「パリ20区、僕たちのクラス」:教育にハッピーエンドなし
監督:ローラン・カンテ
出演:フランソワ・ベゴドーと中学生たち
フランス2008年
まさに擬似ドキュメンタリーとはこのことか(!o!)というような映画である。
実際に教師だった人物が書いた原作を元に、トーシロの本物の中学生24人と原作者ご本人を教師役にして、とある下町の学校のとあるクラスの一年間を描く。
脚本や演出はなされているが、カメラワークや役者はドキュメンタリーっぽくすることで、通常のドキュメンタリーでは捉えるのが不可能な場面も描けるという次第。
下町で移民が多い地区が舞台だから、当然教室の中は様々な人種民族の子どもたちがいる。おっと、「子ども」といっても日本だと中学生というより高校生っぽい。体格や発育年齢の差か?
とはいえ、教師のささいな言葉尻をとらえて突っ込んだり反抗するのは、日本の学校の教室でも毎日繰り返されている情景だろう。それが長々と続く。
また担任の教師もまだ若いせいか、「そこでそんなことを言っちゃあマズイだろう」とか「ここで言うならもっと早く注意しとけよ」みたいな失言も多く、それが元で退学騒ぎまで起こってしまう。
だが、なんと言っても驚くのは問題生徒の懲罰会議に保護者代表が参加するのはまだしも、成績会議にクラスの生徒代表が参加することだ。これはビックリである。それもただの成績だけじゃなくて生徒指導的な案件も出てくるのだ。日本では絶対考えられないことである。さすが高校生もストをやる国、おフランスだ(-o-;)と感心。
それでも月日は経つ。一年が終わる頃にはトラブルや退学した生徒のことは過去の事件として過ぎ去っている。また次の学年が始まる。
なんのカタルシスも決着もなく終わるのもまさにドキュメンタリー的であると言えるだろう。かつて日本で××年前に話題になった中学校のルポを映画化した作品を見たことがあるが、原作にはなかった「感動的」なエンディングが作られていて驚いたことがある。
しかし、現実にはカタルシスもなんにもないのだ。その現実の退屈さを受け入れられる者だけがこの映画を高く評価できるだろう。
私個人は正直なところフィクションなのに、ここまで現実の居たたまれなさと退屈さを体験するのはイヤだなーという気がした。
ただ、ラストにいつも騒ぐ子、反抗的な態度を示す子だけが問題ではないことを示して終わったのはよかった。教師は目立つ生徒に引きずり回されるが、何も表立って発言したり行動したりしない目立たない生徒にも「問題」はあるのだ。一年間、それは表に出ることないまま来たのである。
教師志望者の学生に見せるといいかも。もっとも、ただでさえ志望者が減少して困ってるというのにもっと減っちゃうかもね。それに「やっぱり日本には移民を入れない方がいい」なんて結論になりそうでウツである。
2008年度のアカデミー外国映画賞にノミネート。岩波ホールは好かんがこういう映画をやってくれる所は最近少なくなってるからなあ……(~_~;)
現実度:9点
興奮度:5点
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