厚木~fuji

厚木市民の皆さん、すいませんm(_ _)mヘコヘコ 厚木は立派な大都会でした。でも会館の周囲は何気にたそがれているような……(・_*)\バキッ

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←これが問題の厚木市文化会館である。
デカイです。立派です。
中も立派なホールです。1400席だ。ただ、その割にトイレは狭いぞ。
しかし、どう見ても多目的ホールである。
この大きさで多目的というのは古楽にはキビシイっng 中ほどの席にしてしまったが、もっと前方にすればよかったよ。

さらに演目はバッハの「ブランデンブルク協奏曲」である。これは第1番→第6番へと進むにつれ、段々と編成が小さくなっていく。
普通は、大きな会場で聴く場合、最初は小さく聞こえても段々耳がなれていくにつれ大きく聞こえて来るもんであるが、この順番だと逆になってしまうのだ。

で、その予想した通りの事態に……(~_~;)
最初の第1番はホルンも入って快調good お、これなら大丈夫かも。第2番はバロック・トランペットが入って、大抵の場合は音がデカ過ぎてバランスがブチ壊れてしまうのが常spaであるが、この時はそんなこともなくオーボエとうまくバランスが取れていた。演奏全体は他の団体よりもかなりテンポが早い印象。調子っ外れにならない若手トランペット氏はよほど上手いのか(^^?と思ったが、トランペット奏者の中村氏によると、じ、実はそうではないと……sweat01 ウムム、であります。

第3番でようやくミドリ・ザイラーがヴァイオリンのトップに。注目の第2楽章は軽くスルーだったのでいささか拍子抜けだった。
休憩を挟んで第4番ではミドリ・ザイラーの独奏がバクハツ。「聴けてよかった」感を噛み締めたのであった。

ただ、5番・6番は編成が極小になって来るせいか、尻すぼみ感がぬぐえなかった。特に第5番のチェンバロは近年の演奏では爆奏・暴奏ぎみのものが定番となっているので、今イチ大人しい感じでちょっとガッカリ。

全体的に、録音で聞いてきた過激な部分bombは全く出てなくていささか期待はずれであった。
あと演奏の細かいニュアンスが聞き取れず、残念無念。やはり、トッパンホールのチケットを取り損なったのは痛恨の極みである(T^T)クーッ

ザイラー女史、チェロのヤープ・テル・リンデンが来てくれたのはよかったが、LFJで目立っていたコントラバスの赤ら顔のオヂサンがいなかったのは寂しかった。

というわけで、そそくさと小田急線に乗って帰った。
会場で「四季」のCDを売っていたので、すかさずゲット(^o^)v
それから客席にチョンマゲ風の髪型で羽織袴の若い男性がいたのは……sign02 しかも、前にもどっかのコンサートで見かけたんだよねー。ナゾである。

家に帰ってプログラムの解説を読んでビックリ。
「独奏ヴァイオリンがけばけばしい重音の連続を聴かせ、おまけに小節線をまたぐ下品なスラーによって見得を切る」とか「常軌を逸する長さのチェンバロ独奏が現われる。バッハ自身の、場の空気を読まないまでに旺盛な即興精神が」とか「主君のためには、聴き映えのする声部を書くのが臣下の務めではないか」って、何気にバッハ先生にケンカを売ってないですかっ(>O<)

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2010年2月22日 (月)

ヘンデル「陽気の人、ふさぎの人、中庸の人」「聖セシリアの祝日のためのオード」:「中庸の人」はどこに

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第7回ヘンデル・フェスティバル・ジャパン 企画4
指揮:クリストファー・ホグウッド
演奏:キャノンズ・コンサート室内合唱団&管弦楽団
会場:浜離宮朝日ホール
2010年2月13日

