「トスカーナの贋作」:虚実の彼岸
監督:アッバス・キアロスタミ
出演:ジュリエット・ビノシュ、ウィリアム・シメル
フランス・イタリア2010年
恥ずかしながら(--;)告白すると、キアロスタミ監督の作品を見るのは初めて。ええ、もちろん『桜桃の味』『友だちのうちはどこ?』も見てないですよ。映画ファンの風上にも置けないって? 風下ぐらいには置いてチョーダイ(^^)/
これは彼の初のイラン国外で撮った作品とのこと。題名や宣伝からして、イタリアの風光明媚な土地を背景にした中年男女の恋愛もの--みたいな感じなんで、完全に守備範囲外!アウト・オブ・眼中だった。チラシも貰ってなかった。でも、どうも違うようなんで見に行ってみた次第。
冒頭、人々のざわめきの中、誰もいないテーブルの上にマイクと本が置かれている。書名は”Certified Copy”(この映画の原題でもある)。と、そこへようやく本の著者が登場して、オリジナルとコピーの真贋についての講演を始めるのだった。
ここで一人の女が現れ、最前列の「関係者席」につかつかと歩いてきて座る。彼女は知り合い? もしそうでなければ無神経な女?……もはや冒頭から観客の頭は二方向に引き裂かれていくのであった。
しかも作家の方は作家の方で、講演途中でかかってきたケータイに壇上で平然とそのまま出て喋ったりする。
女は主催者にメモを渡したり小学生の息子と何やら話した挙句、途中で出て行ってしまった。ここら辺は講演の内容を字幕で理解しようとしながら、映像も注視しなけりゃならないから大変だ~。結局、論の内容はよく理解できない(それを意図している?)。
その後、作家が渡されたメモに導かれて女を訪ね、トスカーナ地方の町を観光しようと出かけるが、カフェの主人に二人は夫婦と間違えられてしまう……。
ここから、まるで作家が講演していた本物と贋作論のように二人の会話内容が変わっていく。それまでは作家に論議を吹っかけている女性ファンのように見えたが、本当に夫婦っぽい会話のようだ。しかも倦怠期らしく徐々にいさかいと口論へと突入していく。
こうなると見ている側はもしかしてこの二人は本当に夫婦で、わざとゲームみたいに他人同士のふりをしているのではないかという疑念にとらわれてしまう。
実際そう解釈する意見も見かけたが、色々と思い返してみるとやっぱり二人は他人だろう(多分)。とすれば夫婦であるかのように続けられる会話--これは風変わりな求愛ゲームなのか?
美術館に収蔵された本物よりも、広場に代わりに置かれた複製のダビデ像の方が市民に愛されて心情を託されるというなら、目の前の作家を別れた夫になぞらえて愛をささやくのもいいかも知れない。
しかし一方で、女は携帯ゲーム機に夢中になっている息子(どこの国でも小学生は同じ!)に他人と話す時は相手の方を見なさいと注意するが、そういう自分は息子の向こうの窓の外へ心ここに非ずといったように気を取られている。(同じような状況は何度も登場する)
頻出する窓・鏡、車の正面に映り込む街の景色、そしてケータイにゲーム機さえも真と贋の境界をかく乱し、見る者を混乱させる。それは単なるラブ・アフェアではなく、人間の心の深層に降りていくような気分にさせるのだ。
最後に女は「それを言っちゃあ終しめえよ」的な決定的な言葉を口にしてしまう。これは虚構の崩壊のしるしか?
私は見ていてヒッチコックの『めまい』を思い出した。あれもサンフランシスコの美しい街並みを背景に繰り広げられる謎めいた男女の話だった。もちろん、こちらは『めまい』のようなサスペンス・スリラーではなく、そして惑乱していくのはJ・スチュワート扮する男ならぬ女の方であるが。
もう一つ最近の作品で連想したのは『インセプション』だった。こちらは複数の「街」が登場し、その中で二人の過去と現在が交錯していく。映像のギミックを多用しているのも同じ。特撮やCGを使用してるかどうかの違いはあるけれど(^^;
ただ、『インセプション』のラストで独楽がどうなろうとどうでもよく思えたのに対し、こちらでは一体、鐘は8回鳴ったのか9回鳴ったのか? そしてその後、男はどうしたのか……すごーく気になるのであった。
唐突なラストのせいか、終了後ロビーに張られた雑誌・新聞の批評を食い入るように読む人多数。私も帰宅してすぐにネットの感想を読みまくりましたよ。
そういや、息子が女に「なんで名字書かなかったの」と言った台詞の意味は?--あとで自分なりに推測してみたが自信なし。謎が多過ぎな映画である。
ジュリエット・ビノシュは本作でカンヌの主演女優賞を獲得。それも納得であろう。
作家役のウィリアム・シメルは渋~い美中年ではありませぬか。ヘッヘッヘッ(^Q^)←久しぶりに出たっ下卑た笑い。なんと本職はオペラのバリトン歌手だそうで、ヘンデル・オペラでヘラクレス役なんかもやってるとのこと。
街並度:9点
惑乱度:10点
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読んだ中で一番面白かった感想です。
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