「リンカーン」:見よ!今こそ差別の海は裂けゆく
監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:ダニエル・デイ=ルイス
米国2012年
賛否両論激しく分かれた本作。作品の出来不出来というより、スピルバーグ本人を好きか嫌いかがそのまま評価に反映しているかのようだ。嫌いな奴はケナしまくり、好きな奴は激賞しまくりで両極端なのだった。
タイトルだけ聞くと大統領の伝記のようだが、実際は南北戦争終結目前での奴隷制度撤廃のための駆け引きを描いたものである。従って取り上げられている期間は短く、政治的な論議や裏工作に多く時間が割かれている。
TVドラマの『ザ・ホワイトハウス』では似たような状況がよく登場したが、正統的な伝記物やグロい南北戦争描写を期待した向きはガッカリしたかも知れない。
その戦争シーンだが、冒頭に少しだけ登場する。湿地帯で繰り広げられる陰惨なまさしく泥沼状態の闘いである。後日、国立近代美術館で日本の戦争画(もちろん太平洋戦争の、だが)を見たらよく似ているのでいささか驚いた。時代は異なっても肉弾戦となるとやることは同じようだ。
ここでのジレンマは議会に奴隷制度撤廃の議案を通すためには、その前に戦争が終わっては困るということだ。だが、一方で戦争を引き延ばせば犠牲者はどんどん増える。折しも、親子関係がうまく行っていないリンカーンの息子が軍を志願しようとし、そのため妻からも非難されるのだった。公私ともに苦し~いっ((+_+)) 大統領はつらいよ、である。
加えて、こんな議案じゃ生ぬるいぞもっとキッパリ差別全廃せいな急進派も説得しなければならぬ。右からも左からも砲弾が飛んでくるのだ。これまたつらい。
タイトル役はダニエル・デイ=ルイスで、他を寄せ付けず独走状態でオスカーを獲得したが、この結果には誰も異論をはさまないだろう。たとえこの映画を評価しない人であってもだ。
もう、一個どころか百個ぐらいそこらじゅうの賞をかき集めてやってもいいほど。味気ない歴史の教科書の文字が、今初めて生身の人間として立ち現われたような印象である。
今年のアカデミー賞作品賞で、ホワイトハウスから生中継でオバマ大統領夫人がプレゼンターとなったのは『ゼロ・ダーク・サーティ』が受賞すると当て込んだ国威発揚のためだ、という説があった。しかし、『リンカーン』を見た後はこちらの受賞を想定していたのではないかと思った。
冒頭、黒人の兵士たちが大統領に「いつか我々でも将校になれる日が来るか」と話しかける場面があるが、その問いかけが行き着く先は「いつか黒人の大統領が……」であり、まさにそれは今や実現しているのである(ー_ー)!!
もっとも、残念なことに作品賞は『アルゴ』に行ってしまったが、これもアメリカ万歳な作品なので結果オーライというところだろう。
長さ150分の大作であり、その重厚さと格調高さに私は往年のハリウッド史劇を思い出した。
その題材はかつては旧約・新約聖書だったが、多民族多文化が入り乱れる現代において「自由・人権・解放」が現代の新たなる神話となったようだ。
リンカーンが合衆国憲法をかざせばどす黒い差別の海が真っ二つに割れて道を示す。その時、実際の彼は奴隷制度維持派だったとか、南北戦争の原因は経済問題だ、なんてことはどうでもいいことなのだ。
もっとも「神」と同様に「自由」が嫌いな人間も存在するけどな
映画ヲタク少年であったスピルバーグは、今や史劇を作ったハリウッドの巨匠たちの後継ポストを目指しているのだろうか。
ただ、戦争終了後もダラダラと話が続くのはちょっと興ざめ。暗殺を描きたいとしても、も少しなんとかしてほしかった。
J・スベイダーが飲んだくれのオヤジになり切っていて、見ていて全く気付かなかった。あのスペイダー君がねえ……と感慨深いのよ(遠いまなざし)。
他の助演陣の演技も見事なもんだったが、照明の巧みさにも感心した。真っ黒な影となった大統領と光に照らされた妻との対比、閣僚の前で演説するうちに激高してきた表情をとらえる場面など、実に鮮やかである。
左右対立度:8点
家庭対立度:8点
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