ホグウッドが来日してヘンデルを振るnotesってんで、要注目なコンサート。ヘンデル・イヤーのラストを飾っての大盤振る舞いというところだろうか。

この作品は本来、ミルトンの詩を元にした三部作だったのことだが、そもそも無理やりくっつけた第3部の「中庸の人」については評価が分かれ、削除したり復活させたり、代わりに「聖セシリア~」を差し替えたりしたらしい。
この形での上演はヘンデル時代以降初めてとのことである。

曲の内容は紅白歌合戦ならぬ躁ウツ歌合戦というところか。もっとも、正確なところは「外に出てガンガン楽しもうぜup」という外向派と「いや、おれは家でコタツに潜ってヘッドホンで音楽聴いてるのがいいのよdown」という内向派がそれぞれに主張するというものだ。要するにライフスタイルの違いですかね。

形式としてはオペラとオラトリオの中間的作品ということだが、これをどう聴いていいのか正直迷う。当時の聴衆は双方の歌を「そうだ、そうだ」「ワハハ、あんなこと言ってるよ」とニヤニヤしながら聞いていたんだろうか。よくワカランです(^^?

第3部まで含めてやはり一番目立っていたのはソプラノの佐竹由美だろう。この人は声質がキレイ過ぎて普段は敬遠していたのだが、かなり見直しましたです。特に第1部でトラヴェルソが小鳥の鳴き声を真似て吹くに合わせて、やはり小鳥のさえずりのように歌うアリアは感心した。
テノールの辻裕久は無難だったけどちと物足りない? バスの牧野正人は威厳を感じさせたが、出番があまり多くなくて残念でした。

第3部の「聖セシリア」は音楽を称える内容で、本来はソプラノとテノールが独唱担当だが、後でヘンデルが有名なアルト歌手のために一曲書き加えたヴァージョンを使用。ホグウッド校訂によるこれまた現代初演だそうである。
ここでは、これまでやや控えめに歌っていた風の波多野睦美が、ここ一番fujiという感じで、フルートを称える歌をその音色を完璧になぞるように歌ってみせてくれたのであった。青い色のお召し物もス・テ・キ(*^-^*)でしたのよ。

器楽陣の方は若手中心でビックリ。何せオーボエの三宮氏が一番年長組に入りそうなぐらいだ。鍵盤に、これまで度々HFJに出ていた渡邊孝あたりが入っているかと思ったけど、いなくて残念。チェロの山本徹は第2部のソプラノと掛け合いする曲がとてもよかったok 次世代チェロを背負って立つ男 \(^o^)/って感じですかね。
合唱はさすが大人数の迫力だったが、今一つキレに欠けるような気も……。トーシロなのでよく分かりませんが。

で、肝心のホグウッドはというと……削除されたはずの「中庸の人」が実はここにいた!というのは言い過ぎだろうか。いや、よくも悪くもという意味でですよ(^=^;
不満な点は何もないが、ここ一番の決め手に欠けると思えたのであった。


ちなみに、ホグウッドを最初に聴いたのは、北とぴあ国際音楽祭のプレイベント(1994年)だった。この時はヴィヴァルディをやったはずである。鈴木(弟)秀美が独奏で共演し、さらにバロックダンス(もちろん、海外組)も入っていたのだから豪華なもんであった。今は昔sandclockのことである。


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2010年2月21日 (日)

ニフティのスパム認定に要注意

最近、ココログでコメントとトラックバックについてスパムを自動的に判断してくれるフィルターができた。
ところがこのフィルター、かなりいい加減である。明らかにスパムコメントなのに問題なくすり抜けてたり、普通のサイトからのTBなのにスパム認定されてたり。一体、どういう基準でやっているのかナゾである。

30日間の余裕があるが、そのまま放っておくと削除されてしまうので、スパムの方も時々チェックしないといけません。要注意dangerである。

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2010年2月18日 (木)

「ディエゴ・オルティス『変奏論』邦訳出版記念コンサート」:わが人生、最寒のコンサート

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演奏:平尾雅子他
会場:日本聖公会東京教区聖パウロ教会
2010年2月11日

