
監督:アン・リー
出演:スラージ・シャルマ
米国2012年
見る前は映像の美しい、若者の冒険譚だと思っていた(予告もそんな感じだった)。しかし、実際に見てみると全く違っていた。
かなり風変わりな物語である。よく言えば驚異に満ちた感動的な話であるが、別の観点から見れば珍奇で極めてウサン臭い。
見終わった後は「こりゃなんだ(?_?)」と狐につままれた気分になってしまった。
(というわけで、本作未見であまり詳しく知りたくないという方は、以下は読まない方がいいかも知れません)
注意しなければならないのは、この奇妙奇天烈な物語が常にカナダ人の作家に向けて主人公から語られるという形を取っていることである。つまり「客観的」な事実は最初から存在しない。そして観客は絶えず「現在(現実)」に引き戻される。
で、少年時代の名前の話やら色々な宗教にハマる場面はかなり長い。長いからには何か意味があるのだろう。宗教に関連して食事の話も頻出する。
母親は徹底した菜食主義者だが、肉食を禁忌とする仏教徒である日本人船員はいい加減である(もっとも、実際の日本人でそんな敬虔な仏教徒が何人いるか不明だが)。母親に邪険な扱いをする船のコックはジェラール・ドパルデューが演じているから、フランス人でカトリックなのだろうか。
ただし食文化というのは宗教だけでなく、その地域の風土にも無関係ではあるまい。最近のニュースでフランスの企業経由で馬肉を混ぜた冷凍食品のパックが英国で売られて、大問題になったというのがあった。馬肉はフランスではオッケーだが、英国では絶対にありえないそうである。
馬どころかクジラを食べていいなら犬やサルのどこが悪いという論議も成り立つだろう。そして●●だって……(@_@;)
沈没する船から脱出した少年が獰猛なトラと非常用ボートに同居--と言う展開は奇想天外だが、3D映像の迫力もあってひきこまれる。
……のであるが、見ているうちにどうもこれはリアリティを追及する類の話ではないのだなと分かってきた。十代後半の少年の顔には何日たっても無精ひげは一向に見当たらず、救命ボートの中は虎が食い散らかした動物の残骸はなどなく、掃除したばかりのようにキレイ
である。
夜の海やクジラは神秘的で美しいし、トビウオの場面は笑えた。これはファンタジーか?でも、ミーアキャットが充満している島は不気味だ。とすれば寓話なのか?
驚いたことに、長じて中年男となった主人公は作家の男に、もう一つの別の漂流譚をするのである。こちらはかなり陰惨な話だ。そして作家にどちらの話を信じるか尋ねる。この事にも驚きだ。これは自らの行為に了承を求めているのだろうか?
作家がトラの話を取ると答えるとホッとしたような表情を見せるではないか。私はもし作家が逆の答えをしたら、主人公が襲い掛かるのではないかとドキドキ
してしまった。そして、その晩の食卓には……(>O<)ギャ~ッ
トラのエピソードが作り話かも知れないのなら少年時代の出来事だって事実かどうか怪しいもんである。何を信じろというのか。
そういえば、彼は現在は大学でユダヤ神秘主義を教えていると語り、沈没船は日本船籍なのにユダヤ思想に出てくる用語が船名になっていた。ますますうさん臭い。
そうして結局うさん臭いままに終了するのだった。
それにしてもみんなトラの話の方が面白いと思うのだろうか。私はもう一つの話の方が見たい。M・ハネケみたいなイヤミな監督にぜひ映画化してほしいものだ。(ハネケも新作では「穏当」になったらしいが) まあ、アカデミー賞にはノミネートされないだろうけど。
少年役のスラージ・シャルマはほとんど出ずっぱりで、しかもCG相手の一人芝居らしい。新人なのに大したものである。
カナダ人の作家役は好青年然としているが、なんと『もうひとりのシェイクスピア』の俗悪なシェイクスピアをやってた人かい
こりゃ驚いた(*_*; さすが役者だ。
トラのCGには感心するが、3D場面はそれほど効果はなかったように思う。『2001』のスターゲイト・コリドーみたいなイメージが登場するけど、それだったら『2001』をさっさと3D化して見せて欲しい。
なお、今回のアカデミー監督賞はみごとアン・リーが獲得した。よくぞこんな珍奇な話をまとめたもんだというご苦労さん点かな?
『楽園をください 』(1999)、『ブロークバック・マウンテン』(2005)、『ラスト、コーション 』(2007)、『ウッドストックがやってくる!』(2009)--と、過去の作品は題材もスタイルもバラバラだが、いずれも寄る辺なき若者の彷徨する姿を描いたものだろう。なに(^^?)本作は彷徨ならぬ咆哮だって
肉食度:7点
草食度:4点