「黙殺」:死人以外に語る者なし
監督:エドゥアルド・エルネ、マルガレータ・ハインリヒ
オーストリア・オランダ・ドイツ1994年
イェリネクが『レヒニッツ(皆殺しの天使)』を書くきっかけとなったドキュメンタリー映画である。
芝居の半券を持っていくと無料で見せてくれるということで、同じ日の夜に見に行った。会場はシアターグリーンで、以前に行ったことがあるにもかかわらず道を一本間違えてしまい、結局犬の散歩をしているおぢさんに道を尋ねる羽目に……(+o+)トホホですだよ。
レヒニッツ村で起こった事件の概要は芝居の記事に書いた通りである。
そもそもユダヤ人を列車で運ぶ途中で、強制労働に適さない病弱な者180人余りを村の駅で降ろし、「処分」するように命令が出たらしい。これ自体は文書で記録が残っているようだ。
さて問題は、そのユダヤ人たちがどうなったかである。
伯爵夫妻のパーティーの余興で射殺され埋められたという証言から、その場所を求めてブルドーザーが畑を掘り起こしている。畑は広大でそれまで何度も場所を変えて試みたが、何も出て来ていない。
一方、取材クルーは村人に尋ねて回る。怒り出す者、門前払いをする者がいる一方で、銃声や悲鳴を聞いたと証言する人々がいる。また、事件について雄弁に語る人もいる。
しかし、その場に誰がいたのか、虐殺はどこで行われ、そして死体はどこに埋められたのかとなると、誰もが口を閉ざしてしまうのだった。
さらに、過去に目撃者が不可解な死を遂げたことも明らかになる。
原題を訳すと「沈黙の壁」となる。これは作中で村人の一人が語る「ユダヤ人は嘆きの壁を、私たちは沈黙の壁を立てている」という言葉から取ったものである。
まっこと奇々怪々 不条理劇かホラー映画かってなもんだ。
しかし一番に不気味なのは、今(撮影時ということだが)の現場がまるでのどかな田園風景にしか見えないということだ。冬場だと寂しいとか寒々した広野という印象だが、春や夏はひなびてはいるがのんびりした田舎である。
一体、こんな場所で恐ろしい血の惨劇が本当に起こったのか どこかに180人も死体が埋まっているのか 信じがたいことである。
そのようなのんびりとした日常と恐ろしい過去の落差にめまいがするようだ。これを恐怖と言わずしてなんと言おう。
イェリネクの芝居はこのインタビューの形式を援用して作られているように思えた。雄弁ではあるが、しかし肝心な部分については迂回して到達できない証言の数々。まさしくそのものなのだ。
ところで、ナチスと退廃を結び付けて描いたのはヴィスコンティの『地獄に堕ちた勇者ども』が最初だということだが、過去に実際こんな事件があったんだ。
SM趣味にして銃の愛好者、「退廃の極み」である伯爵夫人は鉄鋼王の家の出身だそうで、そういや『地獄に~』の一家と同じである。
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