今年はルネサンス期スペインの作曲家オルティスの生誕500年(多分)だそうである。なぜ(多分)が付くかというと、生年が実はハッキリしないそうだ。
さて、そのオルティスが書いたガンバの変奏についての指南書(ガンバだけでなく他の楽器にも使えるそうな)を平尾雅子が訳して出版。そして、その記念コンサートとなったのである。

前半はオルティスの本業(宮廷礼拝堂楽長)関係のラテン語の宗教曲を演奏。「サルヴェ・レジーナ」や「マニフィカト」「めでたき、海の星」などを、鈴木美登里率いるラ・フォンテヴェルデが歌い、さらに5本のガンバと上尾直毅のオルガンが加わるという豪華版。まさしく、これぞルネサンス・ポリフォニーの精華fujiといった響きが教会内に広がるのであった。

世俗歌曲は後半で。過去の流行歌や旋律を変奏したものを幾つものパターンで演奏していく。ここではビウェラ(永田平八)やパーカッションが加わったり、上尾直毅がチェンバロを弾いたりもした。
ラ・フォンテヴェルデが原曲を歌う場面もあり。特にサンドランのシャンソン「甘い思い出」は歌詞もしみじみとして泣けましたです(T_T)

最後ははデ・ローレのマドリガーレに平尾女史が自分で変奏をつけたもので終了となった。その装飾的変奏(ディミニューション)というのは、バロック期以降の装飾音とも違うそうだ。ルネサンス音楽の道も深いのである。

--と、ここまで書いてきたが、実際は大変な状況だった。
会場はほとんど正方形で祭壇がかなり大きく中心に出ている。座席はそれを取り囲むような形で三方に配置されているので、遅れて来た私は祭壇の真横の座席になってしまい(ほとんど満員御礼)、祭壇の前で演奏している皆さんの背中を眺める羽目に……トホホfoot状態である。
まあ、音は高い天井に反響してよく聞こえたけど、奏者の半分以上は姿さえ見えなかった。後半では正面の方に移動して立ち見している人もいたぐらいである。

さらに、耐え難いほどに寒かった{{(>_<)}}ブルブル 教会や小さな会場では演奏の邪魔になるので空調を切ってしまうのが常なのだが、この日は雪の予報も出ていた冷たい雨の日で、冷えまくりである。いくら東京は暖かい地域たって、こりゃ寒過ぎだーsnow コートを着て聴いていたが、どこからか垣間風は入って来るし、指先まで冷えて来て最後にはたまらず手袋まではめてしまった。
演奏者の方々はよくこれで楽器が弾けるもんだと感心。もしかして、服の下にカイロをグルグル巻きに貼り付けていたりして(^o^;

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←異端者をいぢめるための拷問具、ではなくてオルガンの「ふいご」であーる。


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2010年2月17日 (水)

第14回(2009年)日本インターネット映画大賞結果発表されました

私も投票した(記事はこちら)日本インターネット映画大賞の結果が出ました。
スタッフの方々オツっgoodであります。

《第14回(2009年)日本インターネット映画大賞》

1位 227点 グラン・トリノ
2位 124点 スラムドッグ$ミリオネア
3位 100点 チェンジリング

イーストウッド強し!でしたなあ。私は見てませんが(^^;
2ちゃんの映画板でのベスト1~3・ワーストも同じでした。

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2010年2月13日 (土)

「フルートの黄金時代」:黄金と百円皿

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演奏:有田正広&千代子
会場:松明堂音楽ホール
2009年2月7日

有田正広が8本のフルートを駆使してルネサンス期から近代までの歴史をたどるコンサートである。
さぞ、ウンチク話を聞けるだろうと期待して行ったら、ステージに登場してすぐに解説が始まった。

「フルートの黄金時代」というのは実際にはバロック期と19世紀末だそうである。しかし、本当の意味での黄金時代はバロックしかないとのこと。それほどに、多くの優れたフルートのための曲が作られたのだ。

