結城座「宦官提督の末裔」:鄭和の夢は夜開くのよ
原作:クオ・パオクン
演出:フレデリック・フィスバック
会場:シアタートラム
2010年3月18日~22日
かつて『屏風』で組んだフランス人演出家F・フィスバックを迎えて、結城座が演じたのは中国出身でシンガポールで活動した劇作家クオ・パオクンの作品である。
開演ギリギリに着くと、プロローグが既に始まっていた。演出家と美術担当のL・ベルジェが内容の説明をしている。しかし、笑っちゃうのは本人たちが脇で喋っているのに舞台上にはご当人たちソックリの人形(通訳の人のも)がいてやはり解説しているのだった
物語は中国の明時代に実在した宦官・鄭和を題材にしているが、作品自体は極めて難解なものであるため、舞台を現代のオフィスに設定してあるという。
深夜まで残業しているサラリーマンの男が鄭和の夢を見る。客演の加納幸和がサラリーマンを、大久保鷹が語り手を演じている。
シンガポールは経済的自由はあるが、政治的・思想的自由はないという国で、その抑圧性が去勢された宦官の存在へと投影されている。彼には閉鎖的官僚的な宮廷の中では自由がないが、長年の大航海を繰り返すことによって自由を得る。
--というのは頭では理解が出来た。しかし、どうも今一つ実感はできなかった。
深夜のオフィスが大海や異国の地に変わるというのも、あまり見ていて開放性はなかったし、何回も繰り返される「去勢」談義もどうもピンと来なかった。
宦官というのが自由と生命力を奪い取られた存在であることを強調すればするほど、フロイト的には「去勢された男」たる女である私はなんと感じていいのか分からなくなるのであった。
かようにモヤモヤしたものが残った芝居であった。
意図的にやってるんだろうけど、語り手のつっかえたような喋り方も聞いててイライラしてしまった。
とにかく難解な内容なのには間違いない。
プロローグで演出家が「パンフレット買って解説だけでも読んでくれ」と言ってたが、パンフの解説がないと理解できないって、それだけで芝居として失敗では?
加納氏が普通の男性サラリーマンをやってるのを見たのは初めて(多分)。彼の人形の顔がコイズミ元首相にソックリに見えた(ご当人は似てないが)のは私だけか
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