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2010年11月 8日 (月)

「アルブレヒト・デューラー版画・素描展」:真実の美はどこにある?

101108
-宗教・肖像・自然-
会場:国立西洋美術館
2010年10月26日-2011年1月16日

大規模な美術展というのは、どうも会期の最初の方がすいているらしいという噂を聞いて、早めに行ってみることにした。
平日ということもあるが人は少なくてかなりいい感じokである。

デューラーというと「メランコリア」や自画像ぐらいしか知らないのであるが、この展覧会は彼の版画や素描を年代ではなく、サブタイトルにある三つのテーマに分けて展示している。

三分の二ほどを占めているのが「宗教」で、福音書のエピソードを綴った四つのシリーズが中心になっている。中にはトランプのカードぐらいしかない大きさのものもあって、そうなるといくら客が少ないと言っても、同時には一人しか見られないから(大きな絵画なら二、三人で眺められるけど)順番がつかえてしまうのであった(-o-;)

有名な作品は「自然」の部にあった。「騎士と死と悪魔」「書斎の聖ヒエロニムス」「メランコリアI」と最後にダメ押しの如く並んでいる。
もっとも「騎士と~」は理想の馬の体型を表現するために描き、「アダムとイヴ」では男女の理想の人体を描きたかったなどと聞くと(だからこそ「自然」の部に入っているのだが)、一体あんたは宗教ネタと身体とどっちを描きたかったのかpunchと問い詰めたくなったのは事実である。

「肖像」では貴族から無名の農民まで様々な人物像があるが、中でも見ものは「神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の凱旋門」と、同じく「凱旋車」である。これは時の皇帝の偉業や経歴を何枚もの版画を連ねて馬車や巨大な門の形にしたものだ。当然デューラーだけでなく、複数の芸術家が関わっている。
王の功績をいちいち門を立てずとも、版画にして津々浦々に配って掲示すれば数は多いし経費節約という一石二鳥chick 思えば最先端メディアだったわけですな。

時の為政者に肖像を描くように懇願され、国家的巨大プロジェクトに参加し、人文・宗教関係だけでなく天文・生物・数学など広範囲なジャンルを取り込んでいたデューラーは(まあ当時の画家はみなそういう感じか)、当時のハイパー・アーティストだったのに違いない。
しかし、隙のない構図や詳細な描写は見ていて非常に疲れた。あくまでも「知」の人という印象である。これがルネサンスという時代かな(?_?;

ところで、「メランコリア」の天使が見つめている先にあるのは「美」だと解説を読んで初めて知った。ということは本当の「美」は描かれていないことになるのか。


続けて芸大美術館の「黙示録--デューラー/ルドン」展も見ようかと思ったが、時間があまりないのと「19世紀フランス版画の闇と光」というのを併設でやっているらしいのでそちらを見ることにした。
が(!o!)なぜかポスターが貼ってあるのにどこでやっているのか全く案内がない。なぜなんだー(?_?) 係のおねーさんに聞いたら、常設展の会場の先にあるのだという。
それで、見るつもりのなかった常設展に入ったらこれまたスゴイ数である。まともに見て行ったら一時間では到底終わらない。仕方なく飛ばし見を……トホホsweat01 とはいえ、折角の国民の税金を使っているもんなんだからと、つい見なくちゃソンソンdollarという気になっちゃうのは貧乏性よ。

お目当ての版画展はルドンとその先輩筋の版画家、計四人を特集。この時代まで版画は有名な絵画作品の複製を作って流したり、ニュースねたの風刺画を出したり……と最先端のメディアだったらしい。しかし、写真の出現でその位置は取って代わられたのである。
ルドンは「聖アントワーヌの誘惑」からの連作があった。やはり底無しの黒が快感であります(^^; 何度も繰り返し眺めた。

その後はまた常設展に戻りモローが2点出ているのをつくづく眺める。「ピエタ」は大きさが20センチぐらいしかない小品だが、イエスさんの白い後光がチリチリと我が脳ミソに来るのであった。


ちょうど私が入館するのと入れ違いに、社会科見学だか修学旅行だかの男子中学生の集団が外にワンサカ出て来てた。で、黄色い声(まだ中坊なんで)でキャアキャアkissmark言いながら「地獄の門」の前にたかって記念写メなんかしてるわけだ。
入れ違いでよかったよ( -o-) ホッ こんなお子ちゃまと一緒に見る羽目になったら、「料金返せ~annoy」と言いたくなるところだ。


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コメント

私はトキワ松の女子高生と一緒でした。
それなりに、真剣に、レポート用紙を抱えて課題にとりくんでいる姿は可愛いんだけど、鑑賞の邪魔だなとは思いましたよ。騒いではいないんだけど…とにかく、レポート用のフォルダーを抱えていて、それが、はがきサイズの展示の前で、覗き込みながら、その場でレポート書いてたりするのですよ。鑑賞は鑑賞で、レポートはかえってからとか、ロビースペースでやってほしい。絵の前じゃなくて…と、模写する人のいない、日本の美術館に慣れてるとそう思うのでしたとさ。

投稿: 不協和音の娘 | 2010年11月 8日 (月) 11時41分

課題というと思い出すのは、別の展覧会で十人ほどの大学生らしいグループが来てました。多分、レポート課題のために来たという感じでした。
で、女の子が作品の前に立ってケータイで感想を打ち込んでいるのですよ~bomb
「ねーちゃん、ジャマジャマ(`´メ)」と言いたくなってしまいました。まあ、課題を出す方は楽かも知れませんが。

投稿: さわやか革命 | 2010年11月 9日 (火) 23時12分

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