演奏は時代に沿って、ルネサンスフルートによるファン・エイク「笛の楽園」から。
次いで、1700年頃のモデルによるバロック・フルートでオトテールとボワモルチェとなった。
その後はロカテッリの予定だったが「急に吹くのがイヤになった」との理由でルクレールに変更。有田先生、そんなワガママな……(^o^; ここで使用されたのはまるでプラスチック製のように見える白い象牙製のもの。なんと、1730年頃にパリで作られたオリジナルで、世界でもこれ一本しか残っていないそうだcrown 有田先生っ!(^^)/(ハイっと手を上げて)保険金はいくらですかと聞きたくなった。
さらに、テレマン、そして最後まで時代の流れに逆らってキイなしのフルートを使い続けたというドヴィエンヌへと、それぞれ笛を代えて続いた。それぞれピッチが違うので、チェンバロと合わせるのが大変だったもよう。

休憩を挟んで19世紀へ突入だー。楽器もキイ付きフルートとピアノとなる。この頃になると、フルート曲はロクなのがなくて「一皿百円yen」(←先生談)状態だそうだ。で、J・ドンジョンという作曲家の曲を聴く。
次はドビュッシー、来たーッfujiである。「パンの笛、またはシランクス」は芝居の中で牧神が吹いているという設定で使われたという。エコーを模した部分の入った極めて幻想的な曲である。実際にフランス語のセリフの朗読と共に演奏した時は、もっとゆっくり吹かないと合わなかったとのこと。

20世紀の作曲家フェルーに続き、ラストはラヴェルの「ハバネラ」でしめくくった。チューニングの関係でプログラムに記載されてない八本目のフルートを使用した。
アンコールはフォーレと????(名前が聞き取れなかった(^o^;)だった。この二曲目で有田夫人が譜めくりに失敗してしまい、もう一度同じ曲を再演奏したいと希望したらしいが、タイムアウトでできなかった。
しかし、譜めくりもうまく行かないと大変なんですなー。めくり方も練習するんだろか?見よ!この華麗なる譜めくりさばきをshineとか……。

とにかく、笛の歴史を心ゆくまで堪能できたコンサートで大満足であった。やはり、有田先生のウンチク話はないとさみしいのよ~。またお願いします。


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2010年2月11日 (木)

北谷直樹チェンバロリサイタル「バビロンの流れのほとりにて」:みぞれの池袋に黄色い歓声が飛ぶのだ

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17世紀・18世紀の鍵盤楽器のためのオリジナル曲とアレンジ作品を集めて
会場:自由学園明日館講堂
2010年2月3日

日本人鍵盤家の”もう一人のナオキ”こと北谷直樹の初・単独公演である。彼を初めて見たのは武蔵野市民文化会館で、この時はヴィヴァルディの「ラ・ストラヴァガンツァ」を”一人時間差協奏曲”で弾いて、ヤンヤの大喝采を受けた。
二度めは昨年の同じ会場でモーリス・シュテーガーと共演した時である。こちらでは、ヘンデルのオペラのソロ編曲版でやはり聴衆を驚かせたのであった。

さて会場を見回すと、なぜか若い女性が多数。いつも行ってるような公演だと白髪頭の方が目立つんだけど……(^^? 鍵盤というのは独特のファン層を持っているんざんしょか?

