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2012年6月19日 (火)

イタリア映画祭2012 その2「七つの慈しみ」:言葉なき身体

120616
監督:ジャンルカ&マッシミリアーノ・デ・セリオ
出演:ロベルト・ヘルリッカ、オリンピア・メリンテ

冒頭、二人の対照的な人物がそれぞれ描かれる。
一人は寡黙な老人である。人付き合いもほとんどなく吝嗇そうな彼は、病気持ちらしく定期的に病院に入院しているようだ。
もう一人は、東欧から不法に入国してきたらしい十代の少女だ。ホームレス状態の彼女は病院に見舞客のふりをして出入りしては、置き引きやコソ泥を繰り返している。
やがて、少女は老人に目を付けて襲撃する……。

これほど最初と最後で人物のイメージが逆転してしまう映画も珍しい。ほとんどの観客は、最初のうちこの二人に好感を抱くことはできない--どころか、イライラ(-_-メ)してしまい嫌悪のまなざしで眺めるしかないだろう。
特に少女は終始仏頂面でケチな犯罪を重ねた挙句、IDカード欲しさに大罪を犯してしまうのである。
しかし、老人はそんな彼女に意外な行動をとる。

監督は若いニーチャン風の兄弟で、これが第一作目である。チラシにクストリッツァ監督が絶賛などと書いてあった。
病で死の床に着いた祖父を看病した体験が、この作品を作るきっかけになったという。その時、他者の身体をいつくしむ行為、もう喋れなくなった祖父との言葉を介さない感情というものを感じたそうだ。(映画の老人と少女も互いの言語をほとんど解さず会話はない)

またタイトルはカラヴァッジョの宗教画から取っているだけあって、極めて宗教的な映画でもある。構図の中に七つの慈悲の行為を詰め込んだ絵画同様、後半に同じく七つの慈悲が展開する。
見ていて、あたかも敬虔な司祭のような老人の仕草に衝撃を受ける。それにつれて少女も変貌していくのが描かれるのであった。

不法移民、独居老人、青少年の非行、人身売買など極めて現代的でどこの国にもある問題を取り上げながら、ここまで宗教的なのに驚いた(!o!) 日本では絶対に生まれそうにない作品である。商業ベースに乗らないというのももちろんだが、そもそもそんな風に考えることをしないだろうと思える。

そういう作品に出会えるというのも映画祭ならではですかね。ただ、日本人の観客にはそれだけに見終わって判然としない部分もあったようだ。
少女の母国はモルダヴィアという国でEUに加盟していない小国とのこと。イタリア人なら分かるのかもしれないが、そこら辺の詳しい社会背景は見ていて理解しにくい。

以下は、上映後の質疑応答の一部。
Q-なぜ少女は老人を殺さなかったのか。
A-彼女は殺人者ではない。ただ居場所がほしかっただけ。
 注:こりゃ、見ていれば分かると思うが(?_?)そんな質問するなーngである。
Q-おじいさんの死と東欧移民が結びついたのは?
A-病院の介護者は東欧の女性が働いている。また病院と移民のバラックは実際に近所にあった。
Q-七つの慈悲とは。
A-マタイの福音書にあるもので、信徒が行う肉体に関わる慈悲。人間はみなこういう慈悲を持っているのではないか。カラヴァッジョの絵は素晴らしい!(^^)! インスピレーションを受けた。
Q-キエシロフスキー(キェシロフスキ)の影響を感じたが。
A-後で見て似ていると思った。
Q-二人でどうやって映画作りの仕事をしているのか。
A-兄弟でケンカはしないが議論はする。他のスタッフとも同じだ。観客もまた映画作りに参加していると思う。

というわけで、若い兄弟監督にはこれからも頑張って映画を作って下せえ~shineと応援したくなったのであった。


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