村岡花子訳の「赤毛のアン」の秘密
しばらく前に本屋に行ったら、村岡花子に関する本が平積みになっていた。「はて、なんで今頃村岡花子なのよ(^^?)」と思ったら、4月からのNHKの朝ドラが村岡花子を主人公にしているのだという。
それで思い出したのが、『赤毛のアン』シリーズを冷酷に解剖した小倉千加子の『「赤毛のアン」の秘密』(2004年刊)である。
その最後の章に、訳者として『アン』を紹介した村岡花子について言及がある。私はこれで初めて彼女がどういう人物なのか知った。
小倉千加子は「モンゴメリとアンと村岡花子には、共通点がある」としている。
三人とも、子どものときから空想好きで、お話が好きな少女であった。つまりは、「孤独な」少女だったのである。そして三人とも、成績は抜群で、「親」には孝行で、「国家」にも忠実であった。(中略)きちんと結婚し、母となり、妻としての務めを完璧に果たし続けた。
さらに村岡花子については、
生家では封建的な家制度の影響を受け、尋常小学校では天皇を神とする教育を受け、東洋英和女学校では欧米の良妻賢母教育を受けた。「儒・神・仏」の混交した前近代の日本人の意識の上に、絶対者として天皇とキリストを置いたが、その間に彼女はなんらの矛盾も感じなかった。
ついでにこんな指摘もある。
『赤毛のアン』のテーマは結婚であると先に指摘したが、近代結婚とは、少女に「自立」をそそのかしながら、勤勉に努力した少女が「自立」したゆえに必ず陥る疎外感と孤独感を、「ロマンチック」な恋愛を媒介にして、女性が本来ある「身分」に戻す制度である。あるいは、「結婚」は女性という集団(下位身分)アイデンティティを獲得させ、社会全体の制度秩序を温存させる制度であるといってもいい。
いやー、この頃の小倉千加子はキビシイですなあ。厳しさ全開です(^^;)
もっとも、現在の彼女が丸く(?)なり過ぎたのか。
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