舞台には2台のチェンバロ。1段のフレンチで冒頭フレスコバルディ、そしてパーセルの後になぜか切れ目なくルイ・クープランへと進んだナオキ氏。ありゃ、これはもうクープランだよな--とこちらが考えているうちに、今度は2段のジャーマンへと移動してクープランの二曲目を弾き始めたのだった。
この二曲目がうまく説明できないが、異様なるダイナミクスといったものを持って演奏されて聴く者を圧倒し、演奏後には黄色い声でブラボーが飛んだほどである。

後半最初のバッハも同様。終章のジーグへ向けて怒濤のように盛り上がっていく。次のジェミニアーニでは再びフレンチへと戻った。この頃になると何かパチパチと音が聞こえて来ると思ったら、この古い建物をみぞれまじりの雨が打っているのだった。

ラストは待ってましたfujiのヘンデル「リナルド」の編曲版。一台の鍵盤から広がる華麗なる歌世界といった趣きである。
となると、アンコールはやはり「ラ・ストラヴァガンツァ」だった。また聴くことができてウレシイっ(*^-^*)
次に、「このフレンチの音に合うと思うので」と始めたアンコール2曲めは……ジャズ風味のアレンジをまぶした、なんと日本製某ポップス曲だったのだ(!o!) しかし、確かにチェンバロに合っているからビックリよsign03
このサプライズ曲をもってコンサートは終了。再び大喝采と歓声が飛んで大いに盛り上がったのである。

ここに至って、場内は「キャ~、ナオキheart02」「ナオ様~heart04」と熱い声が飛びかい、花束、チョコ、おひねりなどが投げ入れられ、さらにチラシや会場備えつけの座布団が宙を舞う事態になった。この危機に、調律担当のご存じU岡楽器のU岡氏が身を挺してチェンバロを守る場面も--というのはさすがに嘘ですdash すいませんm(_ _)m

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長く海外で活躍してきたナオキ氏は日本ではこれまでほとんど演奏して来なかったもよう(「アントレ」1・2月号にインタヴューあり)。そのせいか、途中の曲の解説では日本語の単語がうまく出て来ない?場面もあった。
これからは日本での公演も増えそうshine また聴きに行かせて下せえ(^^)

【関連リンク】
《チェンバロ漫遊日記》より「北谷直樹 IN酒蔵」
同じ料金で「利き酒付き」とは--う、うらやましい(^Q^;) ヨダレが出そう。


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2010年2月 7日 (日)

「ずっとあなたを愛してる」:文科系映画

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監督:フィリップ・クローデル
出演:クリスティン・スコット・トーマス、
フランス2008年

よれたコートを着た中年女が一人、タバコを吸いながら佇んでいる--。
クリスティン・スコット・トーマス、歳取ったとはいえ相変わらず美人shine こういう場面が似合うんであったよ。

女は実はムショ帰り。そこへ長年疎遠だった妹が迎えに来る。妹は夫の反対をよそに自分の家へ住まわせるが、なかなか打ち解けては来ない。職探しもなかなか思うようには進まず。
ヒロインを中心にヒリヒリした人間関係の描写が続く。頂点は妹夫婦の友人たちと別荘へ遊びに行った件りだろう。酔っぱらった声のデカい男が彼女は今までどこにいたのかと囃し立てる。このエピソードの顛末は極めて皮肉だ。
また、アルツハイマーの母親と再会する場面も興味深かった。頑固で強大な母親に限って、さっさとボケて弱くなっちゃうのはどういうことよ。腹立つんだよねーdashなんてここで言っても仕方ないことですが(^o^;

ただ、様々なエピソードで引っ張った割にはラストは予定調和に収束してしまったような印象がある。最後に明かされる女の「犯罪」が情状酌量できるものだったというのも大きいだろう。もっと極悪非道なモンだったらどうしようかとドキドキheart01して見ていたのだけどね。
途中退場の刑事のエピソードはやや唐突。効果的だったのかは疑問だ。

監督は人気のある作家とのこと。これが監督一作目らしい。そいうい面では良くも悪くもいかにも文科系映画という感じであった。
とはいえ、やはりC・S・トーマス絵になります。これがプヨブヨしたオバハンだったら、男も構ってくれないよね~。妹役のエルザ・ジルベルスタインは早くも最優秀妹賞決定か。

別荘に家族連れで集まり庭を子どもが走り回ってワイワイやってる場面は『夏時間の庭』を思い出させた。もっともあれは友人でなく、親戚で集まっていたのだが。
M・ハネケの『隠された記憶』では自分の家に友人たちを招いて手料理を出して、食卓で議論する場面があった。フランスの知識階級はああいう場で会話でやりあう、みたいのをよくやるんだろうか?

