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2010年6月 7日 (月)

「プレシャス」:鬼母の誕生

100607
監督:リー・ダニエルズ
出演:ガボレイ・シディベ
米国2009年

先日のアカデミー賞の監督賞ノミネーションで話題になったのは、女性監督が取るかアフリカ系監督が取るかということだった。もちろんどちらにしてもオスカー史上初の快挙である。
残念ながら、話題はキャスリン・ビグローとジェームズ・キャメロンの元夫婦対決の方にスポットが行ってしまって、こちらのリー・ダニエルズ監督はかなり分が悪かった。結果は大統領選結果とは逆に、初の黒人監督賞受賞とはならなかったのである。

時は1987年、場所はニューヨーク・ハーレム地区、実の父母から虐待を受け続けた16歳の黒人少女が主人公である。彼女には実父との間の子どもが一人いて、さらにもう一人妊娠している。そして実母からは下女並みにこき使われているのであった。
学校には通っているが、ロクに読み書きもできない。その学校からも妊娠を理由に放校されてしまう--。

チラシを見ると、いかにも感動的な物語として宣伝されている。しかしながら、そのような「感動」を期待できるような生易しい話ではない。もちろん、ラストは前向きに明るさの中で終わっているのだが、なぜか見終った後、苦さと重さのようなものが残る。それはそんな結末にも関らず、いまだヒロインのような苦境にある子どもたちが現在もなお存在する、という状況が続いているせいだろうか。

それにしても、「誰が私を愛してくれるのか」という叫びはあまりに悲痛だった。思い返すと気が滅入ってしまうほどだ。母親の行動は決して正当化できないにしても、怪物的な鬼母が突然変異のように生じるわけではないことを実感させられる。演じたモニークがオスカーの助演女優賞を獲得したのも納得だろう。

当時流行していたMTVまがいにヒロインが歌って踊るという幻想の場面が頻繁に登場する。それは単なるお飾りとして挿入されているのではなくて、虐待を受けた子どもが現実の苦痛から逃れるための意識の逃避のように見える。これがひどくなると解離性障害に至るのだろう。むしろ、これは被虐待者の精神状態を再現した場面だと言える。
それから、彼女が危機的な場面に遭遇すると(答えられない問題をあてられる、とか)母親の否定的な言葉が覆いかぶさるように聞こえてくるが、これは私も実際経験したことがある。仕事で大失敗をした時に、なぜか突然自分の母親がガミガミ怒る声が頭の中にガンガン響いてきたのである。これには自分でも驚いた。

主人公は良い女性教師とめぐり合い、シスターフッドの輪の中で救われる。その中に男は存在していない。しかし、これをもって「男性嫌悪主義」の出現と見なすのは早計というもんだろう。この前年には『フローズン・リバー』がやはりシスターフッドを描いているし、また小説においては黒人女性作家たちによって長年、女たちの絆は取り上げられて来たはずである。
過去のハリウッド作品でも例えば、『フライド・グリーン・トマト』なんかは当てはまると思うがどうだろう(公開当時に見たきりなのであまりはっきり覚えていない(^^;)。
どちらかというと、女性監督や本作の監督のようにゲイなど、ハリウッドにおいてのマイノリティが進出してきたということの方が大きいのではないか。

主役のガボレイ・シディベは映画初出演にして各賞の候補に上がったが、これは早過ぎの感もあり 次作以降に期待である。すっぴんメイクのマライア・キャリーと、レニー・クラヴィッツがチョイ役で特出。

ところで、「マクドナルド」の名がよく出てくるけど抗議されなかったのかね?


深刻度:8点
感動度:7点

【関連リンク】
《特別な1日》


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