「ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日」(3D字幕版):溺れる者は虎をも掴む
見る前は映像の美しい、若者の冒険譚だと思っていた(予告もそんな感じだった)。しかし、実際に見てみると全く違っていた。
かなり風変わりな物語である。よく言えば驚異に満ちた感動的な話であるが、別の観点から見れば珍奇で極めてウサン臭い。
見終わった後は「こりゃなんだ(?_?)」と狐につままれた気分になってしまった。
(というわけで、本作未見であまり詳しく知りたくないという方は、以下は読まない方がいいかも知れません)
注意しなければならないのは、この奇妙奇天烈な物語が常にカナダ人の作家に向けて主人公から語られるという形を取っていることである。つまり「客観的」な事実は最初から存在しない。そして観客は絶えず「現在(現実)」に引き戻される。
で、少年時代の名前の話やら色々な宗教にハマる場面はかなり長い。長いからには何か意味があるのだろう。宗教に関連して食事の話も頻出する。
母親は徹底した菜食主義者だが、肉食を禁忌とする仏教徒である日本人船員はいい加減である(もっとも、実際の日本人でそんな敬虔な仏教徒が何人いるか不明だが)。母親に邪険な扱いをする船のコックはジェラール・ドパルデューが演じているから、フランス人でカトリックなのだろうか。
ただし食文化というのは宗教だけでなく、その地域の風土にも無関係ではあるまい。最近のニュースでフランスの企業経由で馬肉を混ぜた冷凍食品のパックが英国で売られて、大問題になったというのがあった。馬肉はフランスではオッケーだが、英国では絶対にありえないそうである。
馬どころかクジラを食べていいなら犬やサルのどこが悪いという論議も成り立つだろう。そして●●だって……(@_@;)
沈没する船から脱出した少年が獰猛なトラと非常用ボートに同居--と言う展開は奇想天外だが、3D映像の迫力もあってひきこまれる。
……のであるが、見ているうちにどうもこれはリアリティを追及する類の話ではないのだなと分かってきた。十代後半の少年の顔には何日たっても無精ひげは一向に見当たらず、救命ボートの中は虎が食い散らかした動物の残骸はなどなく、掃除したばかりのようにキレイである。
夜の海やクジラは神秘的で美しいし、トビウオの場面は笑えた。これはファンタジーか?でも、ミーアキャットが充満している島は不気味だ。とすれば寓話なのか?
驚いたことに、長じて中年男となった主人公は作家の男に、もう一つの別の漂流譚をするのである。こちらはかなり陰惨な話だ。そして作家にどちらの話を信じるか尋ねる。この事にも驚きだ。これは自らの行為に了承を求めているのだろうか?
作家がトラの話を取ると答えるとホッとしたような表情を見せるではないか。私はもし作家が逆の答えをしたら、主人公が襲い掛かるのではないかとドキドキしてしまった。そして、その晩の食卓には……(>O<)ギャ~ッ
トラのエピソードが作り話かも知れないのなら少年時代の出来事だって事実かどうか怪しいもんである。何を信じろというのか。
そういえば、彼は現在は大学でユダヤ神秘主義を教えていると語り、沈没船は日本船籍なのにユダヤ思想に出てくる用語が船名になっていた。ますますうさん臭い。
そうして結局うさん臭いままに終了するのだった。
それにしてもみんなトラの話の方が面白いと思うのだろうか。私はもう一つの話の方が見たい。M・ハネケみたいなイヤミな監督にぜひ映画化してほしいものだ。(ハネケも新作では「穏当」になったらしいが) まあ、アカデミー賞にはノミネートされないだろうけど。
少年役のスラージ・シャルマはほとんど出ずっぱりで、しかもCG相手の一人芝居らしい。新人なのに大したものである。
カナダ人の作家役は好青年然としているが、なんと『もうひとりのシェイクスピア』の俗悪なシェイクスピアをやってた人かい こりゃ驚いた(*_*; さすが役者だ。
トラのCGには感心するが、3D場面はそれほど効果はなかったように思う。『2001』のスターゲイト・コリドーみたいなイメージが登場するけど、それだったら『2001』をさっさと3D化して見せて欲しい。
なお、今回のアカデミー監督賞はみごとアン・リーが獲得した。よくぞこんな珍奇な話をまとめたもんだというご苦労さん点かな?
『楽園をください 』(1999)、『ブロークバック・マウンテン』(2005)、『ラスト、コーション 』(2007)、『ウッドストックがやってくる!』(2009)--と、過去の作品は題材もスタイルもバラバラだが、いずれも寄る辺なき若者の彷徨する姿を描いたものだろう。なに(^^?)本作は彷徨ならぬ咆哮だって
肉食度:7点
草食度:4点
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コメント
アカデミー監督賞、見事受賞しましたね。これは、数年前のブッカー賞でかなり話題になった原作が映像化不可能としか思えないのに上手いこと映画化したもんだ、という点が評価されたのだと思います。別のストーリーをハネケに映画化してもらう、という意見に賛同!
アカデミー賞の他の候補作および受賞作では『リンカーン』『ゼロ・ダーク・サーティ』『ラムール』などを観てますが、英語の映画でないとノミネートされないアカデミー賞って、選ぶ範囲が狭いしアメリカ(人に受ける)映画にほぼ偏ってるから、つまんないなあ、と思いました。
『もうひとりのシェイクスピア』をさわやか革命さんが推奨されてたので、子供にダウンロードしてもらって家族で鑑賞。すっごく面白いストーリーだし、(意外な)俳優陣が豪華だし、あの監督による歴史コスチュームプラスミステリーの出来のよさに感嘆。とても楽しめました!
投稿: レイネ | 2013年3月 2日 (土) 20時52分
感想読ませて頂きました。
この映画に関するいろいろな方の感想を見ているのですが、百人百様といった感じで面白いですね。
個人的な考えとしては、「虎」に魅かれるかどうかで映画の見方が変わってくるのではないかと思いました。あの映画の主役は人間ではなくて本当は「虎」なのだと思えるかどうかで。
投稿: | 2013年3月 3日 (日) 07時11分
原作とはかなり違っていると聞いたんですけどどうなんでしょうかね。
トラといやあ、日本じゃ「山月記」。こちらは「海月記」、いや正しくは「森月記」かな?
下馬評ではオスカー取ると言われていたスピルバーグは悔し涙でしょう。もっとも、アン・リーも「ブロークバック・マウンテン」で当確だったのに横からさらわれたことがあるんで、こればかりは運としか言いようがない。
そもそも、アカデミー賞は米国の映画界の内輪のお祭りだから(全世界生中継されてるけど)、片寄っても仕方ないかもです。
「もうひとりのシェイクスピア」なかなかのもんですよね~\(^o^)/
当時の歴史に詳しければもっと楽しめたかもと思います。配役も妙にツボにはまってるし。
エメリッヒも変名使って公開すればよかったのに……って、おいおい(^^ゞ
投稿: さわやか革命 | 2013年3月 3日 (日) 09時56分