情状酌量の余地ある犯罪というつながりで、見ていてM・マンの『ジェリコ・マイル』も思い出した。こちらの主人公は父親を殺した罪で終身刑だったのだが、模範囚で仮釈放の候補となる。しかし、審査の場で「もう一度同じ立場になったら、同じ行為を繰り返しますか」という問いに答えられず、監獄に逆戻りしてしまうのである。


主観点:7点
客観点:7点

【関連リンク】
《まどぎわ通信》

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2010年2月 4日 (木)

「誰がため」:欧州大戦暗黒裏面悲話(●女子妄想付き)

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監督:オーレ・クリスチャン・マセン
出演:トゥーレ・リントハート、マッツ・ミケルセン
デンマーク・チェコ・ドイツ2008年

『カティンの森』に続き、ナチス・ドイツ占領下のヨーロッパの話である。こちらもまた陰鬱な実話に基づく作品でウツウツとするのは必至だ。最近、こんなのばかり観ているような気が……(^^;

さて舞台はデンマーク。レジスタンスのグループに所属する二人の男が、対独協力者を次々と暗殺していく。そこに謎の女が現われたり、妻が他に男を作ったり、さらには偽の指令によって無辜の人間を殺害してしまったのではないかという疑いが生ずる。

まあ、悪い奴というのはどこにでもいるもんで、国家存亡の危機にあっても金儲けを企むなんてのは、恐らく敗戦時の日本でもあったはずである。国民がみんな窮乏状態だろうとガッポリ儲けるdollarヤツは儲けているのだ。そういう卑劣漢がここにも登場する。

組織末端の二人は愛国心や正義感によって殺していくだけなのだが、連合国やら逃亡政府(でいいのかな?)やら複数の勢力の思惑が入り乱れて、邪魔者扱いされたりする。もっとも、これはデンマークだけでなくて、レジスタンス活動がさかんだった国は似たような状況だったようだ。歴史の暗黒面といったところだ。

虚無的な雰囲気の中、ラストは破滅へと転がっていくのを避けられない。果たして二人は英雄だったのか、利用された殺し屋だったのか、数十年の時を経ても容易には決められないだろう。

時代が時代だからか、主人公に懸賞金がかかっているのに平然と父親の元を訪ねたり、地下に潜ったりせずに下宿に居続けたり……その頃は悠長だったんでしょうか(^^?

もっとも見方を変えて、時代や設定を別にしてみると、マフィアもののノワール映画として見ることも可能だろう。すなわち--組の命令で裏切り者を次々と葬っていくヒットマン、しかし実は内部抗争に利用されていただけだったのだ~っ(!o!)
スタイリッシュな暗殺場面、定番ファム・ファタール出現、組織の非情、ゲシュタポの隊長はさしずめマフィアの首領か、そして熱いflair男の友情もあり。
そうなると、壮絶なラストはなんとはなしに香港ノワールを髣髴させるような気も……。(敵方の数がやたらに多いところとか)
ということで、ノワール系が好きな方にもオススメだろう。

難は相手役の女優さんがイメージ的に今イチ「運命の女」度数が低いこと--演技は問題ないんですがね(~_~;)

主役二人は対照的なタイプだが、それぞれカッコエエです。年長のシトロン役は今『シャネル&ストラヴィンスキー』も好評なマッツ・ミケルセン。要チェックかclip
それにしても、この二人あまりにもフ女子の妄想に燃料を注ぎそうな取り合わせではある。特に、二人で地下室でグダグダしてる場面なんざ妄想大暴発impactという感じ。まさか、狙って……るわけはないですな┐(´~`)┌


男の友情度:8点
暗黒度:8点

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